3−42:急な異世界転移……ではありませんよ?
……これは、一体何が起こったのだろうか? ヒナタが本を開いた後、文字を読もうとしたら本から強烈な閃光が放たれて……気付けばここに立っていた。
「……屋外?」
「きぃ?」
謎の本を開く前までは、確かに俺たちは特別書庫にいた。しかも単なる屋内というわけではなく、窓1つ無い完全密閉された空間の中に。
しかし、俺たちが立っているのはどこからどう見ても屋外だ。しかも……。
――サァァァァ……
優しく吹き抜ける風は所々に繁る草むらを揺らし、草木の淡い香りを運んでくる。芝生のような低草が地面を覆い、緑色のカーペットが雲1つ無い水平線の向こうまで続いている。
見た目だけでなく、五感全てを大いに刺激するこの感じ……やはり、ここは外で間違いない。
「いつの間に外に出たんだろう?」
"壱"とだけ書かれた謎の本。あれは、もしかしたらダンジョン産の本だったのかもしれない。それならこの不思議な現象にも、一応は納得できる。
そんな不思議空間の中でも、やはり一番目立つのは……。
「しかも、石造りの塔まであるのか。なんだかヨーロッパっぽい雰囲気だな」
「きぃ」
ピサの斜塔をまっすぐに立て、床面積を3倍くらいに広げた感じの、どこかドラ◯エ的な石造りの塔。窓が一切無いそれが、大草原の中に堂々と鎮座している。水平線上に傾く夕日が、塔をより幻想的に引き立てていた。
「………」
周囲をそっと見回す。ダンジョンゲートのような分かりやすい帰り道は見当たらず、どこまでも続く草原の中にヒナタと2人、ポツンと立っている。モンスターの反応も一切無い。
「塔に行ってみるしかないな」
「きぃ♪」
このまま待っても何も起こらなさそうなので、塔に向かってみることにした。遠足みたいだと思っているのか、ヒナタが楽しげに返事してくる。
……まあ、確かにそうだな。なぜこんな場所へ飛ばされてしまったのかは分からないが、どうせすぐに帰れないのなら楽しんでしまった方がよっぽど良い。
……悪戯心が、なんだか沸々と湧いてきた。
「よっしゃヒナタ、塔までどちらが早く着けるか競争だ!」
「きぃっ!? きぃぃぃぃぃ!」
ヒナタを両手でそっと掴むと、一気に空へと放り投げ――すかさず走り始める。
ヒナタは空中で体勢を立て直すと、すぐに俺の後を追いかけ始めた。
……そういえば、いつの間にか魔力が全快しているな。ここに飛ばされる前は3、4割くらいしか残っていなかったはずだが……まさか、これもあの謎の本の効果だろうか。
◇
ヒナタと競争しながら、塔の前までやってきた。
……ちなみに、競争はヒナタの圧勝だった。急に放り投げられてちょっと怒ってたが、頭を撫でたら機嫌を直してくれた。
さて、塔に着いたのだからそのまま中に……とは、残念ながらいかなかった。
「………」
俺の目の前では、重厚な石製の二枚扉が塔の入口を厳重に塞いでいる。一枚の石扉は最低でも高さ3メートル、横幅2メートルくらいはあり、とても人の手で動かせるような重量ではなさそうだ。
それなら、どこかに扉を開けるための仕掛けがあるはずだが……見た感じ、扉に鍵穴などは一切見当たらない。一体、この扉はどうやって開けるものなのだろうか?
「きぃ!」
「うん? どうしたヒナタ?」
「きぃ! きぃ!」
「上……?」
定位置に乗ったヒナタがしきりに上を見ろと言うので、視線を上げてみる。
「……窪み?」
大体4〜5メートルくらいの高さだろうか。扉の真上にあたる壁のところに、何かをはめられそうな大きめの窪みが2つ見える。その向かって右隣には、赤色の石が既にはまった状態の窪みも見えた。
――第1課題、"塔の入口を開け"が開始されます
――早くクリアできれば、豪華賞品が進呈されるかも?
ダンジョンで聞くものよりも、かなりノリの軽いシステムアナウンスが頭に響く。
……第1課題、か。課題名からして、この石扉を開けばクリアになるようだ。しかも、早く開けば何かしらの賞品が進呈されるらしい。
それにしても、ここにきてまさかの謎解きか。複数フロアがありそうな塔だから、てっきりボスラッシュみたいな感じになるかと思ったのだが……相変わらずオートセンシングにもモンスターの反応は無いし、ちょっと驚いた。
……ともかく、あの窪みに何らかの色の石をはめ込めば、扉が開くのだろうか?
