3−35:ダンジョンの秘密、その1
「……ふう、大体片付いたかなっと、"ライトショットガン"」
――パァン!
「キィッ!?」
背後から音も無く近付いてきたブラックバットを、光の散弾で確実に仕留める。視界内にモンスターの姿は無く、念のためオートセンシングでも残敵を探してみたが……どうやら、全てのモンスターを殲滅することに成功したようだ。
そして、あの探索者4人の姿も見当たらない。どうやら、モンスターを振り切って無事に撤収することができたようだ。
「………」
残存魔力を確認する……残りは6割5分くらいか。魔力はまだまだ余裕だが、代わりに体力面でそろそろキツくなってきた。午前は真紅竜から全力で逃げ回り、午後は何キロも歩き続けた後にモンスターと大立ち回りを演じたせいか、疲れが少しずつ足にクるようになってきた。
加えて探索が長時間に及び、集中力が少しずつ落ちてきているのが自分でも分かった。このままでは致命的なミスを犯しかねず、身の安全を考えるならそろそろ戻るべきだろう。
「……さて」
この散らばったドロップアイテム群はどうしようか。ここには俺だけでなく、あの4人が倒したモンスターのドロップアイテムも混ざっているのだが……倒れていた彼のあの様子を見る限り、4人に取りに戻ってくる余裕があるとは到底思えない。かといって、ここにドロップアイテムを放置するのは非常にもったいない。
「ま、8割方俺が倒したわけだし、せっかくだから貰っておくか。"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・収納"……」
チクチクと痛む良心を誤魔化すため、言い訳を口にしながらドロップアイテムをアイテムボックスにサッと入れていく。4回目の収納で、全てアイテムボックス内に入り切った。
さて、これで本日2度目の第4層攻略となったわけだが。一体、俺はいくつ魔石を拾ったのだろうか。
換金が楽しみなような、怖いような……冗談抜きで10万円いくのではなかろうか。どうせ使い道が無いので売るしかないのだが、金銭感覚が本格的に狂いそうで恐ろしい。
「………」
モンスターがほとんどいなくなった第4層を、じっくりと見回す。4人を助けるために階段を上った時から、ずっと思っていたことだが……。
「……なんか違うんだよなぁ」
第4層の雰囲気が、少しだけ違う気がするのだ。
例えば、階段の位置関係。距離が少し近いような気がする。
例えば、階段の向き。こんなに真っ直ぐ向かい合ってなくて、どちらももう少し斜めに向いていたような気がする。
例えば、大空洞の形。ちょっとだけ細長い形をしているような気がする。
……こんな感じで、違和感がどうにも拭い去れないのだ。
「試してみるか。"ビューマッピング"」
ものは試しと、ビューマッピングで地図を作ってみる。これで全てがハッキリするだろう。
……その結果は、ある意味で予想通りのものだった。
「やっぱり、違う場所に地図ができてるな」
確かに、ここはダンジョン第4層で間違いないのだろう。モンスターの数がやけに多いのも、見通しの良い大部屋になっているのも、洞窟のような見た目をしているのも、高い所に謎の窪みがあるのも、台座らしきものがあるのも……第4層を構成する要素全てが、ここには間違いなく揃っている。
しかし、ビューマッピングで作った地図上では、この場所は亀岡ダンジョン第4層を指していない。それとは全く違う場所に、新たな地形図が生成されている。
これが意味するところは、つまり……。
「もしかして俺、違うダンジョンの第4層に来てしまったのか?」
もはや、そうとしか考えられない。
……なら、ここは一体どこのダンジョンなのか。さっきの4人に聞ければよかったのだが、彼ら彼女らは負傷した仲間を一刻も早く地上へ連れて行くために、今もなお全力で駆けているはず。今からでは、もうダンジョン内では追い付けないだろう。
