3−7:失敗は、まだダメージが少なくて済む内に経験すべきだろう
……俺の心配は、幸いな事に全て杞憂に終わった。何度かゴーレムが階段から足を踏み外しそうになったが、何事も無く全員が無事階段を降りることができた。
当然ながら、ゴーレム2体も無傷だ。あれだけフラつかせながらも致命的なミスだけは避けるあたり、藍梨さんの危機管理能力はずば抜けている……と言えるかもしれない。
「さて……やはりいるな」
「ギッ!? ギィィィィィィィ!」
第2層にたどり着いても、ほっと息つく暇は無い。まるで出待ちでもしていたかのように、ホーンラビットが階段下でお出迎えしてきた。
いつものことながら、ここのウサギは固定シンボルかと思うくらいにエンカウント率が高い。まるで第2層のチュートリアルでも受けているみたいだな。
ホーンラビットはこちらを威嚇しつつ、突進攻撃に備えて姿勢を低くし、足に力を溜めている。今なら遠距離攻撃で楽に倒せるが、藍梨さんたちにホーンラビットとの戦いに慣れてもらうため、あえて俺からは攻撃しない。
今や遠距離攻撃を放てる朱音さんも、どうやら俺と同じ考えのようだ。一歩引いて俺とラインを合わせ、いつ突進攻撃が来てもいいように盾を構えて様子を伺っている。
「"クリエイト・ウッドアロー"……シッ!」
---ドスッ!
「ギッ!?」
と、俺たちの後ろから飛来した木の矢がホーンラビットの頭に深々と突き立った。
攻撃を受けたホーンラビットは一瞬体を硬直させたが、陽向君の攻撃が必殺の一撃となったようですぐに光の粒子となって空中に解けていく。後には木の矢と魔石、そして武器珠が残った。
ホーンラビットが装備珠を落とす確率は低い。それがいきなり武器珠を落とすとは、実に幸先の良いスタートだな。
「……ふう」
振り返ると、矢を放った陽向君が残心を解いているところだった。
陽向君はドロップアイテムを拾うためか、俺と朱音さんを追い越して無造作に前へと進み……。
「……"ライトショットガン・ダブル"」
「「「キィィィッ!?」」」
「!?」
空から迫るブラックバット3体に気付いていなかったようなので、奇襲攻撃を受ける前に俺が魔法で撃ち落とす。魔法は制御して、陽向君の方へは飛ばないようにした。
光弾の雨を浴びたブラックバット3体が空中で弾け飛び、魔石と装備珠を撒き散らしながら消えていく。ドロップアイテムはカツン、カツカツン、コロン、という音を立てて地面に落ちた。
……さて、拾いに行く前に安全確認だ。オートセンシングで他にモンスターがいないか確認したが、どうやら近くにはいなさそうだ。
「……来ていたのですね、ブラックバットが」
「ええ」
「全く気付きませんでした。気を付けていたつもりだったのですが……」
唖然と空を見上げる陽向君を見ていて、ふと他の人たちの様子が気になったので確認してみる。
朱音さんとガードマンの人たちはブラックバットの接近に気付いていたようで、特に驚いた様子もなく構えを解いていた……その一方で、藍梨さんだけが驚いたような表情をしている。実戦経験の差もあったのだろうが、どうやら彼女はブラックバットに気付かなかったらしい。
「うん、朱音さんは気付いてたみたいだな」
「ええ。空中7割に地上3割くらいの配分で注意を払うようにしてみたけど、結構分かるものなのね。恩田さんに任せきりは良くないし、私もできる限りの索敵を心がけるわ」
「それはありがたいな、ぜひお願いするよ」
俺のオートセンシングも、決して完璧ではない。検知方式の関係上、静止しているモンスターは壁や障害物と同じように見えてしまう。この場合は目視確認や地図比較を併用して、それがモンスターかどうかを別途判定している。
ゆえに、目線が多ければ多いほど索敵の精度は比例して上がっていく。朱音さんには、ぜひその心がけを続けて頂きたいところだ。
……そして、陽向君とも忘れずに話をしておかなければ。
第2層の奥をジッと見つめる陽向君に近付き、声を掛ける。
「……ギフト的に、陽向君の役割は斥候役になる。常に周囲を確認する癖は付けておいた方がいいよ。特にモンスターを倒した後は、決して気を抜いてはいけない」
「……はい」
少し落ち込んだ様子の陽向君に、あえて敬語を外して話しかける。このタイミングで敬語を使うと、少し圧が強くなり過ぎる気がしたからだ。
ただ、陽向君の返事はどこか上の空だ。一応俺の言葉を聞いてはいるのだろうが、このままでは一切頭に残らないだろうな。
……仕方ない、少し踏み込んでみるか。
「何のために、俺が陽向君に後方の警戒をするようお願いしたと思う?
