3−20:第5層に広がるのは、まさに日本の原風景でした
「うおう、これは……」
階段を降りきった俺たち4人は、遂に第5層へと足を踏み入れた。
そんな俺たちの目に飛び込んできたのは……。
---ザァーーー……
---ガサガサ……ガサガサ……
---ピピ、チチ、ピピピピ……
「山奥、なのです」
「すっごい開放感ね。雰囲気も気温も第4層までと違うし、ダンジョンって本当に不思議ね」
「これは、とても落ち着きますね」
三者三様に感想が溢れる。流れる川、鬱蒼と茂る藪と森、鳥らしき何かの鳴き声、高低差のある地形……第4層までとは打って変わり、第5層はまるで日本の原風景とでも言うべき様相へと大きく変貌した。
「……そういえば、階段ってどうなってるのかしら?」
「ん? 岩壁にトンネルのような穴が空いて、そこから顔を覗かせてるっぽいぞ?」
「……それ、やっぱり反則だと思います」
振り返らずとも、地形がどうなっているのかはすぐ分かる。つまるところ周りの風景が大きく異なるだけで、階段そのものは第4層までとほとんど同じだ。
ちなみに、帯刀さんにはオートセンシングのことは説明済だ。第4層でドロップ集めをしていた時に、軽く教えている。
さて、とても開放的な雰囲気なのは大変結構なのだが……先に進むにあたって、1つ問題がある。
「こんだけ広いと、地図が作りにくいよな……」
洞窟タイプだった第4層までは、地図がとても作りやすかった。閉所空間ゆえに、上り階段から下り階段に至るまでのルートがほぼ決まっていたからだ。
だが、この第5層は見た感じとても広い。そのくせ地形の高低差があったり、森や藪が至る所にあったりであまり遠くまでは見渡すことができない。ビューマッピングで第5層の地図を完成させようとしたら、果たして何回使うことになるのやら……必要なら、また新しい地図作成魔法を考えなければ。
まあ、別に地図の完成にはこだわらないので、下り階段までのルートさえ押さえてしまえばいいのだが。ここからの様子を見る限り、下り階段を探し当てることさえ手こずりそうな雰囲気が漂っている。
「地図、なのです? でも恩田さん、紙も何も持っていないのです」
「ああ、それはですね……」
言ってから、辺りを見回す。オートセンシングには朱音さん、九十九さん、帯刀さんの反応しか無く、目視確認してみても特に誰もいない。念のため階段を覗き込んだが、誰かが追って降りてきている、ということもなさそうだ。
……なら、言っても特に問題は無いな。
「ま、こういうことですよ。"ビューマッピング"」
俺を中心に、可視範囲全てをマッピングする魔法を発動させる。使うのは昨日ぶりだな。
出来上がった地図を見てみると、やはり高低差がかなりある。3次元立体地図を作れる魔法なので、地図からその辺りも読み取ることが可能だ。
「地図を作る魔法、ですか? もしかして、それも【資格マスター】の効果ですか?」
「いや、これはスキルの効果ですね。【空間魔法】という名前のスキルです」
「【空間魔法】……?」
帯刀さんが首を傾げる。そんな名前の魔法に心当たりが無いようだが、それも当然だろう。
なんせ探索者からの嫌われ者・ブルースライムを、とにかくたくさん倒さなくてはならないのだから。しかもメモリアルドロップなので、得られるかどうかは完全に運次第。余計に稀少性は高い。
「とある理由がありまして、このスキルの存在はほとんど他人には開示してないんです。知ってるのは朱音さんに、亀岡ダンジョン管理局長の権藤さん、同じく職員の澄川さんだけです。お2人には今教えたので、全部で5人だけですね」
正直、2人に教えるかどうか少し迷った部分はある。地図くらいならどうとでも誤魔化せるし、アイテムボックスもバレないように使う方法が無いこともない。リュックサックを介してアイテムボックスに出し入れすればいいし、周りにバレないよう小声で詠唱する練習もこっそり積んできたからな。
……ただ、何となくだが。九十九さんと帯刀さんとは、これから長い付き合いになりそうな予感がしている。それなら、教えるのは早い方が良いと思ったのだ。
「【空間魔法】……一体、どんなことができるのです?」
