4−55:風と水の妖精
「……ひゅい?」
「……ざぶぅ?」
生まれたばかりの妖精 (仮)が、ゆっくりと辺りを見回し始める。その瞳はそれぞれ深緑色と瑠璃色に染まり、無垢な輝きを湛えていた。外見だけなら未就学児の人間の女の子くらいに見えるのだが、4枚の半透明な羽根が背中から生えていること、手に乗るほど体が小さいこと……なにより、腰丈まで伸びた髪の毛までもがそれぞれ深緑色と瑠璃色をしていることで、2人が人間でないことはすぐに分かった。
「……ひゅいっ!?」
「……ざぶぅっ!?」
そして、それぞれの妖精が主となる2人と目を合わせる。2人の妖精は一瞬驚いたような表情を浮かべた後……。
――フワッ……
「ひゅいっ!」
「わっ!?」
――ブシュゥッ!
「ざぶぅっ!」
「ニャッ!?」
深緑色の妖精は三条さんの顔目掛けてふわりと飛び上がったが、瑠璃色の妖精はハートリーさん目掛けて弾丸のように飛んでいく。後ろに水を噴射しながら飛ぶその姿は、まるでジェット飛行機のようだ。
――バシャゥッ!
「アウチッ!?」
「ざぶぅ、ざぶぅ〜♪」
……そして案の定、ハートリーさんの顔面に瑠璃色の妖精がぶち当たり、噴射していた水も盛大に顔へとぶち撒けられてしまった。愛情溢れる (?)突進攻撃を食らったハートリーさんは倒れこそしなかったものの、地味にダメージを食らって仰け反ってしまっている。
その下手人である瑠璃色の妖精は、羽根をパタパタさせながら嬉しそうにハートリーさんの額へと取り付いている。
――トッ……
「ひゅう? ひゅうぅぅ♪」
「あっ、ちょっ……あはは、んもうくすぐったいですって。ダメですよ、そんなところ引っ張ったりしたら」
一方の深緑色の妖精は、三条さんの左肩に優しく着地する。その後は三条さんの髪の毛に興味を抱いたようで、ゴソゴソしたり軽く引っ張ったりしているのを三条さんがやんわり制止していた。
深緑色の妖精は好奇心こそ旺盛だが、あまりムチャなことはしないタイプのようだ……まあ、ちょっとイタズラ好きそうな雰囲気はあるが。
「……プハァ! ヒドい目に遭ったネ〜。モウ、ちょっと元気スギるでしょウ!?」
「ざぶぅ! ざぶぅぅぅ!!」
「んモウ……」
ハートリーさんはわりと本気で怒っているのだが、瑠璃色の妖精はどこ吹く風。ハートリーさんの左肩に移動した後、ずっと楽しげな声を上げている。それで毒気を抜かれたのか、ハートリーさんもつい笑ってしまったようだ。
水属性だからクールな子かと思っていたのだが、まさかのお転婆娘だったようだ……まあ、ハートリーさんのイメージにはピッタリの子かな? これでクール系の子が来ても、彼女にはなんか似合わないからなぁ。
「……そういえば2人とも、名前って考えてる?」
妖精、妖精とずっと呼んでいたが……ほぼ間違いなくこの子達もモンスターで、今は仮の使い魔だ。そこから真の使い魔――仲間となるためには、名付けという儀式が必要になる。俺が、黒いワイバーンに"フェル"と名付けたようにな。
「私はもう考えています」
三条さんからはすぐに返事があった。
「へえ、どんな名前なんだ?」
「"コチ"です」
「こち……?」
ぽち、じゃないよな……? まあ、三条さんがこの深緑色の妖精に、そんな犬みたいな名前を付けるとは思えないけど。しかし、"コチ"ってどんな意味だ?
