1−1:【資格マスター】って強いのか?
ダンジョンゲートをくぐってすぐ目の前には、まるで洞窟の中のような光景が広がっていた。ゴツゴツとした岩肌、やや凹凸のある地面、ひんやりとした空気……この身で体験していなければ、ダンジョンバリケードから一息で来られる場所とは思えないほどの異様な光景だ。
ダンジョンゲートの前は広場になっていて、そこから3方向に細い道が延びている。モンスターらしき存在の姿は無く、だだっ広い空間に俺1人だけがポツンと立っている状況だった。
「……【資格マスター】?」
そんなダンジョンゲートのすぐ前で、脳内に響いた機械的な音声――今後は"システムアナウンス"とでも呼ぼうかな――の言葉を反芻する。
俺は、ギフトとして【資格マスター】なるものを得たらしい。そのギフト名から推測するに、俺が持っている資格に応じて何かしらの効果を発揮するのだと思うが……具体的には、どういう効果を持っているんだろうか?
そう考えていたら、なにやら脳裏に【資格マスター】の効果説明が浮かんできた。
☆
・"資格"とは、日本国が定める国家資格のみを指す。民間資格は含まれない
・任意の資格を1つだけセット可能で、その資格に応じた効果が発揮される
・取得していない資格を選んでセットすることも可能だが、【資格マスター】本人または【資格マスター】が所属するパーティメンバーの誰かが所持している資格をセットした場合は、効果使用時の各種消耗度合いが大幅に軽減される
・一度セットした資格は、セットしてから24時間が経過しないと別の資格に入れ替えることができない
・ギフトが成長すると、同時にセット可能な資格の数が増える
・セットした資格の効果を使い込むと成長し、効果が強化される
☆
脳裏に浮かんだ内容をまとめると、大体こんな感じだ。
「……へえ」
国家資格が俺の力になるってことか、なんとも面白い効果だな。で、俺かパーティメンバーが持っている資格をセットすれば、効果を発揮するにあたってMP的なリソースをあまり消耗しなくて済む、と。
普通に考えれば、取得が難しい資格ほど高い効果を持ってそうだ。一級建築士とか弁護士とか強そうだよな……まあ、あんな難しい資格、取れる気が全くしないけどな。それに、そんな資格を持ってるなら探索者なんぞをするよりも、資格を活かして普通に仕事した方がよほど安全かつ高給取りになれそうだ。
……まあ、無いものねだりしても仕方ない。パーティメンバーに誘えそうな人のアテもないし、俺の手持ちの資格で勝負するしかないか。
ちなみに、現時点で俺が持っている資格は……。
・第二種電気工事士
・基本情報技術者
この2つだ。どちらも俺が大学在学中に取った資格だが、それほど難易度の高い資格ではなかった (第二種電気工事士は筆記試験と技能試験の2つがあり、実技を含むので少し面倒だったが。実技については大学で練習させてもらえたので、準備万端の状態で取ることができた)。
あぁ、あと自動車運転免許も入るか。あれも道交法かなんかに定められた国家資格だもんな。まあ、何の変哲もない準中型5トン未満、オートマ限定のやつだけど。あまり強い効果は見込めなさそうだな。
さて、2つのうちどちらを【資格マスター】に付けるのがいいのか……ん? ああ、付けた時の効果を事前確認できるのか。これはありがたいな。
☆
資格名:第二種電気工事士
効果:【雷魔法】スキルを使用可能 雷属性攻撃のダメージを無効化
資格名:基本情報技術者
効果:【光魔法】スキルを使用可能 光属性攻撃のダメージを無効化
☆
ステータスウィンドウ風に表現すれば、大体こんな感じだな。これを見た限りでは、【資格マスター】はカウンターの女性が予想した通りに魔法系のギフトのようだ。
「で、【雷魔法】か【光魔法】のどちらかを選べるのか」
俺のイメージとして、【光魔法】より【雷魔法】の方が威力は高そうだ。ただ、【光魔法】は回復魔法が使えそうなので、安定感は【光魔法】の方が優れていそうだ。さて、どちらにするか……。
「……よし、【光魔法】にしておくか」
もし回復魔法が使えるのであれば、いざという時の備えにもなる。セットするのは基本情報技術者の方にしておこう。
☆
