3−14:行く手を遮る白の巨躯
藍梨さんのゴーレムを先頭に、ゆっくりと先に進んでいく。本来なら通り抜けるのに2分とかからない、短い通路であるのだが……その通路が、今日に限っては果てしなく長く感じた。
そして、俺たちは階段前広場に到着する。
「………」
到着する少し前から、その異様な様子はなんとなく分かっていた。オートセンシングに人の反応が多数あったし、呻き声のようなものも度々聞こえてきてたし。
しかし、いざ広場へ到着してみると……考えていたよりも、広場は沈鬱な雰囲気に包まれていた。
「う……うぅ……」
「っ……痛え、痛えよぉ……」
ケガをした人たちが15人ほど、広場のあちこちで蹲っている。幸い、致命的なケガを負った人はいないようだが……大半はすぐに動ける状態ではなさそうだ。
「うん? 君ら、今来たのかい?」
俺より一回りくらい歳上のおじさんが、少し疲れた様子で座り込んだまま話しかけてきた。ケガの程度は比較的軽いようだが、それでも右腕に巻かれた包帯が血で赤く滲んでいる。
……あ、この人。九十九さんと同じように、俺を助けようとしてくれた人だ。
「ええ。初ダンジョンの方たちもおられるので、じっくり探索していました」
「それは良いことだ。ならば、なおさら今日は早めに帰った方が良いだろうな」
「……皆さん、ケガされていますね。何かあったのですか?」
周囲を見渡しながら、さり気なくおじさんに聞いてみる。おじさんは特に気にする風でもなく、階段を指差した。
「ああ、やつのせいだよ。ほら、今も階段にいると思うぞ?」
「やつ?」
階段に近付き、そっと下を覗き込む。
一対の紅い目と、ぴったり視線が重なった。
「………」
2本の角が前後に生え、後ろの細い1本が半ばから折れたホーンラビットがそこにいた。体色は通常種と同じく白色だが、無事なほうの角と体躯は通常の個体より遥かに大きい。
その巨大ホーンラビットは、下り階段の途中からじっとこちらを見つめている。赤い双眸からは、深い憎しみと共に明らかな知性の色が見てとれた。
……なるほど、みんなあいつにやられたのか。見た目といい、佇まいといい……どうやら普通のホーンラビットではなさそうだ。
「あれは、どういう現象ですかね? 突然変異モンスターといったところでしょうか?」
「正直なところ、私もサッパリだ。パンフレットにそんな情報は無かったし、意見交換サイトでも話題に上がったことは一度も無かった。これが日本初ということはさすがに無いだろうが、そうそうあるようなことでもないのだろう」
おっと、意見交換サイトなるものがあるのか。ネットを見た時は検索にヒットしなかったのだが……会員専用のサイトかなにかだろうか? 今度、じっくり探してみるとしよう。
……と、それはともかく。
「恩田殿、あのモンスターはなんだ? こちらを見ているが、襲ってこないのか?」
「……藍梨様、危険ですのでお下がりください」
藍梨さんが階段下を興味深そうに覗き込んでは、ガードマンの人たちに全力で止められている。俺やおじさんの落ち着きようから安全だとは分かっていても、念のため藍梨さんを階段から離そうとしてくれているようだ。
まあ、気持ちはよく分かる。いくらホーンラビットが巨体とはいえ、体がつっかえるほどの狭さではない。ホーンラビットの突進攻撃は何度か見ているだけに、あの巨体が万が一階下から突進してきたら、と心配になるのだろう。
……その心構えができるからこそ、彼ら彼女らはプロなのだろうな。俺もしっかり見習わなければ。
「モンスターは、基本的に階層を跨ぐことができません。その階層境界がこの辺にあります」
階段の近くにしゃがみ込み、1段下のステップと水平に手のひらを振る。陽向君がハラハラした様子で俺を見ているが、片角のホーンラビットが第3層に上がってくることは無い。
あれだけ憎しみに満ちた目をしていて、人間を襲えるのならとっくに襲っているだろう。ここにはケガをして動けない人たちもいるのだから、なおさらだ。ゆえにそれをしない時点で、やつが階層境界を越えられないことは確定している。
「この広場は第3層ですが、階段の上は厳密には第4層です。だから、あのモンスターも広場までは出てこれないのでしょう。
……しかし、これでは先に進めないですね。あれほどの巨体であれば、階段の段差もものともしないでしょうし。下手に回り込むと突進攻撃の危険度が増しそうだ」
普通のホーンラビットなら、階段で突進攻撃を繰り出すことはできない。段差が邪魔でブレーキがかかり、または足を取られて姿勢が安定しないからだ。
だが、あれだけ立派な体躯なら段差の影響も受けにくい。駆け上がってくる時の突進攻撃は威力も多少落ちるだろうが、駆け下りる時の突進攻撃は凄まじい破壊力を発揮することだろう。そういう意味でも、常に上をとって戦ったほうが良さそうだ。
