幕間1:【資格マスター】の休日 そして動き出すダンジョン時代の風雲児(中編)
(三人称視点)
「さて、皆さんお揃いですかな?」
局長用会議室備え付けの大型モニターに、還暦をやや通り過ぎたくらいの年齢に見える、屈強そうな男性の姿が映る。男性は机の上に両肘をつき、両手を組みながら微笑みを浮かべて座っていた。
迷宮探索開発機構・東京本部の本部長であり、ダンジョン関連国家組織の中では事実上のトップに立つ男性――機構の創設者でもあるその男性の名は、東風浜 大吾。底知れぬ野心を内に秘めた、老獪な人物である。
突如として出現したダンジョンに無限の可能性を感じ取った東風浜は、八方手を尽くして迷宮探索開発機構を創設し、自らその長の立場に収まった。
……何もせずとも転がり込んできたはずの、総理大臣の椅子を蹴ってまでだ。この男は、それほどの魅力をダンジョンに感じていたのだ。
そして、権藤はこの東風浜という人物が苦手であった。決して本心を悟らせず、のらりくらりと笑顔で追及をかわしながら、望む結果をいつの間にかたぐり寄せる。その言動に、その行動に、その有り様に……言いようのない不気味さを感じていた。
だが、権藤はその嫌悪感を決して表には出さない。モニターの片隅に自分の顔が小さく映っているが、ちゃんと澄ました顔を作ることができていた。
「それでは、臨時の局長級会議を始めさせて頂きます。内容につきましては、事前にお渡ししたレジュメを改めてご確認ください」
東風浜の隣に立っていたスーツ姿の女性が、会議を取りしきるべく声を上げる。ズボンタイプのスーツをピシッと着こなし、黒縁メガネをキチッと掛け、カクカクとウェーブする黒髪をサラリと流した姿はまさにキャリアウーマンそのものな女性だ。
彼女の名は、灰賀 保乃華。3年ほど前に東風浜大吾の秘書となった女性であり、有能な……いや、辣腕過ぎる秘書として広く知られている。
「まずは、稚内迷宮開発局からお願いいたします」
「はい、それでは資料を共有させて頂きます。見えますでしょうか……? はい、ありがとうございます。
それでは、稚内迷宮開発局から報告させて頂きます――」
「……はい、ありがとうございました」
会議が始まってから、およそ2時間。ほとんどの開発局が同じような内容の報告を行ったため、さすがの開発局長たちも飽きた様子の者たちがポツポツと出始めた頃だった。
「さて、次は亀岡迷宮開発局の権藤局長。局長のご報告が終わり次第、昼休憩といたしましょう」
「はい、承知です。声は通じておりますでしょうか?」
「つつがなく、聞こえております」
そして、ようやく権藤に報告の番が回ってくる。
「それでは、直近の収支状況から報告させて――」
「……いえ、権藤局長に報告して頂きたい内容は別にございます」
権藤は他の開発局と同じように報告しようとしたが、それを灰賀にやんわりと制止された。
「……それは、どのような内容でしょうか?」
事前に一切話をされていなかった権藤だったが、それでもいつも通りの様子で灰賀に問い返す。
……色々と思い当たる節があり過ぎて、内心は冷や汗ダラダラであるが。さて、どの話が出てくるか、バレてなければいいが……と権藤が考えていたところで。
「昨日、亀岡迷宮開発局長名でご指定なさった"迷宮探索開発補助動物"について、ご報告をお願いいたします」
「……承知いたしました」
灰賀のその一言に、権藤は内心ホッと胸を撫で下ろした。ヒナタのことについては、近畿支部へ委細漏らさず報告済のため特に隠したいことは無い。むしろ『やはりきたか』とさえ、権藤は思っていた。
「近畿支部には既に報告させて頂きましたが、この場においても改めて報告させて頂きます」
それに関しては、聞かれても答えられるよう権藤は入念な準備を行っている。特に考える時間をおくことなく、権藤は報告を始めた。
「昨日、亀岡迷宮開発局長名において、個体名"ヒナタ"を迷宮探索開発補助動物として登録いたしました。試験結果は優良という他なく、今後は我らが亀岡迷宮の発展・開発に大きく寄与して頂けるものと期待しております」
用意したカンペを読み上げるように、スラスラと権藤は答えていく。次はヒナタの詳細を……となったところで。
唐突に横から割り込んでくる者がいた。