そうなると、予測を立てるしかないわけだが……第5層で歩いた距離は約4キロと、そこまで遠くには来ていない。それを素直に考慮すれば、近場にあたる平城山ダンジョンか長浜ダンジョンが有力な候補となるのだが……ダンジョンの場合、既存の物理法則が通じない部分がある。実は北海道だった、実は沖縄だった、と言われても「まあ、ダンジョンだから」納得できてしまうのだ。
……とはいえ、ここが亀岡ダンジョンでないのは確定している。ならば、俺がとるべき行動は1つだけだ。
「……よし、戻ろう」
入場した場所と違うダンジョンから出てきてしまっては、探索者界隈に多大な混乱を招きかねない。ここは可及的速やかに撤退すべきだろう。
あの倒れ伏していた男性の容態が、非常に気になるところではあるが……まあ、大丈夫だと信じるしかあるまい。今さら俺にできることは、おそらくもう無いだろうから。
「………」
ついでに、大部屋中を逃げ回るラッキーバタフライが非常に、ひっじょーに気になるのだが……ここで倒しにかかってしまうと、余裕をもって帰るための各種マージンを完全に潰してしまう。ここは涙を飲んで、撤収せざるを得まい。
まあ、ダンジョンに潜る限りはまたラッキーバタフライと戦うチャンスも巡ってくることだろう。急がず焦らず、丁寧に安全に探索を進めていこうじゃないか。
……午前中にやらかした人間が言うことではないかもしれないけどな。
◇
(三人称視点)
「はい、処置完了です。もう大丈夫ですよ。後は安静にしていれば、後遺症も残らないと思います」
「……はあ、良かった……」
ダンジョンバリケードに併設された医務室にて、怪我をした男性の治療が終わる。彼は頭部をゴブリンに殴り付けられ、更にホーンラビットの体当たりを受けてしまったために、一時は意識不明の状態に陥っていたが……今は容態も安定し、穏やかな寝息を立てていた。
そのベッドの脇で、3人の若い男女が小さく息を吐く。第4層から全力で駆けてきたかいがあったと、3人とも内心ホッとしていたのだ。
「この方が怪我をされたのは、第4層でしたか。大量のモンスターに囲まれた状態から、よく彼を連れて撤退することができましたね」
治療にあたったダンジョン職員の男性――元自衛隊のダンジョン探索チーム所属で、回復魔法の使い手だ――が、何気なく3人に問いかける。その職員の言葉に、3人が3人とも難しい顔をして口を結んだ。
職員の男性が怪訝そうな表情で3人を見ていると、最初に口を開いたのは日本刀を振るっていた女性だった。
「……実は、モンスターに囲まれていた私たちを助けてくれた方がいたんです」
「え、そうなのですか? それはどこのチームの方でしょうか?」
「いえ、ソロの方です。第5層から上がってこられていました」
「……えっ?」
女性のその言葉に、職員の男性は思わず疑問符を返す。
率直に言えば、彼には心当たりが無かったのだ。比較的人数の少ない平日ならばいざ知らず、休日の探索をソロで行うような人がいただろうか、と。
彼は今日、怪我人対応で呼ばれるまでずっと受付業務をこなしていたので、なおさらだ。誰がダンジョンに入場したのか、よく覚えている。
「例え人気のダンジョンといえども、第4層をソロで切り抜けられる方は限られます。今日ダンジョンへ入場された方の中で、それができそうな方は3名くらいしかおられません」
「その中に、魔法を扱う方はおられますか?」
「……おられません、3名とも前衛タイプの方です。更に言えば、今日は3名ともどこかしらのチームで活動しておられるので、ソロというのはあり得ません」
「「「………」」」
4人の間に困惑した空気が流れる。まさか幽霊が助けてくれたわけじゃあるまいし、そもそも鶴舞ダンジョンは未だ死亡事故0件を継続しているダンジョンだ。幽霊が現れるであろう下地すらない。
「その方の外見とか、どのような感じでしたか?」
「男だったな。少し年のいった、冴えない感じのおっさんだったぞ」
「……おりゃっ!」
――げしっ!!