「まずは石を探してみるか、ヒナタ」
「きぃ!」
とりあえず周囲を見渡すが、特に怪しいモノは見当たらない。地面に落ちている、という類のものではどうやらなさそうだ。
「塔の周りを回ってみよう」
「きぃ、きぃ」
塔の反対側とかに、何かありそうな気がする。そう考えて、塔の外周を確認してみることにした。
「きぃ!」
塔の外周に沿ってしばらく進むと、再びヒナタが上を見ろと促してくる。
そこで視線を上げると、何やら紫色の石が壁にはまっているのが見えた。石は高さ4メートルくらいの所にあり、このままでは手が届かない。
……これは、ヒナタに任せるしかないか。
「ヒナタ、あの石を取ってきてくれないか?」
「きぃ!」
お願いをすると、ヒナタは快く引き受けてくれた。
左肩からサッと軽やかに飛び立ち、紫の石に近付くやいなや牙を突き立てて力強く引っこ抜き、そのまま口に咥えて左肩へと戻ってくる。
「よしよし、ありがとうなヒナタ」
「きぃ♪」
紫の石を受け取りつつ、ヒナタを撫でてしっかりと労う。石は拳大ほどもあり、そこそこ重くて大きなものだったが……ヒナタはものともしなかった。さすが、元ダークネスバットなだけあるな。
「さあ、もう少し先に進もうか、ヒナタ」
「きぃ!」
そうして塔の周りを進んでいくと、他にもいくつかの石が塔の壁にはまり込んでいるのを見つけた。
青色、緑色、白色、黄色、橙色……ヒナタにお願いし、全ての石を回収する。
そうして塔を一周し、元の扉の前まで戻ってきた。
「……さて」
さあ、ここから謎解きの開始だ。早速、手元の石を確認する。
橙色、黄色、緑色、青色、紫色、白色……既にはまっている赤色と合わせれば、白色を除いて虹の構成色になる。残った白色もプリズムを使えば虹色に分解されるので、実質的に虹の構成色と考えてもいいだろう。藍色の石だけは無かったが、そこは青色に統合されていると考えていいかもしれない。
しかし、6つある石に対して空いているのは2つの窪みだけ。これらの石から2色を選び、窪みにはめ込んでいかなければならない。見た感じ色の並びも重要になってきそうなので、はめ方のパターンは30通りもある。
これを全部試すのは、ヒナタの負担が大きすぎる。ある程度の根拠に基づいて試行すべきだろう。
「まず、あれが何を模しているのか、だな」
3色並んで構成されていて、向かって右が赤色のもの……思い付くものは1つしかない。まずはそれを試してみる。
「ヒナタ、1つ頼まれてくれるか? この黄色の石を、まずは赤い石の隣の窪みにはめてきて欲しい」
「きぃっ!」
黄色の石を差し出すと、ヒナタはそれを咥えて飛び立つ。すぐに真ん中の窪みへと到着し、赤い石と並ぶように黄色の石をそこにはめた。
無論、これだけでは何も起こらないだろう。窪みはまだもう1つあるのだから。
「よし、次はこの緑色の石をはめてきてくれるか、ヒナタ?」
「きぃっ!」
戻ってきたヒナタに緑色の石を差し出し、ヒナタはそれを咥えて一番左の窪みにはめた。
さあ、どうだ!?
――ヒュオォォォ……
……少し待ったが、何も起こらない。くそっ、外れ――
――ガチャン!
扉の向こうで、何か留め具のようなものが外れる音が聞こえた。
――ギ……ギギギギギギギギ
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
それから数秒おいて、歯車が回るような音と二枚扉が左右に開いていく音が同時に響く。さすがに重い扉だけあってか、開くスピードはとても遅かったものの……その場で待つこと、およそ40秒。
無事、扉は左右に開ききった。唐突な謎解きだったが、一発で正解を導くことができたようだ。
なるほど、答えは"横型の自動車用信号機の色の並び"だったってわけだ。
――第1課題クリアです
――クリアタイムは6分42秒でした
――規定タイムA:10分をクリアしたため、挑戦者には"閃光玉"が進呈されます
――次は規定タイムB:5分以内のクリアを目指しましょう
システムアナウンスが止むと同時に、目の前に石製の宝箱が現れる。
慎重に開けてみると、中に白い玉があった。ちょうど手のひらサイズの玉で、短い導火線のようなものが付いている。名前からして、モン◯ンで使うような閃光を発するアイテムなのだろう。
「"アイテムボックス・収納"」
まあ、つまりは1回しか使えないフラッシュというわけだ。俺にはほぼ必要の無い物だな、これは誰かにあげてしまおう。
「きぃ!」
「………!」
と、左肩に乗ったヒナタに促されて、ふと上を見る。
……3色並んだ石のうち、緑色の石だけが煌々と輝いていた。
「……へえ」
先に進んでもいいですよってか? 随分と気が利く表示じゃないか。
「よし、塔の中に行くぞ、ヒナタ」
「きぃっ!」
ヒナタと共に、塔の中へと足を踏み入れる。さて、この中には一体どんな課題が待っているのか……楽しみなような、不安なような。
それでも、2人ならきっと大丈夫だ。全部突破して、賞品とやらをゲットしてやろう!
というわけで、唐突な謎解き回でしたがお楽しみ頂けたでしょうか?
有名な話かもしれませんが、横型自動車用信号機は向かって右が赤信号です。街路樹の枝葉などで隠れにくいから、というのがその理由らしいですね。
なお、この謎解きには別解があります。謎解きにあたって使う根拠は全て同じなので、一度ピンとくれば多分全て分かると思いますよ。
……ここで、1つだけヒントを。
恩田は盛大に勘違いしていますが、緑色・黄色・赤色の並びが正解になったのは"横型自動車用信号機の色の並びだから"という理由ではありません。石が緑色だけ光ったのも、単に規定タイムAの10分以内にクリアしたから、という理由でしかありません。
正解パターンの共通項は、別の内容になります。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




