4−36:横浜ダンジョン2日目の朝
「……ふぁぁ」
……ベッドの上で目覚めると、見慣れない模様の天井が視界一杯に広がる。
ゆっくりとベッドから起き上がり、そのまま大きく伸びをする。体を軽くほぐしながら、まるでビジネスホテルのような室内を見回した。
……ここは横浜ダンジョンビルに併設された、男性用の宿泊スペースだ。横浜ダンジョン職員さんの休養スペースも兼ねているが、全部で30室ある内の1室を今回長期滞在用として特別に借りているわけだ。
ちなみに、横浜ダンジョンの宿泊スペースは女性用スペースと男性用スペース、そして共有スペースの3区画に厳密に分けられている。共有スペースはテーブルと椅子が並ぶ開放的な空間の他に、普段は使っていない休養室が3室だけ用意されているようだが……まあ、つまりはそういう配慮なのだろう。
ちなみに、昨日は共有スペースでハートリーさんに理科を教えていた。ただ、さすがのハートリーさんも日本語の文章をうまく読むことができず……特に漢字の読みが全く分からなかったので、俺も教えるのにだいぶ苦戦してしまった。
途中で加わってきた三条さんの力も借りて、なんとか基礎の基礎だけは教えることができた。最終的にハートリーさんには水蒸気を操ってもらい、すぐ近くにいた俺を見ずとも検知できるようになってもらったものの……三条さんの助けが無ければ、何の進展も無いまま終わっていたことだろう。三条さんにはしっかりとお礼の言葉を述べさせてもらったが、なぜか複雑そうな表情をしていたな。
そして、伸びるも伸びないも後はハートリーさん次第だ。彼女の性格からいって、その辺はおそらく問題無いと思うが……まあ、お手並み拝見といったところかな。
なお、これは余談だが……横浜ダンジョンビルには、なんとラーメン屋とコンビニまで併設されている。コンビニは青い看板が特徴の大手チェーン店で、ラーメン屋は……まあ、横浜と言えばやっぱりアレだよな。昨日の夜に行ってみたが、とてもおいしかったよ。
ついニンニクを入れたくなる衝動に駆られたが、ハートリーさんへの教導がすぐ後に控えていたので自重した。俺としてはニンニクを入れた方がよりおいしく食べられるので、次はチャレンジしてみたいところだ。
「きぃ」
「おはよう、ヒナタ」
「きぃ!」
共有スペースではヒナタも一緒に過ごしたので、横浜ダンジョンにもだいぶ慣れたようだ。今日はいつも通りに戦えるだろうか。
◇
横浜ダンジョンは、24時間営業を実現している数少ないダンジョンの1つだ。その業務を最少人数で回すために、ダンジョンへの入退場記録を全てカードリーダーで行っているらしい。探索者はエントランスホールかダンジョンゲート前にあるタッチ機に探索者証をタッチして、ダンジョンの入退場を記録する決まりになっているわけだ。
亀岡ダンジョンでもタッチ式の入退場管理はやっているが、アナログな記帳方法でもオッケーだった。それが横浜ダンジョンの場合は完全システム化しているので、入退場はタッチ式オンリーとなっている。
……確かにそれなら手間は減らせるが、システムが故障した時はどうするんだろうな? タッチ機をよく見ると、こういうシステム系では日本最強と言って差し支えない某メーカー製なので、その辺の対策はしてあるのだと思うが……まあ、俺が気にすることじゃないか。
それはともかく、今日はエントランスホールで三条さんとハートリーさんと待ち合わせをしている。時刻は午前9時にしたが、余裕をみて午前8時半くらいにエントランスホールへ下りることにした。既に装備への着替えは済ませてある。
「……ん?」
入場記録を行うべく、タッチ機へと近付くと……昨日も見た立ち姿が2人、その近くに立っていた。
「あ、恩田さん!」
「待ってたヨ〜!」
着流しに刀を佩いた三条さんと、完全武装のハートリーさんだ。既に準備万端整えて、待っていたようだ。
2人とも俺の姿を見つけると、トタトタと駆け寄ってくる。今日は第6層に慣れがてら、白い石板の場所まで行ってみる予定なのだが……2人とも気が早すぎやしないかい? そんなに急がなくても、試練の間は逃げていかないと思うぞ?
