4−38:やはり彼女は天才か
――ブブ……ブ……
「……この音を聞くとさ、第6層に来たんだなぁと実感するよ」
「分かるヨ、ソレ」
第6層へ下りてすぐ、遠くから聞こえてきた音にハートリーさんと2人ため息をつく、
「この音は一体?」
「ラッシュビートルの羽ばたき音だ。戦闘に自信の無い探索者は、この音を聞きながらラッシュビートルとの戦いを避けていくんだよ。
……ほら、道のあちこちに大きめの木があるだろう? あれに身を隠して進んでいくんだ」
「なるほど……」
三条さんは第6層は初めてらしく、興味深そうに辺りを見回している。
亀岡ダンジョンと同様に、横浜ダンジョン第6層も道の真ん中に木が生えている。これでラッシュビートルを避けていき、無駄な戦闘は回避しろということなんだろう。
「……さて、とりあえずここで待機だな」
「えっ? 木に隠れるのではないのですか?」
「普通の探索ならそうするけど、今日は例の場所へ到達することが目的だからな。そっちには木が無いからラッシュビートル戦を避けられないし、三条さんにはここで戦いのコツを掴んで欲しい」
「……あ、確かにそうですね」
木は主要な道沿いにしかなく、それ以外の場所にはほとんど存在していない。
……そして、白い石板が指し示すのは主要な道から外れた場所だ。ラッシュビートルに遭遇したら、戦って倒すか逃げ切るかのいずれかを選ばなければならない。
その練習を、すぐ逃げられる階段前で積むことから始める。特に、三条さんはラッシュビートル戦に慣れていないのだから無理は禁物だ。
ラッシュビートルはここまでのモンスターと違って、ゴリ押しで何とかなるような相手ではないのだから。
「さて、ラッシュビートルが来る前に攻略方法を2つ、三条さんに伝授しよう」
「はい、お願いします」
「まず1つ、ラッシュビートルの主な攻撃手段とその対応方法についてだ。ラッシュビートルの得意技は飛翔しながらの突進攻撃なんだが、とにかく速くて威力が高い。ほぼ鉄の砲弾が飛んでくるようなものだから、絶対に真正面から受け止めてはいけない。
……その代わり、空中での方向転換がほとんど利かないんだよ。ほぼ真っ直ぐにしか飛んでこないから、横にずれれば攻撃を避けることができる。最初は大きめに、慣れてきたら少しずつ距離を詰めて避けられるようになっていこう」
「はい!」
うん、いいね。笑顔で頷いてくれると、こちらとしても教え甲斐があるよ。
「で、2つ目は弱点についてだ。ラッシュビートルは全身が固い装甲に覆われているけど、飛んでいる間は羽が立って背中が露わになる。そこが弱点になるな。
あとは、羽自体も意外と脆い感じだな。すれ違いざまに羽を攻撃して破壊してから、真上から背中を攻撃すると戦いやすいと思う。地上に立っている時は回転攻撃もしてくるから、接近し続けるのは厳禁だよ」
「分かりました!」
まあ、注意点としてはこんなところか。後は実戦で……おっと。
――ブブブブブブ!!
「よし、早速来たな」
派手な羽音を立てながら、ラッシュビートル1体が階段前広場に現れる。件のラッシュビートルは一旦木に止まり、こちらの様子を伺っているようだ。
ちょうど良いタイミングで練習台が来てくれたな。
「どうする? 戦ってみるかい?」
「そうですね……はい、まずは自分なりにやってみたいと思います。危ないと感じましたら、フォローの方お願いします」
「よし、了解だ」
三条さんが1歩前に出る。その時点で、ラッシュビートルは三条さんを敵と見定めたようだ。
「きぃ……」
――シャラッ!
ヒナタのどこか残念そうな鳴き声を背に、三条さんが刀を抜き放つ。
――ブブブブブブ!!
その音が合図になったのか、ラッシュビートルが三条さんに向けて飛び掛かってきた。
――ブブブブブブ!!
「………」
初遭遇だと、その巨体とゴ◯◯リを彷彿とさせる見た目に、誰もが圧倒され怯むものだが……三条さんは、飛翔突進してくるラッシュビートルをジッと見つめている。
「……そこっ!」
――スタッ!
ラッシュビートルの角が当たるかどうか、といったギリギリのタイミングで、三条さんが素早く横に身をかわす。ラッシュビートルの巨体は、三条さんに当たることなく通過していき――
――スパッ!
同時に、ラッシュビートルの羽が1枚斬り飛ばされる。おそらくは三条さんが斬ったのだと思われるが、あまりに速すぎて刀を振るった所が全く見えなかった……。
――ブブブブ!?
