幕間5:人間びっくり箱・恩田高良を見る目(2)
(菅沼遥花視点)
横浜ダンジョンから家への帰り道を、尚毅と2人で歩いています。夜風はまだ少しだけ寒く、しかし少しずつ暖かくなっていくのを肌で感じますね。
「………」
亀岡ダンジョンの顔であり、探索者界隈では時の人である恩田高良さん……実際に会ってみると、なんというか強烈な印象を残す人でした。
とにかく、恩田さんは発想力がすごい人です。防御力を高める魔法に、低燃費でフロア全体を攻撃する魔法、背面側のモンスターや見えないモンスターすらも検知する魔法まで備えています。こっそり恩田さんに聞いてみると、どうやら回復魔法も使えるらしい……えっと、少し器用すぎませんか、恩田さん?
でも、ギフトは決して万能じゃありません。『強敵と戦う機会が多かったから、自分の弱点はよく分かっていますよ』と恩田さんは言っていたけど、おそらく魔法の威力があまり出ないのだと思います。アタッカータイプの魔法使いではないのでしょう。
今はまだ大丈夫です。変異モンスターであっても、恩田さんにとって手に負えない相手ではないみたいですから。ですが、これから深い層に進んでいって、手強いモンスターが増えてきた時に……果たして、恩田さんの攻撃はモンスターに通じるのでしょうか?
ラッシュビートルが相手でも、恩田さんは自ら魔法は撃たないと聞きました。ヒナタちゃんにお任せして、羽根が立った状態の背中を狙ってもらうそうです。そこが弱点なので、効率良く倒せるのだと……そうしないと、攻撃が弾かれてしまうのだとか。
……だからこそ、恩田さんは攻撃魔法だけに偏重しないのかもしれません。
「ん、どうした遥花? 難しい顔をしてるな」
「……恩田さんのことを考えてたのよ」
「あ〜、恩田さんか……俺は魔法が一切使えないから、よく分からないんだけどさ。遥花とは全然違うタイプの魔法使いだよな、恩田さんって」
「むしろ、滅多にいないタイプの魔法使いだと思うわ」
現状、日本に……いえ、世界を見渡してもサポートが得意な魔法使いはほとんどいないようです。日本でさえほとんどの魔法系ギフト保持者が攻撃魔法を得意としていて、それ以外の魔法は全く使えないか、使えてもオマケ程度の効果しか発揮できない人が多くいます。もちろん、私もその1人だったりしますね。
でも、恩田さんは違います。索敵、バフ、回復、攻撃と何でもござれのオールラウンダー。タイプ的に一番近いのは、鶴舞ダンジョンの猪崎局長ですが……彼のような特化型ではなく、色んなことをそつなくこなせる器用さがあります。恩田さんの力を借りれば、第20層突破くらいは余裕でこなせるでしょうね。ですが……。
「……遥花が考えてること、言い当ててみようか?」
「あら、なにかしら?」
「恩田さんの力を借りれば、第20層は余裕で突破できるだろうよ。
……だが、その後が怖い。具体的には、恩田さんの留学期間が終わった後が。当たってるだろう?」
「……ええ」
まさに、尚毅が言った通りの懸念があります。恩田さんほど器用な魔法使いは他に居ませんから、もし彼の力を借りて、最深到達階層を更新できたとしても……恩田さんが帰られた後、私と尚毅の2人では第20層到達がおぼつかなくなってしまいます。
かと言って、恩田さんに似たタイプの実力者が横浜ダンジョンに居ないのもまた事実です。トップクラスの探索者が横浜ダンジョンに揃っていても、恩田さんの探索スタイルはまさに彼だけの特別なもの……誰にも真似できない、探索者としての1つの完成形なのですから。
「………」
時間はあるようで、実はそんなに残されていません。早めに決断し、恩田さんに相談しなければなりませんね。
◇
(持永昭視点)
――シャラシャラ、シャラシャラ……
「………」
……ふむ。書類仕事を片付けていたのだが、もう午後8時を回ってしまったか。少し疲れも感じてきたことだし、この辺りで一旦休憩することとしよう。
――カチャ、カチャ
――サラサラ……
――コポポポポ……
いつものカップとコーヒースプーンを取り出し、カップにインスタントコーヒー粉を入れてお湯を注ぎ込む。
――カラカラカラ……
――コクン……
「……ふぅ」
ゆっくりと混ぜて、そのまま一口……うむ、美味だ。コーヒー粉はごく普通の店売り品だが、私はこの味がとても好きなのだ。
逆に、高い豆は私の口には合わなかった。1回だけジャコウネコとやらが集めた豆で作ったコーヒーを飲んでみたのだが、私にはまるで良さが分からず、インスタントコーヒーの方がおいしく感じた。つくづく安上がりな舌だと自分でも思うが、この味に慣れてしまったのだから仕方ない。
――コトン
――スタ、スタ、スタ……
「………」
カップを机の上に置き、局長室の窓から横浜の街並みを眺め下ろす。横浜ダンジョンビル最上階からの眺めはなかなかに良いが、今は夜の闇の中にビルの明かりがポツポツと灯っていた。
……さて、恩田高良氏のことだが。ある意味で予想通りではあったが、やはりあのライブ配信のキーマンは恩田氏だったようだ。いきなり『やってみますか?』と提案されて驚いたが、さすがにその場で返事はできなかった。
なにせ、ここは色々と柵が多い。元々が日本有数の駅前一等地、しかもバスターミナルの真上に大きなビルを立てようというのだ。いくら緊急事態だったとはいえ、各界の協力が無ければそう簡単に実現できるようなことではなかった。
それが今も尾を引いているわけだ。日本一環境が整っており、探索者のレベルも高い横浜ダンジョンだが……別の意味で、大きな問題を抱えている。
恩田氏は何も言わなかったが、その辺りの事情はなんとなく察してくれているようだ。状況が整えばいつでも良いと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
「……はぁ」
しかし、それにしたって周囲がうるさい。関係各所に声掛けしてみたら、雨後の筍のように出るわ出るわ参加させろの大合唱……果てには、キーマンを横浜ダンジョンに強制移籍させて何度でも開催すれば良い、などと吐かす輩まで現れた。無論、そういうのはさすがに抗議しておいたがな。
何の権限があって、そういう世迷言を言っているのか。これでもし、表舞台から姿を消さぬのであれば……残念だが、物理的に消えてもらうことになる。
まあ、その前に社会的に消されてしまうかもしれないがな。恩田氏が久我団十郎氏のお気に入りであることは、実はこちらでも周知の事実……わざわざ電話で私に『恩田君をよろしく頼むよ、娘と懇意にしてくれているからね。彼はもはや、我が久我家の一員と同等に扱ってもらっていい』と連絡がくるほどだからな。たわけたことを吐かした者は、もはや京の都に足を踏み入れることは叶わないだろう。
「………」
それゆえ、主導権はこちら側にある。周囲がうるさいとは言っても、相手側に主導権が無いので非常に楽だ。せめて恩田氏が不快にならないような相手を選定していこうと思う。
……さて、もうひと頑張りするとしようか。全く、この国は私のようなジジイにも厳しいな……まあ。
かつて異世界で見た地獄に比べれば、この程度は屁の突っ張りにもならんけどな。
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