3−26:黒き予感
「まずは、ちょっと危ないので……"アイテムボックス・取出"」
ヘルズラビットの大角、ラッシュビートルの斬羽×2を指定してカウンターの上に配置する。どれも大きなサイズだったが、なんとかカウンターに乗りきった。
それを見た権藤さんの目の色が変わる。
「あ、羽はフチがよく切れますので、注意してください」
「ああ、よく知ってるよ」
権藤さんが薄羽に触れる。俺と同じように、薄羽のフチにスッと指を滑らせて……何故か、権藤さんの指は傷一つ付かなかった。
「特殊モンスターの特殊ドロップに、ラッシュビートルの特殊ドロップか……特に羽の方は、こんな状態の良い物は初めてだな。やつの弱点ゆえによくドロップしていたが、嵩張るし危険だし脆いしで、持ち帰れてもグチャグチャな物が多かった。なかなかの稀少品になりそうだ」
薄羽を撫でながら、権藤さんがそう呟く。やはり、弱点部位ゆえによく見かけるタイプの特殊ドロップのようだ。持ち運びが大変なことも実体験済らしい。
「あとは大角か。ホーンラビットの角でさえあまり出回らないのに、特殊モンスターの大角なんぞ更に貴重だろう。もしかしたら、この世における一品物かもしれないな」
「特殊モンスターの出現条件さえ分かれば、量産できるでしょうね。ダンジョン災害を意図的に誘発させるようで、俺はするつもりは無いですけど」
「まあ、そこは恩田探索者を信用しとるさ」
「ありがとうございます」
……まあ、実は出現条件については、ある程度予想がついてたりするんだけどな。
ヘルズラビットには、大角と一緒に折れた小さな角も付いていた。正式名称?が片角兎だったので、ホーンラビットの角を折ることが出現のトリガーである可能性は高い。
あとは、そうだな……人間に対する憎悪を醸成するために、それなりの時間が必要なのかもしれない。もし、この2つの条件を満たして初めてヘルズラビットが現れるのだとしたら……角を折ったホーンラビットを放置するなんて、普通の探索者がやることじゃない。ヘルズラビットが出現した事例がほとんど無いのも頷ける。
逆に言えば、そういう異常な行動をした探索者が亀岡ダンジョンにいた可能性があるということだ。今後も、もしかしたら特殊モンスターが出てくる可能性はあるかもしれない。警戒は厳重にしておこう。
「よし、これは全てオークションに出そう。それでいいか?」
「ええ、お願いします。ちなみに、収益は4等分でお願いしますね」
「任せな」
俺の返事を聞くと、権藤さんは魔法の袋に斬羽と大角をしまい込んだ。後でオークションに出す準備をしてくれるのだろう。その辺は権藤さんに任せることにしている。
「さて、こんな感じかな。他に何か用件はあるかい?」
「ああ、せっかくなので1つだけ。多分ですが、俺はしばらく第6層で足踏みしそうな気がしています」
「ほう、それはなぜだ?」
さっき考えていたことを手短に伝える。移動時間の問題、ラッシュビートルの手強さ、探索時間の限度……それらが重なり、第6層から奥へ進むのは簡単ではないことを伝えた。
「ううむ、そうだな……残念ながら、途中階層をスキップできるような方法は現状見つかっていない。俺が自衛隊時代に20階層より深く潜っていた時は、一度の探索に4日ほどかけてたな」
「それは……」
「……厳しい、ですね」
「です……」
女性陣3人からも渋い反応が返ってくる。特に帯刀さんは、どこか諦めたような雰囲気すら滲ませていた。
これがゲームなどであれば、途中まで転移できる装置とかが要所に設置されているものだが……現代ダンジョンはゲームではなく現実であり、転移装置の類はダンジョンに設置されていない。その事実を権藤さんから明示されただけなのだが、状況は更に厳しくなったな。
……本当に、どうにかならないものだろうか? 先達の権藤さんですら答えを持ち合わせていない以上、永遠に答えが出ないかもしれないが……考えることだけは、決して止めないようにしよう。
「……すまんな、良い回答が用意できなくて」
「いえ、構いませんよ。ダンジョンはそんなに甘い場所ではない、ということなのでしょうから」
これまで後回しにしてきたが、クイックネスの練習でもしてみようかな。各階層を素早く駆け抜けることができれば、深層を探索する時間を増やすことができるかもしれない。
「俺からの用件は以上です。俺はまた明日も来ようと思っています」
「……おう、あんちゃん頑張るなぁ。ダンジョン探索って危険な肉体労働なのに、もう5連勤だぞ? 何連勤までいくつもりや?」
言われてみれば、もう5日連続でダンジョン探索をしてるのか。やけに早く感じたな。
そして、その問い掛けに対する返答はもう決めている。
「毎日成長が実感できるので、10連勤でも100連勤でも精神面では余裕ですよ。見えない疲労とかが溜まってしまうと危険なので、さすがに週1日くらいは休むつもりですが」
「「「………」」」
……なんか、可哀想な人を見るような視線を背後から感じるな。でもさ、成長を実感できるのって本当に大事だぞ?