……ふむ。あいつを仕留めるのなら、やはり搦め手が一番安全かな。
「さて、藍梨さんと陽向君、ガードマンの皆さんはここでお待ちください。
……ではいきますかね、朱音さんや」
「そうですねぇ、恩田さんや」
「おっと、私も忘れないで欲しいのです」
「では、九十九さんもご一緒に」
急にやる気を見せた俺たちを見て、おじさんがにわかに慌てだした。
「お、おい。君ら、一体どうするつもりだ?」
「それはもちろん、あいつを仕留めるんですよ。余裕があれば、第4層の掃除もしてやろうかと思っています」
「だ、だが、やつは危険だ。能力もそうだが、なによりやつは頭が良い。真っ直ぐ突進するだけが能のホーンラビットだと思わない方がいいぞ」
「あいつの目を見たら分かりますよ。人への憎しみに染まりながらも、知性を宿した目をしていますからね」
普通にフェイントはしてくるだろうし、突進の軌道修正や後衛への集中攻撃くらいはしてくると考えた方がいいだろうな。
「……ところで、下に人がいたりしないですか?」
正直、俺としてはそれが一番怖い。雷魔法にライトショットガン、ルビーレーザーと、誤射の危険がある攻撃が揃っているだけにな。
「あ、ああ。今日は第4層で足踏みしてる探索者しかいないから、下に人はいない」
「そうですか、なら気にせずいけますね」
やはり、第4層は多くの探索者にとって鬼門らしい。俺みたいに毎日ダンジョンへ潜っているような人間はともかくとして、土日だけ潜る休日探索者が第4層を突破するのは時期的にまだ難しいのだろうな。
「さて、朱音さん以外の皆さんには先に伝えておきます。俺が右手を上げて"目を閉じろ!"と叫んだら、目をしっかりと瞑ってください。特に九十九さんは、絶対に目を閉じてくださいね」
「分かったのです!」
「ふむ、了解した」
「了解です、恩田さん」
「……承知しました」
「分かったが……何をするつもりなんだい?」
「それは、後のお楽しみということで」
「ふふん」
俺の一言で、朱音さんは俺が何を狙っているのかが分かっただろう。実はもう1段、先のことも想定してはいるが……まあ、そこまでいかずに仕留められたらいいな。
「では、朱音さんに"エンチャント・ウインド・ダブル"、"パワーゲイン"、九十九さんには"エンチャント・ファイア"、全員に"プロテクション・トリオ"……と。こんなものかな」
「おお、入口でも披露してたバフ魔法なのです。恩田さんは器用なのです」
「まあ、これは朱音さんが近くにいるからこそ、できることですがね」
「ふふん」
ドヤ顔朱音さんがほんのり可愛い。セクハラになりかねないので決して口には出さないが、美人のドヤ顔はギャップがあってなかなか良い感じだ。
……よし、テンションもしっかり上がってきたぞ。
「では、朱音さんと俺が先頭で。九十九さんは合図があるまで、魔法は準備段階で留めておいてください」
「ええ、分かったわ」
「です、了解なのです!」
さあ、巨大ホーンラビットを仕留めにいきますか……っと、それじゃあ呼びにくいし、なんだか味気ないな。
「あいつのことは"ヘルズラビット"とでも呼んでおきますか」
「悪くないわね、賛成」
「です」
2人から賛同を得られたので、あいつは巨大ホーンラビット改め、ヘルズラビットと呼ぶことにする。
そのヘルズラビットを仕留めるべく、階段の最初のステップに足をかける。ピクリ、とヘルズラビットが反応した瞬間。
「"ライトショットガン"」
さあ、開戦だ。
読者の皆さま、いつも本小説をお読みくださいまして、ありがとうございます。
皆さまに応援して頂き、本話にて遂に20万文字を突破することができました。半年で話数も50話を超え、自分でもここまで続けられるとは、と正直驚いているところです。
1話4000文字を週2回、半年間……筆の早い方々には到底及びませんが、それでも自分のペースをここまで貫くことができました。年度末の激務の中でもペースを維持できたことは、私の中で1つの自信になりました。
今後とも、ペースを落とさず更新を続けていければと思います。皆さま、どうか応援の方よろしくお願いいたします!
(2024.4.24追記)
本話中におきまして、意味合い的にあまりよろしくない表現(あからさまではないものの、いわゆる隠語的な意味で通常版なろうには決して相応しくない表現)が含まれていることに気付きましたため、即修正の方かけさせて頂きました。
また、同じ表現が過去話にもありましたため、そちらも修正をかけております。ご不快な思いをされた方がおられましたら、この場を借りて深くお詫び申し上げます。
本当に、申し訳ございませんでした……。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




