3−19:信用できる人、信用できない人、見極めるのは本当に大変なことだ
「……第4層まであと10段くらい、か。朱音さん、この後の動きを確認しておくぞ」
「……ええ」
モンスター共からギリギリ見えない位置まで階段を降りたところで、声を抑えて朱音さんに話しかける。ここでモンスターに気付かれれば、全ての作戦は水の泡と消えるからな……よほど騒いだりしなければ大丈夫だとは思うが、用心するに越したことは無い。
「……まずは、降りてすぐにフラッシュを使う。その後は間髪入れず、ライトニング・ボルテクスの発動準備に入る。ここまではいいな?」
「……大丈夫よ」
「……で、ライトニング・ボルテクスの発動に成功しても失敗しても、ダークネスを撒いて一目散に階段を駆け上がる。その後は4人で、追ってきたモンスター共を順次撃破していく。ざっとこんな感じだけど、どうかな?」
「……私からは特に無いわ」
軽い打ち合わせが終わる。この程度の打ち合わせに意味があるのかと思われるかもしれないが、ほんの僅かな認識の違いが致命的な結果を生むこともある。この数分で僅かなりとも齟齬を解消し、また齟齬が無いことを確認できたなら、十分に有益だと個人的には考えている。
「……よし、じゃあ付与魔法を掛けるよ。"エンチャント・ウインド・ダブル"、"プロテクション・ツイン"、"パワーゲイン"」
「……じゃあ、私も。"チャージ"」
朱音さんが【チャージ】のスキルを使用したようだ。見た感じ、特に変化は無さそうだが……これで、次の攻撃の威力が2割増しになるわけか。
ともかく、これで全ての準備は整った。あとは出たとこ勝負だ。
「……3つ数えたら、一気に降りるぞ。朱音さん、準備はいいか?」
「……ええ、いつでもいいわ」
「……オッケー。
……3、2、1……行くぞ!」
「ええ!」
一気に階下へ駆け降りる。第4層の大空間に降り立つと、予想通り無数のモンスター共の視線がこちらを向いた。
ここからは、時間との勝負だ!
「目を閉じろ!」
「いつでもいいわ!」
「よし、"フラッシュ"!」
目を覆い、モンスターが殺到してくる前に速攻でフラッシュを唱える。
---パァァァン!!
「「「「ギッ!?」」」」
「「「「キィッ!?」」」」
「「「「ゲギャアッ!?」」」」
閃光が弾け、無数の悲鳴があちこちから上がるのが聞こえた。
光が消えたタイミングで目を開けると、ほとんどのモンスターが地面に伏せて苦しんでいた。だが、特に遠方のモンスターにはフラッシュの効果がやや薄かったようだ。
空中にいて遮蔽物が殆ど無いブラックバットはともかく、他の個体の影に居がちなホーンラビットやゴブリンは、遠くのやつらを中心にフラッシュが効いていない様子が目立つ。現に、遠くにいたゴブリンやホーンラビットがこちら目掛けて走ってきている状況だ。
「………」
まあ、ライトニング・ボルテクスの溜めを作る時間くらいは余裕で稼げたけどな。フラッシュを撃った直後からずっと溜めていたので、一番近くの無事なホーンラビットが全速力で突進してきても、魔法の発動の方が断然早い。
「ギィッ!」
「"飛突"!」
---ゴゥッ! ゴッ!
「ギッ!?」
……そう思っていたら、どこからともなくホーンラビットが現れて俺に攻撃しようとしてきた。たまたま壁際にいて、かつ俺や朱音さんが影になってフラッシュの影響を免れた個体だろう。
もっとも、朱音さんが素早く処理してくれたので事なきを得たが。プロテクションがあるとはいえ、攻撃されないに越したことは無い。
「朱音さん、ありがとう!」
「ええ!」
朱音さんにお礼を言い、再び溜めに集中する。
……よし、発動準備が整った。すぐに魔法を発動する!
「"ライトニング・ボルテクス"!」
---ゴロゴロゴロ……
---ピカッ!
---ガガガガガガガガガガガ!!
