2−21:風は舞い飛び、巳の如く敵を喰らう
「……おっ、部屋に着いたな」
通路を歩くこと、およそ10分。ホーンラビット2体、ブラックバット3体を倒したところで、あの岩だらけの大部屋へと辿り着いた。
部屋の中には立ち入らず、まずは通路から様子を窺う。
「……なるほどね、確かにゴブリンが待ち伏せしてるわ。岩影からちょくちょくこちらを覗き込んでるし」
「ああ。多分だが、近付くと攻撃を仕掛けてくるだろうな」
この部屋のゴブリンは、岩影に隠れてほとんど姿を見せてこない。ゆえに数が分かりにくく、敵がいない岩影にもいちいち警戒しなければならなくなる。また岩が盾になってしまい、部屋に入る前に敵を仕留めるという方法も取りにくい。
さて、この状況で朱音さんはどうするのだろうか。岩を壊せるか試す、と言っていたが……。
「ちょっと数が多いわね、壊すのは無駄が多そうだわ。そこで恩田さん、1つお願いがあるんだけど……」
「ん、なんだ?」
お願いとな?
「【資格マスター】の2級着付け技能士の効果って、確か付与魔法だったわよね?」
「え、2級着付け技能士……?」
「あれ、もう忘れたの? 私が持ってる資格よ?」
朱音さんの資格……2級着付け技能士……あ。
「あ、ああ! そうだった!」
一昨日、写真で見せてくれたアレか! 確かに一度見たはずなのに、大変失礼ながら今の今まですっかり忘れてしまっていた。
改めて、【資格マスター】で2級着付け技能士を検索する……。
☆
資格名:2級着付け技能士
効果:付与魔法を使用可能 任意の属性ダメージを半減する(1時間経過後に再設定可能)
☆
「確かに、付与魔法で合ってるよ。付けるからちょっと待ってな……」
今の【資格マスター】の枠は、①基本情報技術者、②第三級陸上特殊無線技士、③第二種電気工事士、となっている。一昨日の検証から三陸特を付けっぱなしだったから、それを付け替えればいけそうだ。
……ったく、なんでこんな大事なことを忘れるかなぁ、俺。
☆
セット:2級着付け技能士
枠1:基本情報技術者
枠2:2級着付け技能士
枠3:第二種電気工事士
☆
……こうやって見ると、なんとも不思議な並びだな。ゴリッゴリの理系資格の間に、日本古来の伝統に関連する資格が挟まれてるってのは。
そして、これで付与魔法を使えるようになった。朱音さんがいるので【資格マスター】の効果が適用される。任意の属性ダメージを半減する効果は……まあ、適当に火属性を指定しておくか。
さて、付与魔法で一体何ができるのか。早速試してみるか。
「"プロテクション"」
まずはシンプルに、魔力障壁で人を包み込むようなイメージで魔法を唱える。いわゆるバフ魔法で、対象はとりあえず自分とした。
白い光の膜のようなものが俺の全身を包み込み、淡く光り始めた。
「どう、恩田さん? 何か変わったところはある?」
「重さも抵抗感も何も感じないな。これ、本当に効いてるのか……?」
……お試しで使うには相応しくなかったな。よし、ならばこれはどうだ?
「"クイックネス"」
足を速くするイメージで、やはり自分に向けて魔法を唱える。
今度は緑色の光が足に集まり、明らかに体が軽くなった。
---ヒュッ!
「おっ、おっ、おおっ!?」
---キキィィィィィィ!!
試しに一歩を踏み出し、そのあまりの軽やかさについ調子に乗ってしまった。軽い駆け足のつもりがチーターもびっくりの勢いで急加速し、危うく壁に激突しかけてしまった。
「……いやいや、ちょっと効き過ぎたな」
「………」
慎重に、元いた位置まで歩いて戻ってくる。朱音さんのジト目が刺さって痛い……。
な、なにはともあれ、これで効果の検証は成った。少なくともクイックネスは効力十分、魔力消費量もライトショットガン・ダブルとほぼ変わらない。おそらくは、他のバフ系魔法もそれほど変わらないだろう。
「それで、本題なんだが……朱音さんはどんな付与魔法をお望みで?」
「……そうね」
自らの武器を見て、大部屋を見て、小さく頷いてから俺を見た。
「風を武器に纏わせるエンチャントって、付与魔法でできる?」
「風か?」
風、風……問題無さそうだ。"付与"という目的にさえ沿えば、付与魔法は属性に縛られることは無いらしい。
早速、朱音さんの武器を対象に魔法を唱える。
「"エンチャント・ウインド"」
効果は一瞬で現れる。朱音さんの武器に、まさに"荒れ狂う暴風"とでも称すべき激しい風が纏わりつく。朱音さんのショートの髪がはためく程に、その風は強烈だった。
しかし、当の朱音さんは涼しげな表情だ。
「うん、予想以上ね。これならいけるわ、恩田さん」
それだけ言うと、朱音さんは大部屋の方へと振り向く。そうして、暴風を纏ったソードスピア(名前を付けにくかったので、仮でそう呼ぶことにした)を大きく振りかぶった。
「"飛刃・風蛇"!」
ソードスピアを一振りすると、少し大きめの飛刃が飛んで……えっ!?
