3−34:あの藪の向こうに広がっていたのは……
「【ファイアブレスⅡ】!」
――ゴォォォォォ!!
どこまでも続く濃い藪の中を、ファイアブレスで掻き分けて進む。
ファイアブレスを放っては開けた道を進み、またファイアブレスを放っては開けた道を進み……そろそろ5キロは進んだだろうか。思ったよりも魔力の消耗度合いは小さく、まだ8割以上が残っている。
それでも、断崖絶壁は未だ遥か遠くにあった。徐々に近付いているのはなんとなく分かるのだが、残りの魔力量で辿り着くのは難しそうだ。
「「「「ギャギャ……」」」」
「グルルル……」
濃い藪の向こうから、ゴブリンとグレイウルフの唸り声が聞こえてくる。その数はかなり多く、まるで重奏でも奏でるかのように折り重なって響いてくる。やはりというべきか、藪の中はモンスター出現率が高く設定されているようだ。
そのモンスター共だが、藪の中にずっと潜んでいる。開けた場所には一切出てこようとしない。おそらくだが、奇襲攻撃でも仕掛けようとしているのだろう。
地の利を最大限に活かした、立派な戦法だとは思うが……奴らの足りないところもまた、そこにある。
「【ファイアブレスⅡ】」
――ゴォォォォォ!!
「ギャッ!?」
「ワゥッ!?」
そう、まさにこんな感じでな。
なんせ俺は不意打ちを最も警戒しているわけで、視界が悪くなる藪には絶対に入らないし、近付くことも決してしない。必ず遠距離から炎を放ち、藪を焼いて視界を確保してから歩を進めている。
それにも関わらず、ゴブリンやグレイウルフは藪に潜む戦い方を一向に変えようとしない。そうして炎に巻かれ、全く同じパターンで何もできずにやられていくわけだ。
首を振りながら、前方180度を炎で焼き払う。その炎が通過し、藪が消えたスペースにいくつか魔石と装備珠が落ちている。
「"アイテムボックス・収納"」
それをアイテムボックスに収納していく。このワンサイクルだけで平均1000円くらいの収入になるのだが、時給換算すると果たしていくらになるのか……ああ、考えるだけで恐ろしい。
「……ん?」
そんなことを考えていると、急に藪の薄い場所に当たる。また神殿のような構造物に当たったのか、と思ったのだが……それにしては、少し様子が違う。
「……これ、もしかして道か?」
上り階段と下り階段を繋ぐ、藪の薄い大きめの道。それに近い雰囲気の道が、目の前に現れた。
「………」
右、左と眺めてみるが、道はカーブしていて先が見通せない。この辺りは木の数がだいぶ少ないので、ある程度背の高い構造物があれば気付けるはずだがそれもない……いや、正確には一つ見えているものがあるか。
左の方に大きな岩の上半分くらいが見えていて、道はその大岩に向けて伸びているようだ。
「……行ってみるか?」
魔力は残り8割ほど。まだまだ余裕はあるので、近くに行くだけなら問題はあるまい……とか言って、さっきは大神殿に勢いで潜って痛い目をみたからな。今回は、本当に様子を見るだけに留めておこう。
よし、行ってみるか。
「"サンダーボルト・チェイン"」
――バチッ! バチバチバチバチッ!
「「「キャウン」!?」」
遭遇と同時に、行く手を遮るグレイウルフ3体を電撃で撃ち抜く。飛雷する大電流にグレイウルフ共は耐えきれず、魔石にその姿を変えることとなった。
ゴブリンやグレイウルフは、最初は必ず1箇所に固まっている。なので、遭遇直後に広範囲攻撃魔法で撃破した方が時間的な手間が少なくて済むのだ。
「"ライトニング・サークル"」
――ドォォォン! バチバチバチ……
「「「「ギャッ!?」」」」
ゴブリン発見、即落雷。ゴブリン4体は魔石になった。
……そんな感じで雑魚処理をしていると、ついに大岩がすぐ近くに見えてきた。周りは藪の無い広場になっていて、どうやら大岩の下の部分が開口しているよう……え?
