2−15:驚愕の査定額、そして……
「恩田さん、ダンジョン探索お疲れ様です」
「お疲れ様です」
受付嬢と挨拶を交わしてから、換金所にまっすぐ向かう。カウンターには誰もおらず、今日もいつものおっちゃんがいた。
「おっ、あんちゃん今日は夕方帰りかいな。昼飯は食ったんか?」
「ええ、適当なものを持ち込んで食べましたよ」
「がははは、そりゃ結構。探索者は体が資本だでな、ちゃんと食わにゃあな!」
……相変わらず独特な喋り方をする人だ。そして、もう午後3時半だというのに随分と元気な人だな。タフ過ぎだろこの人。
おっと、このままだとドロップアイテムが出せないな。リュックを床に下ろしておこう。
---ドサッ!
「……ほう?」
リュックを置いた時の音が違うことに気付いたのか、おっちゃんの目の色が変わる。
……薄々、そうじゃないかなぁとは思ってたけど。やっぱりこの人……。
「今日はどこまで行ったんだい?」
「第4層までです」
「結構いたんじゃないのかい?」
「ええ、まあ。来たやつは全部倒しましたけど」
そう言ってから、リュックの口を開いて覗き込む。
……やっぱり、内ポケットに入りきってないな。ちゃんと分けたつもりだったが、ポケットから溢れて少し混ざってしまっている。
「ブルースライムの魔石2個、ホーンラビットの魔石59個、ブラックバットの魔石89個、ゴブリンの魔石124……」
「いやいや待て待て、そんなにカウンターに乗らんがな。ちょい待ち」
そう言ってから、おっちゃんが奥に消えていく。確かに、換金所のカウンターちょっと狭いもんな。
しばらくして、おっちゃんが小さな袋を持って戻ってきた。
……え、袋?
「……それ、入るんですか?」
「おう、これは"魔法の袋"とかいう名前の代物だでの。見た目より結構入るし、いくら入れても重さが増えんのよ」
「へえ……」
なんと、そんなアイテムボックスみたいな道具があるのか。相当に貴重な品であるのは間違いない。
金とかダイヤモンドとか、そのレベルの宝箱からでないと手に入らない逸品なのかもしれないな。
「……とはいえ、アシの早い食べ物とかを入れたら腐ってまうけどな。時間停止とか冷蔵保存とか、そういう機能は無いらしいで」
「なるほど」
そこもアイテムボックスと同じか。
……いや、こちらはもしかすると高機能版があるかもしれない。入れた物の時間経過が遅くなる、あるいは止まるタイプの袋もあるかもしれないな。
「便利ですね」
「おう、便利だぜ。欲しいか?」
「いえ、私みたいな探索初心者では持て余しそうなので、遠慮しておきますよ」
「そりゃ感心だな。さてと、んじゃあ売却品を預かるでよ、順番に出してくんな」
「分かりました」
リュックの中から売却品を無造作に掴み、どんどん袋へ放り込んでいく。
そうして、売却予定品を全て袋に移したあと。
「そう言えば、こんなのも拾いましたが……」
あえてもったいぶった感じで、リュックからホーンラビットの角を取り出した。
それを見た瞬間、おっちゃんの表情が一瞬歪む。やっぱりコレ、そこそこ貴重な品なんだな
「……あんちゃん、これをどこで?」
「第4層でモンスターの大群と乱戦した時に」
「いくつある?」
「1本だけ」
もちろん嘘だ。本当は全部で6本あるが……まあ、それは言うまい。
「これ、売れますかね?」
「うーん、そうだなぁ……」
おっちゃんが考え込んでいる。すぐに売却額が出ないということは、売り物にならないゴミなのか、もしくは……。
「実は、ホーンラビットの角は出てくる数が少なくてねぇ。売るならオークションになるだろうなぁ」
「……」
……やっぱりな、ポーションと同じパターンだ。
ポーションも数が極端に少ないがゆえに、必ずオークションに出される。そして、その有用さが理由で値段が大きく釣り上がるのだ。
もっとも、ホーンラビットの角にそんなデタラメな有用性があるとは聞いたことが無い。だからお値段も、それなり止まりになるはずだ。
「ちなみに、前に角が出た時はどうなりました?」
「確か、5万円くらいで落札されたはずだねぇ。どっかの企業が競り落としたって話だよ、随分な物好きがいるもんだ」
まあ、そんなもんだよな。それでも、今日俺が全力で稼いだ額(5万5700円)に近い値段が角1本に付くわけだから、十分に高いと言える。取り方さえ分かれば、いくらでも量産できる物だしな。
ただし、実際は供給量が増えれば値段は下がる。角に何かしらの有用性が見つからなければ……まあ、500円くらいまでは下がるかもな。俺からすれば、それでも十分にお高いが。
「ちなみに、オークション出品はここで対応して貰えるのですか?」
「出品から落札者対応まで可能だが、売却額の10%を手数料として貰うぞ。一応、手数料は経費として認められるが……それでいいかね?」
「はい、それで構いません」
法律上は無関係を装っていても、実際は換金所もお国の機関だからな。そう無茶な手数料は取るまい……取らない、よな?
