2−30:久我家の人々2(朱音視点)
(2024.3.10追記)大幅な改稿を行いました。
(2024.3.12追記)更に加筆修正を行いました。
「その、ポーションは……じぶんには、つかいません」
「「「……えっ?」」」
私、藍梨姉さま、お医者様。3人の声がきれいに重なる。一瞬、お母様が何を言ったのか理解できなかった。
「ど、どうして!? それを飲めば、すぐにお母様は健康になれるのよ!? それなのに!」
「あかね」
気が付くと、ここが病院だということも忘れて叫んでいた。
「次いつ手に入るか分からないのに、なんで使わないの!?」
「あかね」
「お医者様、それをください! 有無を言わせずお母様にーーー」
「朱音!」
「!!」
驚いた。弱々しく、たどたどしい声しか出せなかったはずのお母様が……まるで昔のお母様に戻ったかのように、力強い怒声を発した。
「……いい、あかね。わたしは、まだじかんがあるし、それなりにながく、いきてきた。でも、あのこたちは、そうではない」
「……!」
「あかねも、あったことが、あるでしょう? せんてんてきな、やまいのせいで、あす、いのちのともしびが、つきてもおかしくない、こどもたちに。そんななかでも、いっしょうけんめい、まいにちをいきている、こどもたちのすがたを、みたことが、あるでしょう?」
「………」
「わたしは、あのこたちのちからに、なりたい。みらいを、みせてあげたい。それは、わるいことかしら?」
そこまで言われて、ようやく気付いた。
……この病院に入院しているのは、当然ながらお母様だけではない。大きい病院ゆえに、老若男女問わず多くの人達がいる。
その中に、病に苦しむ子供達もいるのだ。そのうちの何人かは、もう一生病院から出られないかもしれないほどの重い病気を患い、それでも毎日を必死に生きている。
……きっと、その姿をお母様はずっと見ていたのだろう。その健気な姿に、心を痛めていたに違いない。
「そのポーションを、つかう"けんり"を、わたしにいただけるのなら。わたしはこどものために、つかう"けんり"を、こうししたい」
お母様の言葉は、病の影響かやはりたどたどしい。
……でも、お母様の声には力が漲っていた。表情に差していた暗い影もいつの間にか消え、かつてのお母様のように凛とした雰囲気を纏うようになっていた。
「……ふふっ」
「どうした、朱音?」
「藍梨姉さま。どうやら私は、心の底からの喜びを感じているみたいです」
「……?」
急に何を言っているのだお前は、と表情で語る藍梨姉さまを横目に、お母様の手をそっと握る。
自他共に厳しく、しかし時に自己犠牲すら厭わないほど性根の優しいお母様。その本質は、難病ごときが変えることはできなかったらしい。
「でも、お母様」
「なにかしら、あかね?」
「これは共にダンジョン探索する方から譲って頂いた、大切な物です。その方に一度確認を取りたいのですが、よろしいですか?」
「! そう……わたしからも、おねがいするわ」
お医者様に目を向ける。お医者様はスッと目を閉じて、後ろを向いてくれた。どうやら、ここでスマートフォンを使うことを見逃してくれるようだ。
なるべく窓の方へ行き、すぐに恩田さんへWINE電話をかけた。
---トゥルルル、トゥルルル……
『はい、恩田です。どうした、朱音さん?』
「あ、恩田さん、先程振りです。実は、恩田さんに相談したいことがありまして……」
「なんだい?」
ポーションの使い方について、恩田さんに相談する。恩田さんは特に間を置くことなく、返事をしてくれた。
『それは朱音さんに譲ったやつだから、俺は全然構わないけど……朱音さんのお母さんの病状は、切羽詰まってないのかい?』
「それは……お医者様、母の病状は今後どうなるのでしょうか?」
念のためお医者様に聞いておく。進行が遅いといっても、急変しないとは限らないからだ。
「……正直なところ、それを使わない限りここから良くなる可能性は低いでしょう。しかし、急激に悪くなる可能性も低いです。時間は、短く見積もってあと2年ほどはあるかと」
『朱音さん、ちゃんと聞こえたよ』
どうやら、恩田さんにも会話が聞こえたみたい。
『急ぎの時はあれを出そう。ただし、対価は時間がかかってもちゃんと貰うからな?』
「……はい、それでお願いします」
『オッケー。じゃ、俺は買い出しに行ってくるから。明日の探索、楽しみにしててくれな?』
「はい。あ、明日は9時集合でいいですか?」
「オッケー、そうしようか。じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
通話を切り、振り返る。
「了解を貰えました。お医者様、ぜひお母様の意思を尊重してあげてください。そのポーションは、久我家より病院に寄付いたします」
