幕間1:【資格マスター】の休日 そして動き出すダンジョン時代の風雲児(前編)
恩田が休日ですので、少し幕間をお送りいたします。大体2〜3話ほどになる予定です。
「あ〜……暇だ、幸せだ」
「きぃ?」
「お〜よしよし」
「きぃっ♪」
今日は月曜日、週に1日の休養日と決めた日だ。前職時代の俺を含め、世の多くの大人がゲンナリする曜日ではあるが……今の俺は自営業 ("無職"という言葉の響きがすごく嫌だったので、自営業と表現することにした)ゆえ、休日は自分で自由に決めることができる。
なので、今日は家の中でのんびりしていた。流れ行く時間をダラダラと、ひたすらヒナタを撫でて過ごす時間はまさに至福のひとときと言えよう。
「………」
ふと、視界の端に茶色の封筒が映る。そういえば、昨日換金したお金を封筒に入れたままだった。後で銀行口座に入れてこなければな。
それにしても、昨日の換金額はすごかったな。爬人隊長の大魔石は既にヒナタにあげたので換金できず、かつヒナタにあげる用に10個ずつ手元に魔石を残したのだが……その他の魔石の売却額だけで、なんと15万円を超えてしまった。
特に、ゴブリンの魔石の数が凄まじかった。何気なくアイテムボックスを見たら601個もあり、10個省いても換金額は7万円を超える。ホーンラビットとブラックバットの魔石の数も非常に多く、その積み重ねが15万円超えという結果に繋がったようだ。
それだけ、第4層が鬼門である証左とも言えるだろう。特に昨日は3回も攻略しているからか、魔石もとんでもない数になったが……俺がアイテムボックスで、全てのドロップアイテムを持ち帰ることができるのも大きいのかもしれない。他の探索者なら持ち帰りを諦めるところ、俺は確実に全部持ち帰れるからな。つくづく【空間魔法】というのは使い勝手が良いのだと実感する。
換金したタイミングが、他の探索者が全員はけた後で本当に良かったよ。お互いの顔が見えなくなりそうなくらい山積みになった魔石を見て、権藤さんの顔が引きつってたもんな……。
「きぃっ! きぃっ!」
「ん? おっと、お腹が減ったのか、ごめんごめん。"アイテムボックス・取出"」
「きぃ♪」
アイテムボックスからリザードマンの魔石を取り出し、ヒナタの前に差し出す。ヒナタは嬉しそうにそれを受け取り、カリカリと齧っていった。
ここまでヒナタの様子を見ていたが、高価な魔石ほど食い付きが良い気がする。昨日から今日にかけて、ホーンラビット・ブラックバット・ゴブリン・グレイウルフの魔石を1個ずつあげてみたのだが、グレイウルフの魔石を食べている時が一番勢いが良かったからだ。
爬人隊長の大魔石なんかは脇目も振らずに食べてたし、今リザードマンの魔石を食べる勢いはグレイウルフの魔石の時以上のものだ。やはり、高い魔石ほど美味しいのだろうか?
