4−53:VS黒いワイバーン……?
「………」
――バサッ……バサッ……
4枚に増えた翼で力強く羽ばたきながら、腕を組んでこちらを睥睨する全身黒色の巨大な飛竜。その圧倒的な存在感はゴブリンキングを軽く超えており、ボスモンスターの特殊個体よりも強いモンスターであることが一目で分かった。
まあ、そりゃ当然か。あの黒い飛竜は、どこからどう見てもワイバーンの特殊個体……元のモンスターからして強さにかなりの差があるのだから、黒いワイバーンの方が強くなるのもごく自然なことだろう。
そして、黒いワイバーンが厄介なのはその強さだけじゃない。元のワイバーンの時は俺たちを露骨に侮っていたり、我を忘れるほど激昂したりしていたのだが……黒いワイバーンからは、そういう驕り高ぶっているような気配が微塵も感じられない。俺たちに対する怒りも嘲りも何も無く、心理的にフラットな状態を保っているわけだ。それでいてワイバーンより手強いのは確定しているのだから、俺たちの手に負える相手じゃない。
これはさすがに、撤退を前提に行動した方がいいな。できればドロップアイテムだけでも集めて、試練の間からおさらばしたいところだ。
……だが、黒いワイバーンはジッとこちらを見つめている。下手に動いて刺激してしまえば、もしかすると俺たちの命は無いかもしれない。そのことを3人も感じ取ったのか、じっとその場で黒いワイバーンの挙動を穴が空くほど見つめていた。
「……グォォ、グォ、グオォォォ……」
「きぃ?」
と、黒いワイバーンが急に夕陽の沈む方角へと視線を向けて、軽く咆える。その声を拾ったヒナタが、なぜか飛びながら首を傾げていた。
そして、ヒナタが定位置である俺の左肩へと戻ってくる。大きな動きを見せたヒナタに、しかし黒いワイバーンはまるで興味を示さなかった。それを見た三条さんとハートリーさんも、俺の近くへと戻ってくる。
「きぃ、きぃ、きぃきぃ」
黒いワイバーンが、なんと言っていたのか。その言葉をヒナタが通訳してくれた……とても、とても困惑したような表情を浮かべながら。
なぜだろうかと思ったのだが、ヒナタから内容を聞いて大いに納得した。確かにそれは、困惑するよな……。
「ネェ、黒いワイバーンは何て言ってるノ?」
「……『我はようやく目覚めることができた。ああ、水平線の向こうに沈む夕陽も我を祝福してくれているらしい』と言ってたそうだ」
「……え、ええと、それは……」
黒いワイバーンを眺める三条さんの表情が、全てを物語っている。そこは俺も同じ気持ちだ。
「アアそれ、厨ニ――ムグゥ!?」
「おいやめろ、声がデカい!」
俺たちが心の中で思っていたことを、ハートリーさんが大声で堂々と言いそうになったので慌てて口を塞ぐ。確かに、あの黒いワイバーン厨二病っぽいなぁ、とか思ってたりしたのだが……典型的な自信過剰キャラだったワイバーンが特殊個体化して、なぜこういう性格に変わるのか全くもって意味が分からなかった。
ちなみにヒナタ曰く、ワイバーンの時は特に意味ある言葉は発していなかったとのこと。俺たちを見下していたのは事実だが、ワイバーン自身は単に唸ったり吠えたりしていただけだったそうだ。
「………」
……というか、いつまでも黒いワイバーンってなんか紛らわしいな。
よし、厨二病なら厨二病らしく特殊個体名を考えてやるとしようか。なんか向こうも夕陽を向いて黄昏れてるから、襲いかかってくるような雰囲気は無さそうだし。
「うーん、ブラックワイバーンは安直すぎるし、ヘルズワイバーンは片角兎と被るから……」
「……一体何を考えてるんですか、恩田さん……」
三条さんの呆れたような目が、俺の方へと向けられる。
……仕方ないだろ、なぜか向こうに戦う気が無いんだから。こっちから手を出すのは愚策中の愚策だし、かと言って相手に背を向けて逃げるのはもっとあり得ない。後ろから攻撃されたら非常に危険だからだ。
黒いワイバーンの様子に気を配りながら、良い名前が無いか考えていく。炎、黒、ヘルズ……イメージ的には炎獄か。炎獄という意味なら、確かちょうど良い英語があったはず。
「よし、"インフェルノワイバーン"だな」
「グァッ!」
「うおっ!?」
グルンッ、と黒いワイバーンの顔が高速でこちらを向く。咄嗟に防壁を展開しかけたが、やはり攻撃を仕掛けてくるようなそぶりが無い。なんなんだ一体……。
「きぃ、きぃきぃ……」
「えぇ……」
よく分からず困惑していると、黒いワイバーンが何と言ったのかヒナタが教えてくれた。どうも俺の呟きを聞いていたようで、『それだ!』と叫んだらしい。本当にそれでいいのか、黒いワイバーン……もとい、インフェルノワイバーンよ……。
「グァゥッ」
――バサッ、バサッ、バサッ……
……と、インフェルノワイバーンがゆっくりと地面に下りてきた。遂に開戦かと身構えたが、やはり向こうに戦意は無さそうだ。
それにしても、やはりデカい。ワイバーンも十分デカかったが、インフェルノワイバーンは更に二周りほど大きい気がする。インフェルノワイバーンの顔だけでも俺たちより大きいのだから、ドラゴン種の生物としての格の高さを嫌でも認識してしまうところだ。
「グォッ」
「きぃっ!?」
「……?」
なんだなんだ? ヒナタがやけに驚いてるな……何と言ったんだ?
