4−58:未踏の地へ
「………」
「ひゅいっ!」
「ざぶぅっ!」
藪が刈られて元の面積から倍以上になり、さらにあちこちに氷柱が立つ階段前広場。その一面に、点々と魔石や装備珠が散らばっている。
「……ふ、2人とも思ってたより強いな」
「やりますね、コチ」
「シズクも、とっても強いですヨ
「きぃっ」
「ぐぁぅ」
中々に衝撃的な光景を見て、俺は思わず顔を引きつらせてしまった。俺の頭に乗っているフェルが、『素晴らしい』と上から目線でものを言っているのも一因ではあるが……。
第9層までやってきて早々、階段前広場でゴブリンアーミー6体・ゴブリンアーチャー6体との戦闘に入った……と思った次の瞬間には、ゴブリンアーミー3体とゴブリンアーチャー3体が上下真っ二つにされていた。すぐ三条さんに聞いてみたところ、コチが【風魔法】スキルで"エアカッター"という名前の魔法を放ったのだという。
不可視の刃に仲間を討たれ、動揺するゴブリン軍団に追い討ちをかけるようにシズクの魔法も炸裂した。こちらは"アイシクルピラー"という名前の【水魔法】で、地面から生えた大量の氷柱が敵を貫く魔法だ。
もちろん、ゴブリンアーミーとゴブリンアーチャーに足下からの攻撃を防ぐ手段など無い。残ったゴブリン軍団はそのことごとくが氷柱に貫かれ、バタバタと倒れていった。
……これが、接敵から僅か5秒程度の話である。驚くほどの殲滅力だが、これが第5層〜第9層のここまでずっと続いているわけだ。
ちなみに、さすがにラッシュビートルだけは一撃では無理……かと思いきや、案外そうでもなかった。コチは"スラッシュボール"という、任意のタイミングで周囲に真空波を放つボールをラッシュビートルの羽根の裏に入れ込んで仕留めていたし……シズクはシズクで"スーパークーリング"という、こちらも任意のタイミングで凍り付かせられる水を羽根の裏に忍び込ませる方法で仕留めていた。試練の間でハートリーさんに伝授した、ヘラクレスビートルに大ダメージを与えた時の戦法を流用したようだ。
「"アイテムボックス・収納"」
広場に散らばったドロップアイテムを、アイテムボックスに全て収納しておく。
「うわぁ、ここもすごい状況だな……」
「ん?」
階段の方から、聞き慣れない声が聞こえてくる。振り返って見てみると、男性2人、女性2人の4人組が目を丸くして広場を見渡していた。
……見ると、4人組の装備はほぼランク3で固められている。目立った傷や疲労も無さそうだし、それでここまで来られるということは、第11層以降をメイン探索層にしているパーティなのかもしれない。
そのうち、弓……というよりは、クロスボウを装備した人が近付いてくる。中肉中背で黒髪と容姿的に目立つ点の無い人だが、クロスボウの発射口がこちらに向かないよう配慮してくれているのを見るに、どうやらまともな人のようだ。
「すみません、驚かせてしまいましたか。俺は恩田高良と言います、こちらの探索者チームのリーダーを務めています」
「お気遣い痛み入ります。僕は祖月輪慎二、この探索者チームのリーダーをしています」
互いに友好的な雰囲気で挨拶を交わす。よかった、やはり話の通じる人のようだ。
「よろしければ、お先にどうぞ。俺たちは後から行きますので……」
「分かりました。いやぁ、それにしても……」
祖月輪さんが目を輝かせる。その目線を追っていくと、どうやらヒナタを見ているらしい。
「噂の恩田さんヒナタちゃんと、こんな所で出会えるなんて感激ですよ」
「……噂の、ですか?」
「ええ、そうです。史上初のダンジョンライブ配信を大成功に導き、仲間にしたヒナタちゃんと共に戦う探索者……今や探索者界隈で、恩田さんのことを知らない人はいないくらいです。ここで言えば、嘉納さんと菅沼さんの次くらいに有名ですよ」
「はは、ありがとうございます」
祖月輪さんの後ろにいた女性が、補足するようにそう言う。その女性の目線も、ヒナタの方を向いてキラキラと輝いていた。
ただし、横浜ダンジョンでの有名度合いはさすがに嘉納さんと菅沼さんの方が上のようだ。まあ、そうでなくては俺の方が逆に困ってしまうが……。
「ぐぁぅ」
「……あれ?」
「黒い、子竜……?」
ここで、フェルが小さく唸り声を上げる。その声を聞いた4人が、フェルの存在に気が付いて驚いているようだ。
