3−31:追う者、追われる者、立ち塞がる者
「ハァ……ハァ……ハァ……よし、これが最後の部屋か」
神殿の最深部で真紅竜に遭遇し、そこから逃げ始めて20分ほど。ついに、地上 (ダンジョン内を地上と呼んでいいのかはともかく)に一番近い部屋まで逃げてくることができた。
――ドンッ………ドンッ………
真紅竜の追跡は今のところ止まっている。たまに重い足音は聞こえてくるが、ダンジョンオブジェクトを破壊するような音は聞こえてこない。
おそらく、真紅竜は俺の姿を見失ってしまったのだろう。1つ下の部屋を必死に探しているか、まだ下から来ると考えて待ち構えているのかもしれないな。
……だが、それもいつまでもつか分からない。待てど暮らせど俺を見つけられなければ、方針を変えてここまで上がってくる可能性は十分にある。魔力残量も心もとないので、真紅竜が来るまでに逃げ切らなければならない。
「さて、このまま部屋を通って外に……なんて、そんな簡単にはいかんよな」
真紅竜が来る前に、早めに外へ出てしまいたいところだ。だが、ことはそう簡単にはいかない。
部屋の反対側、上り通路の入口の方を見やる。その付近に3体のモンスターが立っており、俺をじっと睨みつけていた。
「「「シャァァァ……」」」
「見たことのないモンスターだな……なんだか強そうだ」
右手に錆の浮いた金属製の長剣、左手に金属板が張られた木製の盾、胴には同じ金属板で補強された革鎧を装備している。二足歩行のトカゲのような姿をした人型モンスターで、背の高さは俺と同じくらいある。
ゲーム的に言えば、ああいうモンスターを"リザードマン"と呼ぶのだろう。もちろん、第6層まででは一度も見かけなかったモンスターだ。
つまり、それは。
「少なくとも、あのラッシュビートルが出てくる第6層よりも深い層でしか出現しないモンスターってことか」
そして、重要な判断材料はもう一つある。ラッシュビートルは確かに手強かったが、それでも初心者用万能パンフレットに"ダンジョン第2の壁"として情報が載っていた。
……だが、目の前のリザードマンと思しきモンスターに関しては、一切の情報がパンフレットに載っていなかった。第7層に出てくる"インプ"というモンスターの情報すら載っていたのに、だ。
もしかしたら、リザードマンは更に下の階層――それこそ、10階層よりも奥で出現するモンスターなのかもしれない。
「「シャアァッ!!」」
俺が考察を重ねていると、リザードマンと思しきモンスターが2体同時に飛び出し、走り寄ってくる。
……こいつら、グレイウルフみたいな見せかけじゃないな。しっかりと連携して襲いかかってくる、知能あるモンスターだ。それは、こちらに走り寄ってきている2体が互いの様子をちゃんと確認していることからも分かるし……なにより、1体が上り通路の入口を塞ぐためにその場へ留まっていることからもよく分かる。
「「シャァッ!」」
1体は右から、もう1体は左から。お互いと俺の様子を確認しつつ、ほんの僅かにタイミングをずらして迫ってくる。俺から見て左のリザードマンの方が、少しだけ到達が早そうだ。
……左のリザードマンの初撃に対応しても、右のリザードマンが隙を見つけて追撃をかけてくるだろう。クイックネスもプロテクションも、効果はどちらも続いているので強引に対処することもできるが……初見の相手に、余裕の無い対応はあまりしたくない。
「"フラッシュ"!」
ゆえに、俺の初手はこれだ。
効果範囲がとにかく広く、距離があっても効く時は効く。効果は劇的で、効けばそのモンスターをほぼ無力化でき、集団戦が得意な相手の連携を大きく崩せる。消費魔力量も少ないので、色んな場面で気軽に使えるのも大きい。
……今さらながら、真紅竜に使えばもう少し楽に逃げれたよなぁ、と思ったが。あの凄まじい威圧感の中で、真紅竜が居るその場を早く離れることしか考えられなかった。
――ピカッ!!
「「シャアッ!?」」
フラッシュが発動する。俺も目を閉じているので、効いたのかどうか分からないが……オートセンシングの検知結果から、3体とも動きは止まっているようだ。ただ、通路前の1体は元々動きがほとんど無い個体なので、これだけで判断するのは難しいか。
光が止み、目を開ける。走り寄ってきていた2体は閃光をモロに食らったようで、目を押さえてうずくまっているが……通路前の1体は、なんとフラッシュをかわしていた。
俺の動きを見て、とっさに盾を掲げて防御態勢をとったらしい。それが偶然にも影となり、フラッシュを防いだようだ。
「シャァァ……」
「………」
やはり強敵だな、リザードマン。状況を理解しながら連携し、とっさの判断能力も中々高い。あの知能の高さは厄介だ。
そして盾の脇からこちらを覗く、あの警戒心に満ち満ちた目。あいつにフラッシュを効かせるのは、もはや困難だろう。
「"ライトニング・ハンマー"、もう一つ"ライトニング・ハンマー"」
――ドゴォォォン!!
――ガラガラガラ!!