――ドズゥゥン!
――ズザザザザ!
もちろん、それでラッシュビートルが安定姿勢を保てるはずもない。羽を失って浮力が足りなくなり、ラッシュビートルはダンジョンの地面を派手に滑っていった。
「やぁッ!」
――ビュッ!
と、ここでハートリーさんが水の刃を飛ばす。狙いは残ったもう1枚の羽のようだ。
――バギッ!
――ブブブ!?
水の刃が命中し、鈍い音と共に残った羽がへし折れる。これで、ラッシュビートルは完全に飛翔能力を失ったな。
後は下手に近付かずトドメを……!?
「シッ!」
――ドスッ!!
――ブッブブ!?!?
なんと、三条さんが既にラッシュビートルの背中へと飛び乗っていた。手にした刀を弱点の背中に突き立て、ラッシュビートルの体を深く切り裂いている。
もちろん、ラッシュビートルは体力も多い。一太刀で倒せるほどヤワな相手ではないが……それでも、刀を突き立てられるたびに少しずつ弱っていく。
――ブ……ブブ……
――ボシュゥゥゥ……
……そうして、刀を10回ほど突き立てたところで。ラッシュビートルの足から力が抜け、地面に倒れると同時に白い粒子へと還っていく。
後には魔石と赤い装備珠、そして斬羽2枚が残った。
「ふぅ、何とか勝利できましたね……ってあれ、コレはなんでしょうか?」
周囲に敵がいないことを確認してから、斬羽を見つけた三条さんが近付いて――
「――などと、油断するとでも思いましたか? "風翔刃"」
――ヒュッ!
――スパパパッ!!
「「バゥッ……!?」」
背にしていた濃い藪目掛けて、三条さんが振り向きざまに刀を振るう。そこから風の刃が飛び、藪を切り分けて先へと進み……断末魔の鳴き声と共に灰色の塊が2つ、藪の奥へと吹き飛んでいった。おそらくはグレイウルフの首だろう。
その塊が着地した所から、白い粒子が舞い上がる。どうやら完全なる致命打だったようだ……まあ、あの威力の攻撃を食らえば納得ではあるが。
それにしても、既に三条さんはそこまで風を使いこなしていたか。藪の中に潜むモンスターまでは、さすがの俺も索敵できないぞ。
「ラッシュビートル……確かに、これまでのモンスターとは桁違いの強さですね。油断ならない相手ですが、攻略法が分かっていれば無傷で御すことができる辺り、ダンジョンの攻略難易度はよく考えられていますね」
刀を鞘に納めながら、三条さんが少しだけ破顔する。その様子を見る限り、まだまだ余裕はありそうだな。
「ネェ、コレがラッシュビートルの特殊ドロップってやつ?」
「ああ、確かにそうなんだが、そいつはよく斬れる。素手で持つなよ」
「うわっト、早く言ってヨ〜」
触りそうになっていた手を、ハートリーさんが引っ込める……触りそうになっていたからこそ呼び止めた。場合によってはスッパリいってしまうからな……。
「"アイテムボックス・収納"」
触れないよう、そのままアイテムボックスに納める。2人にこれを教えておいて良かったよ……斬羽を持って帰るのは、めちゃくちゃ大変だからな。
……さて。三条さんがここまでできるのなら、もう現地に向かっても大丈夫そうだな。
「よし、それじゃあ早速、白い石板が示す場所に行ってみるか?」
「はい、行きましょう」
「ア、忘れないウチに……ハイ、コレ!」
ハートリーさんが白い石板を取り出す。改めて確認すると、大きな"Ⅵ"と上り階段と川、そして×印が書かれていた。
「………」
川というのは、おそらくこれを指しているのだろう。白い石板と照合すると、上り階段との位置関係はピッタリ一致した。あとは、この川沿いを進んでいくだけだが……。
「……藪の向こうに道があるな」
以前、亀岡ダンジョン第5層で見つけた試練の間への脇道によく似ている。パッと見は藪が広がっているように見えて、よく観察すると奥に道があるパターンだ。これは期待してもいいかもしれないな。
……同時に、真紅竜に追い回された苦い記憶も蘇ってくる。確かハイリザードマンとの初遭遇もあの時で、ファイナルアタックに反応できず大火傷を負ってしまった。この先にあるであろう試練の間も、それに匹敵する難易度を誇る場所なのだろうか……?
「よし、行ってみよう」
「はい」
「リョーカイ」
「きぃ!」
4人で川沿いの道を進んでいく。さて、何が見つかるだろうか……?
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