3−44:訓練の塔、進め進め遥か上まで
ヒナタを左肩に乗せて螺旋階段を上り、塔の第2階層へと向かう。見た感じ、高さは大体5メートルくらいなので、ちょっと上れば次の階層に行けるかと思っていたのだが……これが案外、そうでもなかった。
「長いな……」
「きぃ……」
螺旋階段を3周、4周、5周……したところで、ようやく次の階層にたどり着いた。
円柱内部から第2階層に下り立つと、目の前には視界を遮る高い高い茶色の壁。壁の高さは6メートルほどあり、表面が滑らかでとても上れそうにない。
それとなく周りを見てみると、茶色の壁は円柱の周りをぐるりと囲っているようだ。
「どっかに道は……うん?」
円柱の後ろに回り込むと、壁に穴が空いて道になっていた。ここから先に進めそうだ。
――第3課題、"タワーラビリンスを突破せよ"が開始されます
――早くクリアできれば、豪華賞品が進呈されるかも?
タワーラビリンスか、なるほどな。第2階層は階層全体が迷路になっていて、それを抜けるのが今回の課題か。
……ただ、この塔はかなり大きい。太い柱が数十本も立って、なおスペースに余裕があるくらいに第1階層は広かった。第2階層もそれは同じはずで、広い階層の全てが迷路になったとすると、抜けるのはかなり大変そうだな……。
「きぃっ!」
任せて、とヒナタが言っているが……どういうことだ?
「きぃっ! きぃっ!」
左肩から飛び上がったヒナタが、俺の頭よりやや高い所から下を覗き込んでいる。
……ああそうか、なるほどな。いい加減、課題のパターンが分かってきたが、つまりこれは……。
「ヒナタ、空から道順を見て、ゴールまで導いてくれないか?」
「きぃっ!」
そう、こういうことだ。
壁は非常に高いが、天井まで届いているわけではない。第2階層は天井高さが8メートル近くあり、壁の上にはハッキリと隙間がある。そこをヒナタに飛んでもらい、ゴールまでの道筋を教えてもらうのだ。
了解、とヒナタが一気に高く飛び立つ。すぐに天井付近へと到達したヒナタは、ある方向をじっと見つめた後に「きぃ! きぃ!」と鳴いた。どうやら、そちらの方にゴールがあるようだ。
さて、ヒナタの誘導で向かいましょうかね。
◇
「なかなか、遠かったな」
「きぃ」
ゴールと思しき場所の近くに立つと、お疲れ様、とヒナタから労われる。
だが、まだ終わりではない。課題完了のシステムアナウンスはまだ鳴り響いていないからだ。
「さて……」
ゴールとなる上階への移動箇所は、塔内部の外周の壁に取り付けられた上り階段だった。階段前は小さな広場になっており、そこで一息ついてから段差に1歩足をかけた。
――第3課題クリアです
――クリアタイムは9分48秒でした
――規定タイムA:25分をクリアしたため、挑戦者には"閃光玉"が進呈されます
――規定タイムB:15分をクリアしたため、挑戦者には"火炎玉"が進呈されます
――規定タイムC:10分をクリアしたため、挑戦者には"電撃玉"が進呈されます
――お疲れ様でした
課題クリアを伝えるシステムアナウンスが鳴り響き、広場に石製の宝箱が3つ現れた。
……この迷路だが、なかなかに難しい構造だった。ゴールに到達するために一旦はゴールと反対側に進み、そこから回り込む必要があるタイプの迷路だったのだ。だが、なんとか突破することができた。
それもこれも、ヒナタの誘導が的確だったからだ。迷路構造の罠に騙されず、大筋で正しい道を俺に提示してくれたのだ。多少間違えてしまった部分もあるが、それは御愛嬌というものだ。
「ヒナタ、ありがとうな」
「きぃ♪」
ヒナタを撫でながら、石製の宝箱を開ける。中のアイテムはさっさとアイテムボックスに放り込み、先を急ぐことにした。
そこからは、次々ともたらされる課題を順番にクリアしていった。
――第4課題、"現れるリングを順番にくぐれ"が開始されます
――早くクリアできれば、豪華賞品が進呈されるかも?
塔の第3階層では、第2階層よりさらに広くなった部屋内に次々と現れるリングを、まるでイルカのパフォーマンスのように順番にくぐっていき。
――第5課題、"的当てオン・ザ・スカイ"が開始されます
――早くクリアできれば、豪華賞品が進呈されるかも?
塔の第4階層では、空中に浮かんでゆらゆらと移動する大量の的を、ヒナタと協力して全て撃ち抜いた。
そして……。
「この階層は少し雰囲気が違うな」
「きぃっ!」
次にやってきたのは、まるで闘技場のような雰囲気がある階層だった。
塔の第5階層は中央部分が最も低く、そこは丸く広く平坦になっている。その周囲を、1段の高さが異なる2種類の段差がぐるりと囲っており、まるで中央部で行われる何かを観覧するかのようなつくりとなっていた。これは、ほぼ確実に戦いになるな。
雰囲気を察したヒナタも気合十分だ。ここまで賢さを試すような課題が多かっただけに、ようやく待ち望んだ力の課題だとばかりにヒナタの鼻息は荒い。
段差を下り、中央部に入った……その瞬間だった。
――最終課題、"大粘生体を撃破せよ"が開始されます
――早くクリアできれば、豪華賞品が進呈されるかも?
