2−16:探索者になって4日目、朱音さんと2度目の探索
日は変わり、翌日の金曜日。
「……さて」
ただいま時刻は午前9時45分、今日も今日とて馬堀駅までやってきた。相変わらず嵯峨嵐山駅までは観光客が結構いたが、馬堀駅の時点ではかなり空いていた。サッカーの試合も今日は無く、時期的に寒くてレジャーができるような季節でもないのでさもありなんといったところか。
ただ、その分静かでとても住みやすいことだろう。観光客が集まれば公共交通機関の負荷が増し、そこに住む人の移動手段が奪われてしまう。また、人の多さに比例して不届き者の人数も多くなり、ゴミをポイ捨てされたり物を壊されたりするなどして更に住みにくくなってしまう。こういう"オーバーツーリズム"と呼ばれる問題に苦しむ京都市民は、決して少なくはない。
亀岡はそういう問題があまり無く、比較的平穏な土地だ。嵯峨野線は若干 (どころではないほど)使いにくいが……。
「朱音さんはもう来てるだろうか」
午前10時集合の約束だったが、同じ列車には乗っていなかった。既に来ているのか、あるいはギリギリに到着する電車に乗ってくるのか。
……そういえば、WINE交換してたっけ。一応飛ばしておくか、"馬堀駅に到着しました"……っと。
さて、さっさとダンジョンバリケードに向かいますかね。
◇
「おっと、待ってましたよ恩田さん」
「おう、もう来てたのか朱音さん。待たせてごめんな」
鋼鉄の扉を開けると、朱音さんはすぐ近くに立っていた。準備万端、俺を待っていたようで、既に完全武装状態であった。
「じゃ、俺もすぐ準備してくるから、ちょっと待っててな」
「ええ、待ってるわ」
あまり朱音さんを待たせる訳にはいかないし、俺もすぐに装備を着けてこよう。
「おや、今日はお二人で探索なのですね、恩田さん、久我さん」
「ええ、今日も夕方くらいの戻りになるかと思います」
「分かりました。どうぞ、お気を付けて」
「ありがとうございます」
受付嬢にあいさつを済ませ、2人で階段へ向かう。その道すがら、朱音さんと今日の探索について軽く打ち合わせることにした。
「詳しくはダンジョン内で話すけど、昨日のうちに色々と進展があったから共有しとくな」
「あ、そうなの?」
ゲートへの階段を下りながら、朱音さんと話す。宝の地図を発見したこと、第4層に行ったこと、階層境界のこと、武器珠ランク2と装飾珠ランク2を入手できたこと、ホーンラビットの角を入手したこと……。
ラッキーバタフライの件については、ここで話せることではないのでまだ秘密だ。
「なるほど、第4層に到達したのね」
「ああ。大変だったよ、大部屋にモンスターが100体以上いてな。一斉に襲いかかってきたんだ」
「えっ、恩田さん大丈夫だったの?」
「そこは、階段に逃げて迎撃作戦だよ。前だけ見てれば良かったから、まだ気楽だったな」
かつてモン◯ンをやってた頃は、2体の大型モンスターを同時に相手取ったりもしたものだ。カメラ外で動くモンスターの挙動を音だけで判断して、攻撃を避けつつもう1体に攻撃をし続ける……なんてこともやってたっけ。疲れるし狩り効率も落ちるから、あまりやりたくなかったけど。
……そういえば、ここ6年近く遊んでないな。今のモン◯ンはどうなっているんだろうか?
