2−27:明かされる秘密(ただし、恩田に対してだけ)
「お疲れ様です、恩田さん、久我さん」
「「お疲れ様です」」
受付嬢への挨拶もそこそこに、カウンターの前を通って換金所へまっすぐ向かう。今日は魔石数がメチャクチャ多いので、先におっちゃんへ渡して換金依頼をしておいてから、ロッカールームに向かおうと考えているが……もしかしたら必要無かったかもしれない。
なにせ、換金所の方を見ても待ちパーティは一組たりとも見当たらないのだ。いつものおっちゃんは大あくびをしながら、カウンターの向こうで暇そうに座っている。
「……いつ見ても人がいないわね」
「ああ、ホントにな」
「土日祝日なら、少しは多くなるのかしら」
「換金所のおっちゃんはそう言ってたぞ」
「ちょっと想像が付かないわね」
まだまだ世間に"ダンジョン探索者"という生き方が浸透していないのだろう。それは目の前の光景と、ハロワに所狭しと募集ポスターが貼られていたことからも明らかだ。
もう少し探索者が増えれば、安定して第4層を通過できるようになるんだけどなぁ。毎回、完全にモンスターが湧き切ったところへ突撃するハメになっているので、リターンは大きいがリスクと消耗も大きいのだ。探索者が増えればモンスターもこまめに間引きされて、大群が押し寄せてくるような事態にはならなくなるかもしれない。
もちろん、土日祝日なら多少は人出も増えるのだろう。ただ、できれば曜日に関わらずそれなりの数の探索者がいるのがベストだな。
……ふと、昨日の光景が頭をよぎる。カメラ片手にダンジョンへと入り、攻略の様子を録画していた動画配信者らしき人の姿が。
動画配信か……最近は、動画視聴をきっかけに新たな趣味を始める人も多いと聞く。ダンジョン探索動画を多くの人に見てもらえば、探索者人口の増加に少しは寄与できるかもしれない。
「……相談してみるか」
「あら、誰に何を相談するの?」
「うん? ああ、近々試験を受ける予定の資格に関係することを、な。それを取ると【資格マスター】の効果で、ダンジョン内にもキャリア電波が届くようになるんだってさ」
「へぇ〜……え?」
聞き流しかけた言葉が、脳内のどこかに引っ掛かったのだろう。朱音さんが難しい顔でこちらを見てきた。
「それ、本当?」
「ああ、本当だ」
俺がそう返すと、朱音さんは少しの間考えるそぶりを見せた後、小さく頷いた。
「ライブ配信ができるわね」
やはり、朱音さんもそこに行き着いたか。
「ああ。そして、それは動画配信者として明確な強みになる」
なにせ、俺のギフトだからこそ成り立つのであって、他の誰にも真似できないのだ。非常にニッチではあるものの、独占市場を形成できるのはかなり大きい。
「……まあ、動画収入はあくまでもついでだ。動画を見てダンジョン探索者に興味を持つ人が増えれば、探索者人口が増える。探索者人口が増えれば、気の合う人を見つけやすくなる。気の合う人とパーティを組めれば、リスクが分散してより深い層へと至ることができる」
「そちらが本命というわけね」
「そういうことだ」
日本においては、ダンジョン探索者界隈はブルーオーシャン、あるいは黎明期なのだ。ここでのスタートダッシュ如何で、今後の全てが決まると言っても過言ではない。
そして、こういう界隈の最初期は優れた人材が現れやすいものだ。先行き不透明な界隈である以上、本当にやる気と興味がある人しかやってこないのだから。
「おう、お二人さん。なかなか面白そうな話しとるのぉ、いっちょワシも噛ませてくれや」
どうやら朱音さんとの話が聞こえていたようで、おっちゃんがカウンター越しに会話へ入ってきた。
さて、どう返したものかと少し考えていると、先に朱音さんが返事をした……何故か、ニタリ顔で。
「あら、換金所のおじさま。盗み聞きとは良い趣味をお持ちですわね?」
「……ちょい待て。お嬢さん、あんたそんなキャラだったかね?」
「さて、どうでしょうか?」
口元を右手で覆い隠しながら、朱音さんがクスクスと笑う。
……あれ、おかしいな。扇子で口元を覆い隠した、金髪縦ロールお嬢様の幻影が見えた気がするぞ。
「まあ、冗談はこれくらいにして……」
「冗談と言う割には、堂に入ってたような気がするねぇ」
「じょ、う、だ、ん、は、これくらいにして」
強引に話を断ち切り、それはもうとびっきりの(目が全く笑っていない)笑顔を朱音さんがおっちゃんに差し向ける。
「お久し振りです、権藤さん。いつも父がお世話になっております」
「ちょい、お嬢さん一昨日も来てたやんけ、久し振りと違うでしょうに」