「「「「ギィィィィィッ!?」」」」
「「「「キィィィィィッ!?」」」」
「「「「ギャアァァァァッ!?」」」」
第4層の広大な空間に、無数の稲妻が轟き閃く。モンスター共の断末魔が大空間を埋め尽くし、しかしそれも次なる雷鳴によって掻き消されていく。
次々とモンスター共が斃れていっているようだが、様子を見ている余裕は無い。
「"ダークネス"!
……よし、戻るぞ朱音さん!」
「了解!」
事前の打ち合わせ通り、ダークネスを使ってから一目散に階段を駆け上がる。絶え間なく響く雷撃音を背に、ひたすら上へ上へと駆け上っていった。
「あ、恩田さんなのです!」
「恩田さん!」
しばらく上がり、九十九さんと帯刀さんと合流する。
「魔法発動は成功した! あとは上がってきたやつらを殲滅するぞ!」
「「「了解!」」」
段上で振り向き、階下を見下ろす。さあモンスター共、いつでもかかってこい!
「………」
「………」
「………」
「……あれ?」
……おかしい。待てど暮らせど、一向にモンスターが上がってこない。
雷撃音が完全に止まってから、既に2分ほどが経つ。時間的にもダークネスの効果が切れている頃だが、ゴブリンやホーンラビットはおろかダークネスが通じないブラックバットさえも追いかけてこないのは、どう考えても異常だ。
「……降りてみるか?」
「そうね、様子を見てみないとちょっと分からないわね」
朱音さんと頷き合ってから、2人で慎重に階段を降りていく。
……そうして、結局モンスターに遭うことなく、第4層の大空間へと到着した。
「「キィィィッ!」」
「"ライトショットガン"」
「「キィッ!?」」
降りた瞬間に襲い掛かってきたブラックバットを迎撃し、魔石に変わったのを確認してから辺りを見渡す。
……大空間のあちこちに、モンスターの成れの果てと思われる魔石や装備珠が散乱していた。オートセンシングで確認してみたが、モンスターはもはや数体しか残っていなかった。
「あれでほぼ全滅してたか」
「そうみたいね」
今しがた倒したブラックバットの魔石を拾う。これと同じような魔石が第4層中に散らばり、光を受けてキラキラと輝いていた。こうして見ると、中々に幻想的な風景だな。
「兄ちゃん、モンスターはどう……って、おいおいマジかよ」
「ああ、おじさん。見ての通り、初手の魔法攻撃でモンスターが全滅してしまいましたよ」
「そりゃあ、なんとまあ……」
驚きの表情を浮かべるおじさんだが、一番驚いているのは実は俺自身だったりする。
まさか、ライトニング・ボルテクス1回で大空間全てのモンスター掃討が完了してしまうとは。せいぜい半径50メートルくらいで効果範囲を見積もっていたが、俺はライトニング・ボルテクスの潜在能力をだいぶ過小評価していたらしい。
「とりあえず、魔石と装備珠拾いをします。人手が要りますので、上から皆さんを連れてきてください」
「よしきた、ちょっと待っててな」
そう言って、おじさんは階段を上がっていく。
みんなが恐る恐る降りてくるまで、俺たちは湧いてきたモンスターを潰しながらしばらく待機していた。
◇
頭数が揃ったので、第4層にて魔石と装備珠の大収穫祭を開催した。第4層中のドロップアイテムを全員でくまなく拾い集め、怪我をした探索者の人たちには全体の約3割、残りを俺たち4人で山分けする約束だ。
「へっ……」
「………」
だが、拾った魔石や装備珠をポケットに入れている輩が数人居たことに、俺は気付いていた。拾得作業中にポップしたモンスターを自ら倒して得たものなら問題は無いのだが、俺が倒したモンスターのドロップアイテムを自分のものにするのは約束違反になる。
特段、ここで何かするつもりはないが……顔はしっかりと覚えておこう。
「よし、これでほとんど集まりましたね」
「すごいのです、魔石がゴミのようなのです!」
山のようになった魔石と装備珠の前で、帯刀さんと九十九さんが手を合わせて喜ぶ。相変わらず九十九さんの日本語は少しズレているが、言いたいことはなんとなく伝わってくる。
ポッケナイナイするのが居る一方で、当初は『自分たちは何もしていないから』と、九十九さんも帯刀さんも分配物を一切受け取ろうとはしてくれなかった。
