3−5:無理は禁物だよ、ダンジョンは危険が一杯なんだからさ
流れるような手捌きで、陽向君がブルースライムに向けて弓を構えた。
武器珠から弓が出た時の会話で、陽向君が弓道を嗜んでいることは何となく分かっていたが……その構え姿はやはり綺麗だ。本人の容姿が中性的であることも相まってか、非常に華がある。
「"クリエイト・ウッドアロー"」
陽向君がそう唱えると、陽向君の手に木の矢が一瞬で現れる。ギフトの効果で矢を作れると言っていたが……なるほど、これがそうか。
そのまま、陽向君は矢を番える。距離はおよそ20メートルほどだが……果たして、届くのだろうか?
ギリギリ、と軋むような音が聞こえ……ヒュッ、という音と共に鋭い一矢が放たれた。
「……!」
木の矢は僅かに放物線を描きながら、見事にブルースライムへと命中する。しかも小さな核を的確に射抜き、矢が酸で溶ける前に核を破壊した。
核を撃ち砕かれたブルースライムは、苦しそうにその場でのたうち回り……やがて、地面に溶けて消えていく。後には、小さな魔石が1つ残った。
「これが、モンスターが必ず落とすという魔石ですか」
「ブルースライムのものは、売っても10円にしかなりませんがね。ほとんどの探索者からすれば、ブルースライムは魔法や遠距離攻撃の練習台でしかないと思いますよ」
「確かに、矢が煙を吹いていたな。あれだけ強力な酸なら、武器が溶かされてもおかしくない。
……なるほど。ブルースライムは倒しても割りに合わない、と言われる理由がよく分かったよ」
残るブルースライムを眺めながら、藍梨さんがそう呟く。
……すると、いつの間にか魔石を持った陽向君が近くにいた。
「どうぞ、恩田さん」
「ありがとうございます」
陽向君からブルースライムの魔石を受け取る。そうして会話している間にも、もう1体のブルースライムがどこかへ向けて這いずっていく。
ずっとそれを眺めていた藍梨さんが、おもむろに口を開いた。
「……恩田殿。早速だが、私もギフトを使った戦闘を試してみたいのだが」
「藍梨さん、ぜひお願いします」
「うむ」
藍梨さんは頷くと、左手に持った金属製の指揮棒を高く掲げた。
「"クリエイト・ブロンズゴーレム"」
藍梨さんの詠唱と共に、少し離れた空中に赤褐色の小さなパーツが大量生成される。それらは空中で一気に組み上がり、俺より一回り小さな金属製の人形---藍梨さんの言葉を借りるなら、ブロンズゴーレムへと姿を変えた。
装備品は小盾と、刃渡り70センチくらいの片手剣の2つだけ。戦闘能力はそれほど高くなさそうだが、ホーンラビットやゴブリンと戦うには十分過ぎる気もする。
……それにしても、ブロンズって日本語にすると青銅だろ? 文字通り青緑色のイメージがあったんだが、出てきたのは10円玉のような色合いの……あ、そういえば青緑色の10円玉も見たことがあるな。
ということは、本来の色が赤褐色で、青緑色のあれはサビってことか? 銅サビのことを緑青と言うのは知ってるが、それがブロンズとイコールで結び付かなかったな……。
「ふむ、まずはコストが一番安い剣兵ゴーレムを召喚してみたが……なるほど、あまり強くはなさそうだ。まあ最低ランクのゴーレムだから、質より量で勝負するタイプなのだろうな」
藍梨さんが指揮棒をブルースライムに向けて、勢い良く突き出す。
「目標、ブルースライム。ブロンズゴーレムよ、打ち倒せ!」
藍梨さんの勇ましい号令と共に、剣を掲げたゴーレム兵がブルースライムに歩み寄っていく。その動きはとても滑らかだが、金属製で重いからかやや鈍重だ。
ガシャガシャと金属音を立てながら、ブロンズゴーレムはブルースライムに肉薄する。そして、その手に持った剣をブルースライムに向けて振り下ろした。
---ジュウゥ! バシッ!