俺がそう考えているのを察したのか、三条さんが説明してくれるようだ。
「東の風、と書いて東風と読みます。春に東から吹く柔らかい風、という意味です。そこから取りました」
「ああ、なるほど。その東風ね」
『この幻◯郷では常識に囚われてはいけないのですね!』なキャラの名字にも使われてたっけか。言葉の意味は俺もよく分かってなかったが、なんとなく穏やかな雰囲気があったんだよな、東風って言葉にはさ。
深緑色の妖精のイメージにはピッタリの名前だな。
「よろしくお願いしますね、コチ」
「ひゅいっ!」
そうコチに声掛けをすると、すぐに三条さんがビクッとする。名付けをしたことで、あの真の使い魔がどうたらというアナウンスが脳内に流れているのだろう。
「なるほど、使い魔に名付けをするとこういう音声が流れてくるのですね。真の使い魔ですか……私の中で、ますますダンジョンという場所の謎が深まりました」
「まあ、まだまだ分からないことも多いからなぁ。研究も全くと言っていいほど進んでないらしいし」
最近になって、ようやくダンジョンを研究する大学研究室が出始めてきたと聞く。理論的にも興味深いことがたくさんあるらしいかが、まあ俺はそこまで深く踏み込むつもりは無い。
俺が興味あるのは、どちらかと言うと実利・実践的な部分だからな。"特殊ドロップを落とす条件は何か?"、"このモンスターの弱点は何属性か?"ということには興味があっても、"そもそもなぜモンスターを倒すとドロップ品が落ちるのか?"とか"モンスターに弱点があるのはなぜか?"ということには興味が無いわけだ。
……とまあ、それはともかく。
「ムムム……」
「ざぶぅ?」
三条さんはすんなりと決めたが、ハートリーさんはだいぶ悩んでいるようだ。目線を斜め下に向けて、ずっと唸っている。
「……ネェ、ミサキならなんて付けるノ〜?」
「私なら"シズク"という名前にしますね。水の一滴を大和言葉で表すと雫になりますので、この子にはピッタリな名前だと思います。
ただ、完全に日本的な名前なので……」
うーん、そうなんだよなぁ。この短い滞在期間中にも日本に馴染み、どんどん日本語がうまくなってるハートリーさんだが……やはり、彼女の本拠地はアメリカだ。付けるなら、やはり米国らしい名前の方が良いはずだ。
「……うん、決めたヨ〜」
「ざぶぅ!」
しばらくウンウンと唸っていたハートリーさんだが、遂に決まったのかパッと顔を上げる。
……そろそろ、夕陽が地平線の向こうに完全に沈みそうだ。もし本当に夕陽が沈むまでが制限時間なら、そろそろ戻らないとマズいかもしれないな。
「スゴク、スゴク迷ったケドネ〜。やっぱりキミの名前は、シズクにしようと思うノ」
「ざぶぅ?」
「え? ですが、その名前では……」
「うん、分かってるヨ〜。でもね……」
そこで言葉を切ると、ハートリーさんはそっと目を閉じた。
「その名前を付けたラ、いつでも日本のこと思い出せるデショ? この子は横浜ダンジョンで出会ったんだっテ、いつでも思い出せるカラ……」
「ざぶぅ?」
少しだけ、寂しそうにハートリーさんが言う……そうだな、彼女がこちらに来ているのは短期留学みたいなものだからな。あと10
日ほども経てば、ハートリーさんはまたアメリカに戻らなくてはいけなくなる。
俺と三条さんに関しては、拠点間の距離がそこまで離れているわけではない。新幹線を使えば1時間程度で行き来できる。だが、ハートリーさんはそうじゃないからな。
"シズク"という名前が、確かに彼女は日本に来ていたのだと……そう思い出せるきっかけになるのなら、それもいいかもしれないな。
「だからネ、よろしくネ、"シズク"」
「ざぶぅ!」
こうして、瑠璃色の妖精は"シズク"として無事にハートリーさんの仲間となった。
……と同時に、夕陽が全て地平線の向こうへと沈み切った。完全な暗闇ではないものの、辺りが一気に暗くなる。
「さて、そろそろ戻……!?」
――ケヒャヒャヒャ……
不気味な嗤い声が、遠くから聞こえた。
背筋に、凄まじい悪寒が走る。この感覚は、真紅竜に遭遇した時とほぼ同じ……!?
「おい、早くここを出るぞ!!」
「……えっ!? え、ええ!!」
「……は、早く行くネ!!」
唖然としていた三条さんとハートリーさんに大声を飛ばし、強制的に再起動させる。そうしてから、全員で一目散に階段を駆け上り、試練の間を後にする。
――ケヒャヒャヒャ……
階段を上る間にも、あの背筋が凍るような嗤い声が下から何度も響いてきた。
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