3−39:恩田とヒナタと、諸々の問題
――名付けを行ったことで、"ヒナタ"は正式に貴方の使い魔となりました
――今後は魔石を食べさせることで、使い魔を強くできます
――正式な使い魔となったモンスターは、階層境界やダンジョンゲートを跨いで移動可能となります
脳内に響く、不思議なシステムアナウンスの女性の声。彼女から伝えられたその内容に、俺は少し考える。
「ヒナタが正式な使い魔になった、か……」
情報は、大きく分けて3つあった。その1つ目は、ヒナタが正式な使い魔になった、というものだ。
使い魔とはつまり、"仲間になったモンスター"を指す言葉だろう。そして、ヒナタはさっきまでは仮の使い魔であり、それが"名付け"という儀式を経て正式に俺の使い魔となった……と読み取ることができる。
それは、大変に素晴らしいことだ。これだけ懐いてくれているヒナタと"仮の仲間"だなんて、不義理にもほどがあるからな。
「で、その効果で階層境界やダンジョンゲートを跨いで移動できるわけか」
気になったのは、システムアナウンスが3つ目に言っていた事柄だ。正式な使い魔は、階層境界やダンジョンゲートを跨げる……というものだ。
階層境界を跨げる、というのはまだいい。これでヒナタを、ダンジョン内のどこにでも連れていけるようになった、というわけだ。仮の使い魔状態では、その階層内でしか移動できないということなんだろう。
……その次が問題なんだよなぁ。ダンジョンゲートもくぐれるってことは、だ。
「ヒナタを、ダンジョンの外にも連れ出せるってことか……大混乱を招きそうなんだよなぁ」
「きぃ?」
ヒナタが俺を見て首を傾げていたので、とりあえず撫でておく。撫でられたヒナタは、嬉しそうにまた頬擦りをしてくれた。
……こんな感じで穏やかな気質になったとはいえ、ヒナタがモンスターであることに変わりはない。ダンジョン外に出してバレたら最後、周囲がパニック状態に陥らないとも限らない。それでは、ヒナタを危険に晒しかねない。
「これは、権藤さんに相談かな」
ただ、先週の火曜日に俺がダンジョンデビューを果たしてから、昨日まで毎日権藤さんの姿を見ている。そろそろ休日が入ってもおかしくない。同姓の某野球球団レジェンドの方のように、ほとんど休み無く登板していては体を壊しかねないからな……。
朝も権藤さんの姿を見かけなかったし、もしお休みなら澄川さんに相談になるだろうな。
「……で、最後の1つは完全な朗報になるのかな?」
「きぃ」
使い魔は、魔石を食べて強くなるらしい。どうせ売るしか使い道の無いものだったし、魔石の用途が増えるのはとてもありがたいことだ。
……ただ、ヒナタがどれくらい強くなるのか、あるいはどれくらい魔石を食べさせれば強くなるのかが一切分からない。いずれにせよ、時間はかかるだろうな。
なにせ、ヒナタは体がとても小さい。一度に食べられる魔石の量はそう多くないだろう。無理に食べさせるのもよろしくないし、そこはじっくりと様子を見ていこうかな。
……で、だ。怒涛の第4層3連続攻略の影響で、今ちょうど魔石が溜まりまくっている。
早速、なにか魔石をあげてみようかな。
「……よし、"アイテムボックス・取出"っと。ほい、ヒナタ」
少し悩んで、まずはブルースライムの魔石を食べさせてみることにした。
「きぃ♪」
――ポリ、ポリ、ポリ……ゴクン
小指の先ほどの大きさしかない、小さな魔石をヒナタの口に入れる。ヒナタはそれを嬉しそうに咀嚼し、そして飲み込んだ。
「きぃ」
……いくら体が小さいとはいえ、さすがにこれでは物足りなさそうだ。よし、それなら。
「"アイテムボックス・取出"……いや、コレはちょっとデカすぎたか」
試しに爬人隊長の大魔石を手のひらの上に出してみたが、思ったよりもサイズが大きい。ヒナタの胴体よりも一回り大きく、俺の頭と同じくらいの大きさがある。さすがに完食できないよな、これは。
「きぃっ!」
――ガリッガリッ! バリバリ! ゴクン!