---ゴッ!
---ブワゥッ!
「ゲブッ!?」
なんと、岩にぶち当たった飛刃の軌道が変わり、岩を削りながら這うように岩影へと回り込んでいく。直後にゴブリンが、ズタズタになりながら岩影から吹き飛ばされて出てきた。
傷だらけのゴブリンはすぐに光の粒子へと変わり、魔石をドロップして消えていった。
そして、攻撃はまだ終わらない。
---ゴウゥッ!
「ゲギャアッ!?」
---グオォッ!
「グギッ!?」
右へ左へクネクネと、岩に当たっては這いずるように岩影へと潜り込んでいく。まるで獲物へと執念深く喰らいつく蛇のように、ゴブリン達が暴風に次々と飲み込まれていく。
「"飛刃・双蛇"!」
もう一振り、朱音さんが振るうソードスピアから暴風が生み出される。暴風は1つ目のそれとは違う方向へと飛び、同じように岩影のゴブリンを喰らい始めた。
気付けば、エンチャントした風はソードスピアからすっかりと消え失せていた。規模は小さいが、どうやら相当な力を込めていたようだ。
---ゴッ!
「ギアァッ!?」
---グオッ!
「ギャアァッ!?」
2体の風蛇が大部屋を這い回り、ゴブリン共に横から喰らいつく。断末魔の叫びが何度も大部屋に響き渡り、その度にゴブリンの魔石が岩影から外へとぶちまけられた。
……そうして、5分ほど風蛇が暴れ回った後。獲物を存分に喰らい尽くした風蛇は、満足したかのように2体とも消えていった。
「うまくいったわ。今度は武器も私も無事よ」
傷の無いピカピカなソードスピアを見せながら、朱音さんがニコニコと俺を見てくる。
……び、美人の笑顔は破壊力が高いな。
「……と、とりあえずドロップアイテムを拾って回ろうか。一応かけとくよ、"プロテクション"」
「ええ、ありがとう♪」
何とか再起動を果たし、大部屋中に散らばったドロップアイテムを朱音さんと協力して回収して回る。一応は討ち漏らしを警戒して、朱音さんにもプロテクションを唱えたが……多分、ゴブリンはもう大部屋にはいないだろうな。
◇
結局討ち漏らしのゴブリンはおらず、無事にドロップアイテムを集めきった。ゴブリンの魔石を21個、武器珠ランク2を1個、装飾珠ランク1を1個拾い、全てアイテムボックス内に収めている。
それからは大部屋を出て、第4層への下り階段までの道を歩く。その距離はとても短く、特にモンスターと出くわさないまま階段に辿り着いた。
「さて、ここで休憩にするか」
時刻は午後0時12分、予定より早めの到着だった。階段を15段ほど降り、適当にステップへと腰掛ける。
「"アイテムボックス・取出"」
そうして、アイテムボックスからポータブル電源と電気ポット、ミネラルウォーターを取り出す。お湯を作るのに時間がかかるので、これだけ先にセットしておくことにした。
「へえ〜、こんなの用意してたのね」
「まあ、今は水しか飲み物用意してないけどな……あっ、そういえばコップ持ってくるの忘れてた」
昨日はペットボトルからそのまま水を飲んでいたが、今日は朱音さんがいる手前、さすがにちょっとはしたない。
……そう思っていたのだが。
「あら、そのまま飲むからいいわよ。何リットル?」
「全部2リットル。今出すよ、"アイテムボックス・取出"」
電気ポットを仕掛けつつ2リットルペットボトルを追加で2つ取り出し、1つを朱音さんに渡す。そのズシリとした重みに、朱音さんの顔が綻んだ。
「そうそう、この大きさがちょうど良いのよね♪」
蓋を開け、朱音さんが一気に水を飲む。あっという間に中身が半分くらいまで減った。
……随分と豪快だよなぁ。朱音さんという人がどんな人なのか、ちょっと分からなくなってきたよ。
俺は最初、朱音さんは名家のお嬢様的な人だと思っていた。2級着付け技能士という特殊な資格に、自然な様子で出てくる敬語。よく見ると背筋がピンと伸びてすごく姿勢が良いし、顔立ちも日本的な意味で物凄く整っている。
