3−33:第5層って、なんであんなに広いんだろうな?
――ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……
「……ん、もう時間か」
仕掛けておいた13時のアラームが、頭のすぐ横に置いたスマホから控え目に鳴る。それを合図に寝転がらせていた体をゆっくりと起こし、大きく伸びをした。
――コキコキッ
「うん〜〜っ! はぁぁぁぁぁぁ」
小気味良い音が両方の肩口から鳴る。オートセンシングで警戒しながらの休憩だったが、思いのほかゆっくりと体を休めることができた。
魔力も目標値である7割を超え、9割弱くらいまで回復している。これだけあれば、第5層へはいつでも出発可能だ。
「よし。2時間がっつり休憩した分、きっちり取り戻していかないとな」
さあて、第5層で何をしようか。ひたすらゴブリンやグレイウルフと戦うか、未知の場所を探索してみるか、あるいは川のブルージェリーを狩って【水中呼吸】のスキルスクロールを狙うか。
個人的には、やはり未知の場所を探索したいと思っている。
断崖絶壁までの遠さを見るに、第5層はとんでもなく広い。上り階段〜下り階段の移動で探索可能なエリアなど、全体の0.1%にも満たないのではないだろうか。
また、この広い第5層のどこかに大神殿のような構造物が他にもあるかもしれない。もう構造物の中に入るつもりは全く無いが、探してみるのも面白いかもしれないな。
さて、それでは第5層に……と、その前にやることがあったな。
「……どうすっかな、コレ」
ローブの左袖を見る。本来は長袖だったのが、下の服ごと二の腕辺りから先が完全に燃え落ちてしまい、そちらだけ半袖状態となってしまっている。
はっきり言って見栄えが悪いし、これでモンスターと戦うことを考えるとどうにも落ち着かないのだ。左腕は盾を装備しているので、敵からの攻撃に晒されやすい部位なのもあるだろう。できれば防具は長袖の方がいい。
……そうそう、盾といえば。爬人隊長のファイアブレスを食らったあの時、なんで盾で防御しなかったんだろうかとちょっと後悔している。そうすれば余計な怪我をせずに済み、体力的にも魔力的にももう少し余裕をもって逃げられたかもしれないのに。
休憩の時は考えるのを止めていたが、自分なりの結論は休憩前の時点で既に出ていた。真紅竜の強烈なファイアブレスを事前に見ていたせいで、ファイアブレスに対する反応の比重が"防御"ではなく"回避"の方に傾いていたから、というわけだ。
そりゃあ、ねえ。真紅竜のあの炎を防ごうとは、誰も思わないでしょう。仮に火属性攻撃をシャットアウトできる装備を身に着けていたとしても、あの業炎の中に飛び込むのは相当勇気がいる。その意識が、爬人隊長戦でもとっさに出てしまったというわけだ。
……とまあ、考えるのはこれくらいにしておこう。俺の盾ならファイアブレスⅡは十分に防げる、ということが分かったのだからそれでよしとしよう。
閑話休題。
「……防具珠、使うか」
リザードマンとの戦いで、ランク3の装飾珠を入手している。それをとっておいて、代わりに防具珠を使わせてもらうか。
「"アイテムボックス・取出"」
アイテムボックスから防具珠ランク3を取り出し、念じる。
――ピカッ!
いつものように防具珠が青い光に変わり、俺の体を包み込んだ。
……やがて、青い光は白っぽい色合いのローブへと姿を変える。元々着ていたフィアリルローブは、俺の足元へ無造作に落ちていった。
「よし、"アイテムボックス・収納"」
フィアリルローブをアイテムボックスに収め、これで防具の新調は完了した。さあ、第5層へ……とその前に、もう一つやっておかなければならないことがある。
「【ファイアブレスⅡ】のスキルスクロール、どうしようか……」
どうしようか、なんて言いつつも、実はもうどうするか決めてるんだけどな。
この【ファイアブレスⅡ】のスキルスクロールは、ほぼ間違いなく爬人隊長がドロップしたものだ。【ファイアブレスⅠ】をすっ飛ばしているので、通常版リザードマンがドロップしたとはちょっと考えにくい。それだけ貴重な品ということだ。
そして、下位版の【ファイアブレスⅠ】のスキルスクロールは、確か100万円前後の値段で取引されている。威力はそこそこで魔力消費が少なく、使い勝手は良いが出品数が少ない……というのが高額の理由らしい。それでいてポーションより格段に安いのは、ポーションに比べて需要が少ない (買い求める人が探索者しかいない)せいだろう。
そうなると、【ファイアブレスⅡ】のスキルスクロールを売ってもそこまで値段が上がらない可能性がある。もちろん、稀少性は【ファイアブレスⅠ】より高いので多少は上がるかもしれないが……300万円もいけばいいほうなのではないだろうか。あれだけ危険な探索を経て、得られるのがその金額では全く割りに合わないと個人的には思う。
……まあ、仮に1億円で売れるとしても、売るつもりは全く無いんだけどな。
一度に大金を得てしまうと、俺みたいな平凡な人間というのは金銭感覚が狂ってしまうものだ。宝くじの高額当選を果たした人が破産した話など、枚挙にいとまがないくらい聞いたことがあるし、自分もそうならないとは限らない。ゆえに、この【ファイアブレスⅡ】のスキルスクロールはさっさと自分で使ってしまうことにする。
「"アイテムボックス・取出"」
薄汚れた羊皮紙のような見た目のそれを手に取り、そっと念じる。
(俺も、ドラゴンみたいに炎を吐いてみたい!)
