3−17:休息の時
新しい装備に取り替わり、九十九さんの足元に落ちた旧装備を見る。見た目的に杖はランク2で、手袋はランク1だろうか。どちらも2ランクずつアップと、大幅に強くなったのは間違いない。
「おお、なんだかしっくりくるのです」
九十九さんの楽しげな声と共に、何かをブンブンと振る音が聞こえる。
気になって視線を上げてみると、九十九さんは新しい杖を何度も縦に振り下ろしていた。先程のセリフは、どうやら杖を振り回しながら発したものであるようだ。
微笑ましいやら、恐ろしいやら。その姿は、突起物付き鈍器を無邪気に振り回している子供にしか見えない。
「まさか、しっくりくるってそっち? そのトゲトゲした太陽っぽい形のやつで、モンスターどもを撲◯するつもりなん?」
「え、あ、ち、違うのです。私、そんなつもりはないのですよ」
「へえ。ま、冗談ですけどね。持ち手が細くて掴みやすいという意味でしょう?」
まあ、緊急時にはモンスターを撲◯することだってあるかもしれないのだから、俺の言うこともあながち間違ってはいないと思うけどな。
「………」
「さて、朱音さん」
「あら、何かしら?」
ぷく〜っと、頬をまるでフグのように膨れさせて怒る九十九さんを横目に、朱音さんに確認しておく。
「【チャージ】って、結局どんな感じのスキルなんだ?」
「あ、それ私も気になってたのです」
「うーん、そうねぇ……」
朱音さんが少し考え込んでいるようだ。
……おそらくだが、【チャージ】のスキルスクロールはホーンラビットのメモリアルドロップでもあるのだろう。それならば、【チャージ】とは"相手に対して体でぶつかる"というような意味合いなのかもしれない。
メモリアルドロップに関しては、【空間魔法】も【闇魔法】も非常に有用なスキルだった。同じように【チャージ】も有用なスキルだと踏んでいるが、果たしてどうか。
「ターン制バトルのRPGで、1ターン使って次の攻撃のダメージを増やす技ってあるでしょ?」
「ああ、ド◯クエでいう"ちからため"とか、テンションアップみたいなやつか」
「そう、それ。【チャージ】ってね、まさにそんな感じのスキルなのよ」
そっちだったか。でもまあ、確かにホーンラビットも突進攻撃をする前に、力を溜める動作をするからなあ。当たらずとも遠からず、といったところだろうか。
「【チャージ】と呟くだけで、魔力を消費して次の攻撃の威力を1.2倍にできるスキルみたい。自分にしか使えないし重ね掛けはできないけど、今の私でも100回は使えるくらいに魔力消費が少ないわね」
「……え、それは」
かなりの大当たりスキルではなかろうか。特に、朱音さんにとっては。
「朱音さんの魔力を有効活用できるじゃん」
「そうなのよね。普通に戦ってると魔力を全然使わないし、ちょうどいい使い道ができたわね」
魔法をメインに使って戦う俺たちでは、【チャージ】との相性はよくてそこそこ止まりにしかならない。聞けば汎用性が高そうなスキル効果なので、誰が取ってもそれなりに役立つとは思うが……俺たちの場合、どうせ魔力を消費するなら魔法をもう1回使った方が良い、という結論になりかねない。それが無い朱音さんは、【チャージ】との相性が非常に良い。
偶然だったが、朱音さんにスキルスクロールを譲ったのは正解だったようだ。
「さて、早速お試しを……といきたいところだけど、無理だな」
「うん、無理ね」
「です、無理なのです」
今は、これ以上戦うことはできない。なんせ……。
「俺はもう魔力が空っぽだ。ネオジムレーザーの燃費悪すぎだろ……まあ、威力は凄まじかったし角も取れたから、別にいいけどさ」
「私も、あれだけ飛刃やら飛突やら撃ったら疲れたわね……」
「クリムゾン・フレアは奥の手なのです、制御が大変なのです、疲れたのです……」
ドッと疲れが押し寄せてきて、3人ともその場に座り込む。階段のステップが椅子としてちょうど良い感じだ。モンスターもいないことだし、このまま休憩に入ってしまおう。
「おーい、藍梨さん。もう階段まで降りてきても大丈夫ですよ」
「分かった、すぐそちらへ行こう」
ガードマンの人たちを引き連れて、藍梨さんと陽向君が階段を降りてくる。俺たちと同じくらいの高さのステップまで降りてくると、全員が思い思いに腰を下ろした。
……ごく自然に、ガードマンの人たちが周囲を固めているあたりはさすがプロだなと思う。階層境界の話を聞いたうえで、なお上への警戒を怠らないあたりが特に。
怖ろしいのはモンスターだけではない、ということなのだろう。
