3−15:強敵、折れし片角の地獄兎
「"ライトショットガン"」
階段の最初のステップに足をかけたところで、ヘルズラビットに向けて光の散弾を放つ。範囲は極力絞り込み、ヘルズラビットの顔を狙った。
---パチン! パチパチパチパチパチパチン!
「……?」
情けない音と共に、光の弾がヘルズラビットの顔に当たって弾ける。階層境界を跨いでいるからなのか、ヘルズラビットにダメージは一切通らなかったようだ。
だが、これでいい。そもそも、威力最低のライトショットガンであれを倒せるなどと、微塵も思ってはいない。
ほんの数瞬、ヘルズラビットの目を眩ませた。それだけで十分だ。
「せあっ!」
一瞬の隙を突き、朱音さんが数段一気に駆け下りる。そうして全身が第4層に入ったところで、朱音さんが次なる一手を放った。
「"飛刃・風蛇"! もう一つ! "飛刃・双蛇"!」
ソードスピア一閃、生み出された2体の風の蛇がヘルズラビットに突貫する。それを見たヘルズラビットが回避しようとするが、風蛇の方がさすがに早い。
風の蛇に激しく食い付かれ、ヘルズラビットの体がズタズタに切り裂かれ……ることはなかった。
「ギィッ!!」
風蛇の牙が、皮膚の表面でガチッと止まる。その隙を逃さず、ヘルズラビットが風蛇1体を角で消し飛ばした。
「うぐっ、結構固いわね」
ヘルズラビットの白い体毛が千切れ、皮膚の表面には傷が入っている。しかし、そこから深くダメージが浸透していかない。
朱音さんが言った通り、皮膚下の固い層に阻まれて致命傷には程遠い有り様だ。
……よく見ると、ヘルズラビットには既に小さな傷がいくつか入っている。先のおじさんや、他の探索者が付けた傷だろう。それでも意に介していないあたり、相手の防御力は相当高いようだ。
ただ、まあ。
「まだまだ想定の範囲内だけどな、"サンダーボルト"! ついでに"ライトニング"!」
---バチバチィッ!
---ダァァァン!
「ギィィィッ!?」
俺も階段を数段駆け下り、サンダーボルトとライトニングを立て続けに浴びせる。雷撃はいずれも顔に命中し、ヘルズラビットが悲鳴をあげる。
多少はダメージが通ったようだが、痛みからか頭をブンブンと振り回しているあたり倒れる気配は全く無い。ただのホーンラビットとは比べ物にならない耐久力も併せ持っているようだ。
ただ、これでハッキリした。
「あいつ、雷魔法の方が効くぞ! 朱音さんはあいつの足を狙って、攻撃の手を緩めないで!」
「オッケー! "飛刃"! "飛刃"! "飛刃"!」
---ヒュッ! ズバッ! ヒュッ! ズバッ! ヒュッ! ズバッ!
「ギッ!? ガッ!? グゥッ!?」
「"ライトニング・コンセントレーション"!」
---ダダダダダダダダダダダダァァァン!!!
「ギッ、ギィィィィィィィィィ!?!?」
飛刃に足を打たれ、風蛇に背中を咬み裂かれ、無数の雷撃が角を伝って体内を焼き……ヘルズラビットの全身が黒煙を噴く。
それでも、ヘルズラビットは倒れない。必死に角を振り回し、風蛇を引き剥がそうと暴れ回っている。
「ギィィィィィィィ!!!」
ヘルズラビットの角に貫かれ、2体目の風蛇が消し飛ばされた……その瞬間。
地獄兎の視線が、唐突に俺を鋭く射抜いた。
「!!」
崩れに崩れて無茶苦茶な体勢のまま、ヘルズラビットが俺に向けて突進攻撃を敢行してきた。スピードは大して乗っていないが、巨体が迫ってくるその圧迫感はホーンラビットの比ではない。
そして、巨体な分だけ攻撃範囲も広い。横に逃げればギリ避けられるか……!?
「"飛突・風槍"!」
---ドスン!
「ギッ……!」
側面から朱音さんの援護射撃が入り、ヘルズラビットの体勢が更に崩れた。突進軌道がほんの少し横にずれるが、それでもヘルズラビットの突進は止まらない。
しかし、猶予はできた。このチャンスを逃がす手は無い。
「よし! "サンダーボルト"! "サンダーボルト"! "サンダーボルト"!」
---バチィン! バチィン! バチィン!
「ギグッ……ギッ……ギィッ……」
雷撃を連続で浴びせてスピードを落とさせつつ、側面へ回り込むように全速力で逃げる。ヘルズラビットは角に雷撃を受け、体内を駆け巡っているであろう電撃の痛みに呻くが、走りだけは決して止めようとしない。
だが、残念だったな。もう少しで俺は、突進軌道から完全に逃れられる……。
「ギッ!」
……そう思った、次の瞬間。
ヘルズラビットが、突進中に方向転換してきた。緩くカーブしながら角を真っ直ぐこちらに向け、完全なる直撃コースへと突進軌道を修正してくる。
知能が高い、真っ直ぐ突進するだけが能じゃない……そう聞いてはいたが。俺をその赤い双眸で見据え、軸をしっかりと合わせにきたようだ。
しかも、体勢が整ってスピードが上がっている。あれだけ攻撃を浴びせたというのに、随分とタフなやつだな。
だが、それならそれでこの手が効く。雷撃を連発してヘイトもうまく稼げたし、いよいよ使う時がきたようだ。
「目を閉じろ!」
「「!!」」
横目で、朱音さんが目を塞いだのが見えた。九十九さんは……俺からは見えないが、目を閉じてくれたのだと信じるしかない。
「"フラッシュ"!」
---パァァァン!!