……ここまで散々屁理屈をこねたが、結局は俺も34歳の少年ということなのだ。
だってさ、だってさ、格好いいじゃん。ファイアブレスを自分が吐くってのはさ。世の中の男性諸君に"子供の頃に憧れたものランキング"をとったら、"ファイアブレスを吐いてみたい"は絶対に上位に入ると俺は考えている。
……勝手に世の男性の代表ヅラすんなって? それはすまん、反省も後悔も一切していないが、一応念のため謝っておくことにする。
閑話休題。
俺の念を受け取ったスキルスクロールが白い光へと変わり、そのまま俺の体の中へと入っていく。
……なんとなく、胸の辺りがカッと熱くなったような気がする。ああ、この燃えるような思い (?)をモンスターに向けて全力で吐き出したい気分だ。
「今度こそ第5層に行くか。【ファイアブレスⅡ】も試し撃ちしてみたいし」
やり残しや忘れ物が無いことを確認し、リュックを背負って…ってそうだった、リュックは燃え落ちてしまったんだったな。
「"アイテムボックス・収納"」
アイテムボックスにリュックを入れ、階段を下りて足取り軽く第5層に向かった。
第5層の階段前に立つと、おあつらえ向きの敵が濃い藪の向こうからやってきた。
「おっ、ゴブリン5体か。ファイアブレスを試すにはちょうど良いな」
「「「「ゲギャギャ!」」」」
ゴブリン5体組が一斉に俺を指差し、棍棒を掲げて戦闘態勢に入る。何気に5体組との戦いは初だな。
まあ、ファイアブレスで一掃するとなると、5体でも10体でも結果は変わらないんだけどな。
「【ファイアブレスⅡ】!」
言うと同時に、大きく息を吸う。胸の辺りにエネルギーが集まっていき、カッと熱を持った。
そのエネルギーを解き放つように、ゴブリンに向けて思い切り吐き出す!
――ゴォォォォォ!!
「「「「ゲギャッ!?」」」」
いきなり吐きかけられた爆炎を見て、ゴブリン共が慌てて横に逃げようとするがそうは問屋が卸さない。
実はこれ、炎を吐きながら発射方向を変えることができるようなのだ。モン◯ンの◯オ・テス◯トルがやるように、広範囲の敵をブレスで焼き払うことができるわけだ。
……爬人隊長や真紅竜はそういうことをしてこなかったが、"しなかった"のか"できなかった"のか。もしまた遭遇することがあれば、その時は"しなかった"のだと考えて慎重に対応しなければな。
――ゴウッ!!
「「「ギャァッ!?」」」
――ゴゥッ!!
「「ギグッ!?」」
炎を吐いたまま、まずは頭を左に振り3体のゴブリンを炎に巻き込む。続けて炎を右に振り、2体のゴブリンを火炎の中に飲み込んだ。そのあたりでファイアブレスの効果時間が切れ、炎が止まる。
ファイアブレスに飲まれたゴブリン共は、身を焼く炎の熱さにのたうち回り……やがて、魔石へと変化した。装備珠は落ちなかったようだ。
「"アイテムボックス・収納"」
魔石を拾い集めつつ、ファイアブレスの使い心地について考えてみる。
……これ、めちゃくちゃ便利じゃないか?