……実はフェル、自身の存在感を【闇魔法】で濃くしたり薄くしたり、ある程度操作することができる。今は戦闘モードではないので、意図的にかなり存在感を薄くしているわけだが……俺の頭の上という超目立つ場所に居ても、声を上げなければ気付かれないくらいには存在感を希薄にすることができる。
「最近仲間になったんです。フェルっていいます。
……ヒナタ、フェル、皆さんに挨拶を」
「きぃっ!」
「ぐぁぅ、ぐぁぉぉっ!」
ヒナタは『よろしくお願いします』と無難な挨拶だけど……フェルの方は相変わらず『我が眷属の友人か、よろしく頼む』って感じの挨拶だった。
……いや、俺、いつフェルの眷属になったんだ? まあ、ツッコんでも藪蛇になるだけなのは分かりきってるからやめておくが。
「……なんて言っておられるので?」
「ヒナタもフェルも、2人とも『よろしく』って言ってます」
「ぐぁぉっ!? ぐぉっ! ぐぉっ!」
フェルが何やら抗議してきたが、今は祖月輪さんの探索者チームが居るのでスルーしておく。
「……フェルさん、凄く吼え立てていますが大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。気にしないでください」
「そ、そうですか……?」
……すまんなフェルよ、"34にもなってやたらカッコつける人"という評判は俺にとっては致命的なんだよ……。俗に言う"ただし、イケメンに限る"というやつで、似合う人は似合うが俺の場合はハッキリ言って似合わないのだ。
「ところで、道中あちこちで藪が短く刈られていたり、氷の柱が立っていたりしたのですが……もしかして、ヒナタちゃんとフェルさんですか?」
「あ、それは違いますよ。こちらの2人、コチとシズクの戦いの跡です」
「「「「……え?」」」」
そうやって紹介したのだが、4人はなぜかポカンと辺りを見回している。あれ、そこに居るはずなのだが……?
「……ひゅい」
「……ざぶぅ」
……コチとシズクの方を見てみると、2人は三条さんとハートリーさんの頭の後ろに隠れるようにしながら、チラチラと祖月輪さんたち4人を覗き見ている。もしかして、人見知りしているのだろうか?
ヒナタもフェルも、アキでさえもわりと堂々と人前に姿を晒していたので、コチとシズクのこの反応は少し意外だった。
「え、仲間が増えてる……? しかも、鶴舞ダンジョンのお嬢様とアメリカ探索者界の有望株のお2人ではないですか!?」
「い、いつの間に使い魔を……!?」
さすがは横浜ダンジョンのトップクラスパーティだけあって、三条さんとハートリーさんのことも知っているらしい。いつの間にかコチとシズクが仲間に加わっていて、驚いているようだ。
……それにしても、鶴舞ダンジョンのお嬢様、か。そう言われるってことは、やっぱり三条さんもそれなり以上に良いところの生まれの人なんだな。所作、綺麗だもんな。
「まあ、藪が刈られていたのでとても見通しが良かったですから……いつもより早く、ここに来ることができました。本当に助かりました」
「いえいえ、俺たちにとっても必要なことでしたから。皆さんはこれから、深層への挑戦ですか?」
「はい、今日は第13層を目指していくつもりです」
「なるほど……」
第13層か。それなら……。
「……第13層から、新たな空中型モンスターが出てきます。結構手強いので、空中への攻撃手段はしっかりと確保しておいた方がいいですよ?」
「あ、嘉納さんから概要だけ聞いています。いくつか手段を考えていますので、あとは現地で試そうかと思っています」
「おっと、さすがですね」
嘉納さんも祖月輪さんも、どちらもさすがだな。俺が言うまでもなかったか。
「さて、俺たちは第9層でやることがありますので……ゴブリンジェネラルはお先にどうぞ」
「ありがとうございます。
……よし、みんな行こうか」
祖月輪さんパーティの4人が、先へと進んでいくのを見送る。
……さて、先にゴブリンジェネラルと戦っておこうかと思っていたけど、予定変更だ。先に、あの台地の調査を行おうと思う。
「………」
横浜ダンジョン第9層に悠然とそびえる、高さ30メートルの高き台地。さて、そこに試練の間はあるのだろうか?
……まあ、それより先に突破すべきことがありそうな気もするけどな。あんなあからさまに特殊な場所に、何も居ないわけがないのだから。
それも含めての調査だ。少し、気合を入れていこうかね。
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