最終課題か、内容は大粘生体を撃破せよ……って、大粘生体ってまさか!?
――ヒュゥゥゥゥ……
――ボヨン! ボヨン、ボヨン……
平坦な中央部のさらに中央に、空からゲル状の青く巨大な何かが降ってきた。
そのゲル状の物体は、床に当たってボヨンボヨンと何度も跳ねる。まるでスーパーボールのような弾力性があるようだが、その物体の正体というのが……。
――ズズ、ズズズ
――シュウゥゥゥ……
「おいおい、マジかよ……」
超巨大なブルースライムだった。
大粘生体……ブルースライムの特殊個体、ということなのだろうがとにかく大きい。冗談抜きで、郊外の2階建て一軒家くらいの大きさはあるんじゃないだろうか? 強さは分からないが、大きさだけならヘルズラビットよりも確実に上だ。
――ズズズ、ズズズ……
「………」
ただ、特殊個体になってもブルースライムはブルースライムらしい。こちらを一切認識せず、まるで見当違いな方向へとゆっくり這いずっていく。これなら戦うのも楽……だったなら、どれだけよかったことか。
――シュウゥゥゥ……
床の表面が白い煙を上げている。巨大なブルースライム――正式名称は大粘生体だが、ここは"ラージスライム"と呼ばせていただこう――が這いずった跡だけ、黒く灼けた床が顔を覗かせていた。
どうやら、ラージスライムが移動した後には強酸性の物質が残るらしい。ダンジョンの通路のような狭い場所で戦っていたのなら、体の大きさも相まって相当に厄介な相手だっただろう。
……だが、ここは大きく開けた場所だ。地の利は間違いなくこちらにあるし、なによりも……。
「ヒナタがいるからな。足場が悪くても、十分に戦える」
「きいっ!」
とはいえ、"強酸性の溶解液を飛ばす攻撃"みたいな新パターンが無いとも限らない。怪しい行動にはしっかりと目を光らせておこう。
さて、肝心要のラージスライムの倒し方だが……。
「………」
体が大きくなったにも関わらず、核の大きさはほとんど変わっていないようだ。しかも、核はラージスライムの体内を高速で動き回っている。あれでは狙い撃つのは難しい。
加えて、これまで戦った特殊モンスターは全員が新たに魔法耐性を得ていた。それは、魔法にすこぶる弱かったブルースライムも例外ではないだろう。ブルースライム戦の定跡通りに考えれば、遠距離攻撃で攻めるのが基本になるのだろうが……少し試してみるか。
「ヒナタはちょっと待機だ。隙を見てファイアブレスを頼む」
「きぃっ!」
「さて、まずはこいつだな。"ライトショットガン"」
ラージスライムに向けて、光の散弾を放ってみる。威力最弱クラスの魔法で、ダークネスバットには弱点属性ゆえそこそこ効いたが、爬人隊長には全く通じなかった。果たして、これは効くのだろうか。
――バシュシュシュシュ!
――ジジジジジ……
ライトショットガンを放った直後、ラージスライムはピクンと反応したが……そのまま攻撃を受け止めた。弾丸はラージスライムの体を少しだけ削り取り……すぐに消える。削られた部分はゲル状の体が膨れ上がり、あっという間に元の状態へと戻ってしまった。
適当に魔法を撃ち込めば倒せたブルースライムと違い、ラージスライムは体力も魔法耐性も高いらしい。これは、生半可な攻撃では意味が無いな。
「雷魔法の方が効くか? "ライトニング"」
――カッ!
――ドォォォン!
ラージスライムに向けて雷撃を落とす。すると、ラージスライムは驚きの行動を見せた。
――グニョン!
なんと体をドーナツのような形状に変えて、雷撃を回避したのだ。ちょうど穴が空いた所に雷撃が落ち、見事に空振った雷撃は地面を伝って霧散してしまった。もちろん、ラージスライムはノーダメージである。
……当たれば効くかもしれないが、形状変化のスピードがとてつもなく早い。まさか避けられるとは思っていなかったが、これはかなり面倒な戦いになるかもしれないな。
「"サンダーボルト"」
それでも、魔法を撃たなければダメージを与えられない。そして、ライトショットガンとライトニングに対する反応の違いからみるに、雷属性は少なくとも効くのだろう。
右手から電撃を発射すると、ラージスライムは器用に電撃の通り道だけを空けて複雑に形状変化し、攻撃をやり過ごした。
「なら、これはどうだ? "ライトニング・サークル"」
円状に電撃が広がる落雷を発生させる。さすがにこれは当たるかと思ったのだが……ラージスライムの挙動は、俺の想像の遥か上をいった。
ラージスライムは体をバネのように変形させ、天からの落雷は輪の中心に誘導して回避した。その後の円状の電撃は跳ねてやり過ごしたのだ。
あの動きを本能だけでやっているのだとしたら、本当にとんでもないことだな。
「きぃ」
「……ん? ああヒナタ、もちろん忘れてないよ」
でもまあ、別に俺だけが戦ってるわけじゃないからな。隙らしい隙も見当たらなかったようだし、やはりここはヒナタと連携して隙を作り出していくしかないな。
「さすがのラージスライムも、飛び跳ねた直後の攻撃は避けられないはずだ。そこを狙ってくれるか、ヒナタ?」
「きぃっ!」
任せて、と頼もしい返事がヒナタから返ってくる。さて、ここからが本番だ。
ラージスライム、確実に仕留めてやろう!
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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