セット:基本情報技術者
☆
【資格マスター】に基本情報技術者がセットされた。これで【光魔法】が使えるようになっているはずだが……。
「ん? 試すのにちょうど良さそうな相手が出てきたな」
――ズズッ、ズズッ、ズズッ……
3方向に延びる道のうち、俺から見て左の道から青っぽいゲル状生物が這い出てきた。記念すべき、モンスターとの初遭遇だ。
あのモンスターは、確かパンフレットに挿絵付きで紹介されてたはず。名前は……そう、見たまんま"ブルースライム"だったはずだ。
――ズズッ、ズズッ、ズズッ……
ブルースライムはダンジョンの全ての階層に出現するとされるモンスターで、モンスターの中でも最弱の存在だ。更に常時ノンアクティブ状態なので、あちらから襲ってくることは決して無いとのことだ。
ただし、弱くともモンスターなので危険ではある。青っぽい体は強酸性を帯びていて、直接攻撃をすると武器がすぐに傷んでしまうそうだ。当然、ブルースライムに直接触れたりなんかすれば……即座に皮膚が灼け爛れてしまうだろうな。
それでいて得られるものが少ないので、前衛職は交戦を避けるのが基本らしい。
「まあ、俺は魔法攻撃が主体だから関係無いけどな」
遠くから魔法で狙い撃てば、強酸性の体も全く脅威ではなくなる。向こうから襲ってこないのであれば尚更だ。
加えてブルースライムに属性耐性は全く無く、HPも少ないのかどんな攻撃でも一撃で倒せるらしい。見ての通り動きも鈍いので、魔法試射の的として最適なのだとか。
そんな情報を基に、ブルースライムに杖を向けて狙いを定める。距離は大体10メートルくらいだが、人間の頭程度の大きさを持つブルースライムにちゃんと魔法を当てられるだろうか。
「……魔法はイメージが大事」
これもパンフレットに書いてあったことだ。その解説の通りに、杖の先から光の弾が飛んでブルースライムを撃ち抜く光景を想像する。
……よし、イメージは固まった。あとはこの魔法に名前を付ける必要がある。魔法名を言わないと、なぜか魔法が発動しないらしいからな。
さて、どんな名前がいいかな……と悩む必要も無いか。シンプルなのが一番だし、ここは"ライトバレット"とでもしておこう。
生まれて初めての魔法行使、年甲斐も無くなんだかワクワクするな。
「……"ライトバレット"」
魔法名を唱えると、杖の先に拳大の白い光弾が生まれる。ここまでは、おおむねイメージ通りだ。
少し違うのは、光弾が思ったよりも大きいことか。初めての魔法、少し力んでしまったか……まあいいや、次にうまくやればいい。
「飛んでいけ!」
――ヒュッ!
杖を縦に一振りすると、光弾がブルースライムに向けて一直線に飛んでいき――
――ジュウゥッ!
熱したフライパンに水を垂らした時のような音と共に、光弾がブルースライムの体を深く抉る。体の約半分を消し飛ばされたブルースライムは、ゲル状の体を維持できなくなったようで……そのまま、地面へ溶けるようにして消えていった。
「よし、初討伐完了だ」
記念すべきモンスター初討伐を、しっかりと一撃で終えることができた。正中を狙ったつもりが、少し狙いが逸れてしまったが……まあ、初めてならこんなものだろう。おいおい練習していけばいい。
「……あれ、なんか落ちてるな?」
ブルースライムが消えた辺りをなんとなく見てみると、小さくて透明な珠が落ちていた。遠目にはただのビー玉のように見えるが、パンフレットによるとあれがブルースライムのドロップ品らしい。
……ダンジョンでモンスターを倒すと、どのモンスターもドロップアイテムだけを残して消えてしまうそうだ。ダンジョン七不思議の1つとして認識されているが、なぜそうなってしまうのかは未だ解明されていないらしい。
ん? 他の6つの不思議が何かって? 提唱者曰く、七不思議全てを並べると
①ドロップアイテムを残して消えるモンスターの謎
②洞窟、平原、砂漠とダンジョン内の環境が階層ごとに大きく変わっていく謎
③前触れ無く現れる宝箱の謎
④きっちり10階層毎に現れるボスモンスターの謎
⑤通常種を大きく超える強さを持つ、特殊モンスターの謎
⑥人類未到達のダンジョン最深部の謎
⑦現代ダンジョンという存在そのものの謎
