2−28:蔵出し、奇跡の秘薬
読者の皆様、いつも本小説をご覧くださいまして、誠にありがとうございます。
先日投稿した話の後書きにて少し触れましたが、話の流れを大きく変えた影響で小説に少し改変作業が入ります。具体的には、
①第2章の章タイトル変更
②本話を含む2〜3話で第2章を終了し、第3章へ移行
③タグ追加
以上、3点を予定しています。投稿ペースはそのままの予定ですので、そこはご安心ください。
それでは、本編をどうぞ!
「私の母が、3年前に患った病気で苦しんでいるんです。今の医療技術では治癒できる見込みが無くて……」
「ちなみに、どんなご病気か聞いても?」
「……脊髄小脳変性症、というそうです」
確か、それは。
「……難病、か」
俺の記憶が正しければ、確か脳の一部が何らかの理由で変質し、運動機能や言語機能に徐々に支障をきたす病気……だったはずだ。進行は遅いものの完治する術がなく、対症療法的な治療しかできない病だったはず。
それでも少しずつ研究が進み、原因が判明しつつある病気でもあるらしいが……未だ、根治する方法は確立されていないのだろう。
「はい。しかも、私の母の場合は原因すらも分からないタイプのものだそうです……まだ50代なのに……」
後になるほど、朱音さんの声が小さくなっていく。
……残酷な話だ。事故や急性疾患のように一瞬で人の命を奪うものは、残された家族や親しい友人に心の準備をさせないまま深い悲しみを与えてしまうものだが……治癒方法が見つからないまま、徐々に弱っていく姿を長期間見せられるのもまた本当に辛いものがある。
「朱音さんのお母さん、今はどうされてるんだ?」
「今は症状の進行を遅らせるために、リハビリに取り組んでいます。ですが、経過はあまり芳しくなく……最近は母も少し諦め気味なんです。でも、そんな母の姿を私は見たくありませんでした」
そこまで言うと、朱音さんがガバッと顔を上げた。その目は、俺をジッと強く見据えている。
「だから私は、ポーションを探しにダンジョンへ来ました。あらゆる怪我や病気を治せるというポーションなら、母の病気も治せるのではないかと思ってここへ来たんです」
「……なるほどな」
ここで、改めて周囲を確認する。この場にいるのは朱音さんと権藤さん……あとは。
「さて、権藤さん」
「ふむ、何かね恩田探索者?」
「念のために聞いておきます。この部屋にいる人は、全員が信頼できる人と考えても?」
「……?」
「うん? まあ、そう考えてもらって構わない……!?」
朱音さんは何のことかと思ったようだが、俺の言葉の意味を権藤さんは少し遅れて理解したらしい。
ダンジョンを出てからも、俺はオートセンシングを切っていなかった。あえて付けっぱなしにすることで、ダンジョン外での機能にどれほど制限がかかるのかを試してみたかったのだ。
だが、そのオートセンシングに不可解な反応があった。ちょうど俺が権藤さんに質問を投げかけているぐらいのタイミングで、その不可解な反応の主は部屋に入ってきた。今は部屋の隅に立ち、こちらを見ているようだ。
姿は一切見えないのに、オートセンシングでのみその存在を検知している何者か……おそらくは権藤さんの部下と思われる人のいる方に、俺は視線を向けた。スキルかギフトかは分からないが、オートセンシングの検知は誤魔化せなかったようだ。
「……なぜ分かった?」
スキルかギフトの効果を切ったのだろう。スーッと浮かび上がるように、その人物は虚空から現れた。
……やや小柄な女性だ、160センチくらいだろうか。朱音さんと権藤さんの背が高いので、相対的に小さく見える。
しかし、凄まじく鍛えあげられているのが素人の俺でもよく分かる。見たこともない装備品、ピクリとも動かない表情、まっすぐ揺らがない姿勢……まさしく武人という雰囲気を纏っている。この人も権藤さんと同じく、間違いなく探索者として遥か高みにいる人だ。
「光魔法の応用です。背後に何か来ても分かるので、重宝してますね」
「そうか……ふむ、恩田探索者は私を見ても侮らないのだな」
「人を侮る、見下すという行動が俺は好きではないので。そのような心構えでは、得られる"学び"は少なくなりますから。まあ、貴女の場合は佇まいで明らかに強者だと分かるので、侮りようがありませんが」
