3−22:油断した隙に、ダンジョンは急に牙を剥いてくるものさ
最初にパンフレットで絵を見た時は、グレイウルフがかなり強そうに見えた。狼型で群れを作り、体もそれなりに大きそうだったからだ。耐久力はそれなりだが素早さに優れ、攻撃力も高い序盤の壁モンスター……絵姿を見た第1印象はそんな感じだった。
今まさに現地で見て、それが半ば確信に変わった。洞窟タイプから渓流タイプへ、ダンジョンの様子が大きく変わり……その最初に出てきたモンスターがホーンラビットの倍近い体躯を誇り、更にこの数で連携して襲ってくるとなれば。最悪、噂に聞く原作版ドラ◯エ2のマンド◯ルくらいの脅威度さえ覚悟していた。
……そう、思っていたのだが。
「あれなら、特に問題は無いかな」
結果は、想定の中でも下の下の方だった。グレイウルフは見た目ほど力強くなく、耐久力も低かった。肝心の連携はおざなりで、単にホーンラビットを一回り強くしただけのようなモンスターだった。確かにホーンラビットよりは手強い相手だが、同じ対処法が通じる時点で大した敵ではない。
……油断すべきでないことは分かっているが、警戒レベルを上げすぎた反動が大きい。どうしても気が抜けてしまうな……。
「うーん、溜め動作がホーンラビットより分かりにくいわね。それでも、よく見ていればカウンターを仕掛けるのは簡単だけど」
「確かに、攻撃が直線的で分かりやすかったですね。盾を合わせるのも楽でした」
「……へえ、2人ともすごいですね。俺は溜め動作がさっぱり分からなかったので、適当に魔法を撃ち込みましたけど……うまいこと一撃で仕留められました。耐久力はホーンラビットとかとあまり変わらないのかもしれませんね」
グレイウルフに対応した3人で、それぞれ感想を出し合っていく……が、3人とも要約すれば"ホーンラビットとほぼ同じ"という結論になってしまった。フォルムもかっこいい新モンスターなのに、かなり評価の低いものとなってしまったようだ。まあ、俺たちにとっては楽に稼げてありがたいんだけどな。
……一方で、九十九さんが少し不満そうだ。グレイウルフとの戦いの中で、1人だけ見せ場がなかったからだろう。
「むぅ、私の出番が無かったのです」
「当然です、九十九さんは対強敵のための切り札なので。ザコ散らしは俺の仕事ですよ」
「そう言われると、確かにそうなのですが……むむむ」
ただ、ヘルズラビットみたいな強敵に致命打を与えてもらうために、九十九さんには居てもらっている。ザコ散らしに魔力を使わせるなんてもったいなさすぎるのだ。
……とはいえ、そんな強モンスターもしばらくは出てこないだろうけど。ガス抜きも兼ねて、九十九さんにも少し動いてもらった方がいいかもしれないな。
「さて、今の時間は14時半くらいですか。少しこの先に進んでみますか?」
「時間は大丈夫よ。私は先に行ってみたいわ」
「私も、進めるだけ進んでみたいのです!」
「あの、すみません……私、あまり遅いのはちょっと厳しいです」
朱音さんと九十九さんは、帰り時間をあまり気にしていないようだが……帯刀さんは険しい表情だ。やはりというべきか、帰りが遅くなるのはあまりよろしくないらしい。
もっとも、それは朱音さんと九十九さんも同じだけどな。今は3月、少しずつ日没も遅くなっているとはいえ、帰りが遅くなるのはあまり良くないだろう。
「……なるほど、了解です。帯刀さんは何時くらいに戻れるようにしたいですか?」
「18時にはダンジョンを出たいです……すみません」
「いえ、それは個々人の事情がありますから。それでは、15時半になったらすぐに撤収しましょう。皆さんそれでいいですか?」
「「「異議なし (です)」」」
戻ることを最優先すれば、17時にはダンジョンゲートまで戻れるだろう。そこから色々と後処理をすれば、17時半くらいになるはず。これなら、18時には確実にダンジョンを出られるはずだ。
「それでは、先に進みましょうか。さて、どのルートを進むべきか……」
ここからのルートは、大きく分けて3つある。明らかに藪が薄くなっている道っぽい所を進むか、鬱蒼と茂る藪濃い森を突き進むか、川沿いの岩場を進むか。
