3−25:現代ダンジョンに転移装置はありませんよ
「……はあ、ようやく戻ってこれたな」
第6層から、第1層まで。小走りで急いで帰ってきたが、それでも1時間強かかってしまった。
時刻は間もなく17時、外はそろそろ暗くなり始めている頃だろう。
「それにしても、第4層がもぬけの殻状態だったのには驚いたわね」
「ほんとにな。残った人たち、相当頑張ったんだろうな」
途中で第4層も通ったが、到着した時は本当に誰もいなかった。探索者はおろか、モンスターでさえもだ。残った人たちが探索を切り上げた直後だったのだろうが、あんなに静かな第4層は初めてだった。
無論、台座に行く途中で何度かモンスターがポップしたので、それなりの回数戦ったのだが。ラッシュビートルと戦ったばかりなせいか、ゴブリンやホーンラビットなどはもはや作業とばかりに瞬殺してしまった。
……で、ゴブリンを倒した時にたまたま武器珠ランク2が出たものだから、俺1人で大騒ぎだ (3人とも、ヤバい人を見る目で俺を見ていたな……)。これで武器珠ランク2が10個になり、ランク3の武器珠が1つ作れることを伝えると途端にみんなが笑顔になっていたが。
『ところで、武器珠は誰が使う?』
『当然、恩田さんよね。九十九ちゃんもそう思うでしょ?』
『ちゃっ……こほん、まあいいのです。私はヘルズラビットのドロップを貰ったのですから、私も武器珠は恩田さんが使うべきだと思うのです』
『私も、恩田さんが使うべきだと思います。前衛は武器を壊してしまいがちなので、入手数が限られた武器はあまり使いたくないんです』
女性陣3人の意見が一致した結果、武器珠ランク3は俺が使うことになった。俺は朱音さんか帯刀さんが使うべきだと思ったんだけどな……。
「それで、武器珠を今から使うわけだが……」
「あ、私もね」
今は第1層の脇道に入り、いつもの通り売却品の整理整頓だ。ついでにここで装備珠を使っておこう、ということでもある。
既にアイテムボックスから装備珠を出しており、俺は手元に武器珠ランク3を持っている。朱音さんも装飾珠ランク3を持ち、じっとそれを見つめていた。
(……俺に、モンスターと戦う力を!)
武器珠ランク3に念を送る。武器珠から変化した赤い光が俺の右手を包み込み、棒のように上下へと伸びていき……そして、白っぽい金属製の杖へと姿を変えた。見た目はフィアリルに似ているが、持った感じはフィアリルよりもやや軽いな。
「うん、いい感じね♪」
ふと隣を見ると、朱音さんの顔が朱色の兜に覆われていた。朱魔銀の重鎧と似たような色合いをしているが、鎧に比べて全体的に光沢が鈍い気がする。さしずめ"朱魔鉄"といったところだろうか。
「新装備の着心地は?」
「最高よ、力も湧いてくる気がするわ!」
お気に召したようで、なによりだよ。
「"アイテムボックス・収納"……荷物整理も終わったし、装備珠使用の儀式も終わったし。そろそろ行くか」
「「「ええ (です)」」」
地面に落ちた俺の旧武器を、アイテムボックスにしまい込む。武器珠を使う前に一通り整頓は済ませておいたので、後はダンジョンを出て換金カウンターに向かうだけだ。
……アイテムボックスの存在を隠すために、ポータブルバッテリーやらフリーズドライ食品やら、入ダン時にリュックに入れていた物を改めて背負っているのでとても重い。あと少しの辛抱だと思えば、我慢もできるが……。
あと、斬羽みたいな危険物は外に出せないので、まだアイテムボックスの中に入れてある。換金の時はアイテムボックスを使うことになるが、人が居ないことを祈るしかないな。
……藍梨さんや陽向君、九十九さんや帯刀さん、おっちゃん改め神来社さんとの出会い。ヘルズラビット撃破、第4層突破、第6層到達、ラッシュビートル撃破……今日の探索で得たものは本当に多かった、だが一方で、高い壁を感じる探索にもなった。
