3−47:アポ取りや根回しが上手な人を、世間では"できる人"と呼ぶ傾向が強いようだ。まあ、俺は下手だけど……
「ふう、ようやく帰ったがな……」
「きゅぅ……きゅぅ……」
秘密書庫の中で、椅子に座ってのんびり待つこと約30分ほど。ヒナタが器用にも俺の左肩で立ったまま寝てしまい、俺も若干船を漕ぎかけていたところで……権藤さんが書庫の中へと入ってきた。
どうやら、お客さんとやらは帰ったらしい。遅い時間に来ておいて、随分と長く喋っていたものだ……しかも、権藤さんの反応から察するにアポ無しだろう? どこの誰だか知らないが、さすがにそれは失礼ではなかろうか。
「本当に申し訳ない、恩田探索者よ。俺でも面倒な相手でな、大した要件でもないのに随分と時間を食ってしまった」
「ふぁぁ……いえ、大丈夫ですよ。権藤さんは何も悪くないですし、先にそちらの対応をして欲しい、と言い出したのは俺ですから」
そうは言ったものの、つい欠伸が出てしまった。それを見た権藤さんの顔が、申し訳なさそうな様子に変わっていくのを見ると……なんだか、こちらが申し訳ない気分になってくる。実際はどちらも被害者なので、文句を言うつもりは全く無いけどな。
「……む? 恩田探索者、その本はどうしたんだ?」
訓練の本・壱の存在に権藤さんが気付く。そういえば、本棚にしまうのをすっかり忘れて、机の上に置いたままだったな。
「ああ、これですか。ヒナタが本棚から持ってきてくれたんですが、俺がいくら力を込めても開かなくて……」
「なるほど、"壱"と書かれたあの本か。それはそうだろうよ、今まで誰もその本を開けられなかったし、魔法を使ってもビクともしなかった。外観を見ても手がかりは皆無で、ダンジョンで見つけた本なのだが用途が分からず困っていたのだ」
「あ〜、やっぱりそうなんですね」
ほぼ確信に近い推測だったが、権藤さんの一言でこの本がダンジョン産であることが確定した。まあ、異空間に突然飛ばされるような仕掛けを施された品が人工物だったら、逆に驚きだけどな。
「ところで、その本がどうかしたのか?」
「………」
権藤さんの言葉に、何も言わず本を渡す。
本を受け取った権藤さんは、最初は怪訝そうな様子で本を見つめていたが……やがて、その表情が驚愕の色に染まっていった。
「文字が増えている……恩田探索者よ、これは!?」
「権藤さんのご想像通りかと」
「まさか、この本を開いたということか!?」
「きぃっ!?」
権藤さんの大声に驚いたのか、ヒナタがビクリと勢い良く飛び起きる。そのまま身を隠すように、俺の頭の後ろへと移動した。
「きぃぃぃ……」
プルプルと震えながら、ヒナタは俺の後頭部にしがみついている……そんなヒナタの様子に、なんだか沸々と怒りの念が湧き上がってきた。
「……権藤さん? ヒナタが怖がるので大声を出すのはやめてもらえますかね権藤さん? 別にそんな腹に力を入れる必要は無かったんじゃないですかね権藤さん?」
「い、いや、その……も、申し訳ない恩田探索者よ。だからその、その怖い顔をやめてもらると非常にありがたいのだが……?」
「いえ、分かって頂けたのであればいいです」
俺の熱い熱い思いが権藤さんに伝わったようで、なによりである。
「……なるほど、"訓練の本・壱"か。ずっと"壱"としか書いていない本だったから、どういう用途の物なのか不明だったのだが……なるほど、使い魔との訓練に使うものだったのだな」
「ええ、おそらくは」
互いに少し頭を冷やし、謝罪し合った後で改めて本を眺める。最初に比べると表記が増え、本の用途は確かに分かったのだが……そもそも使い魔を連れている人が俺の他にいないので、これ以上の検証はできない。
「権藤さんや俺が本を開けられなくて、ヒナタが開けられたのですから……まあ、そういうことなのでしょうね」
しかし、まさか使い魔との訓練のためだけに、五感全てが本物|だと判断してしまうほど完璧な異空間を用意してしまうとは。ダンジョン産のアイテムというのは、本当にぶっ飛んだ効果を持っているんだな。
