3−13:順調過ぎる行程は、嵐の前の静けさと同義
「ゴブリン、いる? だいぶ少なそうに見えるけど」
「ちょくちょくこちらを覗き見てるな。ただ、朱音さんの言う通り数は少なそうだ」
「そう、やっぱりね」
岩だらけの部屋を入口から見渡しながら、朱音さんがそう言う。確かに、昨日一昨日より明らかにゴブリンの数が少ないのが見てとれる。強いて比べるのであれば、一昨日の帰り道と同じくらいの密度だろうか。
……さて、と。
「では、ここも俺に任せてもらいましょうか。ここまでだいぶ楽させてもらいましたし、もう少し俺も戦いたいので」
「ふむ、もはや恩田殿の実力を疑う余地は無いのだが……?」
藍梨さんはそう言うが、俺にはまだ見せていないものがある。多少魔力の無駄遣いにはなってしまうが、先に言った通り余裕があるので披露させてもらうとしよう。
「広域殲滅魔法、せっかくですので見たくはありませんか? まあ、九十九さんの方がそういうのは得意だと思いますが」
「です、でも燃費がすごく悪いのです。3発撃つと魔力が空になってしまうのです……」
「その分、威力も攻撃範囲も優れていそうですけどね。浅い層では敵が弱すぎて、オーバーキルになってしまうんでしょうね……」
九十九さんの真価はこんな浅い層のザコモンスターではなく、もっと深い層の強力なモンスターや、それこそボスモンスター相手の時にこそ発揮されるのだろう。うまく調整して消費魔力を抑えられればいいのだが、元の威力が高すぎて難しいのかもしれないな。
「さて、俺の広域殲滅魔法は溜めが必要なので、少々お待ちを……」
「あ、私は溜め無しで撃てるのです。だから魔力消費量が多いのかもですが……」
おっと、それは良いことを聞いた。もしも今日第4層を突破できたとして、第5層から戻ってくる時は九十九さんにモンスターの露払いをお願いしよう。
まあ、ダンジョン初心者の藍梨さんや陽向君、ガードマンの人たちを第5層以降まで連れて行くかは要相談だが。藍梨さんとの契約上、俺たちの役割はダンジョンナビゲーターなのだが……九十九さんも含めて足を踏み入れたことが無いので、この中の誰も第5層以降をナビゲートできない。それでは契約を果たせないので、第5層以降は今日は潜らない可能性も大いにあるのだ。
「あ、そうだ。皆さん、下がってしっかりと耳を塞いでいてくださいね。物凄くうるさいので」
「……? うむ、分かった」
藍梨さんがキョトンとしているが、本当にやかましいので心の準備はしておいて欲しい。
……よし、魔力集中が終わったな。
「いくぞ、"ライトニング・ボルテクス"」
---ピカッ! ゴロゴロゴロ!
---ビシャァン!!
---ドドドドーン!!
「ひあっ!?」
無数の雷撃が降り注ぎ、可愛らしい悲鳴を覆い隠すように雷鳴を響かせる。もはやゴブリンの断末魔すら雷の音に掻き消され、ひたすらに雷が部屋中を蹂躙していった。
……5分は続いた雷撃音が止む。あとには、耳が痛くなるほどの静寂だけが残った。
岩陰からいくつかの無傷な魔石が顔を覗かせている。相当数の落雷が直撃しているはずだが、もしかしたら魔法攻撃などでは損傷しないようになっているのかもしれないな。
「……す、凄まじい攻撃だったな」
「無差別攻撃なので、乱戦では絶対に使えませんがね。ついでに、これくらいの規模の部屋なら岩陰1つ1つに雷を落としていった方が早いですし、魔力消費量も抑えられます」
第4層のようなめちゃくちゃ広い部屋のモンスターを一掃したり、あるいはもっと大規模な死角だらけの部屋のモンスターを一掃したりする時には重宝するんだろうけどな。他の探索者もいたりするので、その辺は難しいところだ。
「さて、ドロップアイテムの回収といきましょうか」
「ええ」
ゴブリンが綺麗サッパリいなくなった部屋で、全員でドロップアイテム集めに勤しむ。念のため、討ち漏らしがないかを藍梨さんにゴーレムで確認してもらってからの収集作業だったので、少しばかり時間がかかった。
「恩田さん、恩田さん。ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「なんでしょう、九十九さん?」
そんなドロップアイテム集めの最中、九十九さんから声を掛けられた。聞きたいことがあるらしいが、一体なんだろうか?
