1−2:ブルースライム100万体討伐記念スキルスクロール
"ブルースライムに、魔石以外のドロップ品は無い"。パンフレットに書いてあった内容なのだが、目の前の状況とは全く一致していない。
ブルースライムが落としていった、巻物のような謎の物体……これは一体なんだろうか?
とりあえず、ブルースライムの魔石2つを拾ってポケットに突っ込んでから、その巻物に触れてみる。
質感は紙っぽくなく、どちらかというと動物に触れた時のような感触だ。パッと見で羊皮紙っぽいと感じたが、どうやらそれは正し――
――全世界のダンジョンにおける、ブルースライム討伐数の合計が1000万体に到達した記念品です
――スキル【空間魔法】を覚えられますが、スキルスクロールを使用しますか?
機械的な音声のシステムアナウンスが、唐突に脳内へと響き渡る。思わず巻物から指を離してしまったが、その後もシステムアナウンスは鳴り続けていた。
……なるほど、これがスキルスクロールなのか。パンフレットには名前だけが書かれていて挿絵が無かったので、物と名前が一致しなかったのだ。
改めて、【空間魔法】のスキルスクロールを手に取る。見た目は薄汚れた巻物でしかないが、これを使うだけでスキルを習得できるわけか。ホント、ダンジョンというのは摩訶不思議な出来事で溢れているな。
……それにしても。まさか記念すべき1000万体目のブルースライム討伐を、俺が頂くことになるとはな。かなり幸先の良いスタートを切ることができた。このスキルスクロールは、大事に使わせて頂こう。
……スキルスクロールを売る? いや、確かに凄い値段で売れるかもしれないけどな。そんな大金を貰っても使い道に困るし、耐性の無い人間が急に大金を得るのは非常に危険だ。上手な使い方ができずに、身を滅ぼしてしまうだろう。
そうなるくらいなら、今後を見据えて自身に使ってしまった方がいい。探索者として行動していくにあたり、採れる選択肢は多いに越したことはないのだから。【資格マスター】で付けた資格は24時間変えられないので、臨機応変に対応するためにもスキルは必要になるだろう。
それに、1000万体目討伐記念の特別なスキルスクロールだ。覚えられるスキルが弱いわけないじゃないか。
(使うよ)
巻物を手にそう念じると、スキルスクロールが真っ白な光に変化した。その光が、俺の胸から体の中にスッと入り込んでくる。
あまり実感はないが、これで【空間魔法】を覚えられたんだろうか? まあ、とりあえずは実験してみるか。
【空間魔法】と言えば、やっぱりまずはこれだよな。
「"アイテムボックス・収納"」
無限大に広がる空間内に、これまた超巨大な引き出しタイプの収納庫が置かれているイメージを思い浮かべる。魔法名は当然、"アイテムボックス"以外にあり得ないな。
収納対象は、ポケットに入ったままのブルースライムの魔石3個。巨大な収納庫の引き出しを開けて、ブルースライムの魔石を中に収めるイメージを思い浮かべる。
すると、"力"としか表現しようのない何か――ここはファンタジー風に"魔力"と呼ぼう――が少し目減りした感覚と共に、ポケットが少しだけ軽くなった。中を覗いてみると、確かにブルースライムの魔石3個が消えている。
「"アイテムボックス・一覧"」
収納庫の引き出しを開け、中を確認するイメージで魔法名を唱える。
☆
・ブルースライムの魔石×3
☆
脳裏に、収納品の一覧が浮かび上がってきた。よしよしちゃんと入っているな、一覧を見るだけなら魔力はほぼ消費しないようだ。
さて、収納、確認とくれば……最後はやはり、取出だろう。それができるか確認して、アイテムボックスの魔法は完成だ。
「"アイテムボックス・取出"」
収納庫の引き出しを開け、中からブルースライムの魔石3個を取り出してポケットに転送する……そんなイメージを思い浮かべながら、魔法名を唱えた。
――カラ、コロ……
魔力が僅かに目減りして、ポケットの重みが少しだけ増す。中を確認してみると、ブルースライムの魔石3個が確かに入っていた。
「よし、完成だ」
アイテムボックスの魔法を覚えた、ってな。これで、もはや物の運搬に困ることは無いだろう。
現時点では大した問題にならないが、今後も探索者を続けてダンジョンの深い層にアタックしていくのであれば、いつかは必ず物資運搬の問題が出てくる。第1層から下層に一瞬で移動できる、転移陣的なものがダンジョンに存在するならまだいいのだが……そうでなければ、ダンジョンの深部探索にあたっては大量の物資を運び込む必要があるし、探索後は逆に大量のドロップアイテムを外に運び出す必要がある。そういう時に、"荷物持ち"という役目を担う人が必要になってくるわけだ。
……荷物持ちと言うと馬鹿にする人もいるが、極限環境下で重い荷物を背負って移動するのは並大抵のことではない。エベレストで登山家の登頂をサポートする仕事をしている人たちも、元より低酸素濃度環境に慣れた"シェルパ"と呼ばれる民族の中から、更に選りすぐられた精鋭しかなれないと言われているしな。彼ら彼女らは、超一流と呼ばれる登山家よりも遥かに優秀な登山家なのだ。
そしてダンジョンも、極限環境の内に十分入る。自然環境的な意味ではそれほど厳しくないのだが、とにかくモンスターの存在が危険すぎるのだ。