……しかし、異空間か。アイテムボックスは大きな生物 (大きいと言っても目に見える大きさ、例えばアリやアブラムシくらいの大きさでも入れられなかった。細菌やウイルスなんかはアイテムボックスに入れるようだが、俺にも違いがよく分からない……)を入れることができない仕様なので、人が入れるような異空間を作ってみたいとは考えていた。
訓練の本で見たような規模はさすがに無理かもしれないが、部屋1つくらいの小規模なものなら俺の【空間魔法】で再現できるかもしれない。今度試してみようかな。
「それにしても、この本はどこで手に入れたんですか? ダンジョンの中なのはなんとなく分かりますが……」
「どこだったかな……銀の宝箱から出てきたことだけは覚えているのだが、具体的な階層は忘れてしまったよ」
「そうですか……」
なるほど、これは銀宝箱ランク相当の品だったのか。
……そういえば、本の中で得た報酬の最高ランクも銀だったな。次の"弐"の本は、きっと本自体も最終報酬も金ランク相当の品になるんだろうな。
「それはさておき、待たせてしまったお詫びだ。その訓練の本は恩田探索者に進呈しよう」
「へ? いや、さすがにそれは……。別に権藤さんが悪いわけではないですし、そこまで気を遣って頂かなくても」
「仮にそうだとしても、その本は俺にとって無用の長物なのでな。恩田探索者の方が有効活用できそうだし、よければ持っていってもらえるとありがたい」
「……分かりました、ありがたく頂戴いたします」
間違いなく貴重な品だが、ありがたく頂戴することにした。この恩は、亀岡ダンジョンで魔石をたくさん持ち帰ることで返すことにしよう。
「さて、迷宮探索開発補助動物へのヒナタの登録の件だが……」
「ああ、そういえばそんな話でしたね」
すごく大事なことのはずなのに、間に訓練の本を挟んだせいで若干忘れかけてたよ。
「さて、まずは試験ですかね?もう 遅い時間ですけど、やりましょうか」
「きぃっ!」
「いや、試験は合格だ」
「そうですか……え?」
権藤さんの言葉に、肩の力がすっと抜ける。
……試験に合格? 俺、何かやっただろうか?
「その本の謎を解いてくれた。それだけでも十分な成果であり、試験合格に値すると俺が判断した。ゆえに、ヒナタは合格だ」
「きぃっ!」
気が利くね〜、じゃないのよヒナタさんや。
しかし、そうなるとあとは……。
「そう、あとは登録事務作業……ひいては、君の意思を確認するだけだ、恩田探索者よ」
「………」
ヒナタを補助動物として登録する。それは実質的に、俺が使い魔を連れていることを世間に知らしめる、ということにほかならない。注目する人はそんなに多くないだろうが、面倒事は増えるかもしれない。
……まあ、覚悟はとっくに完了してるけどな。
「意思ですか? もちろん決まってますよ。
……権藤さん、ヒナタの登録の件、よろしくお願いいたします」
「あい分かった。それでは、ヒナタの立場は我々"亀岡迷宮開発局"が保障しよう」
「ありがとうございます!」
「きぃぃ!」
椅子から立ち上がり、ヒナタと一緒に頭を下げてお礼を言う。ヒナタはよく分かっていないようだったが、俺を真似て頭を下げてくれた。
「それで、ヒナタと一緒に外を出歩く時の対応なのだが……」
ふむ、やはりきたか。
「俺としては、ヒナタには何かしら全身を覆い隠せる物の中に入ってもらいたいと考えている。覆えればリュックでもケージでも何でも良いのだが……恩田探索者は何か持っていないか?」
ここはリュック一択だろうな。本音を言えば、ヒナタをリュックに入れるのはモノ扱いしているようで嫌なのだが。他に方法が無い以上、そうせざるを得ないだろう。
ちなみに、ケージはもっと嫌だ。理由は自分でもよく分からないが、なんとなく拒絶感がある。
……だが、できない理由もまた相応にある。