「朱音さんはどうする? 試しに第4層、行ってみるか? まっすぐ行っても昼は回るけど」
「……そうね、せっかくだから自分の目で確かめてみたいわね。時間は大丈夫よ、今日は1日空けてあるから」
「了解。あれはメチャクチャ怖いぞ、第3層に逃げてしまえば追ってこられないんだろうけど、それでも怖いものは怖いからな」
モンスターの大群から一斉に視線を向けられた時の、あの恐怖感。とっさにダークネスを放つことができた自分を褒めてやりたい。あれでブラックバットとその他を分断でき、大群を殲滅することができたのだから。
しかし、今日の魔力成長量次第では余裕をもって大群相手に戦えるかもしれない。昨日は相当魔法を使い込んだし、どうなるか楽しみだ。
「そうそう、武器珠と装飾珠はダンジョンに入ってから渡すよ」
「了解よ。ところで、宝の地図の場所って見当ついてる?」
「いや、少なくとも知ってる範囲内に該当する場所は無かった。第2層にまだ行っていない場所はあるけど、元々が宝箱の出ない階層だし可能性は低いだろうな」
「そうなのね。でも一応行ってみる?」
「うーん……そうしようか。今後手に入る宝の地図が、そこを指し示さないとも限らないしな」
第2層の下り階段は既に見つけており、俺自身はマップを埋めることにあまりこだわりは無い。
……だが、宝の地図があるなら話は別だ。第2層の未探索領域を指し示す可能性が僅かでもある以上、マップを埋めておいて損は無いだろう。
「こんなところかな。さて、ちょうどゲートの前まで来たし……」
「じゃあ、私が先に入るわね」
「おう」
朱音さんに続いてゲートをくぐる。グニャグニャとした不思議な感覚の後、すっかり見慣れた第1層の岩壁が目に飛び込んできた。
「じゃ、とりあえず脇道に行きますか」
「ええ」
左の脇道に入っていく。ダンジョンの外にも中にも探索者らしき人の姿は見かけなかったが、用心するに越したことは無い。
……そういえば、あの動画配信者っぽい人達以外に探索者を見たことが無いな。よほど亀岡ダンジョンが不人気なのか? いや、京都市から見れば奈良に行くより遥かに近いはずだが。
あるいは、平日は他の仕事をしていて、休日にだけダンジョンに潜るホリデーエクスプローラーの人が多いのか。昨日のおっちゃんの言葉もあるし、その可能性は高そうだな。
「じゃあ、まずはこれを使ってな」
脇道に入った後、あらかじめリュックに入れておいた武器珠ランク2・装飾珠ランク2を1個ずつ取り出して朱音さんに渡す。ついでに、自分も武器珠ランク2を手に取った。
「うーん、でもいいの? 昨日は私、いなかったのに……」
「構わないよ、【闇魔法】を譲ってもらった分のお礼を兼ねてるから。遠慮せずに貰ってよ」
「……そういうことなら」
朱音さん、まずは武器珠の方に念じ始めたようだ。俺も武器珠を持ち、念じる。
(モンスターと戦うための、更なる力を!)
いつものように武器珠が光り、杖の形に変じつつ右手へ集まっていく。そうして、元々装備していた白玉付きの木の杖が足元に置かれ……右手には、新たに金属製の杖を装備していた。
材質的には、多分他のランク2の装備と同じ金属だろう。そこに謎の幾何学的模様がビッシリと刻まれているが、どことなくダンジョンゲートの模様と似ている気がするな……。
---ブォン!ブォン!
「あ、結構軽いわね。手に馴染むわ」
風切音がしたのでそちらを見ると、朱音さんが大きな槍……正確には、ハルバードのような形状の槍を片手でブンブン振り回していた。槍の柄の長さはやや短めだが、朱音さんの体幹が相当強いのか槍の重量に振り回されている感じは全くしない。
「……えっと、それ本来は両手で持つ槍だよな? なんでそんな軽々と振り回せてるのさ」
「うーん、そうなのよねぇ。ダンジョンの外だと重くてこんなことできないし、やっぱり【魔槍士】のギフトの効果かしら?」
「あ〜、かもしれないな」
槍を持ってると強くなる、つまり身体能力が上がるという効果がダンジョン内でのみ適用されるってことか……あれ?
そういえば俺、ダンジョン外でも【空間魔法】やら【光魔法】やらを使ってたような……なんだろう、魔法は例外ってことか?
