3−40:たまにしか小説に出てこない人も、見えないところで努力しているものだ
「………」
「………」
第1層を速やかに通り抜け、ダンジョンゲートを潜ったその足で換金カウンターを目指し、50段ほどの階段を上る。
……両手で、一切微動だにしないヒナタを抱えて。
いや、すげえよヒナタ。小脇に抱えても、両手で抱いても、試しにこちょこちょしてみても……まるでぬいぐるみのように身動き一つしないし、表情も一切変えない。ともすれば呼吸が止まっているのでは、と疑いたくなるほどに完璧な演技だった。
そして、効果は絶大だった。階段を上りきったあと、換金カウンターへと向かう道中で何人かの探索者とすれ違い、全員がこちらをチラチラと見てきたが……本当に、ただそれだけだった。まさに"ぬいぐるみを両手で抱く変なおっさん"を見る目、という感じで、ヒナタがモンスターだと見抜けた人は1人も居なかったようだ。
そのままヒナタを連れて、換金スペースへと入る。今日は探索者が多いためか、誰かが換金スペースに入ると毎回扉が閉められていたが……ちょうど到着直前で扉が開き、かつ換金待ちの人が1人もいなかったのでタイミング良く滑り込めた。
「おっ、あんちゃん今日も来てたかぁ。随分と精が出るねぇ」
「それはこちらのセリフですよ、権藤さん。6連勤って大丈夫ですか?」
「おうよ、今日は午後だけの出勤さ。最近時間外労働には厳しいからねぇ、こういう時にこなしとかないとなぁ。フレックスタイムってやつよ」
いや、それはなんか違う気が……いやまあ、権藤さんなら大丈夫だと思うけど。この人が疲れ果ててぶっ倒れるさまが、今の状況からは全く想像がつかない。
なんせ、仕事を心底楽しんでやってるように見えるからな。きっと権藤さんにとって、今の仕事は天職なんだろう……正直、羨ましいな。
「ちなみに、俺は明日から3連休だぞっと。少し、ゆっくりさせてもらうつもりだ」
「まあ、無理はしないでくださいね」
そうして軽いジャブみたいな会話を交わし、いざ換金とヒナタの相談を……というタイミングになったところで。
権藤さんが、急に本気の目つきになった。
「……それでだ、恩田探索者よ。それ、後ろに行って話を聞いた方がいいか?」
「………」
ヒナタをじっと見つめながら、権藤さんがそう問いかけてくる。さすがは権藤さん、一目であっさりと見抜いてきたか。
俺が同意するように頷くと、権藤さんは虚空に向けて話しかけ始めた。
「澄川、少しの間だけここ頼めるか?」
「はい、分かりました」
何も無かったはずの空間から、フッと澄川さんが現れる。まあ、俺にはオートセンシングがあるので、そこにいるのは分かっていたが。
扉の開け閉めをしてたのも澄川さんだしな。あれ、オートドアなんて高尚なもんじゃないんですよ。
「やはり、私の存在に気付いていましたか」
「ええ、まあ」
「【隠遁】の鍛錬を積んだつもりでしたが、まだまだのようですね……」
ほんの僅かに悔しさを滲ませながら、澄川さんがそう言う。
……そういえば、オートセンシング・シクスティーンを稼働させっぱなしだったな。ダークネスバット戦の前と比べて、魔力の自然回復速度が変わらなかったせいか全然気付かなかったよ。
「"オートセンシング・フォー"」
念のため、走査線を4本に減らしたうえでダンジョンバリケードを出るまでは発動させておこうかな。
……以前よりも、澄川さんの存在を捉えにくくなっている。もし、ダークネスバットくらいの速度で接近されたら……多分、気付かないうちにやられるな、これは。
「さて、それじゃあ行こうか」
「ええ」
権藤さんに促されて、換金カウンターの横にある扉をくぐる。社員通用口的な雰囲気を露骨に醸しているが、果たして奥に何があるのやら。
◇
通路を少し進み、階段を下りてもう一つ扉をくぐる。
そうして通された部屋は、まさに応接室といった趣だった。フカフカな1人掛け用の白ソファが4つ、長方形のローテーブルが1つ、大きな執務机が1つと壁一面の本棚……おそらくだが、亀岡ダンジョン局長の執務室も兼ねているのだろう。
「さて、こちらに座ってもらえるか」
「はい」
権藤さんに促され、フカフカソファのうちの1つに座る。権藤さんは俺の向かいのソファに座った。
座ってみて思ったが、このソファはかなり高そうだ。これ1つで、前職の月給分 (ちなみに手取りではなく、控除前の総支給額)ぐらいの値段にはなりそうだな……なんだか、言ってて悲しくなってきたよ。