となるそうだ。正直、⑦は言ったらおしまいだと思うのだが……それ以外を見ると、ダンジョンがどういう場所なのかが朧げながら見えてくる (なお、提唱者は海外の超一流探索者らしい。海外の国はダンジョン開放が早かったので、日本の一般探索者とは比べ物にならない強さを持つ人もいる)。閑話休題。
ちなみに、このビー玉のような物体は"魔石"といい、どのモンスターからも100%必ずドロップする。ブルースライムのそれは買取価格がかなり安いらしいが、ポケットに忘れずにしまっておこう。
……なお、なぜ魔石に買取価格が設定されているのか、についてだが。なんと魔石は、エネルギー源としてそのまま使えるのだ。
俺も専門ではないので詳しくは分からないが、そのままの状態で火力発電所の燃料として投入でき、しかも二酸化炭素などが一切発生しないらしい。究極のクリーンエネルギーとして、魔石発電は世界の注目を集めているんだそうだ。
そして、魔石はその種類ごとに生み出せるエネルギー量が決まっており、それに比例して値段も決められている。色鮮やかでかつ大きい魔石ほど、エネルギーが多く含まれているらしい。
つまり、小さくて色も薄いブルースライムの魔石は、小さなエネルギー量しか持たないということだ。これ、1つ10円で買い取ってくれるらしいが……う◯い棒も買えねえよ、そりゃ前衛職は戦うのを嫌がるわな。ブルースライムは魔石以外のドロップ品が無いらしいので、武器が傷んだ挙句にリターンが10円では大赤字間違い無しだ。
――ズズッ、ズズッ……
――ズズッ、ズズッ……
「……おっと、向こうにもブルースライムか」
右の道の先から、追加で2体のブルースライムの姿が這い出てきた。どのダンジョンも第1層はブルースライムしか出ないらしいが、ドロップ品売却額の期待値が10円しかないモンスターをいくら倒しても、懐は全然暖かくならない。
次の階層を目指した方がいいだろうか。1つ下の第2層からはブラックバット・ホーンラビットという2種類のモンスターが出てくるそうだが、魔石の買取価格が100円へと一気に上昇し、魔石以外のドロップ品も期待できるという。ただ、2種ともアクティブモンスターなので、こちらの存在を認識すると積極的に襲い掛かってくるそうだ。
このまま第1層でダンジョンに慣れるか、第2層に潜って稼いでみるか……って、ちょっと待てよ?
「そもそも俺、下り階段がどこにあるか分かんないな」
第2層に行くためには、第1層のどこかにある下り階段を探す必要がある。で、その下り階段がどこにあるのか、全く知らないまま俺はダンジョンに入っていた。うん、ダサいな俺。
まあ、なんだかんだで貯金もあるし、金銭的にすぐ困ることはない。今日はダンジョンへの慣れと魔法習熟の日と割り切って、下り階段を探しがてらブルースライムをひたすら狩ってみるのも良さそうだ。
「………」
そうと決まれば、まずは目線の先にいるブルースライム共を仕留める。同じ魔法というのも芸が無いので、今回は違うパターンを試してみるか。
光と言えば、やはりレーザーだな。増幅したレーザー光は、鉄板すら焼き切るほどの熱量を帯びるそうだ。
その熱量を、ブルースライム2体を薙ぎ払うようにぶつけるイメージで放つ。魔法名は――
「――"ルビーレーザー"」
熱量を強く意識したせいか、杖の先から一筋の赤いレーザーが放たれる。レーザー光は左にいたブルースライムをあっさりと貫き、そのまま右に動いて2体目のブルースライムを焼き切る。その一撃で、ブルースライムは2体とも一瞬で蒸発してしまった。
2体のブルースライムを倒したところで、レーザーを止める。相当な熱量だったのだろう、ダンジョンの床に一筋の黒い跡が残っていた。ライトバレットと比べると、ルビーレーザーの方が威力も攻撃範囲も圧倒的に上っぽいな。
おっと、忘れてはいけない戦利品確認。ブルースライムを仕留めた後には魔石が2つと……あれ? なんかもう1つあるな。
「巻物……?」
羊皮紙を巻いて紐でくくった感じの物が、床にポツンと落ちていた。
2024.11.29 改稿版投稿しました
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。