1−5:壁に耳あり障子に目ありってやつだなコレは
ゲートを潜り、元のダンジョンバリケードの中へと戻ってきた。ダンジョンに入る時は緊張して気付かなかったが、やはりダンジョンの中と外ではだいぶ空気が違う感じがするな……。
「あ、恩田様。初ダンジョン探索、お疲れ様でした」
「はい、まあ何とか無事に戻ってこれました。ドロップアイテムの換金ってここでできるんですか?」
「申し訳ありません、ここでは換金をお受けすることができないんです。あちらの窓口で換金できますので、後ほどお持ち込みください」
「あ、分かりました」
階段を登り、入口カウンターへ向かって受付嬢に話し掛ける……が、ここではドロップアイテムを換金できないらしい。
できるようにすれば楽なのに……とも思ったが、もしかして法律の問題かな。法律上の解釈で言えば、ダンジョン探索は娯楽扱いで、ドロップアイテムは迷宮探索開発機構が探索者に渡した特殊景品って扱いなのかもしれない。だから迷宮探索開発機構では換金できないのではないだろうか。
なので、おそらく向こうの窓口は建前上、迷宮探索開発機構とは無関係な第三者が運営する換金所、という扱いになっているはず。法律に合致させるための苦肉の策ってやつだろうけど、本当に面倒だな……。
「どうでしたか、ダンジョン探索は?」
おっと、そういえばギフトの報告が必要だったな。
「予想通り、ギフトが魔法系だったのは幸いでしたね。ブルースライム相手に十分練習できましたので。
……ああ、ちなみに僕のギフトは【資格マスター】というらしいです」
「ギフトの報告ですね、詳細を承ります」
「うーん、そうですね……」
ギフトを得た時に、脳裏に浮かんできた説明をそのまま申告する。ギフトが既に1段階成長していることは、あえて黙っておいた。
「報告ありがとうございます。しかし、なかなかユニークなギフトですね」
「持っている資格が3つしかないもので、お恥ずかしい限りです。探索者を続けながら、勉強して難しい資格を取りにいこうと考えています」
「はい、ぜひ頑張ってください」
ニコリと笑顔で---きっとビジネススマイルなのだろうが---受付嬢に見送られながら、換金所へと移動する。同じ建物内ではあるものの壁と扉で明確に区切られているあたり、精一杯無関係さを主張しているようで何とも面白おかしい感じがする。
「はいらっしゃい。あんちゃん、今日が初ダンジョンなんだって? モンスターはどれくらい倒せたよ?」
換金所にいたのは、ちょっと独特な喋り方をする気の良さそうなおっちゃんだった。
……いや、暗に俺の事知ってるって言ってもうとるし。やるならちゃんと無関係を貫けよ。
「そうですね、ブルースライムが9体にホーンラビットが1体、あとブラックバットが2体ですね」
「へぇ、初ダンジョンで第2層まで行けたんか。しかもブルースライムをそんだけ仕留めたんなら、あんちゃん魔法型なんだろ? よくブラックバットに魔法当てれたなぁ」
「イメージ力には昔から自信がありましてね。こう、光の弾がパーンと分裂する感じの魔法を撃ったんですよ」
「なるほど、範囲攻撃かい。よく考えたもんだ!」
ダハハと豪快に笑うおっちゃんの前に、今日売る予定の物をポケットから一通り出す。おっちゃんはそれをチラリと見て、
「1390円だな、準備するからちと待っとれぃ」
ピタリと金額を言い当てて、サラリと奥の方へ消えていった。すごいな、仕事のできるベテランって感じだ。
しばらくして、おっちゃんは1000円札と500円硬貨とレシートみたいなものを持って戻ってきた……んん? あれ、どういうことだ?