まあ、下手なオークションに出すよりこちらの方が確実かつお手軽だ。落札者対応までしてくれてこの手数料なら、任せた方がいいだろう。
「ちなみに、どれくらいで入金になりますか?」
「順調にいきゃあ、明日出品準備して入札待ちして……ま、諸々の手続きで1ヶ月はかかるかねぇ」
「なるほど」
1ヶ月ね、まあ妥当かな。
……なんか、その間にアイテムボックスが角だらけになりそうだ。
「あんちゃん、明日も来るんやろ?」
「ええ、そのつもりです」
「明後日はどうするん?」
そういえば、明後日は土曜日か……曜日感覚がもう狂ってきたな。あまりよろしくない傾向だ……。
「……明日、考えてみます」
「そうか。ちなみに、土・日曜日の方が来てる人多いで。第4層の先に進みたいなら覚えとき」
「分かりました」
ああ、なるほどな。あれはもっと大勢で行くべき階層ってわけか。そりゃ1人で捌いたら、あの金額にもなるわな。
ま、その辺は朱音さんとも明日相談だな。第3層で戦うか、第4層に顔を出してみるか……いつかは越えなければならないのだから、お試しに見ておくのもありかもしれないな。
「じゃ、換金してくるけぇ、少〜し待っとりや」
袋と角を持って、おっちゃんはカウンターの奥に入っていった。さて、角は一体いくらで売れるんだろうな。
1ヶ月後が今から楽しみだ。
◇
(三人称視点)
「……おいおい、まじかよ」
奥に引っ込んだ換金所のおっちゃん---権藤は驚愕していた。それは、探索者になって3日目の新人が第4層までソロで到達し、100を超えるモンスターを屠って万を超える利益を叩き出し、あまつさえホーンラビットの角という希少品を持って帰ってきたから。
……というのも十分驚きだったが、それだけではない。
「魔石の数、全部ピッタリじゃねえか」
権藤は、恩田の言葉をしっかりと聞いていた。その時に魔石の数を言っていたが、袋の機能で脳内に提示された個数とピタリ一致していたのだ(魔法の袋は、持った状態で"一覧"と念じると中に入れている物の一覧を確認することができる)。
これが、10個や20個くらいの規模の話ならまだ分かる。しかし、魔石は全部で284個もあったのだ。ダンジョン内で魔石を種類ごとに分けて数勘定する余裕が、恩田にはあったということになる。
(いや、あるいは……)
瞬間完全記憶能力のような特別な能力を、恩田自身が持っているか。あるいは魔法の袋みたいな効果を持ったアイテムを、恩田が既に所持しているか。
そこまで考えて、権藤は首を横に振る。
(……うーん、前者はまず無いな。そんな能力があるなら探索者なんてやってないだろうし。後者も無いな、こいつを拾ったのは第26層の探索をしてた時だから、階層があまりに違い過ぎる)
権藤が持つ魔法の袋は、彼が自衛隊時代にダンジョンへ潜った時に金の宝箱から入手した物だ。間違っても木や石の宝箱から出るような代物ではない。あるいは、この袋の劣化版みたいな物があるのかもしれないが……いずれにせよ、浅い階層で出てくるような物ではない。
恩田が金持ちで、時に億を超える値が付くダンジョン産の逸品を買い漁れるだけの財力があるなら話は別だが。もちろん恩田にそこまでの財力はないし、そのことを権藤も知っていた。
(スキルか、ギフトか。スキルの方が可能性は高いが、ギフトの可能性も0ではない。何かしら、彼がそういう能力を得ていても不思議ではないだろう)
手元で電卓を打ちつつ、権藤は考える。ギフトを申告しないのは問題だが、スキルの申告は義務化されていないので問題は無い。
そして、恩田はその辺りしっかりしている。ギフトの能力である可能性は低いだろうと、権藤はそう判断した。