まず、強敵ラッシュビートルが徘徊する第6層だ。あれだけ固いモンスターが相手となると、消耗は確実に激しくなるだろう。そんな階層を進むのは相当大変だし、帰り道のことを考えれば迂闊に先へは進めない。
そしてなにより、"時間制限"という最大の壁が今後立ちはだかってくる。第6層までの往復移動時間だけでも2時間半ほどかかるところに、休憩時間や戦闘時間を含めると探索に使える時間は限られてくる。ここに、ラッシュビートルという遅滞戦闘のプロみたいなモンスターが出てきてしまえば、探索時間はあっという間に削られてしまうだろう。
俺はともかく、朱音さんや九十九さんは本業が別にある。ダンジョン探索にあまり時間を割くことはできない。帯刀さんに至っては、何らかの事情で1日探索をすることさえ難しいのだろう。
制限時間の問題……今後、もっと奥に進むことを考えるのであれば、なんとかしないといけないな。
◇
「恩田さん、久我さん、九十九さん、帯刀さん、お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
「お疲れ様なのです!」
「はい、お疲れ様です」
「……お疲れ、様です」
うおお、重い……そうだった、階段があることをすっかり忘れてた。50段はキツいって……頼む、エレベーターを付けてくれぇぇぇ……。
「恩田さん、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だ……よ……」
朱音さんが心配そうに声を掛けてくる。階段を上ってる間も『私も持つわよ』と言ってくれたり、実際にリュックを下から支えてくれたりしたが……リュックそのものは、頑として最後まで背負って上がりきった。
……なんだろうか、女性に重い物を持たせるわけにはいかない、という男としての意地みたいなものだろうか。いささか古い価値観だとは思うし、ダンジョンでは前衛を任せておいてその物言いはどうなんだ、と自分でも思うが……まあ、そこは俺に残ったなけなしの意地、というやつだ。
「……ふう、落ち着いたよ」
「あら、もう?」
「ああ」
それでも、最近は回復速度が早いのでなんとかなっている。装備の効果かとも思ったが、ダンジョン外でも疲れにくくなっているので自然回復力そのものが成長しているのかもしれないな。
さて、後はお楽しみ、換金カウンターへ行っての換金だ。足取りも心なしか軽く感じるな。
「……ふうむ、4人で割ると1万700円やなぁ。ちなみに、130円だけまけとるぞ」
換金カウンターで、いつもの通り権藤さんに対応してもらう。俺の見る限り5連勤なのだが、局長という責任ある立場でちゃんと休めているのだろうか?
ちなみに、帰り道で追加のモンスターを倒したからか、売却益は1人当り1万円を超えたようだ。もちろん、九十九さんや帯刀さんとも相談のうえで装備珠は今回も全キープである。
「内訳、聞くかいな?」
「ええ、ぜひお願いします。ヘルズラビットの魔石とか、いくらになったか気になりますので」
「ヘルズラビットねぇ……まさか、特殊モンスターを3人で仕留めてまうとはなぁ。怪我人がダンジョンから出てきて何事か思うたけど、事情を聞いて腕利きの職員を派遣したら、もう討伐されましたって聞いてこっちが驚いたがな。
……特殊モンスターは俺も何度か戦ったけど、序盤の特殊モンスターですらタフで面倒やったからのう。いや、ホンマに凄いわ」
「……です?」
「えっ……?」
少し前のことを思い出してか、しみじみと話す権藤さんを見て九十九さんと帯刀さんが戸惑っている。
……あれ、もしかして2人とも、権藤さんがどんな人か知らなかったのか?