「……階段?」
見慣れた感じの階段が、その大岩の開口部から覗いていた。
……そう、いつも階層の移動に使っている、あの階段だ。しかも上り階段である。
「………」
大岩の上を仰いで見る。大岩の高さは目測で30メートルぐらいあり、確かに大きいは大きいのだが……第5層の天井までは届いていないように見える。普通に考えれば、階段を上った先が続かないはずなのだ。
かといって、この階段をフェイクと断じるのは少し早い。ダンジョンゲートしかり、ギフトやスキルしかり、ダンジョンというのは既存の物理法則とは異なる法則で動いている部分も多いからだ。案外、この階段を上ればちゃんと第4層に戻れるのかもしれない。
もっとも、そうなると上り階段が2つあることになるが……。
「………」
大変とても気になるが、今回は様子見だけのつもりだ。階段を上るつもりは無い。
……そう考えていても、やはり気になってしまうのが人間のサガというもの。神殿や塔のようなあからさまな建造物じゃないし、実は案外大丈夫なんじゃ……いや、ダメだダメだ。午後は第5層の探索に集中すると決めたじゃないか。
「"ビューマッピング"」
とりあえず、大岩の位置を地図に登録しておく。
……うん? 今更だけどこの地図、結構高性能だな。地図作成済の場所から大岩までの距離とか方角とかが、全部分かるようになった。今まで飛び地でビューマッピングを使ったことが無かったから、初めて気付いたよ。
行きの道があるからいいが、これで万が一の時も帰り道に迷わなくて済むな。
「……ギャ……ギャ……!」
「……お……し……!」
「……ヤバ……にげ……!」
「……とに………まも……!」
「ん? なんだ?」
一旦もと来た道を戻ろうと、大岩に背を向けた瞬間だった。
階段の上から、何やら声がしてくるのに気が付いた。最初は、モンスターの鳴き声だけかと思ったが……よく耳を澄ませてみると、どうやら人の声も混ざっているようだ。
そして、人の声の方は随分と切羽詰まったような印象を受ける。そのうえで声の大きさが全く変わらないので、その場に留まらざるを得ないような何か緊急事態が起きたのかもしれない。
「………」
一歩、大岩の方に踏み出して……そこで足が止まった。
……正直なところ、階段を上るか少し迷っている。気付いていて見捨てるのは後味が悪いが、最近はネットの影響か恩を仇で返すような輩がそれなりにいることも知れ渡っている。他者に無関心になっている人が多いのも、きっとそういう事があるからだろう。
そして、もう1つ。あれだけ大変な目に遭っておいてなお、"先には進まない"という自分で決めたルールを破るのか、と俺の冷静な部分が諫めてくるのだ。
「……はぁ、行くか」
それでもなお、行く方に天秤が傾く俺は相当なお人好しらしい……はぁ、やれやれだ。
さて、少し様子を見に行くとしますかね。
◇
「やっぱり、階層を移動する階段だったのか」
しばらく階段を上ると、洞窟の天井が見える場所に行き着いた。明らかに第4層、あのモンスターだらけの大空洞の天井だ。
そして、その第4層から怒号が聞こえる。さっきから聞こえていた、複数人の切羽詰まったような声と……無数のモンスター共の声だ。
「「「「ギャッ、ギャッ、ギャッ!」」」」
「「「「キィィィィィ!!」」」」
「「「「ギィッ! ギィッ!」」」」
「うぐっ、これはキツいわね……!」
「くそっ、どうすんだよこれ!? もう保たねえぞ!?」
「口を動かす暇があるなら、手を動かしなさい手を!」
「分かってるよ!」
モンスター共の声に紛れて、3人分の必死な声が聞こえてくる。モンスターにでも囲まれているのか、もはや一刻の猶予も無いらしい。
「"プロテクション"」
何が起こるか分からないので、防御魔法をかけておく。そうしてから、一気に階段を駆け上った。
「………」
まずは状況確認から。敵……ゴブリンとブラックバットとホーンラビットが多数、たまにブルースライム。あと、猛スピードで飛んで逃げ回る不可視のモンスター……これは、多分ラッキーバタフライだな。だが今はどうでもいい。
そして、声の主たち。若い男女が3人、男性が1人で女性が2人……いや、あれは4人か!?