「……ほう?」
完璧な無表情が一瞬崩れた、ように見えたんだが……気のせいか。
おっと、そういえばちゃんと2人には名乗ってなかったな。
「ああ、お2人は既にご存知だと思いますが、改めて名乗らせて頂きます。私は恩田高良といいます。探索者歴4日目の駆け出しです」
「ふむ、では私も。澄川有紗だ、よろしく頼む。前職より局長の部下として勤務している」
「権藤重治だ。この亀岡迷宮開発局の局長をしている。よろしく頼む」
「………」
やはり権藤さんは支部長クラス……いや、正式な役職名は局長か。ともかく、亀岡ダンジョンを統括する長の人らしい。
一方の澄川さんも、権藤さんの部下ということは……おそらくは元自衛官の方か。
「……でも、長の人が換金所のカウンター係を兼任して大丈夫なんですか?」
「うん? 換金所のおっちゃんは別人物なのだから、大丈夫に決まっているだろう」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
……まあ、そういうことにしておくか。多分書面上というか、手続き的な部分ではそうなっているのだろう。現実的に考えて、かなり無理がある気もするが。
「さて、確認も取れたところで……"アイテムボックス・取出"」
アイテムボックスから、ポーションを1つ取り出す。実は現物をちゃんと見たことが無かったのだが……なるほど、透明な小瓶の中に薄緑色のサラサラした液体が溜まっている。これが奇跡の秘薬、ポーションか。
「はい、朱音さん」
その小瓶を朱音さんに差し出す。ふと出てきた手にポーションを乗せて離すと、ハッとしたように朱音さんが焦り出した。どうやら無意識だったらしい。
「えっ、で、ですが、その……」
「ポーションをねだるようで嫌だった、ってところだろう?」
「……!」
「ま、そんな朱音さんだからこそ惜しみなく渡せるんだけどな。あれの代金も渡せてないし、これでチャラにしてもらえるかな?」
「あれ……あ、まさか」
「そうそう」
まだ2回しか行動を共にしていないが、なんとなく朱音さんの性格は掴めてきている。水や装備珠のような消耗品はともかくとして、さすがにポーションは稀少度が高すぎて言い出せなかったのではないだろうか。いくら【闇魔法】のスキルスクロールを譲ったとはいえども、だ。
それも、俺がラッキーバタフライを自発的に見つけられるので時間の問題だったかもしれないが、その分だけ朱音さんの母親は病に苦しむ時間が長くなってしまう。切羽詰まっていないとはいえ、早く使うに越したことはない。
まあ、そもそもだ。
「それに……"アイテムボックス・取出"。ほら、ポーションはもう1つあるからさ。心配せず受け取ってくれよ」
「「「……へ?」」」
チャプン、ともう1つのポーションの小瓶を見せつけるように振る。朱音さんは当然として、権藤さんと澄川さんも驚いているようだ。特に澄川さんは表情は変わらないものの、目を大きく見開いている。
やはり、権藤さんも澄川さんも2つ目のポーションの存在は知らなかったか。1つ目のポーションのことを知っていたのは、おそらく澄川さんが姿を消して見ていたからだろうな。
「……ああ、そういえば言うのを忘れてましたが」
そういえばこれ、ギフトに関係することだったわ。ついでに報告してしまおうかな。
「今日はいませんでしたが、ポーションをドロップするモンスターなら見つけられますので。明日以降も乞うご期待ください」
そう言って、俺は笑った。
◇
「……全く、一生分驚いたわよ」
「すまんすまん」
亀岡ダンジョンを辞して、朱音さんと共に馬堀駅へと向かう。さすがに動画の話やブルースライムの核の話ができる雰囲気ではなかったので、換金だけ済ませてから着替えて出てきた。その際、周りに他の探索者がいなかったので、良い機会とラッキーバタフライの魔石2つもついでに捌いておいた。
……だが、そのラッキーバタフライの魔石が2つで12万円で売れたのには驚いた。ゴブリンの魔石500個分の価値が、あの拳大の魔石1つに込められていたらしい。換金を躊躇ったあの時の判断は、まさに正しかったわけだ。