……君の手で藍梨さんを守ってもらうためだよ。余人ではなく、君自身の手でな」
「……!!」
俺のその一言で、陽向君がバッとこちらを振り向いた。その顔は『どうして分かったんだ』とでも言わんばかりに、驚きの表情に染まっている。
「ここからがダンジョンの本番だ、油断すればダンジョンに食われるぞ。それは、今のでよく分かったはずだ。
……大切な人なんだろう? 気を抜かずにいけよ」
「は、はい!」
返事をする陽向君の目付きが、先ほどとは明らかに変わる。これならもう大丈夫だろう。
藍梨さんの方へ駆けていく陽向君を見送りながら、小さくため息をついた。
……うん、いや、何となくそんな気はしてたんだよ。陽向君が藍梨さんに対して憧憬、あるいは恋慕に近い感情を抱いているんだろうな、と。
土日祝日に仕事となれば、多かれ少なかれその人には不満の色が見えるものだ。多少手当を積んだところで『まあ、お金が貰えるなら仕方ないか』とはなっても『よっしゃ、存分に働くぞ! 働くの大好き!』とはならないのが普通だろう。プロほどそういう負の感情を抑えるのがうまくなり、職務により集中できるようになるわけだ。
しかし、陽向君に限っては不満げな顔をするどころか、その兆候すらも見当たらない。常にどこか楽しそうで、まるでプライベートの時間を過ごしているかのような自然さがあった。これが演技なら大したものだが、見た感じまだまだ若い陽向君に、そこまでのプロフェッショナル的素養は身に付いていないように思える。
……そうであれば、この振る舞いは自然と出たものであると推測できる。その要因が何なのかを考えれば……まあ、おのずと答えは出てくるわけだ。
ま、その辺は何でも構わないさ。陽向君がダンジョン探索に前向きになってくれるのならな。
「あ、これランク2の武器珠だわ。こっちはランク2の装飾珠ね」
藍梨さんと楽しげに会話する陽向君を眺めていると、ドロップアイテムを集めていた朱音さんから驚いたような声が上がる。ホーンラビットやブラックバットからランク2の装備珠が出ることは滅多に無いので、今日は本当に運が良い。
この勢いで、ラッキーバタフライやメモリアルドロップも出たりしてくれないだろうか。いや、さすがにそれは欲張り過ぎか……?
「はい、恩田さん」
「ありがとう、朱音さん」
朱音さんからドロップアイテムを受け取り、装備珠2つは手に持ったまま魔石だけをリュックの中に収める。
そうしてから、一歩朱音さんに近寄った。
「……なあ、朱音さん。少し相談があるんだが」
「ん、なにかしら?」
藍梨さんたちと一緒に探索すると決まった時から、ずっと考えていたことを朱音さんに相談する。
「今ドロップした装備珠なんだが、藍梨さんたちに使ってもらおうと思ってるんだ」
「……なるほど、第4層に備えてってことね」
「ああ、そうだ」
さすが、朱音さんは話が早いな。
モンスターからドロップした装備珠は、誰が倒しても俺たちに所有権があるわけだが……これを藍梨さんたちに使ってもらおう、というわけだ。
理由は、やはり第4層の存在だ。モンスターの大群との戦闘を余儀なくされる以上、全員の装備を少しでも充実させたいところ。装備珠の所有権には拘らず、全体的な戦力をなるべく高めたいと考えている。藍梨さんや陽向君、ガードマンの人たちを守る意味でも、そうした方が絶対に良い。
「もちろん、私は賛成よ。むしろその方が良いと思うわ」
「了解、朱音さんも同じ意見で良かったよ。じゃあコレ、藍梨さんのところに持ってくな。ランク3の装飾珠は少し遅くなるけど……」
「あら、そんなの気にしなくて大丈夫よ」
「ありがとう」
朱音さんから無事了承を貰えたので、武器珠と装飾珠を持って藍梨さんの方へ歩み寄っていく。
近付いてくる俺に気付き、藍梨さんが先に声を掛けてきた。
「む、恩田殿。どうした?」
「藍梨さん、皆さん、ぜひこれを使ってください。今ドロップした装備珠です」
ドロップしたばかりの武器珠と装飾珠を藍梨さんに差し出す。
それを見た藍梨さんは、予想通り首を横に振った。
「いや、それは先ほどの契約に則り、全て恩田殿と朱音に渡している物だ。我々が使うわけにはいかないよ」
