4−28:まずは最初が肝心ってね
「……ふむ、さすがに私も驚いたが……今日すぐに、というわけにはいかないな」
「通常の動画制作用機材はありますが、ライブ配信用の機材は準備できていませんからね……」
持永局長と菅沼さんが、腕を組んで難しげな顔をしている。
……まあ、そりゃそうなるよな。普通の動画は映像を撮って後で編集すればいいから、画質の良いビデオカメラと大容量記憶媒体、あとはネットに繋がる動画編集用パソコンがあれば何とかなるが……ライブ配信をする場合、インターネット接続機能付きの撮影用端末や、電源装置やモニタなんかの演者補助用物品も用意する必要がある。
亀岡ダンジョンで初めてライブ配信した時も、準備には丸1日かかっていたからな。さすがに今日言ってすぐ、というわけにはいかないようだ。
ただ、誰からも否定の声が上がらない辺りわりとみんな乗り気なようだ。三条さんだけはイマイチよく分かっていない様子なので、改めて確認した方がいいとは思うが……。
「ってか、恩田さんのギフトありきのライブ配信だったんだな。アレでチャンネル登録者数をあっという間に超えられたし、俺らも知らない情報がジャンジャン出てくるし……『日本一のダンジョンを名乗っておいて、たかがライブ配信1つ実現できないのか』とか何とか各方面から言われて、こっちは何とも言えない気分だったんだぜ? 俺らは1度も"日本一のダンジョンだ!"なんて言った覚えは無いってのによ!」
「それは、なんというか……」
嘉納さんの言葉は、途中から愚痴に変わっていたが……俺に向けたものというよりは、別の誰かに向けたものっぽいな。
嘉納さんが言っていた、"各方面"という言葉……まあ、ここは大都市のど真ん中だからな。柵というかなんというか、そういうのが亀岡に比べて非常に面倒くさいのだろう。横浜駅直近という恵まれた立地は、メリットと同時にデメリットも内包しているのかもしれないな。
それに、ライブ配信となればきっと出演したがる人が多くなるはず。亀岡ダンジョンの時は今まで前例が無かったことと、権藤さんや団十郎さんといった社会的立場のある人たちが、異様なまでのフットワークの軽さを見せてくれたので比較的すんなりいったが……横浜ダンジョンの場合は、しばらく調整に時間がかかりそうだな。
で、頼むから、面倒なのが来ないでくれよ?
「……よっし、愚痴はこの辺にして、そろそろダンジョンに入る準備をしようか。3人の装備はもう届いてて、それぞれの個人ロッカールームの方に入れてあるから。場所は、恩田さんは俺が案内するわ」
「では、三条さんとハートリーさんは私が案内しますね。今日は私と尚毅も一緒にダンジョンへ入りますので、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!」」」
「よっし、恩田さんはこっちだ」
「了解ですよ」
よし、着替えてダンジョンゲート前に集合だ。
◇
受付カウンターで個人ロッカールームの鍵を受け取った後は、ロッカールームで装備を着込む……フリをしつつ、こっそりアイテムボックスの中身と入れ替えていつもの装備を着込んだ。その後は嘉納さんに付いて、横浜ダンジョンのダンジョンゲート前までやってくる。
……ダンジョンゲートのデザインだが、亀岡ダンジョンのソレと全く同じだった。金属製の枠にはどこか魔術的な幾何学模様がびっしりと刻まれており、相変わらずマイ◯クラ◯トのネ◯ーゲー◯から黒曜石だけを置き換えたかのような見た目をしている。
「ふーん、ダンジョンゲートのデザインはどこも変わらないんですね」
「へえ、そうなのか? 横浜以外は見たことが無いが……」
「ええ、亀岡ダンジョンもこんな感じです」
フル装備の嘉納さんと2人、ゲート前でのんびり喋りながら女性陣を待つ。さすがに今日は本気で奥を目指すつもりが無いのか、嘉納さんもだいぶリラックスモードだ。
……しかし、それでも威圧感が半端ない。元々ガタイの良い嘉納さんだが、その身長と同じくらいに長く、とても重そうな戦斧を背負っている。戦斧の一撃が直撃すれば、ラッシュビートルでさえ装甲の上から真っ二つになってしまうことだろう。