「あれはノーカウントです、一言も会話していないので。その意味で、半年振りなら久し振りでしょう?」
「まあ、そうなんやけどなぁ……」
おっちゃんは頭をポリポリと掻き、朱音さんは(若干の圧を感じるような)笑顔を浮かべている。朱音さんが"父が〜"と言っているあたり、それなりに昔馴染みのようだ。
……なるほど。一昨日に換金所へ行った時の朱音さんの様子が、少し変だとは思っていたが……やっぱりなぁ。
「へえ、じゃあおっちゃんって、やっぱり偉い立場の人だったんですね?」
「………」
「亀岡ダンジョンを統括する支部のトップ、支部長クラスといったところでしょうか?」
「………」
「沈黙は肯定と捉えますよ?」
俺の質問攻勢に、おっちゃんは降参だとでも言いたげに両手を上げた。
「……はぁ。恩田探索者よ、どこでそれに気付いた?」
おっちゃん改め、権藤さんの口調と纏う雰囲気が、いわゆる上位者のそれへと切り替わる。
……高いのは立場だけじゃないな。この人、探索者としても俺なんぞより遥か高みにいる人だ。このピリピリする感じは間違いない。
「疑問に思ったのは初日からですね。閑職に追いやられたベテランを装いながらも仕事が正確で早かったり、時折只者でない雰囲気を醸したり……昨日もホーンラビットの角を出した時に、一瞬だけ雰囲気が変わりましたよね?」
「ほう」
「ただ、確信したのは今です。育ちが良いであろう朱音さんと昔からの知り合い、しかも父親を介してとなれば、それなり以上の立場の人しかあり得ないな、と」
それを聞いた朱音さんが、驚いた様子でこちらに振り向いた。
「えっ……育ちが、良い?」
「ああ、なんとなくそう思った。素人考えとはいえ、結構な確率で当たってると思うが」
箸の持ち方、着付け技能士という特別な資格、ふとした時の言葉遣い……根はおそらく活発で冗談好きなのだろうが、教え導かれて身に付けたであろう美しい所作もまた、しっかりと彼女に根付いている。多少アバウトな所はあるが、それが朱音さんからとっつきにくさを取り払っている部分はあるだろう。
「……恩田さんは、それに気付いてどう思われました?」
朱音さん、遠回しに俺の考えを肯定したな。で、隠し事をしていたことを俺がどう思ったのか、少し不安にもなっているみたいだな。
「うん? いや、何も」
「……な、何も?」
「ああ。何か事情があるんだろうな、とは思ったけど、それ以外は特に何も。朱音さんが義理固い人だってことは初日で分かったから、それで十分だと思ってる」
「……何も、私に聞かないんですか?」
「俺から詮索することはしない。聞いて欲しいことがあれば、時間とタイミングが許せばいくらでも聞くけどな」
そも、朱音さんとは会ってまだ3日目、一緒にダンジョン探索したのも2回目なのだ。話していないこと、知らないことはお互いたくさんあるだろう。ただ、別にそれで良いのではないだろうか?
人の心のパーソナルスペースにスルリと入り込んで行けるほど、俺にはコミュニケーション能力も積極性も無い。他人の心を踏み荒らす結果になるくらいなら、そっとしておくのが吉だと考えているような人間だ。
……まあ、向こうから話してくれるのであれば、その限りではないけどな。
「……朱音さんよ、恩田探索者は信用できる男だ。少なくとも口は固い。あの件、話してみてもいいのではないか?」
「権藤さん……」
「それに、恩田探索者は"例のもの"を持っているだろう。それを買い取らせてもらえばいいのではないか?」
「……あぁ、意趣返しですか」
「おや、驚かないのかね?」
「ええ、まあ」
"例のもの"という言葉が指すのは、おそらくポーションのことだろう。今やアイテムボックスの肥やしと成り果ててはいるが、権藤さんはその存在に気が付いていたらしい。
……よし、少しカマをかけてみるか。もちろん、2つの意味で、な。
「さて、まずは朱音さん。"例のもの"が必要ってことは、身近な人に治癒が難しい病気、あるいは怪我を抱えている方がおられる、ということでいいか?」
「……はい、その通りです」
少し俯き加減に、朱音さんがぽつぽつと語り始めた。
一流の人間は、人の心のパーソナルスペースに入り込むのが上手いといいます。いわゆる"人たらし"というやつですね。本当に羨ましい限りです。
それにしても、この話は本当はもう少し後まで引っ張るつもりだったのですが……話を考えていく中で、病に倒れた人を救う方法があるのにいつまでも放置するのは良くないな、という考えに至りまして。だいぶ早いですが、伏線を回収することと致しました。
で、後の展開を様々なパターンで考えていたのですが、これで流れは概ね定まりました。