ただ、そうすると不思議なのは、いつの間にか輪の中に俺や九十九さんも入っている点だろうか。俺なんかはただの雇われおっさん探索者でしかないので、輪の外でも別に構わないのだが。
「しかし、とんでもないモンスターでしたね藍梨様」
「……あのレベルのモンスターが相手では、今の我々が藍梨様を守り切るのは正直厳しい。更なる精進が必要だろう」
「ふむ、見た限り物理攻撃には強そうだったな。ああいうモンスターが出るのであれば、今後は私も魔法的な攻撃方法を習得すべきだろうか……?」
オートセンシングでなんとなく気付いてはいたが、どうやら全員が俺たちとヘルズラビットとの戦いを見ていたようだ。藍梨さん、陽向君、瀧野瀬さんが固まり、さっきの戦いを元に何かを話している。
「兄ちゃんたち、すげえな。まさか、あの巨大兎を倒しちまうなんて」
「ああ、おじさん」
続けて階段を降りてきたのは、あのおじさんだった。足取りはしっかりしていて、怪我の影響は特に無さそうだ。その後ろには、他の怪我をした人たちが続いている。
「朱音さんにも言いましたが、単に相性の問題だったと思いますよ? 物理耐性が異様に高いモンスターでしたし、上にいた探索者の方はおじさんも含めて、全員が前衛タイプの方でしたからね」
「あ、ああ……よく見てるな、兄ちゃん」
「クセみたいなものです」
そうしなければ、前職はとても務まらなかったからな。
……と、今日の探索で少し気になったことがあり、せっかくなのでおじさんに聞いてみることにした。
「そういえば、俺は探索者歴5日目の新参者なのであまり分かっていないのですが……中衛・後衛タイプのギフトを得た方って、そんなにいない感じですか?」
前衛タイプのギフトを得た人はたくさんいるのに、中衛・後衛タイプのギフトを得た人がかなり少ないことに今日の探索で気が付いた。
朱音さんやガードマンの人たちこそ前衛タイプだったが、藍梨さん、陽向君、九十九さんと中〜後衛に向いたギフトを得ている人が知り合いにそれなりの人数いるし、俺自身も後衛タイプのギフトを得ている。それだけに、中〜後衛タイプのギフトを得た人の割合がこんなにも少ないとは思わなかったのだ。
「おう、言われてみれば確かに少ないな。俺も見たのは、兄ちゃん含めて5人だけだ」
「たった5人だけですか?」
「ああ。そこの九十九さんと、ゴーレムを操る軍服さん、弓と短剣を扱う美人さん、兄ちゃん……あと1人は、今日はまだ見ていないがクールそうな女子高生だな。明らかに重装剣士系の装備なのに、氷の魔法を使って戦ってる所は見たっけか」
「……高校生? 18歳未満の子は探索者になれないのでは?」
そのルールは絶対だ。なにせ法律で決まっていることなのだから、簡単に変えることはできない。
……そこまで考えてから、ふと気付いた。
「ああ、なるほど。18歳なんですね」
「おそらくな。どこの高校かは俺も分からないが、帰り際に制服姿を見たことがある。
……周りを一切寄せ付けず、いつも1人鬼気迫る感じで戦っているがな。第4層の壁はやはり厚いようだ」
周りを寄せ付けない空気を纏ってる、ねえ。年度末も近い今の時期、高3でそれとは何やらワケがありそうだが……他人の事情に土足で踏み込むような、愚かな真似はすまい。
あくまで個人の探索者同士、互いに邪魔さえしなければそれで十分だ。
「あ、多分それ、せっちゃんのことなのです」
「……せっちゃん?」
そう思っていたのだが。九十九さんはその子のことを知っているらしい。ニックネームで呼んでいるあたり、そこそこ仲も良いようだ。
「はい、何回か話したことがあるのです。本名も知っているですが、本人の承諾がないので伏せさせてもらうのです」
「それで構いませんよ、九十九さん。そこまで深く聞くつもりはありませんし、その探索者の子に会った時の対応は九十九さんに任せようと思っています。
……おじさん、その子は今日も来るんですよね?」
「おう、おそらくな。用事かなんかで午後から来るんじゃないか? 俺が見かけたのも夕方少し前が多かったしな」
それは僥倖だ。九十九さんがいれば、その子とも多少は連携できるかもしれないな。
……朝のアレで、探索者と交流するのは面倒だな、とちょっと思ってしまったのだが。案外、良い人もたくさん居るものなんだな。
まだ土曜日の午前中が過ぎたばかりだが、他の探索者との交流という点では過去4日間を上回る結果が既に出ている。これが、今後良い方向に進んでくれることを願うばかりだ。
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