「……分かりました。私の判断で、特に病状の厳しいお子様を中心にポーションを使わせて頂きます」
「よろしくお願いします」
残念な医者も少なくないけど、この方はお祖父さまの時代からお世話になっている、信頼できるお医者様だ。ポーションを良いように使ってくれるでしょう。
子供の病を癒すのであれば、ポーションの量は少なくて済む。この1瓶で多くの子達が未来を紡ぐことができたなら、私も嬉しい限りだ。
……ただ、これだけはお母様に言っておかなければ。
「でもね、お母様。これだけは宣言しておくわ」
「?」
「考えたくはないけど……本当に考えたくはないけど……もしお母様が、危険な状態に陥ってしまったなら。その時は、問答無用で真っ先に飲ませるからね。私にとって一番大事なのは、他の誰でもないお母様なんだから」
「……ええ、それでかまわないわ」
それだけを言って、お医者様の方に振り向く。私は自然と、心の底から笑顔が溢れてきていた。
「……しかしだ、朱音。現実問題として、お母様の病気はどうするのだ?」
「決まってますよ、藍梨姉さま。探索者を続けて、またポーションを見つければいいんです」
「だが、ああなったらお母様は最後までポーションを使わないぞ? この病院だけでも、病気のお子さんはそれこそ相当な人数がいると思うが?」
「お母様が自身にポーションを使ってもいいと思えるくらいに、たくさんのポーションを見つければよいだけです」
「他の病院からも問い合わせがくるぞ? なぜ、そこの病院の子だけにポーションを使うのか、と」
「全員に行き渡るまで、集め続けるだけです。それが私の為すべきことだと、今確信しましたから」
なんとなくだけど、分かっている。無償の奉仕がいつも正しいとは限らないことを。
それでも、私はポーションを集めると決めた。決めたからには、最後まで走り切るだけだ。
「……簡単に言うが、アテはあるのか。ポーションは国内で年に2個出れば、多い方だと聞くが?」
「ふふ、藍梨姉さま。逆にお聞きしますが、我が家の家訓をお忘れですか?」
「まさか。片時も忘れるものか」
私と藍梨姉さまが、同時に口を開く。
「「自らの手で道を切り拓け」」
藍梨姉さまと顔を見合わせ、頷いた。
「そうです。アテが無ければ、自らの手で作ればいいのです」
……なんて偉そうなことを言っていても、今は恩田さんに色々任せきりなのよね。いつか恩田さんのギフトに頼り切りにならなくても、自分でポーションを見つけられるようになりたいわ。
「ふふ、おうえんしてるわ、あかね」
「ありがとう、お母様」
「……ふむ」
さて、明日の準備をしないとね。
◇
(三人称視点)
「ふふふ」
朱音と藍梨が辞した病室で、久我冨士子と医者が座って向かい合う。ずっとニコニコしている冨士子に対して、医者はずっと何かを考え込んでいた。
……そりゃ、ポーションとかいうある意味危険な物体の扱いを丸投げされたのだ。医者がその使い道に苦悩するのは、当然の帰結と言える。
「……冨士子様、嬉しそうですね」
「ええ。わたしもまだまだ、しょうじんがたりないと、わかったから……でしょうね。まさか、あかねにおしえられる、ひがくるとは、おもわなかったけれども」
「そうですか……」
医者から送られてくる、ほんの少しの恨みがましさを含んだ視線。それを冨士子は綺麗に受け流し、心底楽しそうに笑う。
……そんな軽いやり取りができる程度には、2人は気安い仲でもあった。
ここで、1人の男性が病室へと入ってくる。大体50歳くらいだろうか、スーツをビシッと着こなし、背筋がまっすぐ伸びた男性だ。体格もよく、かなりの存在感を放っている。
「冨士子すまない、遅くなった」
「あら、だんじゅうろう、さま」
「おいおい、様付けはよせと何度も言っているだろうに……ん?」
彼の名は、久我 団十郎。冨士子の夫、藍梨と朱音の父親である。団十郎と冨士子は仲の良い夫婦として有名で、仮面夫婦が多いとある界隈においては珍しく、本物のおしどり夫婦である。
それゆえに、団十郎は冨士子の変化にすぐ気付いた。
「冨士子、今日は随分と嬉しそうだな。何があった?」
「だんじゅうろう、さん。こどものせいちょうを、うれしくおもわない、おやはいませんよ。それに……」
「?」
朱音か藍梨でも来ていたのだろうか、いやこの言い方だと朱音のことか? 行動力はあるが、どこか抜けているからな……などと団十郎が考えたところで。
冨士子の口から、(団十郎にとっては)大変衝撃的な発言が飛び出した。
「あかねが、よきひととめぐりあえた、ようですので。それがなにより、うれしいのです」
「……!?!?」
「……?」
冨士子の言葉に団十郎は一瞬で混乱し、医者は首を傾げる。おそらくは電話口の人を指しているのだろうが、良き人とはどういうことだろう……と医者は考えていた。
