4−31:春風の刀士、覚醒す
「――私は、使いません。いえ、このままでは使えません」
「……へ?」
「私自身は、何もしておりません。それで利益のみを享受するのは、三条家の理念に反します」
静かに、しかし力強い口調で三条さんがそう言い切る。本人が言う通り、その言葉には強い信念が乗り移っていた。
それを聞いた嘉納さんの口から、少し抜けたような声が漏れる。そのような返答は全く予想していなかった、といったところだろうか。
……ただ俺は、三条さんならそう返事するだろうな、となんとなく思っていた。どことなく、俺の周りに居る人と似た雰囲気を感じていたからだ。
朱音さんや帯刀さん、九十九さんもそうなのだが、タダで利益だけ受け取ることを良しとしない。貰った分のものは必ず返そうとする、律儀で義理堅いところがあるのだ。少し前なら"不器用な人"とか"生き方が下手な人"とか言われていた類の人だが、俺個人としては大変好ましく感じるタイプの人である。
そんな雰囲気を、三条さんからも感じていたのだが……予想通りの答えが返ってきて、少しホッとした部分はある。俺にも、人並み程度には人を見る目があるようだ。
「だがな、三条さん。今のままでは、申し訳ないが足手まといになりかねない。命に関わることだから、この話を受けてもらわないと先には進めないぞ?」
「はい、それはその通りだと思います。
……ゆえに、恩田さん。ランク5の装備珠は、日本最高の探索者でさえおいそれとは入手できない物とのことですが……大体、どれくらいの価値があるものなのでしょうか?」
おっと、ここで俺に話を振るか。三条さんのことだから、俺が倒したモンスターだから俺の言い値で買い取るつもりかな?
……もっとも、ここで吹っ掛けるつもりは毛頭ないけどな。ポーションは既に確保しているので、俺基準だとこれ以上は欲張りすぎになる。
「亀岡ダンジョンの権藤局長に聞いた時は、カウンターでのランク5装備珠の買い取り価格は確か1万5000円だと言ってたな。もし金銭で譲り渡すのであれば、多少上乗せして2万円くらいが俺の中での相場になるだろうな」
今この瞬間における価値で言えば、相当に安い値段だろう。この10倍、20倍の値段でも買う人は買うはずだ。実際、嘉納さんや菅沼さんなら50万円くらいでもポンと出しそうではある。
……ただ、特殊ドロップ品を除いて買取価格は迷宮探索開発機構が決めている。その価格を、一探索者が勝手に大きく吊り上げるような真似はできない。
「……恩田さん、無欲すぎませんか? ランク5の装備珠をこんな簡単に入手できる探索者なんて、日本中どこを探してもまず居ませんよ?」
「そりゃそうなんだけどな。欲張っていいことなんて、これまでの人生で1度も無かったからさ。金に魅了された結果、道を踏み外して破滅したやつをこれまで何人も見てきたし……俺みたいな一般市民には、無欲なくらいがちょうどいいのさ」
正直なところ、金がたくさんあったって使い道に困るからな。精々が株でも買って、優待目当てに長期保有するくらいだろうか?
あるいは、精神安定剤の代わりかな? 金はあればあるだけ心穏やかに過ごせるようになるが、それを使って贅沢しようとは微塵も思わない。そういう人間なのだ、俺は。
「……というわけで、三条さん。2万円分のダンジョンでの働き、期待してるからな?」
――ヒュッ!
「へっ、わわっ!?」
――パシッ!
わりと雑な感じで、装飾珠ランク5を三条さんに投げ渡す。少し狙いが外れてしまったが、三条さんはそれを見事にキャッチしてくれた。
「……もうっ! 恩田さん、物の扱いが雑過ぎますっ! 割れたらどうするんですかっ!」
装飾珠を受け取った三条さんが……なぜか、頬を膨らませて抗議してきた。どうやら、俺の装飾珠ランク5の扱いがお気に召さなかったようだ。
「大丈夫だよ。俺が知る中で一番ヤバいやつが放ってきた、一番ヤバい攻撃でもビクともしなかったんだから。落としたところで傷1つ付かないさ」
「そういう問題じゃ――」
「――"ライトニング・クイックボルト"」
――ピシャァァァッ!!
「「キィィィッ!?」」
三条さん目掛けて飛んできていたブラックバット2体を、遠くにいる間に雷で撃ち落とす。高威力の雷撃にブラックバットが耐えられるはずもなく、2体とも仲良く魔石へ姿を変えた。
「あ……」
「油断は禁物だぞ。モンスターは俺たちを待っちゃくれないんだからな」
「見えてたノネ、モンスター……」
「ああ、もちろんだとも」
ブラックバットの魔石を拾い上げる。リュックにそれをしまいながら、ふと思ったことを口にする。
「……ああ、そういえば三条さんは【風刀士】だったっけ?」
「え? は、はい、そうです」
風の刀士、か。それなら……。
「これは、俺の勝手なイメージなんだけどさ。刀の達人って気配を読むのがうまいイメージがあってな……もし風をうまく操れたら、より早く敵を探したり気配を鋭く察知したりできるんじゃないかと思ってさ」
「!!」
「風属性が付いてるのは、そのためなのかもしれないぞ」
俺の言葉を聞いて何かに気付いたようで、三条さんがハッとした表情を浮かべる。
さっきの戦いを見るに、三条さんは敏捷力の高さを活かしたカウンター攻撃を得意としているようだが……そこに先読みの要素が加われば、もう一段上の戦いができるようになるかもしれないな。
そのうち、アニメの強キャラ剣士みたいに敵の群れの中を踊るように掻き分けて、一方的に相手を斬り倒していく……なんてことができるようになったりして。
「まあ、そのためにも足元は固めておいた方がいいと思うぞ。戦場では、歩けなくなった者から命を落としていく……なんて言われてるらしいからな」
「……はい! このご恩は、必ずお返しします!」
三条さんも、ようやく装飾珠を受け取ってくれる気になったみたいだ。珠を手に包み込み、祈るように念じている。
装飾珠から変化した光が、三条さんの足元へと集まっていく……。
――ゴトン
……これは、足袋か? 知識が足りなくてイマイチよく分かっていないが……少し前の大工さんが身に付けているものによく似ている。
色合いは、緑を基調としているようだ。どうやら風を纏っているようで、風が流れるのを肌で感じることができた。
「すごい……とても体が軽い気がします。」
軽くステップを踏んでいるが、さきほどよりも明らかに動きが速い。ランクを3つも飛ばせば、使用感の違いは一目瞭然だろうな。
「ギッ!? ギィィィィッ!」
「おっと、またホーンラビ――」
「――もちろん、気付いてましたよ?」
――スパッ!
「ギッ……」
威嚇の鳴き声が聞こえた次の瞬間には、既にホーンラビットは一刀両断されていた。魔石と角と白い粒子を撒き散らしながら、ホーンラビットが虚空に消えていく。
その先には三条さんの姿が。目にも留まらぬ速さというのは、まさにこういうことを言うのだろうか。あのタイミングで動くなら、ホーンラビットの接近を事前に察知していなければならないが……あれ?
もしかして三条さん、俺のアドバイスをもうモノにしたのか?
「……やりますネ♪」
それを見たハートリーさんが、すごく良い笑顔を浮かべている。どちらかと言えば"獰猛な"という枕詞が付きそうな感じの、強い感情が籠もった笑みだ。
……次はハートリーさんの番かな? アメリカからの留学生探索者の実力、見せてもらおうかな。
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