3−1:おっさんの起床シーンなんて需要無いでしょ……でも書いておく
新章開始です!
ここから登場人物も少しずつ増え、ダンジョン探索が本格的に始まっていきます。ぜひお楽しみください。
「……うん?」
……陽の光が、部屋の中に薄っすらと差し込んでくる。目を開けると、5年と2ヶ月ほど毎日見ている天井が視界に映る。
手元のスマホで時刻を見ると、午前6時50分を指していた。アラームは7時に設定しておいたが、それより10分早い起床だ。
「ふわぁぁぁ……うーん」
ソファ兼用ベッドの上で大きく伸びをする。少し血行が悪かったところにもくまなく血が巡り、全身がスッキリした気がする。
「さて、と」
普段から使っているコップを棚から取り出し、いつものやつを作る。
……ちなみに、作るのはコーヒーではない。濃縮リンゴ酢1にウォーターサーバーの水7を混ぜた、俺イチ押しの健康ドリンクだ。これを飲み始めてから体調が良くなり、今では毎日朝に1杯飲まないと、1日が始まらないくらいには愛飲している。
今日は少し寒いから、お湯も半分くらい混ぜようかな。
起き抜けに水分を補給したら、お次はシャワーだ。会社員時代も、どれだけ忙しくともお風呂とシャワーは欠かさなかった。なんなら睡眠時間を削ってでも、湯船にお湯を溜めて浸かっていたくらいだ。
やや汗かき体質なので、特に夏場は放置するととんでもないことになるという、現実的な理由もあるにはあるが……汗をあまりかかない冬場でも習慣になっているあたり、根本的に俺は風呂好きなのかもしれない。その割には、温泉とかに行った事はほとんど無いが……。
さて、シャワーを終えて午前7時20分。お次は食事……と言いたいところだが、残念ながら俺は自炊をしていない。近くにファストフードチェーン店があり、会社員時代はそこで食事を済ませていたら、いつの間にか自炊することを忘れてしまったのだ。会社が倒産し無職となった今も、気付けばその店に足が向いてしまっている。
……まあ、その方が早いし、今日もサクッと食べていきますか。今日は午前9時に亀岡ダンジョン前集合らしいから、食事時間も含めるとやや時間が差し迫ってきている。電車の遅れなんかは今のところ無いが、早めに動くに越したことはないだろう。
さあ、今日もダンジョン探索、楽しんでいくとしますかね!
◇
「着いた着いた」
西大路駅から京都駅、そして馬堀駅へ。空いている車両を選んで乗っていった結果、割と快適に移動することができた。
時刻は、午前8時43分。途中駅での乗降に手間取ったのか、駅には2分遅れての到着となった。
「さて、ダンジョン……へ……?」
改札に向かおうとそちらを見てみると……なんかスゴい集団がいた。
俺は一番前の車両に乗っていたので、その1つ後ろの車両に乗っていたのだろう。6人の黒服を着た強そうな人たちに守られるように、3人の女性がホームを歩いている。
……ちなみに、1人は明らかに朱音さんだった。横顔しか見えていないが間違いない。朱音さんは線路から一番遠い所を歩いており、時折隣の人と話をしている。
その隣の人はというと、見るからにデニム好きという見た目の人だ。朱音さんよりほんの少しだけ背が低く、ジーパン白シャツにデニムの長袖上着というアメリカの女性・ホリデーバージョン(多分に俺の主観が含まれております)っぽい服装をしている。黒髪なので日本人だとは思うが、朱音さんの知り合いの人だろうか。
で、最後の1人は男装の麗人といった趣の人だ。背はデニムの女性とほぼ同じだが、背筋が伸びていて姿勢がとにかく良い。動きやすさの中にもオシャレを忘れないというか、ファッションに疎い俺でもなんとなく分かるくらいに、オシャレなメンズファッションを着こなす美人だ。
「あの、藍梨様?」
「なんだ、陽向?」
「今気付きましたけど、この方たち全員うちの1級ガードマンですよね? まさかとは思いますが、藍梨様もダンジョンに潜られるのですか?」
「当然だ。仮にも会社幹部たる私が現地を一切知らずに指揮するなど、私にとってはあり得ぬことだ。そのせいで発生した齟齬は、後々致命的な結果を招きかねんからな」
「そうですか」
「……あの、藍梨姉さま。今更ですが、なぜ電車で馬堀駅に来ているのですか? 藍梨姉さまなら、車の方が都合が良かったのでは?」
唯一の顔見知りである朱音さんが、黒服の人たちを見回しながら困惑したようにデニムの女性と話をしている。その女性は朱音さんから"藍梨姉さま"と呼ばれていたので、おそらくは朱音さんの実のお姉さん、名前は"久我藍梨"さんだろう。で、もう1人の陽向と呼ばれていた男装の麗人は、その藍梨さんの部下の方か。