「……!」
酸に浸されて煙を上げながらも、青銅製の剣がブルースライムの体を両断し、そのまま核までも叩き斬る。斬れ味が良いというよりは、斬れ味のある鈍器を叩き付けられたといった感じで、ブルースライムの核はバラバラに砕け散った。
当然、核を失ったブルースライムがその生を保てるはずもなく……あっという間に魔石へと姿を変えた。
一方で、ブロンズゴーレムの剣からは今も白い煙が上がっている。剣は既にボロボロで、もう一振りでもしたら完全に折れてしまいそうだ。
「"リリース・ブロンズゴーレム"」
と、藍梨さんの詠唱と共にブロンズゴーレムが光の粒子に変わって消える。出したゴーレムを消す魔法のようだが……これ、意味はあるのだろうか?
使った魔力が一部でも戻ってくるのであれば、大いに意味はあるのだが。
「……ふうむ、なるほどな」
「なにか分かりましたか?」
「まず、ゴーレム召喚は最大魔力値を削って発動させるものらしい。ゴーレムを消せば最大魔力値は戻るが、それゆえに魔力回復を待って無限にゴーレムを作り出す……というようなことは、どうやらできないようだ」
「なるほど」
藍梨さんの最大魔力値が、そのままゴーレムの最大召喚数に直結しているわけか。それなら兵種変更などで、ゴーレムを一旦消す必要もあるだろう。藍梨さんの口振りからして、剣兵以外にも召喚できるゴーレムがありそうだしな。
……それに、ゴーレムを無限に召喚できたら強すぎるものな。いくらギフトとはいえ、それは許さないということだろう。
「もう1つ。ゴーレムの破損具合によっては、魔力量が目減りした状態で魔力値が戻ってくるようだ。今の剣兵ゴーレム召喚に使った最大魔力値を10とすれば、ゴーレムを消したことによって最大魔力値は10だけきっちりと戻ってくるが、剣を破損したことによって魔力量自体は9しか回復しない……といった感じか」
「ゴーレム全損だとどうなりますかね?」
「それは要検証だが、ゴーレムが全損すると魔力量が一切戻らない可能性もありそうだな。それを繰り返して魔力残量が底をつけば……おそらくだが、ゴーレム召喚が一切できなくなる。試していないのでなんとも言えないがな」
大きく破損する直前にゴーレムを戻せれば、戦力を最大限活用しつつ魔力の消耗を抑えられる。そこの判断が重要になるわけか。
「総じて、攻め時と引き際の見極めが必要なギフトというわけだ。随分とテクニカルだが、どうにか使いこなしてみせようじゃないか」
「……あれ?」
急に朱音さんが疑問符を投げかけてきた。
……どうしたんだろう。今のやり取りに、なにか違和感を覚える部分があったのだろうか?
「朱音さん、どうしたんだ?」
「ううん、大したことじゃないんだけど……藍梨姉さま、もしかして探索者を続けるのですか?」
「ああ、そのつもりだ。少なくとも、我が社のダンジョン事業が軌道に乗るまでは、探索者を続ける予定でいる」
ああ、なるほどな。ダンジョンの情報を集めるのが主目的だと言っていたから、初動だけ藍梨さんが出て、あとは部下の人に探索を任せるものだと思っていたのか。会社幹部ならやることも山ほどあるだろうし、言われてみれば確かにそうかもしれない。
……ただ、俺の感じ方は少し違ったけどな。うまく言葉にできないのだが、藍梨さんはダンジョンに来るというよりは、この場に来ることが目的のような……そんな印象を微かに抱いていた。だから自然と、俺は『今後ともよろしくお願いします』という気になっていた。
「他の仕事もあるから、毎日来るのはさすがに無理だがな。今のところは、週に3日ほど来る予定だ」
……は? 週3日だって?
いやいやちょっと待て。ダンジョン探索者が半ば今の職業になってる俺はともかく、ガッツリ会社幹部をやっている藍梨さんが週3でダンジョンに潜るって?
