3−30:逃げろ、逃げろ、奴は追ってくるぞ、お前を食うまで追ってくるぞ
「グォォォォォォォォ!!!」
「……っ!!」
6メートル近い体躯を誇る、四足歩行の真紅の巨竜。その姿形といい、色合いといい……某狩猟ゲームに登場した、轟烈な咆哮そのものが武器となる希少種にどことなく似ている。
その巨竜から、咆哮が叩き付けられる。さすがに咆哮だけで衝撃波が発生するようなことは無かったが、そのあまりの大音量に俺は思わず両手で耳を押さえた。
それでも、目だけは絶対に巨竜から離さない。ヤツから目を逸らした時が、俺の命が潰える時……無意識にそう感じたからだ。
「ガァッ!!」
咆哮を放ったその直後、巨躯に見合わない俊敏な動きで真紅の竜が飛び掛かってくる。
……鋭い牙がズラリと並んだ、巨大な口をパックリと開けながら。あんなものに噛まれたら、俺なんぞひとたまりもないだろう。
「っ!! うおっ!?」
――バゴォォォン!!
全力で横っ飛びし、紙一重で攻撃を回避する。巨竜は勢い余って壁に激突するが、なんと壁の方が派手に壊れる結果となった。
見るからに強靭そうな顎での噛みつき攻撃もさることながら、あの巨体に轢かれるだけでも致命傷は確実だ。どちらも避けるために、大きく避けるしかなかった
……ダンジョンオブジェクトですら、悠々と破壊する攻撃力の持ち主だからな。攻撃は全てかわすしかないゆえに、クイックネスを使っておいて本当に良かったよ……。
「グルルルル……」
――ガリッ! ゴリッ!
壁に突っ込んだ真紅竜が、口に入った壁の破片を噛み砕きながらこちらへ振り返る。
……戦うか、逃げるか。そんなもの、最初から決まっている。
「……逃げろぉぉぉぉォォォ!!」
「グォォォォォ!!」
クルリと踵を返し、上り方向の通路に向けて逃走態勢に入る。三十六計逃げるに如かず、勝てそうに無い相手からは逃げるが吉だ!
「うぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」
「ガァァァァァァァ!!」
背を向けて逃げる俺を、真紅の竜が床を踏み砕きながら追ってくる。恐ろしいことに、クイックネスを使った俺と真紅竜の速度がほぼ同じだった。厳密には俺の方が少しだけ早いのだが、ヤツの挙動を確認するために後ろを振り向くので速度が落ち、ほとんど同じ速度になってしまっている。
それでも、ヤツから長く目を離すわけにはいかない。もし何らかの特殊行動の予兆を見落としてしまえば、そのまま俺は命を落としかねないのだから。
床の破片を派手に巻き上げながら、真紅の竜が俺を追いかけてくる。その凶暴すぎる足音を背中越しに聞きつつ、俺は先に通路へと入った。
がむしゃらに駆け上る俺を、なんと真紅竜は通路を破壊しながら追いかけてきた。高さ3メートルもない通路を、2倍以上の体長を持つ竜が強引にこじ開けて進んでくる……が、さすがに無理をしているようで、進行速度が見るからに落ちている。
「グァァァァァァ!!」
そのまま真紅竜との距離をぐんぐん離していく。悔しそうに咆哮する真紅竜だが、そんなことをしても通路を破壊するスピードは上がらない。
……やがて、真紅竜の姿が見えなくなった。咆哮する声と通路を破壊する音だけは聞こえてくるものの、それもどんどん遠くなっていく。そのタイミングで、次の部屋が見えてくる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……よし、このままヤツを撒いて――」
「「「「ギャ?」」」」
部屋に飛び込むと、行きには居なかったはずのゴブリン共が30体ほどたむろしていた。そいつらの視線が、一斉に俺の方を向く。
「なっ!? くそっ、"ライトショットガン"!」
――ダァン!
「「「ギガッ!?」」」
「もう一丁、"ライトショットガン"!」
――ダァンッ!
「「「ギッ……!?」」」
進路を塞ぐゴブリンだけを撃ち倒しつつ、奥の通路に向けて真っ直ぐ駆ける。ドロップアイテムが辺りに散らばるが、今はそんなものに構っている余裕は無い。
そうしてゴブリンの壁を抜け、後は通路に駆け込むだけ――。
――バガァァァァァァン!!