前職時代は、自身の成長を実感できなくて本当に辛かった。大量の仕事をただただ機械的に処理していただけで、知識や経験が身に付いた実感が全く湧かなかった。まだモン◯ンをやってる時の方が、モンスターを狩る速度が目に見えて早くなるので嬉しかったくらいだ。
……ただまあ、今は前職時代の地獄も良い経験だったと思えるのだが。耐えるべき時にじっと耐え、忍ぶべき時にぐっと忍べる強い忍耐力が身に付いたし、"考えるクセ"や"物事を軽く受け流すスキル"みたいなものも身に付いた。それでいて、俺が心や体を病むより先に会社が潰れたから、俺自身は健康そのものだ。
この心と体の健康というのが、生きていくうえで本当に大事だ。これを激務の中で失っていたら、良い経験だなんだと過去を思い返す余裕なんて無かっただろうな……。
「あんちゃんも、なかなか大変な経験をしてきてるんだな」
「間違いなく、権藤さんほどじゃないと思いますよ。仕事をしていて、命の危険を感じることはさすがに無かったので。やる気は何度か無くしかけましたし、"や"る気が漲ったことも何度かありますが」
「……なるほどなあ」
遠い目をする権藤さんを見て、妙に共感の念を覚えてしまった。責任の重さでいえば、俺なんかと比べるのはおこがましいほどキツい立場に、権藤さんはいたのだろうけどな。
「さて、交代だ。次は帯刀さんの番かな?」
「はい」
帯刀さんと入れ替わり、朱音さんの所へ戻る。九十九さんは帯刀さんに張り付き、カウンターでやり取りする帯刀さんの横でなにやらピョンピョンと飛び跳ねていた……帯刀さんは全く気にしていない様子だが、ウザくないのだろうか?
「……ねえ、恩田さん」
「ん、どうした?」
「時間の話。私たち、恩田さんの足枷になってたりしないかしら?」
ぼうっと帯刀さんたちを眺めていると、隣の朱音さんが小さい声で話しかけてきた。最初、何の話をしているのか分からなかったが……数秒して、それがさっきの権藤さんとのやり取りに関することだと、ようやく理解できた。
俺はダンジョン探索者が本業になりつつあるが、朱音さんや九十九さんはあくまで副業としてダンジョン探索をやっている。その時間的制約が、比較的自由な立場である俺の邪魔になっていないか。ちょうどそんな話をしたばかりなので、朱音さんが気にしたのだろう。
……だが、それは違う。
「いいや、全く。俺は俺、朱音さんは朱音さんだからな、個々人に異なる事情があるのは当然だ。それを鑑みたうえで調整することを、足枷などと思ったことは一度も無いよ」
調整や擦り合せがどうしても嫌なら、ひたすらソロで探索すればいい。九十九さんや帯刀さんも元はそうしていたし、ソロ専門の探索者というのも少なくないようだからな。自分の事情だけで行動できるのだから、確かに楽だろう。
ただ、それでは限界があるのもまた事実ではある。単にお金を稼ぎたいならともかく、例えばもっと深い階層に潜りたいとか、貴重なアイテムを手に入れたいとか、たくさんのアイテムを集めたいとか……そういう時は、やはり仲間の力が絶対に必要となる。その仲間が抱える事情を最大限に尊重し、可能な限り協力しあうことは非常に重要なことだと俺は考えているのだ。
……まあ、その考えを悪用するような人間が世の中にいることも、俺は知っているのだが。ゆえに、俺は敵と味方をハッキリと分けて考える。
朱音さんに九十九さん、帯刀さんに神来社さん、権藤さんに澄川さん……味方と信じた人たちには丁寧に接するが、金髪君や魔石泥棒共みたいなやつらは一生信用しないし、徹底的に避ける。人間みなお手々繋いで仲良しこよし、なんて甘ったるい夢は中学生の頃にとっくに捨てているのだ。
「そう、ならいいんだけど……ねえ恩田さん、もう1つだけ聞いてもいい?」
「なんだい?」
「恩田さんは、何のためにダンジョンに潜っているの?」
「それはもちろん、お金を稼ぐため……」
……いや、本当にそうだろうか?