「では、早速本題といこうか。なぜダンジョンの外にモンスターがいるのか、説明してもらえるかね?」
「ええ、少し長くなりますが……と、その前に。ヒナタ、もう演技しなくて大丈夫だぞ」
「………きぃ」
俺がそう言うと、ヒナタはすぐに硬直を解いた。俺の両手から離れ、もはや定位置となった左肩へと移動する。
「きぃっ♪」
そのまま、ヒナタがスリスリと甘えてくる。思わず頭を撫でてあげると、更にヒナタがグーッと擦り寄ってきた。
……とても疲れたので、構って欲しいということのようだ。ヒナタを正式に使い魔にしてから、ヒナタの考えていることがおぼろげながら伝わってくるようになった。システムアナウンスからの説明は無かったが、これも使い魔にしたからこその効果、ということなのだろう。
「へえ、随分と懐いてるな」
「きぃ」
権藤さんを見て、ヒナタが左翼を軽く持ち上げる。初めて俺の左肩に乗った時もしていた仕草だが、ヒナタなりの挨拶のようなものだろうか。
ただ、俺に向けてした時よりもだいぶ動作が控えめだ。ヒナタからは乗り気でない様子が伝わってきているが、どうやら俺が友好的に接している相手なので仕方なく挨拶した、ということらしい。
露骨な塩対応に苦笑しながら、代わりにヒナタを紹介する。
「この子の名前はヒナタと言います。元がブラックバットの特殊個体ですので、こう見えて結構強いですよ」
「ああ、"凶黒蝙蝠"なのか。俺も戦ったことがあるが、動きが立体的で素早いし、防御したと思ったらなぜか傷を負っているし、いつの間にか相手の傷が回復しているしでなかなか苦戦した記憶がある。そりゃ強いわな」
凶黒蝙蝠……ああ、ダークネスバットの正式名称か。片角兎といい爬人隊長といい、やけに日本風だよな、特殊モンスターの名前ってさ。
そう考えると、ブルースライムやゴブリンの特殊モンスターの正式名称は、どんな感じになるんだろうな。ゴブリンは"小鬼"と訳されることが多いから、ムキムキマッチョのゴブリンが出てきて"筋隆小鬼"とか"小鬼勇者"みたいな正式名称になるんだろうな、と予想はつくが……スライムってどう訳すんだろう?
おっと、今はそんなことを考えてる場合じゃなかったな。
「それで、ヒナタが仲間になったのはどういう経緯なんだ? 今までそういう事例が報告されたことが無かったからな、参考のためにぜひ聞かせて欲しい」
全国を探せば、"テイマー"みたいなギフトやスキルを持った人もどこかに居そうなものだが。案外、そうでもないのか?
まあ、ここで考えても仕方ないか。別に隠すことでもなし、全て正直に答えていこう。
「分かりました」
ヒナタを仲間にするまでに至った経緯を、第5層に下り立ったところから説明し始める。
まず、第5層の散策中に大きな神殿を見つけたこと。階層の雰囲気には明らかにそぐわない、白く巨大な神殿が草むらの中に鎮座していたことを話す。
「白い神殿、か。それは初耳だな」
「メインルートからは大きく外れていましたし、不思議とメインルートからは見えない位置にありましたからね。それも仕方ないと思います」
得てして、第5層は単なる通過点になりがちだが……そういう階層にこそ、こういうものが仕込まれているのかもしれないな。
次に、白い神殿の最奥にプラチナ宝箱があり、中から博愛のステッキというアイテムを手に入れたことを話す。
「プラチナ宝箱か。俺は見たことは無いが、別チームの隊員が探索途中でそれらしきものを見かけたと聞いたことがある。通路の行き止まりにあったそうだが、罠を警戒して開けるのを止めたとも聞いたがな」
「うっ、やはりそうなんですね……」
続けて、おそらくはプラチナ宝箱のトラップとして召喚されたであろう真紅竜に追われ、爬人隊長とも戦い死にかけたことを話す。
「……プラチナ宝箱、何が出てくるか分かったものではないな。とにかく、恩田探索者が無事でよかった」
「得るものは多かったですが、同時に強烈すぎる教訓にもなりましたよ」
「うむ、これからはより注意して探索してほしい」
「肝に銘じます」
そう言うわりに、白い神殿は跡形もなく消えてしまったのでもう探索することはできない、と付け加えると……権藤さんは少し残念そうな表情をしていたけどな。もしかして、真紅竜と戦ってみたかったのだろうか?
