4−32:リンダ・ハートリーという探索者
第2層を抜けた俺たちは、横浜ダンジョン第3層へとたどり着く。
第1層こそ探索者の姿を見かけたが、第2層ではあまり探索者の姿を見かけなかった。皆もうだいぶ奥まで行ってしまったのだろう、日本一のダンジョンだけあって探索者のレベルは相当高いようだ。
「……それにしても、俺の出番が無かったな」
「ふふ。あの程度の相手、恩田さんの手を煩わせるまでもありませんわ」
三条さんが言う通り、あれから全てのモンスターを三条さんが倒していた。見敵必殺とはまさにこのことで、俺たちがモンスターを目視した瞬間には、既に三条さんによって斬り伏せられた後だったのだ。俺にオートセンシングが無かったら、斬り伏せられたそれがモンスターだったかどうかさえも判然としなかっただろう。
……なにより驚いたのは、三条さんがブルースライムさえも平然と斬り捨てていたことだ。あまりの速度に酸が付着する暇も無かったのか、三条さんの刀に腐食させられた様子が微塵も無かった。そこはさすがに驚いたな。
しかし、まさかあの程度のアドバイスで三条さんがここまで覚醒するとは思わなかった。やはり、彼女は天才か。
朱音さんといい、帯刀さんといい、九十九さんといい……俺の周りの女性探索者には、才能溢れる優秀な人がやけに多い気がするな。
「ギャギャ?」
「ギャッギャッ!」
「ギャギャッ!」
ちなみに、第3層はハートリーさんにお任せすることになった。本人曰く、アメリカでは期待の新人という立ち位置の人らしいが……果たして、その実力はどうだ?
「ゴブリンね、すぐ倒すヨ〜!」
――クルクルクル……
――パシッ!
現れたゴブリン3体と対峙すべく、ハートリーさんが前に出る。右手に持った槍をクルリと体の横で回してから、両手で持ち替えて半身で構えた。
……その槍から、透明な水が迸る。ハートリーさん、どうやら最初から全力全開のようだ。
「食らエ、"ウォータースラスト"!」
――シュシュシュッ!
ハートリーさんが高速の3連突きをその場で放つ。流水を纏った槍が鋭く突き出されると、そこから水弾のようなものが勢い良く発射された。
――ドシュシュシュッ!
「「「ギャッ!?」」」
水弾はゴブリン共の胴体を見事に貫き、勢い余ってそれを吹き飛ばす。ハートリーさんのその一撃が決定打となったようで、ゴブリン共は白い粒子へと還っていった。
……なるほど、ハートリーさんは魔法を纏う武技の使い手か。その中でも、ギフトが【アクアランサー】だから水属性が得意なのだろう。
インプの【火魔法】やリザードマンの【ファイアブレスⅠ】のように、火属性はダンジョン序盤でも攻撃手段を得やすいのだが……その他の属性となると、使えるかどうかはギフト次第なところがある。火属性が効かない相手は大抵水属性がよく効くので、その辺をギフトでうまく補完できるのはいいな。
あと、ハートリーさんら前衛タイプの探索者でありながら、遠距離攻撃も得意そうだ。ゴブリンジェネラルのように接近戦主体の相手には、有利に戦うことができるだろう。
……あえてハートリーさんの弱点を挙げるとすれば、前衛タイプにしては防御力に難がありそうな点か。
ハートリーさんが持つ槍はかなり大型で、片手で持つには重量があって厳しそうに見える。ゆえに盾が持てず、メイン防具も軽鎧タイプなので守りはそこまで固くない。槍ゆえに攻撃のリーチは長いので、完全な前衛というよりはタンク役の後ろに構える"前中衛"の役割が、彼女にとっての最適解なのかもしれないな。
「楽勝ネ〜♪」
ゴブリン相手でも安易に突っ込んでいかないあたり、ハートリーさん自身もそう考えているように見えるが……少し、気にかけておかないとな。もしかしなくても、横浜ダンジョン留学中はハートリーさんと一緒に探索することになるだろうから。
「魔武技か、やるな。命中率も威力も申し分無い」
「水属性で、ここまでの使い手はなかなか貴重ね。さすが、ダンジョン探索先進国で"期待の新人"と呼ばれるだけのことはあるわ」
「……うふふ」
嘉納さんと菅沼さんは素直に感心しているが、三条さんは何やら寒気がするような笑みを浮かべている。さっきのハートリーさんが浮かべていたのは"獰猛な"笑みだったが、三条さんのそれは"冷徹な"笑みと称するのがふさわしいものだった。
……なんだろう、2人は仲が良くないのだろうか? そんなそぶり、ここまで全く見せていなかったのだが……。
「さア、次行くネ〜!」
三条さんの笑みには気付いているだろうに、ハートリーさんはそれを意に介さず先へと進んでいく。ハートリーさん、かなり張り切っているようだが……こういう時は、人間何かしらつまずきやすいものだ。
現に。
「"ライトニング・クイックボルト"」
――ピシャァァァッ!!