……そう思っていたのだが、ヒナタは迷わず爬人隊長の大魔石に齧り付いた。口を大きく開け、生え揃った牙で大魔石の表面を削り取り、咀嚼しては飲み込んでいく。
そんなに美味しいのか、とも思ったが……どうも違うような気がする。どちらかというと、今を逃せばもう2度と食べられないような希少品に対して、ヒナタが必死の形相で食らいついているようにも見える。
「きっ……きっ……きぃっ……!」
「………」
ただ、やはり小柄なだけあってヒナタの食べる速度は決して早くない。その対象が大魔石であれば、なおさら食べきるのに時間がかかりそうだ。なので、ここより安全な階段へと一旦下りることにした。
ヒナタは俺の手の上で、一心不乱に魔石を食べている。俺はその姿を観察しつつ階段に下り、自分も座って少し休憩することにした。
「きぃ……けぷっ」
「すげえ……」
さすがに完食は無理だろうと思っていたのだが……なんと15分もかからないうちに、ヒナタは爬人隊長の大魔石を全て食べきってしまった。ヒナタの体より明らかに大きな魔石だったはずだが、一体どこに押し込めたのやら。モンスターとはやはり不思議な存在だな。
ただ、さすがに食べ過ぎてしまったらしく、ヒナタのお腹?が大きく膨れている。この様子だと、しばらくはまともに動けないだろうな。
「ったく、食べ過ぎだぞヒナタ」
「きぃ……」
なんて言いつつ、休憩にちょうど良いタイミングだったのは俺も同じだ。ダークネスバット戦で魔力がだいぶ減っていたので、万全を期すならもう少し魔力を回復させておきたかったからな。
「………」
――ナデ、ナデ……
「きぃ♪」
引き続き階段のステップ部分に座りながら、ヒナタを努めて優しく撫でる。時刻は既に午後5時を回っているが、気にせずゆっくりしていこう。
……ソロの時は、本当にいつも何かが起きるな。もう少し平穏無事な探索にならないものだろうか……いやまあ、発端が白い神殿探索だから半分以上自業自得なんだけどさ。
◇
「きぃ!」
「お、完全復活かヒナタ。思ったよりも早かったな」
「きぃっ!」
時間的には、20分に少し足りないくらいだろうか。魔石の消化がある程度終わったようで、ヒナタのお腹の膨らみはすっかりと消えていた。
「……魔石、まだ食べるか?」
「きぃ、きぃ」
一応は確認してみたが、ヒナタが首を横に振る。お腹がへこんでいても、お腹はもう一杯らしい。
「それじゃ、そろそろ行きますかね」
「きぃっ!」
ヒナタを左肩に乗せたまま、スッと立ち上がる。
……魔石を食べたばかりなはずなのに、ヒナタの重さが全く変わってないな。食べた分の質量は一体どこにいったんだろうか……?
さて、長く休んだ分だけ帰り道は少し駆け足で行こう。
「"ライトニング・スナイプボルト"」
――ゴロゴロゴロ……
――カッ!
――ドドドドドドド!
「「「ギャァァァッッ!?!?」」」
ゴブリン部屋は狙いすました雷撃で岩陰を蹂躙し……。
「"ルビーレーザー・ディフュージョン・ダブル"」
――バチィン!
――ビビビビビビビビビビビビ!!
「「「ギィィィィッ!?」」」
「「「キィィィッ!?」」」
「「「ギャァァァッ!?」」」
直線通路は、拡散レーザーの二斉射で強行突破し……。
「きぃっ!」
――ゴォォォォォ!!
「「「キィィィッッ!?」」」
その他、道中の敵はヒナタがファイアブレスで始末してくれた。威力は俺のものより低そうなので、おそらくは【ファイアブレスⅠ】だろう。
このファイアブレスだが、どうも爬人隊長の大魔石を食べた時に習得したらしい。魔石の元になったモンスターが、炎ブレスの使い手だったからだろうか。ひょっとすると、魔石を食べると特定の確率でスキルを習得できるのかもしれない。
……こうなると、片角兎の大魔石やラッキーバタフライの魔石を手元に残しておくべきだったかと、少しだけ後悔している。まあ、あの時はヒナタが仲間になるなんて思いもしなかったから、後悔したって無意味なんだけどな。
「さて……」
「きぃ!」
今、俺は第1層への上り階段の前にいる。別ダンジョンの第4層で助けた4人組を除けば、今日はここまで一度も他の探索者に出会わなかったが……ここからは、そうもいかないだろう。
時刻を見ると、午後6時を少し回ったところ。第1層はダンジョンを出る前に荷物整理をしている探索者もいるだろうし、前は動画配信者と思しき人たちの姿も見かけている。他の探索者に遭遇する確率はかなり高い。
そして、特に問題なのはダンジョンゲートをくぐった後だ。少なくとも、権藤さんか澄川さんに会うまではヒナタの姿を見られたくないのだが……ダンジョンバリケード内を他の探索者に会わずに通り抜ける、というのは絶対に不可能だ。何らかの方法で、ヒナタの存在を隠す必要がある
ダンジョン内ならまだ誤魔化しようもあるが、ダンジョン外にモンスターが出ようものなら大騒ぎになること間違い無しだ。ヒナタを隠すのにちょうど良い大きさだったリュックサックが焼けてしまっている以上、何かしらの方法を考えなくてはならない。
あの時は、どうせアイテムボックスに入れるからとほとんど気にしていなかったが……今になって、ちゃんとリュックを守っておけばよかったか、と少しだけ後悔している。
……ってか、なんか後悔ばっかだな、俺。
でもまぁ、慣れたもんだ。後悔と悔恨の多い人生だったからこそ、たくさんのことを学べたし打たれ強くもなった。無いものねだりしても無駄だってことに気付けたし、凡人は凡人なりに今ある手札を使って最大のパフォーマンスを叩き出すしかないってことにも気付けた……まあ、これは某アメフトマンガキャラのセリフの受け売りなんだけどな。
おっと、閑話休題だ。そんなことより、ヒナタをどう連れて行くかを考えなければ。
「………」
「きぃ?」
隠す手段が、現状思い付かないのならば……いっそのこと、隠さないという手はどうだ?
隠そう、隠そうとコソコソするから逆に目立つのだ。むしろ"これはモンスターではありません! よく似た人形です!"といった感じで堂々と連れていけば、案外バレないのではないだろうか。
……まあ、大前提としてヒナタの演技力が必須となるワケだが。じっと、何が起きても微動だにせず、人形になりきれるだけの演技力が必要になる。
ただ、正直これ以上に良い方法が思い付かないのも、また事実だ。
「なあ、ヒナタ。俺が合図するまで、じっと動かずにいられるか?」
「きぃ? きぃ!」
元気よく返事するヒナタだが……まあ、そこは信じるしかないな。
よし、それでいってみよう!
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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