しかし、女性を待たせてしまったのは紛れもない事実だ。
「ごめん、待たせてしまったか?」
「いえ、リンちゃんと2人でゆっくり話してましたよ♪」
「ミサキ、話面白いヨ!」
しかも、なんかお互いに名前とニックネーム呼びになってるし。いや、仲良くするのはとても良いことなんだけど……昨日の時点ではまだギクシャクしてたのに、この短時間で一体何があったんだろうか?
……だがまあ、そういうこともあるか。案外、共通の話題で盛り上がったとかそういうことなんだろう。
「……よし、少し早いけどダンジョンに行こうか。タッチは済ませたか? 俺はまだなんだ」
「私はもう済ませておりますよ」
「私モ、オゥケーよ〜!」
「きぃ〜!」
どうやら、2人はタッチを済ませているらしい。俺も忘れずにタッチしておかなければ。
――ピッ!
軽快な音と共に、タッチ機が青く光る。これで入場記録はOKだ。
そうしてから、改めて2人に向き直る。
「さて、今回は臨時でパーティを組むわけだが、リーダーは誰がする?」
「恩田さんに1票でお願いします」
「私モ、ミスター・オンダにお願いシマス!」
むむ、俺は三条さんの方が適任かと思ったのだが……よくよく考えると、三条さんは第6層以降の探索経験が無い。ラッシュビートルは手強い相手なので、今日は俺がリーダーとして指示を出した方がいいだろう。慣れてきたらバトンタッチかな。
「なら、このパーティのリーダーは俺が拝命しよう。みんな、よろしく頼む」
「「了解!」」
「きぃっ!」
さて、即席パーティといえどリーダーに就任したからには、メンバーの命を守る責任が俺にはある。そのためにはどうするか。
……俺としては、メンバーの意識をある程度揃えておくことが肝要だと考えている。目標、注意点、各人の動き……それを確認するための入ダン前ミーティングは、軽くでもいいのでキッチリやらなければ。
「よし、それじゃあ今日の目標を確認するぞ。今日は第6層、白い石板が示しているであろう場所へ到達することが最終目標になる。
そのためには、ラッシュビートルとの戦闘は不可避となるが……特に三条さんはラッシュビートル戦が初めてになると思うから、焦らず、まずは慣れることから始めていこう」
「分かりました」
「ハートリーさんは、三条さんの隣でサポートを頼む。ラッシュビートルとの戦い方はバッチリだな?」
「ダイジョーブ!」
「了解。ヒナタは……まあ、自由に遊撃でいこう」
「きぃ!」
ヒナタは変に行動を縛るよりも、自由にやらせた方が結果が出る。これまでの経験で学んだことだ。
……ヒナタに対抗できるレベルのモンスターが、現状どこにもいないからな。ダイブイーグルとは何度か戦ったが、いずれもヒナタが圧勝していたし……それこそダイブイーグルの特殊個体くらいしか、相手になる可能性のあるモンスターがいない状況だ。そんな状況で行動を縛っても、ただの舐めプにしかならない。
「よし、ダンジョンゲートまで行こうか。道中のモンスターで連携の練習をしつつ、まずは第4層を目指そう」
「頑張るヨ〜!」
「はい、行きましょう!」
「きぃっ!」
張り切る女子2名を連れて、ダンジョンゲートへと向かう。
……エントランスホールにはそこそこの人数の探索者がいたが、その大半は俺たちに対してそこまで関心が無さそうだった。
その中で、こちらに強い視線を向けていたのは2グループ。1つは女性ばかり4人のグループで、三条さんとハートリーさんには優しげな視線を、俺にはやや厳しめの視線を向けていた。まあ、事情を知らなければそう見えるのは当然なので、こちらはそこまで気にしなくてもいいだろう。
もう1つの視線は、昨日絡んできた男だ。見るからにそっち系の男3人が固まり、コソコソと何かを話しながらこちらを見ている。正直面倒くさいが、状況によっては厳しい対応が必要かもしれないな。
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