男性が1人倒れ伏していて、ピクリとも動かない。その1人を守るように3人が周りを固めていて、身動きがとれないようだ。
3人の装備も、日本刀・薙刀・大剣と全員が近接タイプ。武器をランク2にしてはいるようだが、あれだけボロボロで息も上がっていては武技が放てないし、そうなるとブラックバットの対処も難しい。
俺が想定していたよりも、状況はかなり悪い。
「ちっ、なんて面倒な……!」
フラッシュもライトニング・ボルテクスも、今の状況では使えない。どちらも無差別攻撃なので、あの4人を確実に巻き込んでしまう。ならばどうするか。
なんのことはない。さっき、ちょうど使えそうなスキルを手にしたばかりじゃないか!
「【ファイアブレスⅡ】!」
――ゴゥッ!!
「「「ギャァァァ!?!?」」」
「「「ギィィィィッ!?!?」」」
この状況でカッコなんぞ気にしてられないので、腹の前から炎を発射する。その炎で、まずは4人を囲っているゴブリンとホーンラビットの一団を焼き尽くした。そのまま横に薙ぎ払い、50体ほどまとめてモンスターを殲滅する。
「なっ!?」
日本刀を振るっていた女性が、目の前のモンスター共がいきなり炎上したことで驚き棒立ちになる。だが、このギリギリの状況でそんなことをしている暇は無い。
「ボサッとするな! 今のうちに態勢を整えるなり怪我人の介抱をするなりなんなりしろ!」
「は、はい!」
燃え盛る炎の音とモンスター共の悲鳴に掻き消されないよう、声量を上げて怒声を飛ばす。多少乱暴な言い方になってしまったが、今は緊急事態なので勘弁して欲しい。
そして、この火炎攻撃でモンスター共のヘイトが一気に俺へと向いたらしい。見知らぬ男女4人に向けられていた圧が減り、代わりにモンスター共の視線の多くがこちらを向いた。だが、まだまだ足りない。
「魔法とスキルのバーゲンセールだ、全部持ってけドロボウ! "ライトニング・サークル"、"サンダーボルト・チェイン"、"ライトショットガン・ダブル"、"ルビーレーザー"、【ファイアブレスⅡ】!」
――ドォォォン! バチバチバチ……
――バヂィッ! バチバチバチ!
――パァァン!
――ビィィィィィィ!
――ゴォォォォォ!
「「「「ギャァァァッ!?」」」」
「「「「ギィィィィッ!?」」」」
「「「「キィィィィッ!?」」」」
見知らぬ男女4人に当たらないよう調整しつつ、派手に攻撃を撒き散らしてモンスターの数を減らしていく。雷撃、電撃、光の散弾、レーザー、炎……ちゃんと数えてはいないが、これで100体くらいは削れただろうか。魔力も1割くらい削れたが、大した量ではない。
ここまでやると、さすがのモンスター共も俺を無視できなくなったらしい。4人を取り囲んでいたモンスターの輪が、今は明らかに大きく崩れている。割りと近くに上り階段があるので、今なら脱出もできるだろう。
「おい、あんたら今のうちに撤退の準備を――」
――ガキィン!
「ギャッ!?」
背中に軽い衝撃を受ける。どうやらゴブリンが殴り付けてきたようだが、そんな攻撃ではプロテクションの守りは突破できない。
……くると分かっていて受けたが、案外緊張するものだな。
「そんなん効くか! "ライトショットガン"!」
――パァン!
「「ギャァッ!?」」
「「ギィィッ!?」」
一切振り返ることなく、背中からゴブリンに向けて光の散弾を叩き込む。ついでに周りのモンスターも巻き込み、4体ほどのモンスターの反応がオートセンシングから消えた。
「ほんと、便利だよな! "ライトショットガン・ダブル"、【ファイアブレスⅡ】!」
――パァァン!
――ゴォォォォォ!
「「「ギャァァァ!?」」」
「「「キィィィッ!?」」」
少しずつ、モンスターの数も減ってきた。4人もどうにか態勢を立て直して撤収を始めているようだし、もう少し暴れてやりますかね。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