「うでぇっ!?」
薙刀を振るっていた小柄な女性が、大剣を振るっていた男性の尻に膝蹴りを入れる。その一撃はまさにクリティカルヒットだったようで、男性は尻を押さえてその場にうずくまった。
「うぎゃぁぁぁ、ケツが、ケツが割れるぅぅぅ……」
「もう割れてるけどね。ねぇ夜科、ボクたちの命の恩人に対してキミはなんて言い方をしてるのかな? 人として恥ずかしいとは思わないのかな?」
「……だ、だってよぉ。海堂も見ただろ? どんだけ言葉を繕ってもよぉ、冴えないおっさんなのは疑いようのない事実「うりゃっ!」がいだぁ!?!?」
再び、小柄な女性――海堂が、男性――夜科の尻を蹴り飛ばす。尻を蹴られた夜科は目に涙を浮かべながら、抗議の視線を海堂に送るが……海堂はその視線を、涼しげに受け流していた。このやり取りだけでも、どちらの立場が上なのかがハッキリと分かる。
……そんな2人のやり取りを、日本刀を振るっていた女性は見咎めた。
「2人とも、ここは病室よ。怪我人に配慮できないなら、海堂さんも夜科さんも部屋から出ていってちょうだい」
「うっ、ご、ごめんね……もうしないよ」
「も、申し訳ない、三条さん」
「2人とも、分かればよろしい」
女性――三条の一喝で、海堂も夜科もグッと口をつぐんだ。
おとなしくなった2人を見てニコリと微笑むと、三条はダンジョン職員の男性の方へと向き直る。その後ろで、海堂と夜科は互いを睨みつけていたが……三条を本気で怒らせると恐ろしいことになるので、決して言葉は発しなかった。
「……とまあ、夜科の言う通り男性の方でした。彼は第4層のモンスター群を、単独で全滅させられるだけの実力をお持ちであると推測できます」
「ソロで、ですか?」
「はい。魔法の威力は十分なものがありましたし、何より彼はゴブリンの攻撃を意に介していませんでしたから」
「ううむ……」
三条の言葉に、職員の男性は腕を組んで考える。日本全体で見れば、確かにそれが可能な探索者は居るだろう……全員が現職の自衛官か、元自衛官になるのだが。まともに戦闘訓練も積んでいない一般人が、たった2ヶ月足らずでその領域に到達できるとは思えない。
そんな言葉を、職員の男性はグッと飲み込む。実は、日本各地のダンジョンをこっそりと見て回る現職自衛官の探索者がいたりするのだが……目の前の若き探索者たちを、いたずらに不安にさせることも無い。そう彼は判断し、口をつぐむことにした。
「……なるほど。それはぜひ、鶴舞ダンジョン局長として一言お礼を申し上げたいところですね。己の危険を顧みず、若き人に助力する人生のベテランの鑑として賞賛に値しますよ、その方はね」
「相変わらずお堅い方ですね、猪崎局長は」
「あなたほどではないですよ、三条美咲さん」
職員の男性――改め、鶴舞ダンジョン局長・猪崎は、三条に苦笑いを返した。
恩田が意図せず迷い込んだのは、京都府から1つか2つの県を跨いだ先にある県、愛知県にあるダンジョンであった。その中でも鶴舞ダンジョンは、名古屋市内に位置するうえに名古屋駅からのアクセスが格段に良く、探索者からの人気があるダンジョンである。近くに大きな大学があり、バイト代わりにダンジョン探索に精を出す学生がいることも人気の大きな要因であろう。
果たして、彼ら彼女らが恩田と再び相見える時はくるのだろうか。その答えは、もしかすると神様だけが知っているのかもしれない。
"各ダンジョンの階層は、実は1つの超巨大なフロア内に点在している"という設定をようやく表に出すことができました。小説の序盤、恩田が"フロアマッピング"の魔法を使おうとした際に、命の危険を感じて止めたあの一幕……実は、このための伏線でした。
第1層〜第4層は実質的に破壊不可能な壁に囲われているので、各ダンジョンの階層同士が交わることは決して無かったのですが……第5層は壁が無いため、やろうと思えばダンジョンを跨いで移動できてしまいます。何キロにも渡って濃い藪が続くので、言うほど簡単ではありませんが。
そして今回、恩田は亀岡 (京都府)から鶴舞 (愛知)への移動をダンジョン内で行いました。この時、彼ら彼女らを助けた縁がどのように繋がっていくのか。また続きをお待ち頂ければ幸いです。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