「まあ、見ていてください」
リュックを下ろし、中からいくつか魔石を掴み出す。そして、それらを地面に投げてばら撒いた。
「えっ、ちょっ、恩田さん、魔石をばら撒いて何を……!?」
「こういうことです。"アイテムボックス・収納"」
ぶち撒けた魔石を対象にアイテムボックス・収納を発動し、アイテムボックス内に魔石を収める。ついでに3回ほどやって、リュックサック内の全ての物をアイテムボックスの中に収納した。動きに影響するほどではなかったけど、地味に重かったからな……ようやく収納できて、文字通り肩の荷が下りた感じだ。
「えっ、うそっ、魔石が消えたのです!?」
「ついでに、これも見てください」
リュックの口を開けて、2人に中を見せる。魔石やら何やらで一杯だったはずの中身が空っぽになっているのを見て、九十九さんと帯刀さんは驚いたようだ。
「……リュックの中身が空っぽですね」
「……これは、手品かなにかです?」
「手品じゃありませんよ、九十九さん。休憩時間中に、俺がリュックから色々と取り出してたのを見てましたよね?」
「……です。ポータブル電源に電気式湯沸かし器、カップ麺にインスタント味噌汁にフリーズドライご飯に割り箸まで出てきた時はびっくりしたのです」
俺は日々、アイテムボックスに入れる食品の品揃えを増やしている。今日は日持ちする食品として、フリーズドライパックタイプのご飯ものをホームセンターで取り揃えてきた。
昨日の探索ではカップ麺だけを食べていたが、やはり米も食べたかったので探しに行ってきたのだ。近所のスーパーではなぜか見当たらず、半ば諦めていたのだが……まさかホームセンターに置いてあるとは。食品というよりは、防災用品としての側面が強いのかもしれないな。
ちなみに、休憩時に九十九さんが物欲しそうな目で見てきたのでいくつか進呈している。【チャージ】のスキルスクロールの件もあるので、しばらくは九十九さんに便宜を図ってあげてもいいかもしれないな。
なお、今は金銭面で配慮する事情が無い朱音さんについては、1000円ほどしっかりとお金を頂いている。俺が聞く前に渡してくれたので、やはりと言うべきか朱音さんも律儀なタイプの人だったようだ。
……っと、閑話休題だ。話の本筋はそちらじゃない。
「それらを、今日はいくつかリュックに入れてきたんですよ。普段は空にして来るんですがね。いやあ、本当に重かったです」
「……?
……! もしかして、アイテムボックスってそういう魔法なのですか!?」
「ええ。魔石や装備珠に限らず、重い物も軽い物も大きい物も小さい物も、全て一律に収納することができる魔法です。重さを感じませんし、全く嵩張らないんです。魔石を300個は入れましたが、容量はまだまだ余裕がありますね。
……まあ、ファンタジー系小説でよくある時間停止機能や保冷機能は一切無いようなので、日持ちしない物はすぐ腐ってしまいそうですが」
だからこそ、比較的日持ちするフリーズドライ食品やカップ麺なんかを大量にストックしているわけだ。
「うわぁ、うわぁ、羨ましいのです。今まで重くて持ち帰れなかったドロップアイテムがたくさんあったのです。食事だって多くは持ち込めないのです。その心配が全く無いのは羨ましすぎるのです」
九十九さん、体力はそれなりにありそうだけど腕力とかはあまり無さそうだもんな。この体格で重い荷物を運ぶのは、さすがに厳しいだろう。
「【空間魔法】……とても素晴らしいスキルですね。ですが、簡単には入手できないスキルなのでは?」
「うーん、そうですね……特定のモンスターをひたすら倒しつつ、後は運次第といったところですかね。これ以上は秘密です」
「特定のモンスター……運次第……」
まあ、あれは本当に幸運な出来事だった。初日で荷物地獄から解放されることが確定したわけだから、その価値は計り知れないだろう。
……って、ここで会話ばっかしていたら時間だけが過ぎてしまうな。
「さて、ここでずっと立ち止まっていても仕方がないので、探索を始めましょうか。
先に陣形を決めておきたいのですが、何か案はありますか?」
「では、私から提案を」
ここで、帯刀さんが挙手をしてきた。おや、これはもしかして……?
