3−41:新制度を作るのは時間かかるけど、既にある制度を活用すると話が早いことって多いよね
「局長権限で、ヒナタに公の立場を……ですか?」
「きぃ?」
「ああ、そうだ。なんともおあつらえ向きに、そういう制度があるんだよ」
どうにも意味を図りかねて、俺とヒナタは首を傾げる。確かに権藤さんは亀岡ダンジョン局長で、それなりに上の立場にいる人ではあるのだが……そんな、すごい権限を持たされてるのか?
「ちなみに、どんな制度なんですか?」
「嘱託警察犬制度というものがあるが、それに近い制度になる。民間の犬が審査や試験を経て警察犬として認定されるのと同様に、ヒナタを亀岡ダンジョン限定の"迷宮開発探索補助動物"として審査・登録しよう、というわけだ。それなら局長権限で指定可能なうえ、ペット扱いながらヒナタには確かな地位が与えられる。ただし制度の都合上、1年毎に更新試験を受けて合格する必要があるがな」
「へえ……」
「きぃ……」
なるほど、そんな制度があるのか。ダンジョン関連の法律や制度の整備は、ほとんど進んでいないように見えたが……他に似た制度があるため採用しやすかった、というわけだな。
登録対象を"動物"にしている点が、警察犬制度とは大きく異なるが……これはダンジョン探索に向いた動物がどれなのか、未知数だったのもあるんだろうな。
「まあ、試験は一般的な動物向けのものだから、より能力に優れたヒナタが合格するのは容易だろう。そこはあまり心配しなくていい。
……むしろ、俺が心配なのは恩田探索者、君の方なんだよ」
「俺、ですか?」
とても良い制度に思えるのだが……何か心配事の種になるようなことが、この制度にあるのだろうか?
「ヒナタが迷宮開発探索補助動物として登録されたことを、広く公表する必要があるんだよ、恩田探索者。そうしなければ、ヒナタが迷宮探索開発機構・亀岡迷宮開発局の保護監視下にあることを世間に示せなくなる」
「公表……ああ、なるほど」
「きぃ?」
言われてみれば、確かにそうだ。
ヒナタの現在の世間的な扱いは、残念ながらただのモンスターでしかない。今のままでは、他の探索者などにヒナタが危害を加えられても文句を言えないのだ。
それを防ぐため、公的機関 (今回は亀岡迷宮開発局長の名前で、亀岡迷宮開発局)が制度に則り、ヒナタの立場を保障してくれるわけだが……代わりに、保障するに至った理由や経緯、対象者の情報などを明らかにし、そして公表しなければならない。いざヒナタの身に危険が及んだ際に、その原因を作った相手に『知らなかったんだから仕方ないよな』『危険なモンスターだと思ったから仕方ないよな』などと言わせないために。
まあ、そうでなくとも公的な立場で権限を行使した以上は、その内容などを詳らかにする義務があるだろう。国家機密や個人情報に深く関わる事柄でない限りは、だが。
そして、ヒナタの存在を公表することでどんな問題が起きるのか、といえばだ。
「無論、公表時点で恩田探索者の事はしっかりと伏せるが……昨今の事情を勘案すると、残念ながら公然の秘密になる可能性が極めて高い。望まぬ情報拡散に対して拡散者を罰することはできても、一度広まってしまった情報を抑え込むのは難しいからだ」
「………」
SNSに動画配信サイトと、現代において情報が拡散していく速度は極めて早い。加えて、日本に住む人全員が情報リテラシーを十分に持っているかというと、残念ながらそうではない。
1人でも不届き者が混ざっていれば、情報は瞬く間に広がっていくのだ。そのきっかけとなった行動に対して罰を与えることはできても、個々人の危険な行動を100%事前に阻止することは不可能である。権藤さんが言っているのは、つまりはそういうことなのだろう。
ヒナタと今後も一緒に居たいのであれば、そういう覚悟は今のうちに決めておいた方が良い、と。
「……さて、どうする恩田探索者? 局長権限を行使する以上は、俺としても最大限のバックアップを約束しよう。ただ、ヒナタを補助動物として登録しないのであれば、残念ながらヒナタがダンジョン外を出歩くことは許可できない」
「まあ、答えはもう決まってますがね……うん?」
にわかに、扉の外が騒がしくなる。なんだろうと思ってソファに座ったまま振り向くと、扉がコンコンと小さくノックされた。
「澄川か、どうした?」
権藤さんがそう返事をすると、少しだけ扉が開く。そこから、澄川さんの声が聞こえた。
「局長、お取り込み中のところ申し訳ありませんが、お客様です」
「……ふむ、澄川らしくないな。平然と順番飛ばしを求めるような輩を俺が嫌っていることくらい、澄川ならば知っているだろう?」
「はい、よく存じております」
扉を凝視する権藤さんの表情が、少しだけ怒りに染まっている。その凄まじい迫力は、扉の向こうにいる澄川さんでさえ思わず息を呑むほどだった。
さすがはトップクラスの探索者、放たれる威圧感が半端なものではない。だからこそ……。
「ですが、それが分かっていて権藤さんに声掛けをされたのであれば……そのお相手というのは、相応に立場のある方なのではないでしょうか? 俺は一旦席を外しますので、先にその方の対応をして頂ければと思います」
「……む、むぐぐぐぐ。本当に、本当に申し訳ない、恩田探索者」
「いえ、構わないですよ」
権藤さんが深々と頭を下げてくる。
……これだけ頭が切れて実力もある権藤さんが、その能力とは裏腹にそこまで出世できていない理由……今、何となく分かった気がした。忖度しない人っぽいからなぁ、権藤さんは。