このうち、藪濃い森と川沿いの岩場は視界がものすごく悪そうだ。川沿いの岩場は足場も悪く、水に落ちればブルージェリーがお出迎えをしてくる。難易度順としては、道<森<岩場、といった具合か。
「……まあ、ここは道っぽいところを進みますか。他のルートに行くのは、もっと慣れてからにしましょうか」
「そうね、そうしましょう」
藪の薄い、道らしき道を進んでいく。時折ビューマッピングで地図を作りながら、モンスターを警戒しつつゆっくりと前へ進んでいった。
「……えっと。思ったより近くにあったな、下り階段」
「……そうね、まさか10分もかからずに見つかるとは思わなかったわ」
藪薄き道を進むこと、10分弱。緩く左にカーブしていく道の途中で3回ほどビューマッピングを使い、ゴブリン4体、グレイウルフ3体、グレイウルフ3体と戦ったくらいのタイミングで、川沿いの広場に下り階段をあっさりと見つけた。
……これ、上り階段〜下り階段の位置関係を考えると、森か岩場を突っ切れば5分くらいで到達できる距離にあるな。
「ダンジョンからの温情、でしょうか? 新しい階層の雰囲気に慣れてもらうために、最初はあえて簡単にしているのかも……?」
「……ダンジョンに意思というものがあるのであれば、きっとそうなのでしょうね」
思えば、第1層も非常に短かった。あれはダンジョン初心者にも階段を見つけやすくするための、ダンジョンからの配慮なのかもしれないな。
「さて、思ったより簡単に下り階段が見つかりましたが……第6層、行ってみますか?」
「行きましょう」
「行きたいのです、不完全燃焼なのです、モンスターを燃したいのです」
「ええ、行きましょう」
3人とも賛成なのはいいのだが、九十九さんの言動がかなりヤバい。頼むから、そこら中に炎を撒き散らすようなことはしないでくれよ……?
◇
「ここが第6層……か」
第5層に到達して30分も経たないうちに、一気呵成の第6層到達。まさかの流れに自分でも驚くが、それだけ第4層が高い壁になっていたということだろうな……。
「やっぱり、第6層もあまり変わらないわね」
流れる川、鬱蒼と茂る森、薄い藪の道らしきもの……雰囲気は第5層とあまり変わらないようだ。川か森を突っ切ればショートカットになるが、薄い藪の道を進めば比較的安全に先へ進めるのだろう。
---ブブ……
「……ん?」
遠くから、虫の羽音のようなものが聞こえてくる。
---ブブブブ……
その羽音が、段々と大きくなって……!
「モンスターだ!」
「「「!!」」」
音が聞こえる方角、具体的には森の方へ向けて全員で構える。後ろが階段と岩壁なので、今回も帯刀さんは前の方に移動した。
---ブンッ!
---ドスンッ!
やがて、羽音の正体が茂みの奥から現れる。そいつは自身の姿を見せつけるかのように、森の入口付近に立つ木に留まった。
「ラッシュビートルだ……」
パンフレットで見た絵姿は、超巨大なカブトムシといった様子だったが……現れたラッシュビートルは、まさにその絵の通りの姿をしていた。
体高は160センチほど、黒光りする外骨格は見るからに固く重そうな雰囲気を醸し出し、立派な1本角が空に向けて聳えている。ゴ◯ブリやゲジ◯ジが巨大化するよりは遥かにマシだが、虫嫌いな人にとってはトラウマ級に恐ろしい外見をしている。
……そして、こいつこそがダンジョン第2の壁と呼ばれているモンスター。攻撃力、耐久力、敏捷性……その全てが高く、これまでのモンスターとは一線を画す強さを持っているのだとか。特に耐久力は非常に高く、生半可な攻撃は一切通らないそうだ。
まあ、だとしても雷魔法はさすがに効くだろう。
「"ライトバレット・スナイプ"!」
というわけで、まずは小手調べだ。光の弾丸をラッシュビートルに向けて撃ち込む。
弾丸は寸分違わす、ラッシュビートルの頭部に直撃し……。
---パキーン
……情けない音を立てて四散した。その音は、階層を跨いでブラックバットを攻撃した時とほとんど同じような音だった。
もちろん、ラッシュビートルに堪えた様子は全く無い。やつの装甲には傷一つ付いた様子も無く、完全にノーダメージのようだ。
---ブブブ!!