俺も目を覆い、詠唱を行う。何かが爆ぜるような音と共に、強烈な光が俺の目前で炸裂した。
「ギァッ!?!?」
ヘルズラビットの短い悲鳴が聞こえるが、安心している暇は無い。重たい何かが駆ける音は、今も継続して聞こえているのだから。
「"クイックネス"!」
敏捷性を上げつつ目を開き、ヘルズラビットの突進軌道から超速で逃れる。
悲鳴が上がったことで予想はしていたが、やはりフラッシュにより一時的に視界が利かなくなっているようだ。ヘルズラビットが誰もいない方向、ダンジョンの壁に向けて一直線に駆け抜けていく。
---ドガッ!!
「ギッ!?」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
「ですっ!?」
速度を落とさないまま、ヘルズラビットが壁に激突する。地震かと思うほどの揺れが起き、角が壁に斜め下から当たったせいでヘルズラビットの首が大きくかち上がった。
---ピシッ……
その時、ヘルズラビットの太い角の根本にヒビが入る。しこたま雷撃を受けた直後に突進エネルギーが集中的に加わり、角がその衝撃に耐えられなくなったようだ。
……こうして余裕が出てくると、余計な事を考えてしまうのが人間というもの。ホーンラビットの特殊ドロップが角だったのだから、ヘルズラビットの特殊ドロップも角である可能性は高い。
「"飛突・風槍"!」
---ガッ!
---ビシィッ!
「ギィッ!?」
朱音さんも俺と同じ考えだったのだろう。朱音さんの追撃が角に放たれ、ヒビが更に大きくなる。それでも折れないあたり、やはり通常のホーンラビットよりも角が頑丈だ。
そして、これ以上の追撃は朱音さんから飛んでこなかった。どうやらエンチャント・ウインドが切れてしまったらしい。ならば、角へのトドメは俺が刺さなければ。
「"ルビ"……いや、待てよ?」
角をルビーレーザーで斬ろうとして、ふと詠唱を止める。
ホーンラビットの角はルビーレーザーで斬り飛ばせたが、ヘルズラビットの角も斬り飛ばせるとは限らないのでは? いくら折れかけとはいえ、念のためもっと強力なレーザーが欲しいところだ。
……そういえば、どこかのサイトに書いてあったな。ルビーレーザーはエネルギー変換効率の悪さゆえ現在はほとんど使われておらず、代わりにYAGレーザーやファイバーレーザー、炭酸ガスレーザーや半導体レーザーといったレーザーが使われているのだとか。
特に、ルビーレーザーと原理が同じでより高効率なレーザーといえば……。
「YAGレーザー……発光するのは、確かネオジムだったっけか」
イットリウム・アルミニウム・ガーネットレーザーの頭文字を取ってYAGレーザーであるが、材料にガーネットは含まれていない。この場合のガーネットとは"ガーネット構造"を指しており、イットリウムとアルミニウムと酸素を結合させてガーネット構造を作り出し、母材としているようなのだ。しかも、実際にレーザー光の元になるのは名前に含まれていないネオジムであり、イットリウムやアルミニウムが光っているわけではない。
……うん、レーザーはとても難しい。化学と材料工学の境目に広がる分野なので、両方の高度な知識が要るのだ。実はあまりよく分かっておらず、サイトの解説を鵜呑みにしてそれらしく語っているだけだ。
なので、ここはもう勢いだ。
「"ネオジムレーザー"」
右手を伸ばしてそう唱えると、緑色のレーザーが俺の手のひらから放たれる。そのレーザーを横に動かし、まずは角を狙った。
---ビッ!!
---スパッ!!
「ギッ!?」
緑色のレーザーでヒビをなぞっていくと、ヘルズラビットの角がまるでバターのように斬れて落ちる。これで、ヘルズラビット最大の武器である大角を破壊することに成功した。
しかし、まだ終わりではない。次はヘルズラビットをネオジムレーザーで……!?
「嘘だろ、魔力が切れた!?」
なんとたった数秒で魔力が尽きてしまい、ネオジムレーザーの照射が止まってしまった。高効率はどこへやら、【資格マスター】の効果をもってしても今の俺では数秒放つのが限界だったらしい。これではヘルズラビットにトドメを刺すことができない。
だが、ここにはーーー
「ーーー九十九さん、出番です!」
「はいなのです!」
もう1人の仲間がいる。本命の一撃を預けた、火力お化けが。
「朱音さん、こっちへ!」
「ええ!」
朱音さんを呼び寄せ、ヘルズラビットから大きく距離をとる。そのタイミングで、ヘルズラビットの目眩まし状態が解けたようだ。
だが、少しばかり遅かったな。
「これでも食らうのです、"クリムゾン・フレア"!」
---ヒュゴッ!!
---ゴォォォォォォ!!
「ギッギィィィィィィィィィィィ!?!?」
ヘルズラビットがこちらへ振り向くのと同時に、球状の猛烈な爆炎が現れてヘルズラビットを包み込む。
最初、炎の向こうからヘルズラビットの壮絶な悲鳴が聞こえていたが……やがて、その悲鳴も聞こえなくなった。
「……うぁぅ〜、魔力が半分なのです〜」
九十九さんの気の抜けた声と共に、爆炎が空気の抜けた風船のようにしぼんでいく。魔力を半分も使うとは、九十九さんはこの一撃に相当な力を込めていたらしい。
……そして、炎が完全に消える。
「………」
後には、白い巨体の姿はどこにも見当たらず……巨大な魔石と巨大な一本角、装飾珠1個に武器珠1個。
そして、数日ぶりに見るスキルスクロールがドロップしていた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