「初ダンジョンってことで、キリよくなるよう少しまけといたるよ。そら、受け取りな」
「あ、ありがとうございます」
「レシートも準備したし、失くさんようになぁ。一応、税金はかかるらしいからよ」
「はい」
そりゃそうだよな、娯楽だろうとなんだろうと収入は収入だ。法律上は労働行為として扱われないだけで、確定申告なんかは当然必要なんだろう。
……でも、収入とか支出とかどうやって管理してるんだろうな? 今日はもう仕方ないとして、電車の定期代とかは経費として扱えるんだろうか? せっかくだし調べてみるか……。
「じゃ、今後ともご贔屓に」
「ええ、また来ます」
そう言って、ニカリと笑うおっちゃんに見送られて換金所を後にした。
……さて、と。これから電車に乗って家に帰るわけだが、装備をこのまま外に持ち出すのはどうにも気が引ける。
一応、今の装備に刃物類は無いので法律に抵触したりはしないのだが……ちょっと人目が気になるので、装備はダンジョンバリケード内に預けることにする。刃物類を武器として扱う探索者向けの貸しロッカー(探索者証を提示すると無料で使用可能らしい)が整備されているので、大いに利用させてもらおう。
「すみません、貸しロッカーの利用をお願いしたいのですが」
「ああ、恩田様ですね。貸しロッカーの利用申請ですが……すみません、お手数ですがこの機械に探索者証をかざしてくださいますか?」
「はい」
入口カウンターの受付嬢に話すと、カウンター裏からディスプレイ付き読取機が出てきたので探索者証をかざす。財布の中に入れたままだったが、ピッという音がしてディスプレイに『510』の表示が出てきた。どうやら非接触型ICを使っているらしいが、ICO◯Aも入れているのにそちらには反応しなかったようだ。仕様が違うのだろうか?
「それでは、510番のロッカーをお使いください。」
「分かりました」
ロッカールームに赴く。人が丸々入れそうな大型のロッカーが、所狭しと並んでいた。
で、510番のロッカーは……と、あったあった。一番手前か、ラッキーだな。
使い方は、探索者証をここにかざすと開くんだな……お、開いた。装備一式を入れて、閉じる時はもう一回探索者証をかざして……よし、閉まったな。
戸閉確認は大事だ、もう一度確認しておこう……よし、大丈夫だな。
「それでは、これで」
「お疲れ様でした」
受付嬢に見送られて、ダンジョンバリケードを出る。
……さて、もう14時ちょっと前か。あ〜、お腹減ったなぁ。どこで食べて帰ろうかな?
◇
そうして、恩田がダンジョンバリケードを辞した後---。
「局長、少々お時間よろしいでしょうか?」
「おう、澄川さんや。今は局長と違うで、ただの換金所のおっちゃんや」
「……失礼しました、権藤さん」
「そそ、それでいいんよ」
換金所のおっちゃんに話しかける、一人の女性がいた。腰に鞘入りの長剣を佩き、白い胸当てに肘当て・膝当てと小型の盾を身に着けた、濡羽色のストレートヘアを靡かせる怜悧そうな女性だ。黒色の半袖シャツにショートデニムと露出多めな格好に見えて、よく見ると残りの部分は肌色インナーで身を包んでいる。
やや小柄な体格ながら、しなやかに鍛え上げられていることがインナー越しでもよく分かる。その肉体美は、もはや芸術的なまでの美しさを醸し出していた。
彼女の名前は、澄川有紗。迷宮探索開発機構に籍を置き、亀岡ダンジョンバリケード---正式名称"亀岡迷宮開発局"に所属する公務員探索者であり、元自衛隊員である。
そして、探索者としての実力は間違いなく超一流だ。自衛隊員時代は珍しくダンジョン探索を主として活動し、本人はものすごく嫌がっているが"烈風のアリサ"との異名で呼ばれていた。彼女のギフトは【疾風迅雷】なので、異名としてはピッタリだろう。
「で、わざわざおっちゃんの所まで来たってことは、ダンジョン内で何かあったってことかい?」
「はい」