まあ、こういう人の方が圧倒的に信頼できるんだけどな。
「あ、そうだ。恩田探索者よ、この奥の部屋に居てくれるか? その相手というのが、すれ違うことすら面倒な相手かもしれんからな」
「……え、奥の部屋?」
「きぃ?」
権藤さんの言葉に、俺は部屋を見回す。だが、入口の扉以外に通れそうな所はどこにも見当たらない。
「ここだ」
首を傾げていると、おもむろに立ち上がった権藤さんが本棚の一角を右手で押し込む。すると、本棚がズズズっと奥に移動し……更に左へスライドさせると、もう1つの扉が本棚の奥から姿を現した。
いや、まさかこんな仕掛けになっているとは……まるでからくり屋敷みたいだな。
「この先は、俺の特別書庫だ。俺と澄川しか存在を知らない場所だな」
「えっ、いいんですか? 一介の探索者に過ぎない俺が、そんな部屋を使わせてもらっても」
「恩田探索者なら問題無い。例の件もあるからな、我々の秘密も知っておいて貰えれば幸いだ。まあ、大した秘密でなくて申し訳ないが……」
いや、そんなこともないと思うけどな。秘密裏に作られた書庫が所蔵する本……一体、どれだけの価値があることやら。
権藤さんが良いのならと、ありがたくそこにお邪魔することにした。
「では、入らせて頂きますね」
「ああ。中には本がたくさんあるが、自由に読んでもらって構わない。まあ、読めないかもしれないのだが」
「……? はい、分かりました」
含むような言いぶりが気になったが、俺がここにいてはお客様を迎える準備が始められない。さっさとその特別書庫へ移動することにした。
……書庫へ繋がる扉を開くと同時に、本棚が元の位置へと自動的に戻っていく。特にモーターやら何やらが駆動している様子も無いのだが、どういう仕組みになっているんだろうな?
「……うおっ、すげぇなこれは」
「きぃっ!」
特別書庫は、縦にも横にもかなり広い部屋だった。床の広さはざっと5メートル×10メートルくらいで、部屋の中心に1メートル四方くらいの大きさの机が置いてあり、天井までの高さは大体7メートルくらいある。その壁は全て本棚になっていて、本が所狭しと並べられていた。
思い返せば、ダンジョンバリケードの一角が正体不明のスペースになっていた気がするが……なるほど、この特別書庫用のスペースだったのか。
「………」
それにしても、これじゃ上の方に手が届かないな。本棚の上面で大体6メートルくらいの高さがあるし、脚立があっても届くかどうか……まあ、権藤さんなら身体能力やら何やらでどうにかしてしまいそうだが。
仕方ない、低いところにある本から順番に……。
「きぃっ!」
「えっ? あ、おいヒナタ!?」
大人しく左肩に留まっていたはずのヒナタが、急に空へと飛び立つ。そのまま、一目散に本棚最上段の一角へと飛んでいき……。
何やら白い装丁の本を棚から取り出し、口に咥えて戻ってきた。結構な重さがあるはずだが、ヒナタの飛行は非常に安定していた。
持ってきてもらった本を受け取りつつ、ヒナタを叱る。
「こら、勝手に持ってきたらダメだろ。危ない物だったらどうするんだ」
「きぃ……」
「……でも、俺の役に立つと思って持ってきてくれたんだよな? ありがとうな、ヒナタ。これからは、緊急の時以外は俺にちゃんと相談してくれよな。俺もちゃんと話を聞くからさ」
「……きぃ、きぃ♪」
ヒナタはとても賢い。こう言い含めておけば、理解して次からはちゃんと相談してくれるだろう。
……それにしても、だ。
「この本は、一体何なんだろうな……?」
他の本には一切目もくれず、ヒナタが一直線に飛んで持ってきた本だ。何も無いわけがない。
机の上に本を置き、外観をじっくりと観察してみる。装丁は全体的に白く、縁取りと文字の部分だけが黒色だ。そして本の背の部分に、小さく"壱"とだけ書かれている。
これだけでは情報が何も無いに等しいので、本を開いてみることにした。
「……?」
本の表紙に指をかけ、ページをめくろうとするが……なぜか本ごと持ち上がってしまった。
「う、うぎぎぎぎぎぃぃっっ……くっそぉ、かってぇなこれ」
表紙と裏表紙に手をかけ、両手で思いっきり反対方向に引っ張ってみるが……本は全く開かない。まるで本そのものの時間が止まっているかのように、一切微動だにしないのだ。
まさかとは思うが、ダンジョン産の本かコレ? 力一杯やっても破れず、鍵も無いのに開かない本などダンジョン産でしかあり得ない。
開かない本を前に、どうしようかと悩んでいると……おもむろに、ヒナタが白い本の表紙に翼を引っ掛けた。
「きぃっ」
そのまま表紙を持ち上げるつもりらしいが、多分それじゃあ開かな――
「――きぃ!」
――パタン
「……へ?」
なんと、いとも簡単に本が開いてしまった。俺がやった時は開きそうな兆候すら見当たらなかったというのに、これは一体どういうことだ?
「え、いや……え?」
無意識のうちに、1ページ目に書いてある文字を読もうとした、次の瞬間だった。
――カッ!!
「うおっ!?!?」
本から、フラッシュに勝るとも劣らない強烈な閃光が放たれる。反射的に、俺は目を左腕で覆い隠した。
……やがて、その光が消えた時。
「……え?」
「……きぃ?」
いつの間にか、俺たちは大きな塔が見える場所に立っていた。
恩田のソロパートはまだまだ終わりませんよ。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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