そんな中、ダンジョン深部で荷物を失い、飲み物食べ物が無くなれば……そのパーティは一巻の終わりだ。万全でない体調でモンスターと戦いつつ、来た道を丸々戻る必要があるのだから。
しかし、アイテムボックスの魔法はその負担を大幅に軽減してくれる。物の出し入れに魔力を使うものの、容量はおそらく無限大で、かつ収納品の重さを一切感じない。いくらでも物資持込ができるし、いくらでもドロップアイテム持ち出しができるわけだ。
……ただ、どうも収納物の時間を止めることまではできなさそうだ。ウェブ小説では"時間操作・温度操作機能付きアイテムボックス"というのがよく出てくるが、俺のアイテムボックスはあくまで大量収納できる空間を生み出すだけ。内部は基本的に20℃、1気圧、湿度50%ほどになっていて、こちらの1秒はアイテムボックス内の1秒になっているらしい。
もし、これを変えようとすれば……おそらくだが、その状態を維持する間は常に膨大な魔力を消費し続けることになる。現実的に考えると、それはかなり厳しい。
ゆえに、日持ちのしない食料などは腐ってしまうだろうが、それを差し引いても便利な魔法であることは間違いない。【空間魔法】自体が応用範囲の広そうなスキルなので、今後も便利な使い方が思い付くかもしれないな。
ブルースライム……なかなか良い物を落としてくれたな。俺はもう、今年と来年の分の運まで全部使い切ってしまったかもしれないな。
「ん? そういえば……」
今、アイテムボックスを使った時は魔力を消費していた。感覚的には僅かと言える量だったが、確かに目減りしたような感覚があった。
だが、ライトバレットやルビーレーザーを使った時はほとんど何も感じなかった。特にルビーレーザーは、明らかに強力な攻撃魔法だったにも関わらず消耗をあまり感じなかった。
……もしかすると、【資格マスター】の消耗度合い軽減効果のおかげか? もしそうなら、俺は思っていた以上の当たりギフトを引いたのかもしれないな。
「さて……」
改めて、周りの風景をじっくりと眺める。ダンジョンの中はザ・洞窟といった様相で、後ろにダンジョンゲートがあり、ゲート前はちょっとした広場になっている。そこに俺がいるわけだが、安全地帯というわけではないようで普通にモンスターが広場へと入ってくる (まあ、ノンアクティブのブルースライムしかいないので、危険性はあまり無いのだが)。
そして、広場から伸びる道は全部で3本。最初にブルースライムが出てきた道が左側に1本、ブルースライム2体が出てきた道が右側に1本、ゲートの正面に1本ある。どの道も少し先が曲がり道になっていて、それより先を見通す事ができない。道の幅や天井の高さはどれも同じで、その基準で正解の道を判断するのは難しそうだ。
さて、どの方向から行こうかな……っと、その前に。
本当はダンジョンに入る前に気付くべきだったが、本格的に探索を行うなら地図を作成する必要がある。第1層はブルースライムしかおらず、ダンジョンゲートも近いので迷っても大した問題ではないが……強いモンスターが出る深層で迷ってしまえば、致命的な結果を招きかねない。ここみたいな、気軽に色々と試せる階層でちゃんと練習しておきたいところだ。
紙に手で書き込んでもいいのだが、できれば魔法で解決したいところだ。やり方も何となく思い付いてはいるが……これ、俺の魔力が足りるんだろうか?
まあ、とりあえずは試してみよう。ダメなら別のやり方を試せばいい。
「"フロ"……」
無限空間内に巨大な地図空間を用意し、そこに第1層の地図を丸ごと描くイメージを思い浮かべて魔法名を呟き始めた、次の瞬間。
「う!?!?」
凄まじい悪寒が、背筋を走り抜ける。『この魔法は絶対に発動してはいけない』と、本能が強烈なブレーキをかけてきた。
「………」
なんとなく、だが。この魔法を発動させたら最期、俺は廃人になるだろう。最悪は命を落とすかもしれない。感じたのは、それほどの強い拒絶感だった。
魔法……身の程を弁えぬ愚か者に待っているのは、破滅ということか。よく肝に銘じておこう。
仕方ない、少し方向性を変えてみよう。第1層全体ではなく、可視範囲内だけを地図化するならどうだ?
……特に拒絶感は無い。とりあえずは大丈夫そうだ。
「"ビューマッピング"」
可視範囲内の情報のみを、無限空間内の地図空間に転写する。意外だったのは、今俺が見ている視界の外側にあたる情報も全て拾えたことと、立体地図ができあがったことだ。今、俺の頭の中には広場付近のマップが立体的に浮かび上がってきている。
「今度はうまくいった……けど、ちょっと消耗が激しいな」
一瞬で立体地図ができあがったのはいいが、魔力消費がかなり大きい。感覚的に、これをあと9回ほど唱えれば魔力が枯渇しそうだ。
……まあ、それはそれで、撤収のタイミングを計るにはちょうどいいか。計9回目のマッピングまでに階段へ辿り着けなければ、今日のところは撤退しよう。
さて、そろそろ先に進むか。3方向あるけど、どれがいいかな……。
「……右の道、かな」
なんとなく右に進むのが良いような気がしたので、そちらへ行くことにした。果たして、あの道の向こうに階段はあるのだろうか……。
2024.11.30 改稿版投稿しました。
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