「さっきの魔法、連続で最大何回くらい使えるのです?」
「最大使用回数ですか。うーん、そうですね……ざっと30回くらいでしょうか? 今使った分と、まだ自然回復しきっていない分を差し引くと……今なら、ギリ29回は連続して使えるでしょうか」
今更だが、昨日も今日もしっかり最大魔力量は伸びている。今だとビューマッピング換算で約25回分、初日と比較すると最大魔力量は2.5倍にまでなった。
そして、【資格マスター】を介して放つ魔法は燃費がとても良い。ライトショットガンにライトニング・サークル、サンダーボルト・ブラストにライトニング・ボルテクスとここまで何度か魔法を使ってきているが、ライトニング・ボルテクス分以外の魔力消費は自然回復でほぼ賄いきれている。今の魔力残量をパーセンテージで示すなら、96%くらいになるだろうか。
「えっ? 恩田さん、もう魔力が満タンまで自然回復したのですか?」
「ええ。今は、ライトニング・ボルテクスの分だけ減っている状態ですね」
「……回復速度が早くないですか?」
「まあ、確かにそうですね」
それは、俺もずっと考えていることだ。
……そして、結論はいつも同じ。
「この盾のおかげ、でしょうかね?」
すっかり相棒となった試製マジックシールドに、目線を落とす。ランク1とは到底思えないような、特殊な見た目をした強力な盾だ。
確認する術は相変わらず無いが、俺はこいつが理由なのではないかと考えている。
「……不思議な気配を感じる盾なのです」
「分かるのですか?」
「です。近くにいるだけで力が満ちてくるような、そんな感覚になれる盾なのです」
なるほど。俺にはよく分からないのだが、九十九さんには何か感じるものがあるようだ。名前からしてバリバリの魔法職な【焔の魔女】と単なる【資格マスター】とでは、魔力に対する感度が違うのかもしれないな。
「恩田殿、黄色の珠を見つけたぞ。確か装飾珠だったか?」
「ええ、合っていますよ。中は覗いてみましたか?」
「ああ、"2"の数字が浮いていた」
このタイミングで装飾珠ランク2はありがたいな。装飾珠はランク1でも役に立つが、ランク2ならなおのこと役に立つ。
「では、それは藍梨さんに預けます。自由に使ってください」
「ふむ、ならば……」
藍梨さんは少し悩んでいるようだったが、最終的にガードマンの1人に渡したらしい。装飾珠はフィアリル製と思われるアームガードに変化し、ガードマンの人の防御力が上がったようだ。
「さあ、第4層は目前です。サクッと進みましょう」
ドロップアイテムを集め終わり、第3層も残すは短い通路のみ。次はいよいよ、難関第4層だ。
◇
通路を進み、第4層への下り階段に近付いていく。視界が暗く、まだ階段は目視できていないが……階段へ近付くにつれて、なにやら様子がおかしいことに気が付いた。
「……なんか声が聞こえないか、朱音さん?」
「ええ、確かに聞こえるわね」
「怒鳴り声……喧嘩か?」
ただ、喧嘩にしては内容がやけに切羽詰まった感じだ。『早く上に連れて行け!』『無理に動かすな!』『回復魔法を使えるやつはいないのか!?』といった、どちらかと言うとトリアージの現場で聞くような言葉が響いてくる。
一体、何があったのだろうか。そう思って目を凝らすと、暗闇の向こうから誰かが駆けてくるのが見えた。
「おい、しっかりしろ!」
「待ってろ、今外に連れ出してやるからな!」
「……う、ぐっ……」
怒鳴るような声が奥から急に聞こえたかと思えば、2人の男……いや、1人は別の男を背負っているから3人か。
ともかく、3人の男とすれ違う。相当急いでいるようで、こちらを一瞥もせず猛スピードで駆け抜けていった。ゆえにチラッとしか見えなかったが、背負われていた男は頭と背中から大量に血を流していたようだ。
「……どうしたのかしら。第4層のモンスターにやられたってこと?」
「いや、それにしてはケガの状態がおかしかった」
第4層の脅威はモンスターの多さゆえなので、こういう言い方もなんだが負けたらもっとボコボコにされているはずだ。大きな傷が数箇所、というようなケガのしかたにはならない。
……まさかとは思うが、探索者同士の喧嘩か? あるいは、突然変異的な強モンスターが出現したとか?
「……みなさん、慎重に行きましょう。探索者同士の争いかもしれませんし、もしかしたら強力なモンスターが出現したのかもしれません」
「む、そんなことがあるのか?」
「前者の場合、ダンジョン内はある意味で無法地帯でもありますので、無くはないかと。後者の場合は、ダンジョンは分かっていないことの方が圧倒的に多いと思われるので、最悪の事態を考慮して動くべきだと思います」
「……確かに、恩田殿の言う通りだな」
今もなお、騒ぐ声が奥から聞こえてくる。これが第3層の喧騒か、第4層の喧騒かは分からないが……とにかく、何かが起こっているのは確実だ。
階層を跨いでも音が聞こえるのは、既に昨日確認済みだ。第4層の階段から第3層のブラックバットへ向けてちょっかいをかけた時に、ブラックバットの怒る声が確かに聞こえたのだから。
「藍梨さん、ゴーレムを先行させてください。どこかに何かが潜んでいるかもしれません。最悪は撃破されることも覚悟してください」
「分かった」
「ガードマンの皆さんは、藍梨さんの周りをガッチリ固めてください」
ガードマンの人たち全員が頷くのと同時に、藍梨さんのすぐ近くにいた重装ゴーレムが一番前へと出てくる。
「よし、俺はゴーレムのすぐ後ろに付くので、朱音さんと九十九さんは俺の後ろに来てください。陽向君は後ろの警戒をお願いします」
「です、承知なのです」
「僕も了解です」
陽向君と九十九さんはスッと配置に付いたが、朱音さんだけは動こうとしない。
「どうしたんだ、朱音さん?」
「あら、私は恩田さんの横に付くわよ。前衛が後衛より後ろに控えるなんて、そんなのあり得ないもの」
「……そうか、確かにそうだな。なら、朱音さんは俺の隣に来てくれ」
「ええ、了解よ」
朱音さんが俺の左隣に付く。これで配置は全て固まった。
……さて、鬼が出るか蛇が出るか。ゴーレムを先頭に、慎重に前へ進むとしよう。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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