2−22:激闘、第二次モンスターパレード(前編)
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。ゴミは回収するぞ」
「あ、じゃあお願いするわ」
2人ともカップ麺を食べきり、ゴミや器具はしっかりと回収する。ブルースライムは……近くにはいないな。ブラックバットがガツガツと階層境界にぶつかってきているが、それ以外にモンスターはいなさそうだ。
「"アイテムボックス・収納"」
ゴミは一旦アイテムボックスに入れる。次にブルースライムと出くわした時にでも、溶解処理してもらうとしよう。
ここからしばらくは休憩タイムだ。今の時刻は午後0時37分だが、特に時間は定めずゆっくりしようと思っている。
「キィッ! キィッ!」
---ゴッ! ゴッ!
「………」
ふと、階層境界に阻まれてバタつくブラックバットを見る。地味にうるさくて気になるが……これ、ここから攻撃できるのだろうか?
「……"ライトバレット・スナイプ"」
試しに、ブラックバットを魔法で撃ってみる。光の弾丸はブラックバットへ向けて一直線に飛んでいき---。
---パチン!
「キィ? キィッ!」
ブラックバットに当たって弾け、情けない音を立てて霧散した。もちろん、ブラックバットには全くダメージを与えられていない。
「……なるほどな」
攻撃自体は、確かに階層境界を越えた。しかし、階層を跨いでの攻撃はダメージが入らなくなるようだ。
……まあ、そりゃ当然だよな。この攻撃がもし通るのであれば、第4層のモンスターを階層境界までおびき寄せてからチクチク攻撃すれば余裕で倒せてしまう。仮に圧倒的格上のモンスターが出てきたとして、無傷で勝利するのも容易いだろう。そんなイージーモードを許すほど、ダンジョンは甘くないようだ。
「ねえ、恩田さん。それって近接攻撃もダメなのかしら?」
俺の行動を見ていた朱音さんが、ソードスピアを持ってスッと立ち上がる。確かに、それは試しておく必要がありそうだ。
「やってみないと分からないな。ちょうどブラックバットもいることだし、試してみようか」
「ええ」
朱音さんが階段を10段ほど戻り、未だにこちらへ向けて攻撃しようとするブラックバットを、ソードスピアで勢い良く突く。
---キン!
「キッ!? キィィィィィ!!」
攻撃が当たると同時に、なんとも間の抜けた軽い音が響く。弾かれたりはしなかったものの、階層を跨いだ朱音さんの攻撃はブラックバットにかすり傷の1つも与えられなかったようだ。
2度もダメージの無い攻撃を受け、怒ったブラックバットが更に激しく階層境界を叩く。こちらもこちらで、攻撃が通ることは決して無いのだが。
「……うーん、ダメみたいね」
1回で攻撃をやめ、朱音さんが元の場所まで戻ってくる。
「近接でも遠距離でも、階層を跨いで攻撃することはできないってことね」
「さすがに、バグを疑うレベルで簡単になりすぎるからな。……まあ、それならそれで試してみたいことはあるが」
例えば第4層に魔法トラップを仕掛けた後で第3層に退避し、それから第4層の魔法トラップが起動したらどうなるのか、とか。体の一部、それこそ小指の先だけが第3層側に入っている状態で、第3層のモンスターを攻撃したらどうなるのか、とか。気になるパターンはたくさんある。
……今度時間をとって、じっくり検証した方が良さそうだな。今やったら泥沼にハマってしまいそうだ。
「……時間がかかりそうだから、色々試すのはまた今度にしようか」
「そうね。今は第4層の攻略に集中しましょう」
そのためにも、とりあえず今は休憩することに専念する。第4層の戦いは確実に過酷なものとなるので、せめて体調は万全の状態にしておきたいのだ。
……とはいえ、魔力はあまり減っていない。全エリア探索済の第3層ではビューマッピングを使う機会が無かったし、戦いはダークネスをフラッシュで代用したので魔力消費量は格段に少なかった。自然回復分も合わせれば、魔力残量は90%以上ある。