結局、ちゃんと約束を果たさせてくれと強引に押し切って、4等分にすることを認めさせたが。どうしても受け取ってくれない場合、万が一に備えて準備万端控えてくれていることが俺にとってどれほどありがたく素晴らしいことなのかを小一時間ほどご教示させて頂くつもりだったが……うん、手間が省けてなによりだよ。
「では事前の約束通り、ここからここまでは皆さんで分けてください。おじさん、お任せしてもいいですかね?」
「おう、任された。ありがとうな、ドロップ品を拾っただけで3割もくれるなんて」
「いえいえ」
おじさんのように信用できる探索者と、ネコババしたやつみたいに信用できない探索者をしっかりと見極められたからな。授業料としては安すぎるくらいだよ。
魔石の山をリュックサックに収めがてら、ふとおじさんに自己紹介をしていないことに気が付いた。
「……っと、今更ですが、俺は恩田高良といいます。ギフトは【資格マスター】です。よろしくお願いします」
「おう、俺は神来社大司だ。神の来られる社と書いて"からいと"と読む。ギフトは【斧闘士】だ、よろしく頼む」
おじさん改め、神来社さんと右手でガッチリ握手を交わす。固くザラザラとした、現場仕事をバリバリこなしている人の手の感触だった。
「さて、俺らは第4層にしばらく留まろうと思う。モンスターを一掃した後の第4層を歩き回るなんて、滅多にできない経験だからな。
……で、兄ちゃんたちは第5層に行くのか?」
「ええ、俺はそのつもりです」
様子見程度ではあるが、第5層へ降りたいと考えている。
「……ただ、場合によっては行けないかもしれませんね」
「ああ、あの軍服のお嬢さんと美人さんに、ゴッツい黒服の人たちか」
「はい。俺たちはあの軍服の女性に、ダンジョン内の案内役として雇われていますので。第5層に進めるかは、彼女の判断次第になりますね」
さすがに、果たすべき役目を放置して勝手に進むわけにはいかないからな。
「……ふむ、そうだな」
と、神来社さんの後ろに立っていた藍梨さんが、俺の言葉を受けて腕を組みながら考え始める。その声に神来社さんがビクッと反応し、大きく飛び退って武器を構えた。
「……って、なんだ軍服のお嬢さんか」
「モンスターだったら、俺が教えてますよ」
「それもそうだな」
からからと笑いながら、神来社さんが武器をしまう。背後を取られた時の神来社さんの反応……うん、この人は長生きしそうだな。
「それで、藍梨さんはどうしますか?」
「……少し悩むところだが、我々はこの第4層に留まろうと思う。ここまで順調に来た分、モンスターとの戦いをあまり経験できていないからな。モンスターの出現率が高いここなら、良い訓練になりそうだ」
「そうですか。ですが、無理はしないでくださいね」
「ああ、心得ている。階段近くで戦えば、リスクも大きくはないだろう」
藍梨さんたちは、第4層に留まる、と。そうなると……。
「案内契約はどうしますか?」
「ああ、そちらは今をもって解除とさせてくれ。装備珠の金額分は、また別途清算させてほしい。
……今日は本当に助かったよ、ありがとう」
藍梨さんが近付いてきて、そっと右手を差し出してくる。
「右手ということは、それなりには信用して頂けたと受け取っても?」
「む、気付いていたのか」
「ええ、まあ。別に怒るほどのことでもありませんでしたので」
むしろ、理由も無く最初から信用する方がどうかしてるからな。
右手同士で、藍梨さんと握手を交わした。
「……さて、朱音さん、九十九さん、帯刀さん。第5層、少しだけでも見ていきましょうかね」
「賛成、ずっと洞窟の風景で飽き飽きしてたところよ。次の階層は、違う風景が見られるといいんだけど」
「私も、楽しみなのです!」
「はい、私も第5層に行きたいです」
3人から了承を得たので、下り階段へと向かう。途中でホーンラビット、ブラックバット×2体が湧いたが、即ライトショットガンで撃ち倒した。
「さあ、行こう。第5層へ」
階段に到着し、そっと1段下りる。
……階層境界を越えた瞬間、心なしか空気が変わったような気がした。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