「ガァァァァァァ!!」
と、ここで真紅竜が通路をぶち抜き、部屋の中へ飛び込んでくる。走りながらちらりと振り向いて見てみると、真紅竜は部屋に入ったばかりのところで、何やら息を大きく吸い込んで……って、まさかこれは!?
「"クイックネス・ダブル"!」
魔力を振り絞ってクイックネス・ダブルを唱えると、一気に上り通路へと飛び込みなりふり構わず駆け上がる。
そんな俺に向かって、真紅竜の攻撃が飛んでくる。大きく息を吸い込んでいた、そよ意味が嫌というほどよく分かる攻撃だった。
――ゴォォォォォォォォ!!
「うぁぁぁ! やっぱりファイアブレスかよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
橙色に輝く猛烈な爆炎が通路一杯に広がり、炎の壁となって迫ってきた。しかも、ほんの少しだけ炎の方が進行速度が早く、俺を呑み込まんと徐々に迫ってくる。
……ローブ越しの背中に、凄まじい熱気を感じる。この炎に追い付かれてしまえば、おそらく俺は丸焦げになってしまうだろう。そんな悲惨な未来を避けるために、俺は全力で上へと逃げるしかない。
――ゴォォォォォォ!!
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……クソッ、まだ追ってきてんのか!?」
真紅竜が放ってきたファイアブレスの勢いは、俺が思うよりも遥かに凄まじかったようだ。
通路をどこまで駆け上がっても、炎の壁は執拗に俺を追ってくる。さすがに多少速度は落ち、俺が逃げる速度と等速になったものの……今度は俺の息が保たなくなってきた。
だが、そろそろ次の部屋に差しかかる。閉所にエネルギーが集中したせいで、ファイアブレスが炎の壁となって俺を追いかけてきているのであれば……部屋にさえ出れば、炎は拡散して消えるはず。その隙に態勢を整えよう。
「……!!」
ようやく通路を抜け、次の部屋に出る。見た限りモンスターはいないので、息を整えつつ反対側の通路まで抜けて――
――ドゴッ……ドゴッ……
「ッ!?」
遥か足下から、音と振動が響いてくる。まだ追ってくるのか、あの紅い竜は……。
上り通路への入口の前で、息を整えるため一旦立ち止まる。
――ゴワッ!!
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……ほ、炎からは、なんとか、逃げきれた、か……」
下り通路から吐き出された炎が、予想通り部屋に拡散して消えていく。熱気が俺の頬を撫でたが、ダメージは無い。
だが、今度はその元凶である真紅竜が迫ってきている。早く逃げの一手を打ちたいところだが、息が上がりきった状態でまともに逃げることはできない。真紅竜に追い付かれたくはないが、まずは回復しなければ。
「……ひ、"ヒール"……ぷ、"プロテクション・ダブル"……」
回復魔法を唱え、疲労を抜く。ついでに、効果が切れた防御魔法を2倍盛りで掛けておく。
……だが、これで魔力残量は4割を切った。ソロにおける危険水域だ。
「……ふう、少し落ち着いたな」
――ドガァァァァァン!!