(そういえば、澄川が『気付いたらドロップアイテムが消えていました』とか言っていたな……魔法の袋みたいな効果を持ったスキルを、恩田探索者は持っているんだろうな)
「……5万5700円、やなぁ」
計算が終わり、権藤は魔法の袋から全ての魔石と装備珠を、種類ごとに分けて取り出す。
恩田に渡す紙幣と硬貨を金庫から取り出しながら、権藤は第4層の特徴を記憶から引き出していく。
第4層は、実はどのダンジョンもモンスターハウスとなっている。ゴブリンやホーンラビット、ブラックバットとの戦いに慣れ、ちょうど初心者を脱しようとするくらいの探索者達が第4層に足を踏み入れるのだ。
そこで初めてモンスターの大群を見た探索者の反応は、大きく3つに分かれる。すなわち第3層へ向けて逃げるか、モンスターの大群とまともに戦うか、驚き立ちすくむか、だ。
この中で、驚き立ちすくむのは論外だ。ダンジョンでは何が起きるか分からないのだから、常に様々な状況を想定しておく……という、探索者の基本的な心構えができていない証拠である。
一方で、大群とまともに戦うのは危険だ。ギフトを得て人外の強さを発揮できる探索者といえど、決して無敵ではないのだから。仮に第4層を突破できたとしても、そのような探索姿勢では早晩命を落とすことになりかねない。
唯一正しいと言えるのは、第3層へ逃げることだろう。三十六計逃げるに如かず、緊急事態に遭遇した時にすぐ逃げる選択をとれる者は、この上なく探索者に向いていると言える。第4層も方策を考えたうえで、いつかは確実に突破できるだろう。
(この感じだと、恩田探索者はモンスターの大群とまともに戦った愚か者に見えなくもない。しかし……)
第11〜20層を主戦場とする中級探索者ならいざ知らず、恩田は第4層すら初めての初心探索者だ。モンスターの大群とまともに戦って、1人で殲滅できるほどの実力はまだ無い。
だが、権藤がカウンター越しに見た恩田は無傷だったし、普通に話せるだけの余裕もあった。苦戦の末に倒したのであれば、確実にあんな様子ではいられない。
(……発想と工夫、か)
どんな能力も使い方次第では力を発揮するし、逆に強みを全く活かせないこともある。恩田はギフトやスキルの力をうまく使い、多数のモンスターを安全に相手取ったのだろう。
権藤はそう考え、ぼそりと呟く。
「さて、第10層は……どうなるだろうねぇ?」
そこに待ち受ける、鋼鉄を身につけた巨大なモンスターの姿を思い浮かべながら……。
随分経ったような気がしていましたが、作中ではまだ3日目なんですよね……。
あと、こういう感じで鋭い人は結構鋭いですよね。嘘を貫き通すのが難しいのは、やはり見ている人は見ているからなんだと思います。
嘘をついた本人も気付かないような小さな矛盾から、真相に辿り着いてしまう人というのは居るものなんですよ……。
ところで、『ん?』と思われる方もいらっしゃるかと思いますので、先に申し上げます。
第4層がモンスターハウスであるという情報は、作中では意図的に公表されていません。冷酷非道かもしれませんが、探索者の"選別"を行うためです。
単に探索者の数を増やすのではなく、優れた探索者を1人でも多く確保したい。そして、危機察知能力を持った者は優れた探索者になれる素質があり、それを測るためにあえて公表していない……ということです。
それが正しいことなのかどうか。私なりの答えを小説内で出していければ、と思います。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