その金額も含めて朱音さんと等分しようとしたのだが、「自分は討伐に関わってないから」と一切受け取ろうとしてくれなかったので、ラッキーバタフライの魔石の売却額だけは全て俺の取り分になった。残りはちゃんと折半したが、第4層の台座で使うことを念頭に装備珠を残し、魔石だけを売っても5万9910円。端数分は権藤さんが少しオマケしてくれたので、折半してちょうど3万円に換金してくれた。ラッキーバタフライの魔石売却額と合わせて15万円、懐が相当暖かくなった。
ホクホク顔で時計を見ると、今の時刻は午後3時52分。既にお天道さんは大きく傾き、周りは少しずつ夕方の色合いに包まれてきていた。
「……ところで恩田さん。せっかくのお誘いだったのに断ってよかったの?」
「ああ、職員にならないかって話か?」
換金の際に、権藤さんから「迷宮開発探索機構の職員にならないか」と誘われた。ポーションを安定して集められる存在は貴重なので、言い値で雇用させてもらうとまで言ってもらえた。俺としては、とても光栄なことだと思っている。
……だが、丁重にお断りさせて頂いた。自分にはだいぶ荷が勝ちすぎると思っているし、なにより……。
「……うーん、今はそんな気になれないな。しばらくは組織に縛られないで、自由に行動したい気分なんだ」
世に言う"ブラック企業"に捧げた時間を、少しでも取り戻したい。そのためには、身軽な方が都合が良いと思っている。
ダンジョンには行きたい時に行き、休みたい時には存分に休む。自由の代償として様々な保証が利かなくなることは百も承知で、それでも今は自由を満喫したいのだ。
「それで、朱音さんはこれからお母さんのところに?」
「ええ、早い方がいいと思って」
「確かにな」
朱音さんが緊張の面持ちで、ショルダーバッグを大事そうに抱える。その中に収めているポーションを、確実にお母さんのところへ届けなければいけないのだ。
「ちょい待ち、そんなガチガチに緊張してバッグを持ってたら、『大事な物を持ってますよ』と周りに喧伝するようなものだぞ。ほら、リラックス、リラックス」
「え、ええ……スゥ~、ハァ〜……」
朱音さんが大きく深呼吸をする。それを2回、3回、4回と繰り返したところで、多少は緊張が解けたらしい。
「……よし、落ち着いたわ」
「それは何よりだ。さて……」
そのタイミングで、とても大事なことを朱音さんに聞いてみる。
「朱音さんは、明日以降はどうするんだ?」
「明日以降って、もちろんダンジョンに……あ」
「そうだ」
俺の言わんとしていることに気付いたようで、朱音さんが視線をショルダーバッグに落とす……正確には、その中に入っているポーションに向けて、だろうか。
「それが手に入ったなら、もうダンジョンに潜る理由は無いはずだ」
それとは、もちろんポーションのことだ。
そして、朱音さんはポーションを手に入れるために探索者となった。そのポーションを手に入れた以上、朱音さんに探索者を続ける理由は存在しなくなる。
「………」
「……まあ、今すぐ答えを出す必要は無いさ。まずはお母さんにそれを渡してから、じっくりと考えればいい」
「……そうね、そうするわ」
朱音さんが小さく頷くが、その表情は暗い。
……だが、これはとても大切なことだ。朱音さん自身がどうするのかを考え、朱音さん自身が決断しなければならないことだ。
俺にできるのは、朱音さんがどのような決断を下そうとも、それを笑顔で受け入れることのみだ
「朱音さんがどんな選択をするにせよ、俺は俺のペースで探索を続けるからさ。またパーティを組んでくれるとありがたいかな」
「……ええ!」
ただまあ、それだけだと少しドライ過ぎる気もするので念押しだけはしておくか。朱音さんの表情が少し明るくなったので、決して間違った声掛けではないだろう。
「……ありがとう」
「どういたしまして。お母さん、治るといいな」
「ええ!」
と、ここで馬堀駅に到着した。跨線橋を渡ったところで、タイミングよく京都方面行きの電車がやってくる。
「乗ろうか」
「ええ」
比較的空いた車内に入り、横並びの座席を確保する。きっと、これも嵯峨嵐山駅に着くと一気に混むんだろうな……。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