……そして会話の内容から察するに、藍梨さんと陽向さんも亀岡ダンジョンへ潜るつもりらしい。だから2人とも、動きやすそうな服装をしているのか。
「朱音が電車でダンジョンまで来ているのであれば、私もそうすべきだと考えた。実際、京都からの距離感もなんとなく分かったしな」
「まあ、藍梨姉さまが無駄な行動をしない人だということは私もよく知っていますが……もしかして、何か企んでます?」
「企むとは失敬な。ただ会社と公共の利益になるような、新しい事業の構想を立てているだけだ。
……会社のお金と、7人分の時間を貰ってここに来ているのだ。1分1秒も無駄にするつもりは無い」
「そうですか……うん、そうですね」
と、ふと朱音さんがこちらへ振り返る。どうやら俺の存在に気が付いたようだ。
「あ、恩田さん」
朱音さんがこちらに小さく手を振ってから、小走りで駆け寄ってくる。その瞬間、黒服の6人と藍梨さん、陽向さんの視線が俺に集中した。
黒服の人たちが警戒したような視線をこちらに送る一方で、藍梨さんは俺を興味深そうに、陽向さんは驚いたような表情を浮かべて見ている。
「やあ、朱音さん。今日は随分と大所帯だな?」
「そうなのよ、藍梨姉さまがダンジョンに潜るって聞かなくて。いつの間にかガードマンの人連れてきてるし、岩倉君まで呼んでるし……」
「……へ?」
岩倉君、というのは陽向さんのことだろうか? いや、それよりも。
「岩倉、君?」
「? ああ、もしかして」
陽向さんを見て、何やら納得したように頷く朱音さん。まさかとは思ったが、本当に……?
「岩倉陽向君、こう見えて男性よ。高校時代からの同級生なの」
「こう見えて、は余計ですよ朱音さん」
朱音さんの若干失礼な言い方に、苦笑いを浮かべる陽向さん……もとい、陽向君。
おいおいマジかよ、どこからどう見ても女性にしか見えんぞ。名前を聞いても中性的でどちらともとれるし、朱音さんに言われなかったら間違いなく女性と考えて対応してたな。
「いやはや驚いたよ。世の中というのはホント広いもんだなぁ」
「そうね、私もそう思うわ。私より美人な男性がいるだなんて、初めて見た時は本当にビックリしたわよ」
「方向性が若干異なるだけで、朱音さんはすごい別嬪さんだと思うがな」
「あら、ありがとう存じますわ」
「急に難しい敬語やめれ」
顔を見合わせ、2人でケラケラと笑う。
「……なんだか楽しそうだな、朱音」
「ええ。高校、大学と朱音さんと同じ学校でしたが……押しの強い人ばかりでしたからね。男性と話す時はいつもしんどそうでした」
「陽向も男だろう?」
「男に見えないので気楽だったのでは? 僕と話す時は肩の力が抜けていましたし」
「そうか」
向こうから、そんな会話が聞こえてきた。朱音さん苦労してるんだな……。
「おっと、あんまりのんびりしてると開場時間に間に合わなくなりそうだ。行こうか、朱音さん」
「ええ」
改札を出て、一路亀岡ダンジョンへ向かう。その俺たちの後ろを、見るからに関わってはヤバそうな集団がゾロゾロと付いてきていた。
その最たる原因である黒服の人たちのことを、朱音さんに聞いてみることにした。
「なんか、ギフトが無くても強そうな方々だな。1級ガードマンとか言っていたが……」
「藍梨姉さまの会社では最上位の資格者らしいわ。嘘か本当か実戦経験もあるとか……あ、藍梨姉さまはあのデニムの人ね。私の実の姉よ」
「おう、会話を聞いてたけどそんな気はしてた。藍梨さんのことも、ガードマンの人たちのこともな」
よくよく見なくても、朱音さんと藍梨さんは顔のつくりとかがよく似ている。姉妹なんだなあと、すぐに納得できた……というか、朱音さんもデニムの人という認識なんだな。
そして、ガードマンの人たちもよく見ると、なにやら警棒のようなものを全員が装備している。あと黒服が不自然に盛り上がっているのは、防弾チョッキか何かも装備しているのではないだろうか? 実戦経験があるというのも、あながち間違ってはいないのかもしれないな。
と、そうこうしているうちに亀岡ダンジョンへ着いた。
「あら、開場待ちの人がいるわね」
「平日の閑散ぶりが嘘みたいだな。それでも多いとは言えないけど」
腕時計を見ると、午前8時57分。平日は見かけなかった開場待ちの人たちが、約20人ほど扉の前で立っていた。
……そして、その中にいた金髪の男が、軽薄そうな笑みを浮かべながらこちらへと近付いてくる。
「おいおいおっさんよ、お前鏡見たことあんのか? お前みたいな冴えない底辺野郎が探索者なんかやってんじゃねえよ」
……あれ、もしかして俺絡まれてる?
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。