「きぃ、きぃ」
「うん? 大丈夫だぞヒナタ、いつもと変わらないからな」
「きぃ……」
普段とは違う場所から入るからか、ヒナタが少し不安そうにしている。肩に乗せてロビーを歩いた時に注目を集めてしまったので、それもあって少しナーバスになっているのかもしれないな。
「すみません、遅くなりました」
「お待たせいたしました」
「お待たセ、来ましたヨ〜」
ヒナタを撫でて落ち着かせていると、女性陣がダンジョンゲート前に到着した。全員が装備を着込んでいるが、菅沼さんはローブと杖でハートリーさんは機動力重視の軽鎧に槍、三条さんが刀と着流し?みたいなのを身に付けている。
「いえ、俺たちも今来たとこ『待ってたぞ遥花、さっさとダンジョンに』っておい」
――ゲシッ
「あいだっ!?」
反射的に、思わず嘉納さんを杖で小突いてしまった。視界の端で菅沼さんが苦笑いしているのが見えたので、俺が小突かなければ多分菅沼さんがツッコミを入れていたことだろう。
……まあ、それはともかく。一応は言っておかなければ。
「実際にほとんど待ち時間は無かったんですから、そこは"おう、今来たところだ。それじゃあ行くか!"と答えるべきでしょう?」
「いや、でもよぉ……」
「でも、もヘチマもありませんよ。嘉納さんは地頭は良いのですから、少し考えれば分かるはずです。
……菅沼さんだけでなく、今日は三条さんとハートリーさんもいるのですから」
「あ〜……それは確かに。申し訳ない」
嘉納さんが頭をポリポリと掻きながら、女性陣に向けて軽く頭を下げる。
……嘉納さんがどうにも憎めないキャラな理由、なんとなく分かった気がするな。
「さて、それでは今度こそ、ダンジョンに入ろうか」
「ええ」
菅沼さんと嘉納さんを先頭に、ゲートをくぐっていく。さて、横浜ダンジョンはどんな場所だろうな?
「……まあ、そりゃそうだよな」
横浜ダンジョン第1層は、亀岡でも見飽きるほど見た風景……すなわち、洞窟の中にいるかのような風景だった。探索者の人数は今の亀岡ダンジョンとほとんど変わらないが、亀岡ダンジョンと違って第1層で立ち止まる探索者はほとんどいない。
――ズズ……
そして、こちらもまた見慣れた青い粘体――ブルースライムが、俺たちの方に向けて這い寄ってくる。ただ、別に俺たちの存在を認識しているわけではないようで、進行方向が少しだけ横にズレている。
「うっ……このモンスター、苦手なんですよね」
「オゥ、ブルースライム。ウェポンを溶かす、アタッカーは天敵ヨ〜」
露骨に嫌そうな顔をする三条さんとハートリーさんだが、ブルースライムはアメリカでもその認識なんだな。
よし。ここで、普通に魔法で撃ち抜いてもいいんだが……まずは最初が肝心ってね。亀岡ダンジョンでは広めたが、ここでも教えておこうかな。
「"プロテクション"」
――パァァァ……
「ん? どうしたんだ、恩田さん?」
自分に防護膜付与魔法をかける。それを見た嘉納さんが不思議そうに声を掛けてきたが、もしかして付与魔法は初めて見るのか? 菅沼さんのギフト【賢者】なら、名前からしてどんな魔法も使えそうなものだが……まあいい。
「なに、せっかく別ダンジョンへ留学に来たんですからね。亀岡ダンジョンでは教えたことですが、こちらでも面白いことを見せておかないと……ね!」
――ズブッ!
そう言ってから、ブルースライムに右手を突っ込んだ。シュウシュウ音を立てているが、プロテクションのおかげでダメージは無い。
「「「えっ?」」」
俺の突然の行動に、その場にいた全員が固まる。その唖然とした反応に構うことなく、俺はブルースライムの核を掴み……そして引き抜いた。
――グネ、グネ、グネ……
核を奪われたブルースライムは、苦しそうにのたうち回った後……地面に溶けて消えていった。後には小さな魔石と――
「――ブルースライムの核、ゲットってな」
ブルースライムの核が、手元に残った。
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