よし、せっかくだしヒナタに聞いてみるか。
「なあヒナタ、リザードマンの魔石って美味しいのか?」
「きいっ! きいきぃっ!」
別に美味しくはないけど、大きくて色の濃い魔石ほどなぜか惹かれる、か。
魔石は発電用のエネルギー源として使えるらしいが、特に大きさと色の濃さが重要になるらしい。大きくて色が濃い魔石ほど取り出せるエネルギー量も大きく、比例して売却額も上がるのだとか。
そしてヒナタは、魔石が内包するエネルギー量を無意識のうちに感じ取っているのではないだろうか? 魔石に内包されたエネルギー量が多いほど、それを食べた時に得られる経験値の量も多くなる、みたいな。だからこそ、高価な魔石に惹かれるのかもしれないな。
「……ま、結局は仮説に過ぎないんだけどな」
「きぃ?」
「ん? ああ、なんでもないよ」
まあ、ヒナタを成長させるのに高価な魔石が必要だってなら、それならそれで別に構わないさ。過分なお金は身を滅ぼすきっかけにしかならないし。
……それにしても。唐突な無職転落をきっかけに始めた探索者業だったが、こうも早く生活費を稼げるレベルに到達するとは。今後は、あまりお金のことを気にしなくても良さそうだな。
「……探索と言えば」
そろそろ【資格マスター】の幅を広げたいなぁ、と漠然と考えていた。いつまでも第二種電気工事士と基本情報技術者だけでは、対応できない状況に陥ってしまう可能性がある。そのことを、昨日の真紅竜逃走戦で思い知ることとなった。
本当は他属性の魔法を使えるようになる資格を取りに行きたかったが、時期が合わなかったので、差し当たって第二級陸上特殊無線技士の資格を取りにいこうと考えている。
で、今日の午後からをその受験日にしてある。やはりと言うべきか土日が埋まっていたので、平日を指定したのだが……この時ばかりは、行動に自由が利く自営業で本当に良かったと思った。
過去の試験問題をホームページで軽く見てみたが、現時点で得点率8割ほどだったので少し勉強した。まあ、それも終わって暇を持て余し、今はソファでゴロゴロしているわけだが。
「ふわぁぁ……」
本当はウォーキングくらいの軽い運動をした方が、より疲れが取れるらしいが。俺は元来の出不精なので、何もなければ家にずっと居たいのだ。どうせ午後には外に出ないといけないのだし、午前10時の今くらいゆっくりしようかな……。
◇
(三人称視点)
「……はぁぁ」
「局長、ため息をつくと幸せが逃げていきますよ?」
「……そりゃ分かってるけどな?」
閑散とした亀岡ダンジョンバリケード内に、権藤と澄川の声が通る。今日は探索者がほとんどおらず、その数少ない探索者も今は全員がダンジョンに潜っているので、ダンジョンバリケード内はとても静かだ。
ゆえに、特段大きな声を出していなくとも2人の声はよく響いていた……どこか憐みのこもった澄川の声と、怒りと諦念が入り混じった権藤の声が。
「今日は休もうと思ってたのに、まさか臨時局長級会議の招集がかかるとはなぁ。昨日はお偉いさんが急襲してきたし、そのまま会議用の資料作りで徹夜する羽目になるし、最近の俺は運悪すぎやしないか?」
「恩田さんに会えたじゃないですか。彼のおかげで、亀岡ダンジョンは相当な利益をあげられているのですよ?」
先々週に比べると、先週の亀岡ダンジョンの収益は約1割も増えている。さらに1日単位で見ると、昨日の収益は亀岡ダンジョン始まって以来の最高額を叩き出した。
そんな日曜日の収益額のうち、恩田が関わるものだけで35%を占めたのだ。いかに恩田の換金額が規格外なものだったかが、よく分かる数字である。
……まあ、恩田の対応をした権藤は大変だったわけだが。カウンターに収まりきらない魔石の山、しかも営業終了間際の対応となってしまったものだから、処理に時間がかかってしまった。『特に急ぎじゃないので、明日……は休む予定ですから、明後日の処理でも構わないですよ? さすがにこの量はしんどいでしょうし……』と恩田が魔石を引き上げようとしなければ、多分権藤はキレていたかもしれない。
「いやぁ、彼も彼でなぁ。間違いなくうちに多大な貢献をしてくれてるし、本人の性格も至ってまともなんだが。予想外のことを色々しでかしてくれるし、対応にあたって苦労も多いのよ……」