「藍梨さん、それ休みの日はちゃんと取れてますか?」
「うん? ああ、心配には及ばないぞ恩田殿。今が頑張り時だからな、休日など無く『ダメです』とも……なに?」
ダメだ、それだけは絶対にダメだ。
「ダンジョンに潜るのであれば、せめて1日くらいは仕事を離れてゆったり過ごす日を作るべきです」
「だがな、恩田殿。新事業を起こす時は初動が肝要になる。やるべきことは山ほどあるし、そこで何かし損ねては全ての努力が水の泡になりかねない。私が前に立って、旗振り役を務めなければならないのだ」
確かに、それは一理ある。スタートアップの社長さんは例外なく超激務だと聞くし、それくらい頑張らなければ成功するのは難しいのだろう。
「……元勤め人、今は半ば無職の分際で、失礼を承知で率直に申し上げるならば」
だが、それでもダメだ。ダンジョン探索においては、特に。
「ダンジョン探索に限らず、現場仕事において最も重要なのは"安全"です。その安全を高いレベルで担保するためには、少しでも万全に近い体調を整えることが第1歩になります。
しかし、藍梨さんの行動はそれに逆行しています。もし、体調が万全ならば防げたはずのミスを犯してしまい、それが致命傷になってしまったら? 一般開放されたばかりのダンジョン探索には、セーフティネットがほとんど整備されていないんですよ?
どんなことでも、生きているからこそできるんです。いくらやるべきことがあるとはいえ、命を落としてしまっては元も子もありません。その危険があるのが、ダンジョン探索なんです」
「………」
……なんか最近、具体的には昨日も似たようなことを言った気がするな。やはり姉妹、無茶しようとするところもよく似ているな。
「ゆえに、ダンジョンに潜るのであれば休日は絶対に必要です。1日でも良いのでとってください」
「………」
「藍梨さん」
「………」
何やら色々と考えていた藍梨さんだったが、やがて諦めたように小さく頷いた。
「……あ〜、分かった。恩田殿の言う通りだ。確かに、ダンジョン探索は一般開放されたばかりでセーフティネットが少ない。見えている危険も多いゆえ、リスクになりそうな行動は極力避けていくべきだな」
「ええ、分かって頂けたようでなによりです」
良かったよ、藍梨さんが話の分かる人で。これが頑固な人だと、フォローするのに余計な神経を使うからな……危険だらけのダンジョン探索で、それは致命的な隙に繋がりかねない。
「では、探索は週2に?」
「いや、ダンジョン探索を週3で行うのは変えない。代わりに、仕事を一部他の者に振れないか父……社長に相談してみよう。ちょうど軌道に乗ったばかりの事業があるからな、それなら私でなくともできるだろう」
おぅ、やっぱり藍梨さんのお父さんが会社の社長さんだったのか。それなら、そういう相談もしやすい……のかな?
「疲れているように見えましたら、すぐに探索は止めますからね?」
「ああ、心得た」
よし、懸念点はあらかた解消できたかな。
……ふと時刻を確認すると、午前9時43分になっていた。随分と第1層に長居してしまったな。
「さて、少し遅くなりましたが……まずは第2層に向けて出発しましょうか」
「「「「はい」」」」
総勢10人の臨時パーティで、中央の通路に向けて歩き出す。10時になる前には、第2層に到達できるだろう。
……そうそう。藍梨さんが倒したブルースライムの魔石は、ちゃんと回収してリュックに入れておいた。
たかが10円、されど10円。これを売って得た利益が、今の俺の食い扶持になるのだから。
読者の皆様、いつも誤字脱字報告の方ありがとうございます。
変なところにルビが振られてしまっていたり、ブロンズを青緑色 (本来は10円玉のような赤褐色が正しく、青緑色はいわゆる銅サビの色)と勘違いしたり……作者の調査不足と推敲不足を、今更ながらに痛感しているところであります。
その自戒も込めて、本話において修正報告を頂いた箇所の後ろに、急遽加筆を行いました。作者本人が認識していたことをそのまま書きましたので、よろしければご覧ください。
(2024.4.11追記)
感想欄にて読者の方から教えて頂き、銅の緑青とブロンズの緑青は異なる物質であることが判明しました。調査不足に調査不足が重なり、見識の浅さを痛感しているところであります……。
銅の緑青は酸化銅という物質で、銅が錆びてできるものです。ブロンズではあるものの、十円玉の緑青などは銅部分が錆びてできたものであると思われます。
一方でブロンズの緑青は、風雨に晒される事によって表面に炭酸塩が生じ、それが長い年月を経て青緑色に染まるようです。銅像(実はブロンズ像)の多くが青緑色であるのも、この作用のせいだそうです。
あえて本文は訂正いたしませんが、後書きにて追記させて頂きます。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