いやいや、自分で考えといてなんだが、そんな訳ないだろう。多分、ダンジョン外ではギフトやスキルの効果が格段に落ちるとか、そういうことなんだと思う。今日帰ったら試してみるか。
ひとしきり素振りをして満足したのか、風切音が止んだ。そのまま朱音さんが槍をしまおうとしたところで。
---ズッ、ズッ……
「ん? おっと、ブルースライムか」
ちょうど、近くにブルースライムがやってきた。相変わらずこちらを認識していないようで、俺達とは違う方向へ這いずっていく。
昨日の核回収が頭をよぎるが、今は魔力を無駄遣いできないし無視安定だな……と、そう思っていたのだが。
なぜか朱音さんがやる気満々だ。ハルバードを構え、ブルースライムをじっと見据えている。
「………」
初日のやらかしは覚えているはずだが……駆け寄って攻撃しないところを見るに、何か考えがあるのだろうか?
少し離れて様子を見ていると、朱音さんが小さく頷いた。
「いける」
ブルースライムから数歩距離を取り、まるで弓を引き絞るかのようにハルバードを引く。
そして、そのまま投擲でもしそうなほどの勢いで鋭く突き出した。
「"飛突"!」
槍を突き出しながら朱音さんがそう叫んだ、次の瞬間。唐突に、ブルースライムの体が半分ほど弾け飛んだ。
「……え?」
正体不明の攻撃を食らい、ブルースライムが苦しそうにのたうち回る。やがて地面へ溶けるようにして消えていき、後には魔石が1つ、ポツンと残った。
……ドラ◯エ風に言えば、いわゆる特技にあたるものだろうか。風属性魔法に見えなくもないが、少し違う気もする。なぜかと問われると返答に窮してしまうが。
「ふふ、うまくいきました」
ハルバードをクルンと頭の上で回し、盾を装備したままの右手を腰に当てて朱音さんがドヤる。俺みたいなのがやると痛い人間にしか見えないが、朱音さんのような美人がやるとサマになるのが……なんだかなぁ。
「今のは、魔法……じゃないよな?」
「ええ、武技というらしいわ。このハルバードを持ったら、なんとなく使えるような気がしたから使ってみたのよ」
「なるほど」
このハルバードに、そういう特殊効果が付いているのかもしれないな。
「で、それが恩田さんの装備? その模様、まさに魔法使い!って感じの杖ね」
「確かにな」
模様が無ければ、近接戦闘用の杖と言われても納得できるくらいにゴツい装備ではあるけどな。
「まあ、俺の方は特に変わったことはないな。魔法を使えば分かるかもしれないが、お金稼ぎも兼ねて第2層で試すよ」
「了解。あ、忘れないうちに装飾珠も使っておくわね」
そう言ってから、朱音さんが装飾珠ランク2に念じる。装飾珠は、金属製のアームガードにその姿を変えた。
「おっと、じゃあ俺も忘れないうちに……"オートセンシング・クアッド"」
昨日の探索で効果を発揮したオートセンシングを、先に使っておく。
「あ、何それ?」
「そういえば言ってなかったっけ。これはまあ、ざっくりと言えば物体の形状とか、動く物体を検知できる魔法……かな?」
「物体……それって、モンスターも?」
「ああ、全方位をカバーできる優れものだよ。昨日の探索で使ってみたが、ブラックバットを完封できたから効果はお墨付きさ」
これのおかげでダークネスとのコンボも成り立ったからな。ライトショットガンと並んで、個人的ナンバーワン魔法と言っても過言ではない。
……そういえば、なんで闇魔法のダークネスと打ち消し合わなかったんだろうな。光と闇、普通に考えれば相殺し合いそうなものだが。魔法同士は干渉しない、というルールでもあるのだろうか?
いや、それだとバリア系魔法が無意味になってしまうな。となると……。
「……ふふ」
「……? おっと、ごめんごめん。ついつい考え込んでたよ」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
視界の端に朱音さんの顔が映り、急いで思考の海から抜け出す。考え込むと若干周りが見えなくなる癖、どうにかしないとなぁ……。
「じゃ、行こうか」
「ええ!」
朱音さんと連れ立って、第2層の階段を目指して歩き始める。
……あ、ラッキーバタフライのこと言うの忘れてた。まあいいや、またチャンスを見計らって言うとしよう。
お気付きでしょうか?
久我朱音は、左利きです。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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