魔力消費量は、大体ライトニング・ハンマーと同じくらいか。威力はライトニング・ハンマーの方が上だが、攻撃範囲は圧倒的に【ファイアブレスⅡ】の方が上って感じだ。
総じて、雑魚散らしに使うスキルとして超優秀、という結論になる。さすがにラッシュビートルを倒すのは難しいだろうが、火が効く相手には有効な攻撃手段になるな。
なお、スキル名が"ファイアブレス"となっているが実際は口から吐かなくてもいいみたいだ。スキルなので、その辺は割と自由が利くらしい。
頭の上からファイアブレスを放ったり、膝から炎を発射したり……やろうと思えば、尻から炎を吹くこともできる。
……いや、尻から炎って、緊急時以外は絶対にやらないからな? 魔法◯グル◯ルじゃないんだから。
「……ん?」
そういえば、全く気にせずぶっ放してたが……ダンジョンの草木って、炎で燃えたりしないのだろうか? さっき撃ったファイアブレスも、濃い藪がある所まで攻撃が届いていたが……。
延焼して辺り一面炎の海、なんてことになったらとてもマズいので、しっかりと確認しておかなければ。
「………」
遠目で見た限りでは、ファイアブレスが通ったであろう範囲の藪だけが完全に無くなっている。火や煙が燻っている、ということは特に無さそうだ。
近付いてじっくりと確認してみる。残った藪に焼けたような跡は無く、新たに燃え上がりそうな気配も感じない。ただ単にファイアブレスを食らった草が消えただけ、というように俺には見えた。
……もしかして。ダンジョンの草木は植物ではなくモンスターに近い存在で、攻撃によってダメージを受けるとモンスターのように消えてしまう……ということか?
よし、思い立ったが吉日というし、早速試してみるか。
「"サンダーボルト・チェイン"」
まずは雷魔法で試してみる。少し離れた藪が濃い場所に向けて、飛雷する電撃を放つ。
――バチッ! バチバチバチバチ!
破裂音と共に電撃が藪へ着弾し、放射状に大きく電撃が広がっていく。その電撃を受けた草が、次々にスゥッと消えていくのが遠目でも見えた。
「"ライトショットガン"」
――パァン!
次は光魔法で試してみる。もはやおなじみ、光の散弾を藪に向けて叩き込んでみたが……草は広範囲で萎れたものの、まだ消える様子は無い。
「もう一度、"ライトショットガン"」
改めて光の散弾を放つと、今度は草が消えていった。攻撃力が低いからなのか、あるいは光属性攻撃がそもそも通じにくいのか……いずれにせよ、ライトショットガンで藪を消すには2発必要ということが分かった。
そして、この感じだと俺の仮説はどうやら正しそうだ。草木にもHPみたいなものがあり、攻撃を加えて消し飛ばすことができるらしい。更に言えば、時間を置くと復活する可能性もある。
「………」
濃い藪となっている場所を切り開き、安全に進むことができる。
……そうなると、下り階段までまっすぐ藪を突っ切った時にどれだけ時間短縮になるのか気になるな。よし、思い立ったが吉日というし、早速検証してみるか。
「【ファイアブレスⅡ】!」
――ゴォォォォォ!!
ここはライトショットガンではなく、ファイアブレスを選択する。
正直、魔力効率的な観点ではライトショットガンを使った方が優位になる。ファイアブレスⅡが1回撃てる魔力量で、ライトショットガンなら10回は放てるからだ。
だが、時間効率的な観点ではファイアブレスが圧倒的優位になる。1発で広範囲の藪を除去でき、藪に潜むモンスターもまとめて倒せるからだ。そう考えると、今回の検証にはファイアブレスを使った方が良いだろう。
「【ファイアブレスⅡ】!」
――ゴォォォォォ!!
何度かファイアブレスを放ち、濃い藪を焼き払いながら下り階段の方へ歩いていく。
そうして、無事に下り階段広場へと到着した。所要時間は……大体3分くらいってとこか。ファイアブレスを5回ほど使い、ついでにドロップアイテムが落ちていたのでアイテムボックスに回収していったが、魔力は3%くらいしか削れなかった。
検証の結果、僅かな魔力消費と引き換えに3〜5分くらいの所要時間短縮が見込める、という結論となった。ついでに、開けた道を歩いた時と同じくらいの数のドロップアイテムが得られた。
……どうも藪の中は、モンスター出現率が外に比べて倍近くになっているらしい。ファイアブレスにモンスターを巻き込みながら進んでいたので、一度も立ち止まることは無かったのだが。
「………」
ふと、遠くに見える断崖絶壁が目に映る。おそらくは第5層をぐるりと囲っているのであろう、垂直に切り立った高い崖……上り階段の反対側に見える断崖絶壁には、果たして何があるのだろうか?
多分、今の俺にそこまで行くのは難しいだろう。だが、道中で何か面白いものを発見できるかもしれない。
「【ファイアブレスⅡ】」
濃い藪をファイアブレスで扇形に焼き払い、開けた道を進む。濃い藪に当たったらまたファイアブレスで焼き払い、開けた道を進む。これを繰り返せば、比較的安全に藪の中を突き進むことができるだろう。
引き際は、魔力量が6割を切るまで。それまでにどこまで進めるか、試してみることにしよう。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