「きぃっ! きぃっ!」
「……はい?」
……え、どゆこと?
「ど、どしたノ〜?」
「……いや、なんかインフェルノワイバーンが俺の仲間になりたいらしい」
「ええっ!?!?」
そんなのアリ? 予想外の展開なんすけど……。
「"アイテムボックス・一覧"」
☆
・憎悪のステッキ×1
☆
思わず、アイテムボックスに入れたままの憎悪のステッキを確認してしまった。思い出してはたまに確認しているが、ヒナタの負の感情を吸ったステッキは未だドス黒い瘴気を纏っているようだ。
「グァゥッ! グォォ、グォッ、グォッ!」
「きぃ、きぃぃ、きいぃ」
「『お前の名付けが大変気に入った。あれだけ我が身を苛んでいた怒りは、激流と共にいずこかへと流れ落ちていったからな……もはやお前たちに対する隔意は無い。我が認める強者よ、我が力を貸してやろう。ありがたく思うがいい』か」
やや尊大な態度ではあるが、敵意は無いのでそこはいい。俺としても強いモンスターと戦わなくて済むだけでなく、むしろ仲間が増えてくれるのは大変ありがたいところだ。
……ただし、1つ大きな問題点がある。
「その巨体で、どうやって外に出るつもりなんだ?」
インフェルノワイバーンは、ダンジョンゲートや階段空間よりも大きな体を持っている。いくらなんでも真紅竜のようにオブジェクトを破壊できるわけでもなし、それらを通り抜けるのは困難を極めるだろう……そもそもゲートを壊されるとダンジョンへの出入りができなくなるし、階段を壊されたら階層移動ができなくなるのでダメだ。
仮に外へ出れたとしても、この巨体では生活そのものがままならなくなる。インフェルノワイバーンがすっぽり入るような建物は、もはや超巨大豪邸以外の何物でもないし……外でこんな巨体が移動するだけでも一騒ぎだ。まさかずっと閉じ込めておくわけにもいかないし、どうやって解決するつもりだ?
「グァゥ」
「きぃ、きぃ」
「『なんだ、そんなことか』って、こっちとしては大問題なんだぞ?」
「グォォ」
「きぃ」
「『使い魔にしてくれたら分かる』って? 分かった、使い魔にさせてもらうよ……えーっと……」
「グォゥ」
おいおい、そんな期待を込めた目で見ないでくれよ。ちゃんと分かってるって、名前を付けないと正式な使い魔にならないんだろ? ヒナタの時はよく分からないまま名付けて使い魔にしてしまったが、よく覚えてるよ。
ただ、インフェルノワイバーンに関してはヒナタの時ほど名付けに迷わなかった。
「……よろしくな、フェル」
「グぉっ!」
インフェルノワイバーン改め、フェルの体が淡く光り……そして、見る見る間に縮んでいく。
「ぐぉ」
フェルの巨体は、あっと言う間にヒナタと同じくらいの大きさとなった。使い魔にすれば分かる、というのはこういうことだったのか……。
――名付けを行ったことで、"フェル"は正式に貴方の使い魔となりました
――今後は魔石を食べさせることで、使い魔を強くできます
――正式な使い魔となったモンスターは、階層境界やダンジョンゲートを跨いで移動可能となります
だいぶ久し振りに、無機質なシステム音声が脳内に響いた。これでフェルも、正式に俺の使い魔となったわけだ。
……今さらだが、2人も契約して大丈夫なのか、俺? 魔力を吸い付くされるとか、契約キャパシティを超えて命を落とすとかないよな? 大丈夫だよな、な?
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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