「シィッ!?」
「キシャッ!?」
ひとまず、うずくまるリザードマン2体に向けて強化した雷撃をそれぞれ叩き込む。無防備に食らってはさすがに耐えられなかったようで、リザードマンは2体とも魔石と装備珠に姿を変えた。少なくとも、耐久面ではラッシュビートルに若干劣るらしい。
「"アイテムボックス・収納"っと、さて……」
残ったリザードマンを見やる。剣と盾を打ち鳴らしながら半身に構え、こちらを睨んでやる気満々のようだ。
「シャァァァ……」
「………」
だが、その割にリザードマンは全く近付いてこない。俺が魔法タイプだということは散々見せたはずだが、遠距離戦もこなせるということか? あるいは、通路を塞ぐことを優先しているのか?
よし、少し試してみるか。
「"ライトニング"!」
――バチィン!
「キシャッ!」
先手必勝とばかりに雷撃を落とすと、なんと跳んで避けられた。これを避けられたのは初めてだな。
単純なトップスピードだけなら、ヘルズラビットや真紅竜の方が上だろう。だが、リザードマンは比較的小柄ゆえに、小回りの利きやすさや加速力に優れている。そこに知能の高さが加わり、回避型のかなり厄介なモンスターに仕上がっているようだ。
そう考えると、あいつにライトニング・ハンマーを見せたのはマズかったか。二度見せただけの攻撃に対応するとは、リザードマンの学習能力の高さを舐めていたな……。
「シャゥ……」
「ッ!?」
リザードマンが息を大きく吸った……っておいおい、これはまさか!?
「シャアッ!」
――ゴウッ!!
やっぱりファイアブレスか!
「うおっと!?」
とっさに避けた俺のすぐ真横を、一直線に炎の帯が通過していく。真紅竜のそれとは比べ物にならないほど弱いが、それでも炎は炎だ。触れたら確実に火傷するであろう熱気を感じる。
……だが、炎を吐いたことでリザードマンの動きが止まった。よし、ここがチャンスだ!
「"ライトショットガン"!」
「!! シャァッ!?」
リザードマンに向けてライトショットガンを撃ち込む。それを避けようと2歩ほど動いたリザードマンだったが、ライトショットガンからは逃れられず全身に被弾した。
ただし、これで倒せるとは微塵も思っていない。現にリザードマンが負ったのはかすり傷程度で、動きは鈍らせたが致命打には程遠い。
「"フラッシュ"!」
――ピカッ!
「シャァッ!?」
目を閉じ、『少年よ大志を抱け!』とでも言わんばかりのポーズで、これ見よがしにフラッシュを唱える。
そして、当然ながらリザードマンはフラッシュを一度見ている。なので、当然のように盾を掲げて閃光を防いだようだが……ふふっ、計算通りだ。
リザードマンの視覚を、一時的にでも遮ること。フラッシュを放ったのはそれが目的で、効こうが効くまいがどちらでもいい。
本命の攻撃は、別に準備してあるのだから。
「"シャドウスパイク"!」
雷魔法……と見せかけて、今回は闇魔法を選択する。シャドウスパイクは地面から無数の棘が生えてくる攻撃なので、リザードマンの虚をつけるはずだ。
「シャガァッ!?」
案の定、いきなり生えてきた大量の棘にリザードマンは対応できなかったようだ。四方八方から突き出た棘によって、リザードマンが無数に刺し貫かれる。
目を閉じているので姿は見えないが、オートセンシングの挙動からそうなったのが分かった。
よし、これで俺の勝ちだ――
「シャァァァァァッ!!」
――バゴゥッ!
光が止むと同時に、大きな叫び声が辺りに響き渡る。
その発生源は、瀕死のリザードマンだった。最期の力を振り絞って息を吸うと、一際強力なファイアブレスが放たれた。
「ぐっ、避けきれな――」
――ジュワァッ!
とっさに横っ飛びしたが、間に合わなかった。俺の左腕が炎に包まれ、肉が焼ける音が聞こえた。
同時に襲いくる、凄まじい痛み。
「いっ……づぁっ……!!」
左腕を見る。ローブは黒く焼け焦げ、真っ赤に焼け爛れた肌が覗いていた……が、手のひらは盾が炎を防いでくれたようで無事だった。盾自体も焦げ一つ無く、動作には問題なさそうだ。
火に炙られた部分も痛みは感じるので、最悪の状態は免れたようだが……可及的速やかに回復魔法をかけなければ。
回復魔法の準備をしつつ追撃も警戒していたが、それはこなかった。どうやら最期の一撃だったようで、既にリザードマンはドロップアイテムへと姿を変えていた。
「っぐぅ……"アイテムボックス・収納"、"ヒール"」
アイテムボックスにドロップアイテムを収め、左腕全体に向けてヒールをかける。痛みは多少マシになったが、火傷が広範囲に渡っているせいかかなり効きが悪い。
そして、ヒールを使ったことでそろそろ魔力残量がヤバい。2割ちょっとくらいまで減り、すんなりいっても階段までギリギリ保つか、といった状況だ。次に真紅竜に立ち塞がられたら、本格的にマズい。
――ドゴッ……ドゴッ……
「グォォォォォ……」
その真紅竜だが、遂に俺の居場所に気が付いたらしい。破壊音と咆哮が、少しずつ近付いてきている。
……まだ左腕全体が痛むが、ここは逃げるのが先か。
「……っ、痛てて……」
痛む左腕を庇いながら、全速力で部屋を後にする。
……リザードマン、強敵だったな。次に会った時は、もっと気を付けて戦わなくては。
(2024.6.23改稿)一部描写不足な部分があり、追記を行いました。
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