あと、不思議と体力の消耗も少ない。モンスターを警戒しながらあれだけ歩いて戦って、それでもほとんど疲労感が無いのだ。装備品の中に、体力の自然回復速度を増す効果があるものでも含まれてるのかもしれないな。
◇
「……よし、完璧ね」
「おっ、バッチリか?」
「ええ、いつでもいけるわ」
今の時刻は、午後1時15分。俺も朱音さんも体調が万全となり、いよいよ第4層にアタックする時がきた。
「それじゃ、作戦の確認だけど……朱音さんは初見だから、今回は安全最優先でいこうと思う」
「あら、恩田さんっていつも安全重視じゃなかったかしら?」
「"安全最優先"と"安全重視"は、似て非なる概念なのですぞ朱音さんや」
「いやいや、突然なによその口調!?」
……まあ、細かいことは今は良いか。後で何が違うのか、滔々と語らせてもらうとしよう。
「まあ、それは置いといて、と」
「え〜、自分から振っておいて……」
「それは置いといて、と」
ジト目の朱音さんをスルーして、話を先に進める。第4層に突入後は、2人で動きを合わせる必要があるからだ。
「まず、第4層に降りる前にバフとエンチャントを済ませる。第4層に降りてモンスターに見つかったら、すぐにダークネスを唱えて階層境界近くまで戻る」
「ええ」
「ブラックバットだけがダークネスを抜けてくるから、遠距離攻撃で片っ端から撃ち落とす。3分くらいでダークネスが消えてホーンラビットとゴブリンが大挙してやってくるから、それまでに再バフや再エンチャントを済ませて迎え撃つ。ヤバいと思ったらすぐ第3層に逃げる。ドロップアイテムはモンスターを全滅させるまで無視だ」
正直、作戦と呼べるものはあまり無い。ダークネスの使用と階段への撤退、危険だと判断した時の第3層への逃走くらいはギリギリ作戦と呼べなくもないが。残りはほぼ出たとこ勝負になる。
……第3層といえば、あのブラックバットどこかに行ったな。その辺に潜んでいるのだろうか、第3層に行った時は注意しなければな。
「あと、右手を大きく上げて"目を閉じろ!"と叫んだらフラッシュを撃つから注意して欲しい」
「分かったわ」
今回使うかは不明だが、フラッシュを放つ時のやり取りも打ち合わせておく。仮に今は使わなくても、朱音さんと一緒にダンジョン探索を進めていく中で使う機会は今後出てくるだろう。
「その方針だと、私は前に出ない方がいいかしら? 恩田さんと横並びで飛刃とか飛突を撃った方がいい?」
「そうしてもらえると、俺としてもありがたいな」
ダンジョンに来るまでは、朱音さんには俺の魔力が切れた時のバックアップをお願いするつもりだった。【魔槍士】の効果を考えると、今の状態で大群相手は少し荷が重いと考えていたからだ。
しかし、今日の朱音さんを見て考えが変わった。飛刃や飛突といった武技が使えるようになり、武器にエンチャントすれば更に強力な技をローコストで使うことができる。第4層でも、遠距離攻撃要員として十分な力を発揮できるだろう。
……とまあ色々考えてはみたものの、朱音さんは第4層初挑戦だ。初見ゆえ無理はせず、厳しい時はすぐに第3層へ撤退しよう。
「他に何か気になることはあるか?」
「特には無いわ」
よし、これで第4層攻略に向けた打ち合わせは終わりだ。あとは、それを実行に移すのみ。
「さて、付与魔法を使うぞ。"プロテクション・ツイン"、"パワーゲイン"、"エンチャント・ウインド"、"エンチャント・シャイン"」
朱音さんと俺に守りのバフを、朱音さんにのみ力が増すバフと風属性の武器エンチャントを、そして俺の武器には光属性のエンチャントをかける。敏捷性アップのクイックネスは、速度を制御しきれなくなる可能性があったので今回は使わないことにした。
「さあ、いくぞ」
「……ええ」
緊張の面持ちで、朱音さんが俺の後に続く。チラリと朱音さんの様子を見た時は、ソードスピアと盾を持つ手が微かに震えていた。
……やがて、階段の終わりが見えてくる。心なしか、ヒンヤリとした空気が第4層から上がってきているような……そんな気がした。
「……いくぞ。1、2の……3!」
「はっ!」
---スタァァン!