「あ〜、そうしたいのはやまやまなのですがね。今日の探索で、いつものリュックサックが焼けてしまいまして……"アイテムボックス・取出"」
真紅竜のファイアブレスで無残に焼け焦げ、原型を留めなくなったリュックを取り出す。こんな有様では、ヒナタを保護することなどとてもじゃないが不可能だ。
それを見た権藤さんが、絶句する。
「……おい、ボロボロじゃないか。本当によく生き残ってくれたものだ、恩田探索者」
「どうも悪運は強かったようです。
とまあ、それは置いといて……アイテムの持ち運びはアイテムボックスがあるので、まあいいかと思っていたんですがね。ヒナタが仲間になることを予想していなかったので、手持ちに使えそうな物が無いんですよ」
というか、元々はアイテムボックスの存在を隠すための目眩ましとして、リュックを用意していたような……そう考えると、予備くらいは確保しておくべきだったか。ここは、今後に向けた学びとしておこう。
「ふむ、ならば少し待っていてくれ」
「? はい」
おもむろに権藤さんが立ち上がり、書庫の一角にあった本棚をぐっと押し込む。
……なんと、その本棚がくるりと回転した。そして、その奥から何やら迷彩柄の物を取り出して戻ってくる。ホント、忍者屋敷だなココは……。
「よし、恩田探索者にこれを進呈しよう」
「……これは、迷彩柄のリュック? あっ、これってまさか!?」
「ああ、そうだ。俺がこの収納袋を入手するまで使っていたリュックでな、詳細は知らないが特殊強化繊維とやらでできた高耐久リュックサックらしい。これなら十分に代替となるだろう」
「いや、代替どころか……というよりいいのですか? これ、機密的な何かなのでは?」
俺の問いかけに、権藤さんは首を横に振った。
「いや、それは型落ち品らしくてな。払い下げ品として俺が私費で買い取った物だ、制度上も譲渡しても一切問題は無い。
……俺にとっては、確かに2年以上背中を預けた相棒だがな。ゆえに恩田探索者になら預けられる」
「………」
なぜだか、俺に対する権藤さんの信用が厚い。今まさにリュックが燃えてしまって、途方に暮れてた人間だというのにな。
「……分かりました、それではありがたく頂戴いたします」
「ああ、うまく使ってやってくれ」
「はい。今度は燃やしたりしないように気を付けますよ」
「はっはっはっ、まあそれは大丈夫だろう。なにせ、俺は何度も死にかけたが、リュックはいつ何時も平然としていたからな。それだけ耐久力は抜群な一品だからな」
いや、それは大丈夫とは言わないのでは……?
「きぃっ!」
「あっ!?」
大きく開いたリュックの口へ、ヒナタが勢いよく飛び込んでいく。
慌てて中を覗き込むと、ヒナタは中でまったりとしていた。リュックの容量が十二分にあり、またフレームが入っているのかフニャリと潰れてしまうこともなく、かなり広々としていて快適そうだ。
……まあ、寒い間は別にそれでいいのだが。夏場はちょっと暑そうだな……そのうち、何かしら対策法を考えておかないとな。
「ヒナタが気に入ってくれたようです」
「きぃ!」
「おお、そうかそうか!」
リュックの口から顔だけを出して、ヒナタが"褒めて遣わす"とか何とか言ってるが……どこで覚えたんだ、そんな言葉。
「では、すぐに登録手続きに入ろう。すまないが、もう少しだけ待っていてくれるか?」
「はい、分かりました」
スマホで時刻を見ると、今は午後7時を少し回ったところだった。ヒナタの登録手続きに加えて、魔石やらなにやらの換金もしないといけないし……ダンジョンバリケードを出るのは午後8時くらいになるかもしれないな。
そこまで遅くなれば、電車もそんなに混んでいないはずだ……多分な。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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