「この人、亀岡ダンジョン管理局の局長さんだぞ。後、元自衛隊員でもあるから、ダンジョン出現当初から潜っていた猛者だ」
「です!?」
「ええっ!?」
「あんちゃん、一応訂正しとくけど"亀岡迷宮開発局"な。お上は横文字があまり好きじゃないみたいでなあ、ダンジョンの方が分かりやすいって何度も言ったんだがのう……」
権藤さんの言葉に、俺も内心大賛成しておく。"ダンジョン探索者協会"とか"ダンジョン開発局"とか、いっそのこと"ダンジョンギルド亀岡支部"とかでも良かったんじゃないのか?
……いや、最後のは少しおふざけが過ぎるか。だとしても、手前2つならば組織名としてなんら違和感を感じない。皆にとっても分かりやすいし、そうしたら良かったのにな。
「……おっと、そういえば内訳やったな。ブルースライムの魔石が15個で150円、ホーンラビットとブラックバットの魔石が合計197個で1万9700円、ゴブリンの魔石が133個で1万5960円。
で、ブルージェリーの魔石が1個50円、8個で400円。グレイウルフの魔石が1個180円、12個で2160円。ラッシュビートルの魔石が1個900円、2個で1800円。片角兎の大魔石が1個2500円。合計4万2670円やな。130円乗せて4で割ると、1万700円になるな」
「へえ……」
おおよそ予想通りの単価だけど……ううむ、これはどう判断すべきだろうか。
収入の時間効率的な観点では、ラッシュビートルよりグレイウルフの方が優れているだろう。ラッシュビートルは倒すのに時間がかかるし、なにより戦闘時の消耗が著しい。お金を稼ぐことを考えれば、群れで出てくるグレイウルフをひたすら狩る方が効率が良い。
だが、ラッシュビートルは装備珠のドロップ率が高いし、ランク3の装備珠を落とす可能性もある (グレイウルフがランク3の装備珠を落とす可能性も0ではないが、個体の強さから考えるとランク2までのドロップだと俺は考えている)。ラッシュビートルは強敵な分だけ、もしかしたらダンジョン的成長要素にも影響してくるかもしれない。探索者としての実力を高め、より奥の階層を狙うのであれば、ラッシュビートルとひたすら戦うのが一番良いだろう。
……まあ、第4層に居座り続ける以上に効率の良い稼ぎ方は現状では無いので、グレイウルフは実質選択肢には入らないのだけどな。第4層で粘るか、第6層でラッシュビートルと戦うか……結局はその2択になるだろうな。
「ああ、ブルージェリーは水中モンスターの中で一番弱いから、魔石の査定額もそんなに高くないのよ。
……それにしても、水中にいたモンスターをよく狩れたねえ。半透明だし触ると危険だしで、気付かないか気付いても放置する探索者の方が多いんだがなあ」
「ああ、オートセンシングで検知して雷魔法で一網打尽にしましたので」
「そういえば、そうだったねえ……」
水中のブルースライム枠だもんな。ノンアクティブで脆いが触るな危険、なモンスターなのはきっと同じなんだろう。
唯一の違いは、確率でスキルスクロールを落とす可能性があることか。
「こんな感じかねえ。これで換金するけど、いいかい?」
「はい、お願いします」
「あいよ」
権藤さんが魔石を魔法袋に入れて、奥へと消えていく。
数分ほどして、トレイ4つに現金とレシートを乗せて権藤さんが戻ってきた。
「はいよ、これで4等分な」
「「「「ありがとうございます (です)」」」」
念のために金額を確認し、1万700円あることを確認して受け取る。
「で、他に何かあるかい?」
「………」
帯刀さんを見ると、お先にどうぞというジェスチャーをしてくれた。
オートセンシングに反応は無いが、念のため換金所の入口の方を確認する。それで察したのか、権藤さんもそちらを見て……俺の方に向き直り、小さく頷いた。
「では、ここからが本番ですよ」
そう言って、俺は笑った。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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