「どうぞ、帯刀さん」
「初めに確認なのですが、朱音さんは前衛タイプ、恩田さんは魔法タイプの方ですね?」
「ええ、そうよ」
「俺も、その通りです。ただ、完全な魔法タイプの人よりは接近戦に強いと思います」
サンダーボルトやライトショットガンのように、比較的近距離で使う魔法もあるからな。盾の強さも相まって、俺なら接近戦でも多少戦えるだろう。さすがに本職には敵わないけどな。
「分かりました。第5層は遮蔽物が少ないので、バックアタックやサイドアタックに十分警戒する必要があるでしょう。ゆえに前を朱音さん、後ろを私で固め、盾持ちの恩田さんにサイドの警戒をしていただくのが良いかと考えます。彩夏さんは中央でお願いします」
おお、これは。状況把握から考察、実配置の検討まで、実に論理的な構築が行われているな。俺が予想した通り、帯刀さんは頭が相当切れるタイプらしい。
……ただ、これは半分以上九十九さんのお陰だな。もし彼女がいなければ、帯刀さんとは意思疎通すらまともに取れなかっただろう。間に九十九さんが入ってくれたことで、スムーズに協力体制を構築することができたわけだ。
「俺としては、帯刀さんの案に賛成です。結局のところ前が一番リスクが高いので、最も守りの固い朱音さんに先頭を歩いてもらった方が安定するでしょう」
特に修正点は無さそうだったので、帯刀さんの案をそのまま支持する。
……俺の言葉を聞いて、帯刀さんがホッと息をついていた。とてもそうは見えなかったのだが、結構な勇気を振り絞って発言してくれたらしい。
帯刀さん。もっと自信を持ってくれて良いんだぞ? ここに、帯刀さんの言葉を頭ごなしに否定するようなやつはいないんだからさ。
「ふふん、なら前方は任されたわ♪」
「私も、せっちゃんの案に賛成なのです!」
朱音さんと九十九さんからも了承をもらったので、帯刀さんの案は無事採択されました、と。
「よし、それじゃあ帯刀さんの案通りに陣形を組んで、先に……ん?」
その時、オートセンシングが川の中にいる何かの存在を検知した。水面でレーザー光が乱反射されていたせいでうまく検知できていなかったが……どうやら、水中に何かがいるようだ。
「恩田さん、川の中に何かいるの?」
「ああ、いる。なんかオートセンシングの反応が妙だったから、逆に気付いたよ」
半反射と言うべきか、半透過と言うべきか。固体でも液体でもない何かにレーザー光が当たり、ちょうど半分くらいの強度になって光が返ってきた。今までで初めての反応だったので、やけに印象に残ったのだ。
「見てみるのです?」
「そうしようか。お2人も、いいですかね?」
「オッケーよ」
「正直少し怖いですが、覗いてみましょう」
2人の了解を得てから、川に向かってゆっくりと近付いていく。奇襲に備えて、盾はしっかり前に構えた。
そうして川辺に到着し、水中をそっと覗き込む。目をこらしてよく見ると、小さなクラゲのような謎のモンスターがプカプカと浮いていた。
「朱音さん、少し下がって……よし、"サンダーボルト"」
---バチッ!
川に向かって雷撃を飛ばしてみる。水面に着弾した雷撃が水中へと拡散して広がり、クラゲのような何かへと直撃した。
その電撃に耐え切れず、クラゲは魔石へと変化し……!?
「"アイテムボックス・収納"!」
魔石は川底に沈んでいったが、それとは別のドロップアイテムが川に流されそうになったので、急いでアイテムボックスで回収した。
「……ふう、どうにか拾えたか。"アイテムボックス・収納"」
そうしてから、改めて魔石をアイテムボックスに収める。そして、昨日振りくらいにアイテムボックスの中身を確認した。
「"アイテムボックス・一覧"」
☆
(前略)
・ブルージェリーの魔石×8
(中略)
・スキルスクロール【水中呼吸】×1
(後略)
☆
「……うん?」
なにやら、新情報がたくさん増えたようだ。
読者の皆さま、いつも本小説をお読みくださいまして、誠にありがとうございます。
本日をもちまして、本小説はなんと3000名を超える方に☆評価をいただいた小説となりました。初期から応援してくださった方をはじめ、本小説をお読みくださった全ての方に感謝申し上げたいと存じます。
本当に、ありがとうございました。
また、5月13日で本小説は投稿開始から半年を迎えます。PVも間もなく200万を超えようとしており、これも皆さまの応援と支えがあったからこそだと私は考えております。
重ねて、皆さま本当にありがとうございました。
次は1周年を目標に、書き続けていきたいと思います!
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