思い切り床を踏みしめた足音が大部屋に響き渡り、大量の視線がこちらを向く。ゴブリン、ホーンラビット、ブラックバット……ブルースライムだけは相変わらず明後日の方向を向いているが、ざっと200体は下らない数のモンスター達の視線が、俺達を射抜いた。
「……ひっ!?」
初見の朱音さんが、少しだけ狼狽える。2回目の俺でも、これはやはり怖い。
「いくぞ、"ダークネス"! 朱音さん、走れ!」
「え、ええ!」
ダークネスの煙幕を張り、朱音さんの手を引いて速攻で階段を駆け上がる。後ろで小さくギィギィ、ギャアギャアと騒ぐ声がするが、そちらはホーンラビットとゴブリンのものだろう。
「「「「キィィッ!!」」」」
鼓膜に響く甲高い鳴き声を上げているのは、ダークネスをものともしないブラックバット達だ。危ないので後ろを振り向けないが、オートセンシングの反応からして最低60体は迫ってきているらしい。
そうしてしばらくブラックバットから逃げ続け、さっき休憩していた場所まで戻ってくる。
杖を構えて後ろを振り向くと、視界が結構な割合で黒く染まっていた。やはり相当な数のブラックバットが迫ってきているようだ。
「朱音さん、準備はいいな!?」
「ええ!?」
間隔を空けて2人で並び、すぐに攻撃準備に入る。
ブラックバットが有効射程に……入った!
「"ライトショットガン・ダブル"!」
「"飛刃・擾乱"!」
ほぼ同時に攻撃を放つ。俺は無難に光の散弾2倍増しを選択したが、朱音さんは何やら新技を持ち出してきたようで、振り抜かれたソードスピアから回転する飛刃が飛び出してきた。
「「「「キィッ!?」」」」
---ゴゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!
「「「「キィィィィッ!?」」」」
弾速の早いライトショットガンが先に着弾し、10体ほどのブラックバットを魔石化させる。他にも6体ほど、翼が傷付いて地面に落ちていくのが見えた。光属性エンチャントの効果は確かに出ているらしい。
……だが、後追いの飛刃は更に強烈だった。回転する刃に巻き込まれたブラックバットが6体ほど木っ端微塵になり、直撃しなかった個体も翼や胴体を真空波で斬られて6体が魔石化、15体くらいが傷付いて地面に叩き落とされた。
たったの2撃で、40体以上のブラックバットを戦闘不能に陥らせることができた。これだけ落とせば、さすがに黒色の密度もだいぶ低くなる。
そして、副次的な効果もあった。目の前で多くの仲間を撃ち落とされたせいか、残ったブラックバット達はこちらに攻めてくるでもなく、逃げるでもなくその場でオロオロと飛んでいる。戦いの場で混乱した姿を晒すという、最もやってはいけない愚行を冒していた。
「あら、1発でエンチャントが切れちゃったわ」
「そりゃ、あの威力でコストほぼ無しだからな……"ライトショットガン・ダブル"!」
「「「「キィイィッ!?」」」」
「援護するわ、"飛刃"! "飛刃"! "飛刃"!」
「キッ!?」「キィッ!?」「キイィッ!?」
ここまでこれば、残りは消化試合のようなものだ。動きが少なくなったブラックバット達を順番に撃ち落とし、地面でもがいているブラックバットは丁寧にトドメを刺していく。
戦闘開始から1分ほどで、全てのブラックバットを倒しきることができた。オートセンシングでも反応を見るが、もうブラックバットはこの場にはいない。
「さあ、次はホーンラビット・ゴブリン混成軍との戦いだ。俺のエンチャントとバフは切れてないが……一応、どちらもかけ直しておくな」
「ええ、お願い」
最初と同じく、守りと力のバフ、風と光の武器エンチャントを行う。ついでに、昨日と同じ設置型の魔法トラップを仕掛けにいく。
「……これでよしっと。どうやら間に合ったみたいだな」
「………」
ブラックバット撃破から3分ほど経ったところで、階段の遥か下から無数の足音が聞こえてきた。ダークネスの効果が切れ、ゴブリンとホーンラビットが攻め上がってきたのだろう。
「さあ、次はホーンラビットとゴブリンだ。頼んだぞ、朱音さん!」
「……ええ!」
2人で並び、武器を構えて階段下を睨む。敵の大群は、もうすぐそこまで迫ってきていた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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