「「キィィィッ!?」」
「……へ?」
空から迫るブラックバット2体に、ハートリーさんは全く気が付いていなかった。いくらランク3の装備を身に付けていても、ブラックバットの物理攻撃力がいかに低くとも……不意打ちを食らえば、想定外のダメージをもらうこともある。気付いていて対処しないわけにはいかなかった。
「あ、モンスター……」
唖然としているハートリーさんだが、これは少し問題かもな。第2層で似た場面を見ているにも関わらず、あまりにも周囲の警戒が疎かだ。
……おそらく、アメリカではパーティメンバーがハートリーさんをフォローしていたのだろう。彼女はその中で自由闊達に動き、多大な成果を挙げていたのかもしれない。
だがそれは、息の合ったパーティメンバーだからこそ成立するものだ。彼女の人となりをよく理解し、次の動きを予測して先んじて合わせられる……そんな人がいればこそ、ハートリーさんは安全かつ自由に動けるわけだ。
それに、探索者だって人間なのだから常に完璧なフォローができるわけではない。そのフォローが何かしらの理由で抜けてしまった時が、ハートリーさんに危機が訪れる時になってしまうかもしれない。
「………」
これは参ったな。個人的には、正直言って三条さんの方が心配だったのだけど……今のやり取りを見た後だと、ハートリーさんの方が俄然心配になってきた。三条さんは1度痛い目をみてるから、次はもう無理しないだろうし。
「水、か……ダンジョンにも水蒸気とかあるのかな? それを利用すれば、あるいは……?」
第5層にも小川が流れてたりするし、ダンジョン内にも水蒸気くらいあるだろう。それを操ることができるならば、簡単な索敵程度はできるかもしれないな。
「……ハートリーさん、ちょっといいかな?」
「な、なんでショウ……?」
声も小さくなり、すっかり意気消沈といった様子のハートリーさん。もしかしたら、アメリカでもこんな感じで怒られてたのかもしれないな。
まあ、おそらくはそれをずっと引き摺らないのが、ハートリーさんの良い所であり悪い所でもあり……嫌なことはスッパリ忘れてしまうのが精神衛生上良いのだが、命に関わるので振り返りだけはキチンとしてもらおう。
「ハートリーさんは、水蒸気って知ってるかい?」
「スイジョウキ? バクハツ?」
「違う、そうじゃない」
確かに自然現象の名前でもあるが、"水蒸気"の意味が分からないのに"爆発"という単語を連想するのは、十中八九マ◯オRPGのせいだろ……あの技の効果音と威力、1度見たら忘れられないインパクトがあるしな。
てか、やっぱりハートリーさんってゲームやアニメから日本語を勉強したクチだったか。確か英語版もあっただろうに、わざわざ日本語版を選ぶとはなんと物好きな……。
おっと、閑話休題。
「あ〜、えっと……」
スマホを取り出して、水蒸気を英語でなんと言うのか調べてみる。二陸特の効果はオンにしてあるので、ダンジョンの中でもスマホは問題無く繋がるようになっている。
……"スチーム"と言おうか迷ったのだが、俺の中でスチームは高温水蒸気のイメージが強いからな。空気中に含まれている水蒸気にはなにか別の呼び方があるんじゃないかと思い、念のため調べてみることにした。
「……なるほど、水蒸気は"ウォーターヴェイパー"って言うのか」