……ただ、権藤さんでもあれには勝てないような、そんな気がする。権藤さんの圧は相当なものだが、真紅竜の圧はその比ではなかったからな。
「で、真紅竜から逃げきった後に博愛のステッキを取り出したら、武器と同化したわけです。そこまでが午前中の話になりますね。
午後にも実は色々とありましたが、そちらはヒナタとは全く関係の無い話なので、割愛しますね」
「まだなんかやらかしたのか? もうお腹一杯なんだが、聞きたくないなぁ……」
やらかすとは失敬な、悪いことは何も起きてないよ。
「では、遠慮なく続けますね。帰り道で第3層に上がったところで、ダークネスバット……凶黒蝙蝠が待ち構えていたわけです。かなり本気で戦いましたが、魔力を5割以上持っていかれましたよ」
「きぃ」
「ん? ああ、もう気にしてないから大丈夫だって。よしよし、ういやつよのぉヒナタは……って、そうじゃなくて。
最後、凶黒蝙蝠にトドメを刺そうとした時に不思議なシステムアナウンスが脳内に響いて、言われるままに凶黒蝙蝠を武器で叩いてみたら……体が白くなって、ヒナタが俺に懐いたというわけです」
「きぃ♪」
「……なるほど、経緯は分かった」
権藤さんが腕を組んで考え込む。
……さすがに、今ヒナタと戯れるのはやめておく。権藤さんの思考の邪魔はしたくない。ヒナタも空気を読んでくれたのか、静かに頬擦りをするに留めてくれた。
「……ちなみに、博愛のステッキは今どこに?」
「アイテムボックスに入れていますが、見ますか? ヒナタを仲間にした時に、呪物のような感じになってしまいましたが」
「呪物……? ふむ、とりあえず机の上に出してもらえるか?」
「分かりました、"アイテムボックス・取出"」
アイテムボックスから、真っ黒になったステッキ――憎悪のステッキを机の上に取り出す。それを見た権藤さんの表情が、少しだけ歪んだ。
そして、ヒナタは俺の後ろにサッと隠れた。やはり憎悪のステッキを警戒しているらしく、微かな嫌悪感が伝わってくる。
「ふむ、随分と禍々しい気配を放っているな。怒り……いや、これは憎悪か? いずれにせよ、負のエネルギーが満ちているようだ」
「凶黒蝙蝠から白いコウモリへと変化した時に、同時にこれも憎悪のステッキへと変化してしまったようです。気付いてすぐに武器から外して、アイテムボックスの中に隔離しましたが……」
「ああ、確かにこれは危険な代物だな。出すのを一瞬躊躇したのも頷ける話だ。
……して、恩田探索者よ。こいつは一体どうするつもりだったんだ?」
権藤さんがそう問い掛けてくるが、答えは決まっている。
「アイテムボックスに所蔵して、一生表に出さないつもりでした。ヒナタが怖がるので、できれば持っていたくはないのですが……下手に捨てるのも危ないので」
見るからに危険な代物だからな。できれば処分してしまいたいが、その過程でとんでもないことが起きるかもしれない。そんなリスクを負うくらいなら、完全に隔離してしまおうと思ったわけだ。
そして、アイテムボックスならそれができる。異空間に収めてしまえば、現実世界には一切の影響を与えないで済むのだ。
「確かに、これは保管するのも一筋縄ではいかないな。正直、俺も持っていたくない」
「そういうわけで、これはアイテムボックスに入れておいた方が一番安全かと思いますよ?」
「ううむ、そうしてもらうより他にないか……分かった、恩田探索者に保管を任せよう」
「了解です、"アイテムボックス・収納"」
憎悪のステッキを、改めてアイテムボックスの中に収める。それでヒナタがホッとしたのか、左肩に再び乗ってきた。
「まあ、ヒナタが仲間になった経緯は分かった。しかし、問題はここからだな」
「ヒナタの扱いですね?」
「ああ、そうだ。そして、解決策もまあ無いことはない」
「え、本当ですか!?」
実はあまり期待していなかったのだが、思わぬ答えが返ってきた。
……権藤さんが、チラリとヒナタを見やった。
「局長権限でできることがあってな。それなら、ヒナタに公の立場を与えてやれる」
権藤さんが、ニカッとこちらに笑いかけてきた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