「ガァァァァァァァ!!」
ほっと一息ついた直後、真紅の竜が床をぶち破って派手に登場した。二度目の登場の時と同じく、部屋のど真ん中に大穴を開けて入り込んでくる。
そして今度は、飛び散った瓦礫が俺に向けて飛んできた。偶然か意図的かは分からないが、このままでは直撃するコースだ。
「………」
瓦礫をしっかりと目視しながら、飛んでくる瓦礫に左腕を合わせる。
拳大ほどの大きさがある瓦礫が、俺の左腕に複数当たり……プロテクションに弾かれて、全て明後日の方向へと飛んでいく。ダメージはほぼ無く、少し腕がヒリヒリする程度だった。
大丈夫そうだったので試してみたが、瓦礫攻撃だけは食らってもある程度大丈夫なようだ。まあ、他が明らかに即死級の攻撃ばかりなので、何の慰めにもならないのだが……。
「グォォォォォォォォ!!」
「おっと」
真紅竜が俺に背を向けている内に、さっさとこの部屋を退散するとしよう。
さて、部屋は次でラストだ。ここまで、噛みつき・突進・ファイアブレス・瓦礫の散弾、と多彩な攻撃方法を見せてくれたが……果たして、最後はどんな攻撃を見せてくるのやら。ここまでくると楽しみでもあり、同時に恐ろしくもある。
加えて、1つ確信したことがある。この"博愛のステッキ"とやらの有用性だ。
俺を追ってきている真紅竜は、ほぼ間違いなくあのプラチナ宝箱のトラップだろう。モンスター召喚型トラップに、俺はまんまと嵌ったわけだ。
そして、そんな強大なモンスターが守るアイテムが役に立たないわけがない。未だ皆目見当も付かないが、絶対に役立つ効果を帯びているはずだ。無事に大神殿から脱出できた暁には、色々試してみようかな。
皆さまお察しの通り、真紅竜はプラチナ宝箱に仕掛けられたモンスター召喚型トラップです。ゆえに、博愛のステッキを持つ者を、マ◯オUSAに出てくるカ◯ーンのように追い回し続けます。
なお、プラチナ宝箱は一点物の超貴重品が収められている宝箱であり、その全てにえげつない罠が仕掛けられている……という設定です。木〜ダイヤモンドの宝箱はダンジョン内にランダムに出現しますが、プラチナ宝箱だけは固定タイプになりますね。
そして今回、作者側で設定している真紅竜のモンスター設定資料を記載いたします。トラップモンスターとはいえ理論上は倒すことも可能ですし、ドロップアイテムの設定もしていますが……基本スペックが高すぎるゆえ、実質討伐不可能というモンスターです。
こんな感じの資料を、各モンスター(一部未登場モンスター含む)について作成しています。
↓モンスター設定資料↓
◇真紅竜◇
☆ドロップアイテム
・魔石(100万円)
・装備珠(赤、青、黄)ランク15(ドロップ確定、時価)
・装備珠(赤、青、黄)ランク16(ドロップ率80%、時価)
・スキルスクロール【ファイアブレスⅤ】(ドロップ確定、時価)
・???(ドロップ確定、時価)
・真紅竜の大剛牙(牙を折ってから倒すと入手可能、時価)
☆説明
逃げろ、逃げろ、奴は追ってくるぞ、どこまでも追ってくるぞ、お前を食い◯すまで追ってくるぞ。
第5層の神殿にて、博愛のステッキを入手した者に襲いかかるトラップモンスター。理論上は倒すことも可能だが、人類の到達限界階層に出てくるモンスターの、その特殊モンスター (いわゆるヘルズラビットのようなモンスター)でさえ霞むほどの強さを誇る。現在の人類の実力では、実質的に討伐不可能である。
ダンジョンの床や壁すら破壊する特殊能力を持ち、細い通路も強引にこじ開けて執拗に追い回してくる。その攻撃力は非常に高く、瓦礫飛ばし以外の攻撃は一撃でも貰えば死が見えてくる。
水・氷属性以外の攻撃はまともに効かず、その水・氷属性攻撃でさえも元来の圧倒的な基礎スペックにより、弱い攻撃ではまともなダメージにはならない。
ただし、神殿の外までは追ってこない。生き延びたいのなら逃げろ、とにかく逃げろ!
主な攻撃方法は、咆哮・突進・噛みつき・踏みつけ・尻尾薙ぎ払い・ファイアブレスⅤ・瓦礫飛ばし、の6種類。特にファイアブレスⅤの威力は凄まじく、攻撃範囲も射程距離も非常に広い。回避は困難を極めるうえ、この攻撃を真紅竜は悠々と連発してくる。
本気で倒すつもりなら、火属性攻撃無効化装備は必須。むしろそれが前提で、対策しにくい攻撃をどうするか、膨大な体力をどう削るかの問題になる。
特殊ドロップは真紅竜の大剛牙。牙を折ってから倒すと入手できるが、現在の人類にはそもそも真紅竜を倒すことすら不可能な所業である。
↑ここまで、モンスター設定資料↑
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