「まあ、確かにそうですね……」
その先の言葉を、2人は飲み込む。いくら周囲に人がいないとはいえ、どこで誰が話を聞いているか分からないからだ。
……恩田に関しては、漏れたら大混乱必至な特大級の秘密がなぜか多い。それこそ、使い魔という一番最近のやらかしが可愛く見えてしまうくらいに、重たい秘密が目白押しなのである。恩田とは約束もしているゆえ、決して漏らすわけにはいかないのだ。
「それにしても、まさか東京本部主催の局長級会議とは思ってもみませんでした。いつもの通り、近畿支部主催の局長級会議かと思っていましたよ」
「ああ、それは確かに珍しいな。普通、本部が招集するのは支部長・副支部長クラスまでだろうに……参加人数が多すぎて、内容が薄くなってしまうぞ」
「なぜ、そんな会議の開催が急に決まったんでしょうか?」
「さあな?」
権藤と澄川が、顔を見合わせて首を傾げる。2人とも本部主催の会議に参加した経験はなく、参加したのは近畿支部主催の会議だけ。そも、組織図的に直属の上位組織は近畿支部になるので、支部を飛び越して本部主催で各迷宮開発局長が招集されることはまず無いのである。
「……さて、午前9時半か。会議は10時スタートらしいし、そろそろ会議室に行って、パソコンの準備でもしようかね」
「はい。それにしても、WEB会議って本当に便利ですね」
「そうだな、移動時間のロスがほとんど無いのはありがたい限りだ。まあ、なんだかんだで対面よりは会議そのものの効率は落ちるし、こうやって臨時の会議を急に入れてこられるのは困りものだけどな」
「そうですね……」
ダンジョンが現れた当初というのが、まさに例の感染症の最盛期であったことが理由であろうか。全てのダンジョンバリケード内には、インターネット環境を備えたモニター付会議室が複数設置されている。
そのうちの1つである、局長専用の会議室にノートパソコンを持った2人が入っていく。迷宮探索開発機構・東京本部……各地方の迷宮開発局を統括する10の支部、その更に上に位置する最上位組織によって急遽招集された、臨時の全局長級会議に参加するために……。
ここで1つ、ご注意を。
日本無線協会の資格をCBT方式で受験する場合、受験申請日から数えて14日目以降の日付しか指定できないようです。今回は話の都合上、かなり短縮した日程で進行させていますが、本来はあり得ない日程であることをここに記載させて頂きます。また、今後も資格取得がハイペースで行われる場合が多々ありますが、現実は小説の流れ通りには決していかないことを予めご承知おきください。
なお、日本無線協会の一般的なペーパー試験の場合、
①試験の2ヶ月ほど前に受験申請
②試験後、3週間後を目処に結果通知
③②で合格した後、所管の総合通信局宛に無線従事者免許申請書を提出 (郵送または総通局に直接提出)
④申請書内容の精査を経て、資格者証発行 (郵送または総通局にて直接受け取り)
という流れで資格取得となります。
CBT方式でも①の日数が最短14日になるだけで、②以降の流れはほぼ同じです (②が多少短くなる程度)。なので、本来は受験申請から資格者証受領まで、最短でも1ヶ月半(CBT)〜3ヶ月(ペーパー試験)ほどはかかります。
特に資格申請が急増する時期は、④の精査にかなりの時間がかかる場合もあります。焦らず待ちましょう。
また、ようやく小説内にて独立行政法人・迷宮探索開発機構の組織図に関する話題が出せましたので、ここで少し説明させて頂きます。
まず、東京は霞ヶ関に機構の本部が置かれています。これを"東京本部"、あるいは単に"本部"と呼びます。
この本部の下に、北海道支部・東北支部・関東支部・北信越支部・東海支部・近畿支部・中国支部・四国支部・九州支部・沖縄支部の10支部があり、それぞれの地域の迷宮開発局を統括しています。
また、それぞれの迷宮開発局がどの支部の下に属するかについては、所在地の都道府県によって決まります。亀岡迷宮開発局は京都府内にあるので、近畿支部の所属となりますね。ちなみに、近畿支部の事務所は大阪市にあります。
なお、これは完全に余談ですが。
恩田が住む家は賃貸で、本来はペット禁止なのですが……大家と直接交渉し、賃貸料アップと引き換えにこれを認めてもらっています。