「それが何か? 補助動物であれば、我が三次ダンジョンにおいても13件の登録が既に行われており、全て迷宮開発に大いに寄与している。たかが1件の登録程度、とりたてて報告するような内容ではないと思われるのだが?」
広島県北部、三次市街地のほど近くにある三次迷宮開発局の局長が、やや棘のある口調でそう述べる。
モニターの端に映ったその男性のことを、権藤は頭に思い浮かべ……そういえば、自衛隊時代はよく突っかかってきてたな〜と、どこか他人事のように考えていた。
なにせ、権藤にとっては印象が限りなく薄かったのだ。当時の権藤はダンジョン探索隊のいち隊長として、いかに深く安全にダンジョンへ潜るか、ということしか考えていなかった。それゆえ、ダンジョンに関係の無いものを全て些事として片付けがちだったのである。
「そのヒナタが普通の動物であれば、このような場での報告も必要無かったのですがね」
「……なに?」
モニターの向こうで、三次の局長が怪訝そうな表情を浮かべる。
しかし、権藤はそのことに気付かないまま話を続けた。
「ヒナタは、ダンジョンモンスターが変異したもの……パートナーの探索者曰く、使い魔だそうです」
「「「「!!!」」」」
「「………」」
「しかも、ヒナタは元が凶黒蝙蝠、ブラックバットの特殊個体モンスターでした。それゆえ頭が良く、相当な強さを持っています。それこそ、通常の鷹や犬などとは比べ物にならないほどに……」
権藤の説明に、ほぼ全ての会議参加者たちが驚きの表情を見せる。ダンジョンモンスターを仲間にしたばかりか、それが元特殊個体……最近、とみに多くの報告が上がるようになった強力なモンスターとあっては、多くの者が驚くのも無理はない。
その中でも、東風浜大吾だけは悠々とした態度を崩さない。相変わらず微笑みを浮かべながら、権藤の報告に小さく頷く余裕さえも見せていた。
「私自身、ヒナタが戦っている姿を直接見たことがありませんので、断言はできないのですが……もしヒナタが私の知るままの強さであれば、多くの探索者が苦戦する第4層でさえ一方的にモンスターを殲滅できるでしょう。
……"突破"ではなく、"殲滅"です。この違いが分かりますね?」
「「「「………」」」」
(まあ、そのヒナタと一緒にいるのが、第4層ではモンスターを殲滅するのが基本だと思ってる探索者なんだがな)
「「「「!?!?」」」」
ふいに恩田の顔が頭をよぎり、権藤は思わず苦笑する。ただ、権藤が苦笑したタイミングがあまりに絶妙過ぎたため、他の局長は戦慄してしまった。
……本来、第4層は通過する階層だ。決して攻略するような階層ではない。いくら個々が弱いとはいえ、モンスターの大集団というのはそれだけ脅威なのだ。
加えて、第4層はどのダンジョンも上り階段と下り階段の距離が近い。"速やかに通過せよ"と言わんばかりの階層構造ゆえ、深層を主戦場とする探索者は第4層をどう安全かつローコストで切り抜けるかに全力を傾けている。かつての権藤でさえ、第4層のモンスターをまともに相手しようとは考えなかったのだ。
その点で、恩田は根本的に考え方が異なる。偶然か必然か、初の第4層でモンスターを全滅させてしまったので、それが普通だと思い込んでいるのだ。しかもソロでそれを成してしまったので、"第4層はモンスターを全て倒してから進むもの"という考え方が余計に固定観念化してしまっている。
無論、権藤はその様子を直接見たわけではないが……売りにきている魔石の個数から、恩田の行動は大体予想できる。いつもホーンラビット・ブラックバット・ゴブリンの魔石数が飛び抜けて多いので、きっとそうしているのだろうと思ったのだ。
まあ、それを差し引いて考えても、恩田の昨日の魔石数は異常という他なかったのだが。1日潜って魔石数のトータル1000個超えは、間違いなく亀岡ダンジョンの最高記録だった。
「パートナーの探索者については、今は第6層で足止めを食らっているようですが……じきにそれも解消されるでしょう。それだけ、ヒナタの加入は大きいものがあります。そのうち売上1位も狙えるかもしれませんね」
そう言って、権藤は笑った。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