ほとんど無表情で話す澄川に対し、換金所のおっちゃん---実は亀岡迷宮開発局の局長という立場にある男、権藤重治は笑みを崩さず対応する。澄川とは自衛隊員時代からの知り合いであり、彼女がこういう話のもっていき方をする時は、重いが緊急度の低い内容であることが分かる程度には澄川と関わってきている。
「先ほど開発局を辞していった男性の方ですが」
「おう、あのあんちゃんか。いやあ、初ダンジョンでホーンラビットにブラックバットを仕留めるたぁ、なかなか見どころのある---」
「彼、マーベラスとファンタスティックを持っていますよ」
「………へぇ」
澄川のその言葉に、権藤の表情は一瞬で険しくなる。
マーベラスとファンタスティック、これは二人の間でのみ通じる暗号だ。マーベラスはポーション、ファンタスティックはスキルを指す言葉になる。
実は、澄川は全てを見ていた。自衛隊員時代に取得し鍛え抜いた【隠形】スキルを駆使し、恩田を影から見守っていたのだ。
その目の前で、恩田は【空間魔法】のスキルスクロールを使用し、アイテムボックスやビューマッピングといった魔法を使用し、ポーションをアイテムボックスに放り込み、また売る物をアイテムボックスから取り出した。スキルが【空間魔法】であるという所まではさすがに断定されていないが、それ以外はほぼ全てがバレてしまっている。
「なあ、澄川よ。お前さんから見て、恩田探索者はどんな人間に見える?」
「そうですね。運が味方をしていますが、基本的には平凡な人です。ただし、手持ちの情報をよく噛み砕いて、先々のことを考え行動する能力は相当高いですね。あと、咄嗟の判断力も十分かと。上から目線で失礼かもしれませんが、総じて身の程を弁えた慎重な方だという印象です」
「……そうかそうか、なるほどなぁ」
ホーンラビットやブラックバットの特長を理解し、それを潰す方法として"ライトショットガン"の魔法を編み出したこと。いざホーンラビットと戦闘になった時、その速度に面食らいながらもしっかり盾で攻撃を止めてから、反撃に転じたこと。ブラックバット2体を相手に戦った時も、距離があるうちに1体を潰してきっちりサシに持ち込んでいたこと。
そしてポーションを手に入れたことに気付きながらも、目の前にチラつく大金へ一切飛び付く気配を見せなかったこと。大金を得たその後に起こるであろう事態を想定し、メリットとデメリットを推し測った上であえてポーションを換金しなかったのだろうと澄川は予測している。スキルを隠したのも、きっとその延長なのだろうと。
「……どうしましたか、権藤さん?」
ふと、澄川は権藤がニヤニヤとした笑みを浮かべていることに気付く。さっきまで険しい顔をしていたのに、なぜかと疑問を持ったところで。
「珍しいよなぁ、澄川が他人を褒めるなんて」
「………」
「まぁ、澄川がそう言うのなら恩田探索者は大丈夫だな。無理な探索はしないだろうし、今後力を得ても大きく道を踏み外すことも無いのだろうな」
澄川の人を見る目が正確であることを、権藤はよく知っている。その澄川が、恩田を"慎重で先を見据えられる人間"と言ったのだから、きっとその通りの人物なのだろうと考えていた。
「さて、あんちゃん明日も来るかねぇ?」
「……おそらくは」
「いやぁ、実に楽しみだなぁ」
完全に元の調子に戻った権藤を見て、澄川は小さく溜息を吐く。昔から何を考えているのか分からない人だったが、まあ悪いことにはならないだろうと自分を納得させて、澄川は本来の業務へと戻る。
澄川は再びダンジョンゲートを潜り、一直線に下層へと向かう。さて、今日はどこまで潜るかな……なんてことを考えながら。
これで、短いですが第一章は終了です。
第二章については、鋭意準備中となります。投稿までしばらくお待ち頂ければ幸いです。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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