そうこうしているうちに、団十郎が混乱から回復する。ニコニコしている冨士子に詰め寄り、つい叫びそうになって……しかしここが病院であることを思い出して、すんでのところで声を抑えた。
「……な、なんだそいつは。病に伏せる冨士子のところまで、無作法にも訪れてきたというのか?」
「いいえ。おとずれるどころか、あかねのくちからも、ちょくせつきいては、いませんよ?」
「ならば、なぜそう思った?」
冨士子は目を閉じる。電話をかける前、近くに来て手を握った時に朱音が浮かべた表情を思い出し……目を開けて、団十郎にニヤリと流し目を送る。
「よきひとのことを、おもいうかべる、おとめのかおを、あかねがしていた、ものですから」
「………」
「うふふ。あなたにも、みおぼえがある、かおかもしれませんよ?」
朱音が心のうちを話さなくとも、母親にはほぼお見通しであった。むしろ、本人よりも深く理解しているかもしれない。
そして冨士子が付け加えるように言った言葉が、団十郎の心に見事にクリティカルヒットする。冨士子から大きく目を逸らした態度からも、団十郎の動揺具合はありありと伝わってきていた。
「まあ、それはおいて、おきましょう。だんじゅうろうさんには、はなしておきます。あかねがもってきた、ポーションのことを」
「!?!?」
矢継ぎ早にもたらされる重大情報に、団十郎は更なる混乱に陥る。相当な立場の人間であり、そう簡単には揺れ動かないはずの男がこの短時間で何度もメダ◯ニさせられるという、異常な事態が病室にて発生していた。
なお、この時の団十郎と冨士子のやり取りをきっかけとして。ポーションを徹底的に研究し、その効力を模した万能治療薬を製造・販売する企業が後に誕生することとなるのだが。
この時はまだ、誰もそのことを知らなかった。
◇
(三人称視点)
「……ダンジョン、か。リスクが高すぎるという理由で、これまではあまり注目してこなかったが……もしや、今がチャンスなのでは?」
運転手付きで迎えに来た、とても高そうな黒塗りの車。その後部座席に乗りながら、藍梨は独りごちる。
スマホを高速で操りながら、藍梨はダンジョン関連の情報を漁っていた。しかし、その多くは動画配信によるもので、お世辞にもレベルが高いとは言えない。演出重視で信憑性に欠ける部分も、藍梨にとっては不満なところであった。
「ふふふん♪、ふーん♪」
ちなみに、同じ車に乗る朱音はすこぶる上機嫌であった。鼻歌まで歌い、ニコニコと笑みを浮かべている。
そんな朱音を横目で見て、藍梨は少しばかり不安を感じていた。
(……前からそうだったが、朱音は少しばかりお母様に傾倒し過ぎている気がする)
もちろん、誰かのためになることをするのは悪いことではない。口だけではなく、行動で示しているのは間違いなく良いことである。
しかし同時に、タダより高いものは無いということも藍梨はよく知っていた。対価や見返りの無い関係は壊れやすく、また壊れ方も最悪なものになる確率が非常に高いのだ。
……荷役を無料サービスとする慣習が蔓延したトラック物流が、人手不足で存亡の危機に陥っているように。些細なクレームも運転手のせいにされるバス業界が、人手不足で現路線の維持さえままならない状況に陥っているように。
(だが、こればかりは本人が気付かなければ、変わりようがない。今は見守るしかないか……)
そうして朱音を一瞥した後、藍梨は再び思考を始める。
ダンジョン事業を本気で始めるのならば、まずは会社から社員を派遣し、生の情報を集めた方がいいかもしれない。そして、自分もしばらくはダンジョンに潜った方がいいかもしれない。危険はあるが、そんなものは覚悟のうえだ。
最終的に、藍梨はそう結論付けた。
「そういえば、うちの会社に朱音の同級生がいたな……試しに、亀岡ダンジョンへ一緒に行ってみるか」
おもむろにスマートフォンを取り出し、藍梨は誰かに連絡を取る。明日亀岡ダンジョンに向かうこと、家を出たその瞬間から労働時間として取り扱うこと、休日出勤かつ急な呼び出しのため3万円の特別手当を別途付けること、集合時間と場所……それらを伝達し了承を得た後、藍梨はスマホをしまった。
なお、この時の藍梨の行動をきっかけとして、後に日本……いや、世界最大規模のダンジョン探索業を営む企業が設立されることとなるのだが。
この時はまだ、誰もそのことを知らなかった。
読者の皆様、いつも本小説をお読み頂きまして、誠にありがとうございます。
これにて、第2章は終了となります。次話より第3章が開始されますので、ぜひ楽しみにお待ちください。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。