気体になった水を指す言葉として、一般的にはこちらを使うらしい。英語って細かなニュアンスの違いがあって難しいな……と思ったが、よくよく考えたら日本語の方が遥かに難しいんだよな。
例えば『3月1日は祝日の日曜日、2日は日本晴れの日でした』という文章は、日本語勉強中の海外の人が読もうとしたらクエスチョンマークが大量発生するらしい。日本人はスラスラ読めても、海外の人は"日"の読み方でつっかえてしまうそうだ。これに比べれば、英語はまだ分かりやすいのかもしれないな。
「ハートリーさん、ウォーターヴェイパーって言ったら分かるかな?」
「ウォーターヴェイパー! 分かるヨ〜!」
よかった、拙い英語だったがなんとか通じたみたいだ。
「ハートリーさんのギフトなら、空気中に含まれるウォーターヴェイパーを操って敵を察知できないかなって、そう思ってさ」
「……? 空気に中は、ウォーターヴェイパーなんて無いヨ? 空気は空気、ダヨ?」
「へ?」
えっと、どういうことだ……って、ああもしかして。
「理系の勉強を、全くしていないのか?」
「リケイ?」
「ええと、サイエンス……でいいのかな? そういう勉強はした?」
「サイエンスは、ワタシ分からないヨ〜」
「なるほど……」
アメリカだと、わりとあり得る話だ。
経済規模世界一の国であるアメリカ合衆国だが、実は識字率が先進国の中では低いと言われている。ネット上では、ほぼ100%という情報もあれば、実際は80%程度という情報もあり定かではないのだが……俺個人としては、後者の方がより事実に近いのではないかと考えている、
なにせ、アメリカは移民受け入れに比較的寛容な国だ。そもそも移民がルーツの国なので、自然とそういう文化が築かれたのだろう。様々な国から様々な事情を抱えた人たちが集まってくるので、教養の差というのはどうしても生まれやすい傾向にある。
あと、貧富の差があまりに大きすぎて、小学校にさえまともに通えない子が居ると聞いたこともあるな。もしかして、ハートリーさんも……?
いや、それだとゲームやアニメといった、日本語のコンテンツに触れられているのはおかしい。少なくとも中流階級以上でなければ、日本語を覚えてしまうほど大量のコンテンツに触れることはできないはずだ。
……なんだ、これ。何かが噛み合わない。ハートリーさん、実は複雑な事情の持ち主なのか?
「そうか……なら、ギフトの力を最大限発揮するためにも、理科の勉強はしておいた方がいいな」
「なんデ?」
「魔法はイメージが大事ってね。感覚でもできなくはないけど、知識があった方がイメージは固まりやすいと思うから」
「なるほド……」
どうやら、前向きに考えてくれているようだ。これで、ハートリーさんも1つ上の段階に……。
「……なら、ミスターオンダ! ワタシに、サイエンス教えてクダサイ!」
「……はい?」
「あ、ハイって言った!」
は、え、ちょ、ちょっと待て!
「アリガト、楽しみ二してるヨ〜♪」
「………」
……否定の言葉を、グッと飲み込んだ。さすがに、この底抜けの笑顔を曇らせるのは憚られる。
まったく、仕方ないな。怪我でもされると寝覚めが悪いし、いっちょやったるか!
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