攻撃を加えられたラッシュビートルは、俺を排除すべき敵と見定めたようだ。留まっていた木を離れたラッシュビートルが、前衛の朱音さんや帯刀さんには目もくれず俺に向けてまっすぐ飛翔突撃してくる。
巨大な体躯から巨大な羽音を響かせて、ラッシュビートルが空を滑空する。あの様子では、突進の軌道修正もできなさそうだが……その突進攻撃の迫力は、ヘルズラビットに優るとも劣らないものがあった。
---ガギィッ!
「うそっ、刃が通らない!?」
---ガキンッ!
「くぅっ、重い……!!」
すれ違いざま、朱音さんの斬撃、帯刀さんのシールドバッシュが続けてラッシュビートルに直撃するが……朱音さんの攻撃はラッシュビートルの黒光りする装甲に当たって弾かれ、帯刀さんは突進の勢いに負けて逆に体勢を崩されていた。一方のラッシュビートルは、まったくもって止まらない。
「"サンダーボルト"!」
---バチッ!
まあ、雷魔法ならさすがにダメージも入る……。
---バチン!
「……は?」
サンダーボルトが、弾かれた……?
「恩田さん!」
「っ、やばっ!?」
って、呆けている場合じゃない! ラッシュビートルの突進攻撃に盾を合わせて防……!
---ガギィッ!
「うおっ!?」
突進攻撃を盾で受け止めた反動が消しきれず、体ごと吹き飛ばされて地面をゴロゴロと転がる。かろうじて受け流しに成功したというのにこの威力、やはりラッシュビートルの強さは群を抜いているらしい。
転がる勢いが止まったところで、パッと顔を上げて周りを見てみる。ラッシュビートルは俺たちの居る場所を通り過ぎて、岩壁に張り付いて留まっていた……って、九十九さんは大丈夫か!?
「……むむむ、固くて強そうなモンスターなのです。これは、私の出番なのですね!」
……はあ、よかった。九十九さんは無事のようだ。杖を片手に、どこかウキウキした様子でラッシュビートルを眺めている……が、その視線はチラチラと俺の方を何度か向いていた。
と、九十九さんが杖を大きく掲げた。
「恩田さん、いいですよね!」
「ええ、お願いします、九十九さん!」
杖の先、太陽を象ったシンボルが紅く輝き始める。どうやら火魔法で仕留めにかかるようだ。
……ヘルズラビットでさえ持ち合わせていなかった高い魔法耐性を、ラッシュビートルは備えている。ヘルズラビットには通じた雷魔法がほとんど効かないのだから、その魔法防御力は相当なものだろう。
しかし、火属性魔法ならどうだ? RPGゲームでは、虫は火に弱いことが多いが……ラッシュビートルは果たして?
「食らうのです! "ファイアボール"!」
---ヒュッ!
---ゴオオオオ!!
岩壁で動きを止めているラッシュビートルを、杖から発射された巨大な炎の玉が包み込む。ファイアボールという名前からは想像もできないほど、その炎は大きく……ラッシュビートルの全身を包んでなお余るほどの大きさだった。
やがて、炎が消える。その後には……。
「……おいおい、マジかよ」
なんと、ラッシュビートルはまだ生きていた。見るからに瀕死状態ではあるものの、魔石化することなく岩壁にしがみついている。
……なんという耐久力だ。ダンジョン第2の壁と呼ばれるモンスターの実力は、どうやら伊達ではないようだ。
「……"ライトニング・ハンマー"」
---バヂィィィン!!
収束させた雷撃を、ラッシュビートルに叩きつける。さすがにこれは効いたようで、ラッシュビートルはようやく魔石と防具珠に変化して、地面へと落ちた。
ド◯クエ6に出てくるス◯ーンビー◯トをイメージしながら、ラッシュビートルを出しましたが……あの青い悪魔の方が数段厄介ですね。
強力な全体攻撃持ち、固い、魔法効かない、強い……出現場所を明らかに間違えていると言われるほど、やつは強かったです。ボスより固いって、ほんと冗談かと思いました。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