「藍梨さんならそう言うと思っていました。ただ、残念ながらそうも言っていられない事情があるんですよ」
「「?」」
藍梨さんと陽向君が揃って首を傾げる。陽向君はともかくとして、藍梨さんが陽向君のことをどう思っているのかがあまり見えてこないが……少なくとも、相性は良さそうに見えるな。
おっと、そんな考察をしてる場合じゃないな。話を先に進めなければ。
「まだ先の話ですが、ダンジョン第4層の危険さは半端なものではありません。おそらく、皆さんが想像しているよりも遥かに危険な場所だと思います」
「ふむ、それは第1層でも聞いたが……具体的にどう危ないのだ?」
具体的に、か。あれほど見て分かりやすい危険も、他にあまり無いのではなかろうか。
「そうですね……間が悪ければ、200体以上のモンスターと同時に戦わなければなりません。実際に俺も戦いました」
「は? に、200体だと!?」
「え、3桁のモンスター……!?」
俺の言葉に、藍梨さんと陽向君が驚く。
……だが、見る限りで一番驚いているのはガードマンの人たちだった。そのうち2人は『今のモンスターが200体……』『どうやって藍梨様を守るか……』と呟きながら頭を抱えている。
そうなんだよな、職務だもんな、藍梨さんを危険から確実に守るのが。それを優先するのであれば、最適解は第4層に行かないことになる。
だが、藍梨さんの目的はダンジョンの現地調査だ。本気でそれをやり切るのであれば、繰り返しになるが第4層には絶対に行く必要がある。それも分かっているから、こうして頭を抱えてるんだろうな……。
「ホーンラビットやブラックバットが、それだけの数出てくるというのか?」
「第3層から出現するゴブリンも合わせて、ですね。階段を降りた瞬間、3桁の数のモンスターたちが雪崩を打って襲いかかってきます。それが第4層の恐ろしさなんです」
「「「「………」」」」
朱音さんを除く全員が、暗い顔をして黙り込んでしまった。
……さて、ここまでは第4層の恐ろしさを殊更に強調して伝えてきたが。そればかりでは完全に意気消沈してしまいかねないので、プラスの情報も伝えておこう。
「……とはいえ、今日は土曜日で先行する探索者も多い。彼ら彼女らがモンスターを削ってくれれば、俺たちは3桁も相手しなくて済むかもしれません。俺や朱音さんが戦った時は3桁来ましたが、それは探索者がほぼ俺たちしかいなかったからでしょうね」
「そ、そうか。それは少し安心……ってちょっと待て。おい朱音、何を無茶してるんだお前は」
おっと、藍梨さんに余計なことを言ってしまったか? 妹の無茶は、姉としては確かに心配だろう。
まあ、無茶は俺が止めるけどな。一番無茶してる俺が言っても、説得力が無い気もするが……。
「あら、そうでしょうか? あの時も第4層経験者の恩田さんがいましたし、打ち合わせも入念にしましたからそこまで無茶とは思わなかったです。戦っている時は確かに必死でしたが、大群を捌いた後に第4層を歩いて周る余裕もありましたし」
「そ、そうか……うん? まさか、恩田殿は2回も大群と戦ったことがあるのか?」
「ええ、初見は俺1人でしたね。さっきのライトショットガンを、自分でも覚えていないくらいに連発しました。帰りの分の余力を残す必要もありましたから、あの時は本当にギリギリでした」
「………」
おいおい、そんな胡乱げな目で俺を見るなよ、陽向君。逃げ道をしっかり用意したうえでの対峙だったし、勝ち筋もちゃんと見えていた。実際にその通り勝てたのだから、別に無茶なことではないだろう。
「……まあ、そういうわけで第4層は油断ならない場所です。余裕を持って攻略するためには、入念な下準備と皆さんの力が絶対に必要不可欠です。ギフトを用いた戦いに慣れてもらうこともそうですが、装備も少しでも良い物を揃えて頂きたい。
なので、その装備珠は皆さんで使ってください。配分は藍梨さんにお任せしますので」
長々と喋ってはみたが、結局のところ俺が言いたかったのはそれだ。果たして、今度はすんなり受け取ってくれるだろうか……?
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