今の時代、物価高と増税で懐は厳しくなる一方だ。そのうえ、ダンジョン探索は体力勝負で危険もある……いつまでも続けられるわけじゃない。少しでも多く稼げるなら、それに越したことは無いはず。
……それが分かっていても、お金を稼ぐためにダンジョンへ潜っているかといわれると強い違和感を覚えてしまう。
「……いや、違うな。もっとダンジョンに深く潜りたい、たくさんのモンスターと戦ってみたい、自分を成長させたい……うーん」
いくつか思い付いた言葉を口にしたが、どれもなんだかしっくりこない。全ての言葉が当たらずとも遠からず、といった感じだ。
「ごめん、今はうまく言葉にできないみたいだ」
「あ、あらそう……? (え、そ、そんなに深く考えてくれるとは思ってなかったわ)」
「ん? 何か言ったかい?」
「い、いえ、なにも?」
まあ、ダンジョン探索を続けていれば、そのうち言葉にできる時もくるだろう。
「終わりました」
「完了なのです」
「お疲れ様」
と、換金を終えた帯刀さんたちが戻ってきた。心なしか笑顔を浮かべる帯刀さんを見るに、どうやら満足いく成果となったようだ。
「全員、電車で来た? 俺と朱音さんは京都駅の方に電車で帰るけど」
「私もです、京都までは行かないですけど」
「あ、私は亀岡駅の方に行きます」
帯刀さんだけ逆方向か。まあ、それでも駅までは一緒に行けるな。
「少し暗くなってきたし、駅までは一緒に行こうか。
……そういえば、藍梨さんたちはどうしたんだ?」
「あ、姉様たちは先に帰ったみたいよ。姉様は会社に寄って、今日の調査結果を早速まとめるらしいわ」
「マジか……」
朱音さんがスマホを見ながら教えてくれた。多分、藍梨さんからの連絡が入っていたのだろう。
……凄いな、藍梨さんはこんな時間からも仕事をするのか。先頭に立って物事を進める人っていうのは、激務を厭わないんだな。俺には絶対真似できんよ。
「……まあ、俺は俺のペースで生きるだけか。さて、装備をロッカーに置いて入口に集合しようか」
「ええ」
スマホを見ると、17時48分を指していた。ほぼ予定通りの時間だ。
リーダーは時間を気にすることも大切な仕事だ。そういう意味では、リーダーとしての役割を最低限は果たせたと思っていいだろう。
まあ、まだまだ精進していくけどな。人間としても、探索者としてもな。
◇
(三人称視点?)
全ての探索者が外に去った、夜の亀岡ダンジョン第3層。
薄暗く静かな洞窟の中で、"ソレ"は天井付近をパタパタと飛んでいた。
――攻撃された
――何度も攻撃された
――痛くなかった
――だけど、何もできなかった
人間から一方的に何度も攻撃を受け、しかし"ソレ"は何もできず。ただその場から逃げることしかできなかった。
"ソレ"が見逃されたのは、きっと人間の気まぐれだっただろう。本格的に討伐へ行動をシフトされていれば、"ソレ"は間違いなく消し炭にされていた。そのことを、"ソレ"は本能で理解していたのだ。
――憎い
――ニンゲンが、憎い
――弱い自分が、憎い
――憎い、憎い、憎い……
まだ、今の"ソレ"にそこまで高度な知性があるわけではない。
……だが、第3層の奥底で"ソレ"は静かに憎悪を募らせる。憎悪と共に確かな知性を獲得し、新たな存在へと生まれ変わろうとしていた。
亀岡ダンジョン第3層。ここにまた1体、危険極まる化け物が誕生しようとしていた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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