でも、所々豪快で行動的な部分があるし、そもそも探索者になろうという時点で深窓の令嬢がやる事じゃない。槍を扱い慣れているような節が、最初からあったのも不思議だ……まあ、これはギフトの効果もあるのかもしれないが。
それらがあって、朱音さんは"育ちの良い女傑"という、どっち付かずのよく分からない評になってしまう。良い人なのは間違い無いのだが……。
「あら、私の顔に何か付いてる?」
「ああいや、何でもない。ところで、朱音さんはどっち食べる?」
いかんいかん、つい朱音さんの顔をガン見してしまった。さっきミネラルウォーターと一緒に出しておいたカップ麺(醤油味)とカップ麺 (そば)を並べて誤魔化しておく。
……そういえば、アレルギーのこと全く気にしてなかった。聞いておくべきだったかなぁ。
「うーんと……こっちで」
そう言って朱音さんが渡してきたのは、そばの方だった。良かった、とりあえずそばアレルギーについては問題無さそうだ。
だけど、今の内にちゃんと聞いておいた方がいいか。
「なあ、今更だけど朱音さんってアレルギー大丈夫?」
「うーんと、特に無いわ」
「マジか……」
朱音さん、強いな。俺はスギ花粉がちょっとな……そこまで酷いわけではないが、目がしょぼしょぼして瞬きの回数が増えてしまう。2月でも暖かい日は、そろそろスギ花粉が飛び始めるからな……ちょい辛い季節が、もうすぐやってくる。
---カチッ!
「おっと、お湯が沸いたな」
カップ麺から袋を取り出し、それぞれにお湯を注ぐ。ちょうど2杯分入れて、ポットの中は空になった。リュックから箸を2膳取り出し、それぞれのカップ麺の上に置く。
ちなみに、お箸はリュックに常に入れて携帯している。高校の頃、弁当箱を持ってきたはいいが箸が無いのに気付き、手掴みで食べる羽目になったことがあった。それ以来、出かける時は常に割り箸を持っている……ただ、最近ちょっとやり過ぎかな、とは思ってきた。
同じ理由で、緊急用の現金をスマホケースのポケットに入れたりもしている。たった2000円ぽっちだが、これが緊急時にとても役立つのだ。電子決済が主流になった今だからこそ、万が一の時の現金は常に持っていた方が良いと俺は考えている。
閑話休題。
「では、いただきます」
「いただきます」
3分ほど待ってから2人で手を合わせ、カップ麺を食べる。
……横目でチラリと見たが、やっぱり朱音さん箸の使い方がすごく上手いよなぁ。あえて聞いたりはしないが、やはり上流階級的な立場の人なのかもしれないな。
読者の皆様におかれましては、いつも本小説をお読みくださいまして、誠にありがとうございます。
本小説は私の想像を遥か飛び越え、7000名を超える方々にブックマークして頂きました。ご評価総計も20000Ptを既に超え、PV数も100万を超えました。それに見合うものを書かねばと、身の引き締まる思いで日々を過ごしております。
……なお、ここからは作者の個人的な思いの部分になります。読み飛ばして頂いても構いません。
主人公の恩田は、決して優秀な人間ではありません。色んなことを忘れたり、調子にのって失敗したり、必要以上に安全マージンを取りたがったり……知らずにそれで損をすることも多い、残念な人です。常に最適解を出せる人ではないのです。
ですが、それこそが人間だと私は考えています。無双無敵、常に色んなことを閃いては、どんな難しいことでもすぐ実現してしまうような天才は本小説には存在しませんし、出すつもりもありません。
壁にぶつかっては、手持ちの方法から取れうる最善を考え実行する。上手くいかなければその原因を考察し、また次の方法を考える。手持ちの方法で足りなければ、時間をかけて手札を揃えていく……そんな平凡な恩田を、今後も書き続けていく所存です。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




