4−26:意外と有名人な恩田さん
「おう、見たこと無い顔だな、オッサン」
受付嬢さんの言葉を遮って、なんかコテコテのチャラ男キャラっぽいのが現れた。横浜ダンジョンにもいるんだな、こういう探索者が……。
仮称・チャラ男君は既に装備一式を身に付けているが、よく見ると装飾品1つと武器だけがランク2で、後は全てランク1だ。どれだけ高く見積もっても、第6層を突破できずに足踏みしているレベルの探索者だろう。むしろ、第4層すら突破できていない可能性の方がずっと高い。
「………」
――スッ
俺からすれば、チャラ男君には微塵も用が無い。なので、チャラ男君の真横を通り抜けて、椅子が並ぶ一角に向けて移動していく。すれ違い様、チャラ男君が唖然としているのが視界の端に見えた。
……そうしてしばらく歩いていくと、俺に立ち止まる気配が無いとみるやチャラ男君はこちらへ振り返ったようだ。ちなみに、オートセンシングは既にオンの状態にしてある。
「……って、おい! なんか言えよオッサン!」
チャラ男君が大声で喚いたので、変に周りの注目を集めてしまった。
横浜ダンジョンは、日本で唯一24時間営業しているダンジョンだ。なので、午前9時前でも入ダン準備中の探索者がとても多い。さすが横浜ダンジョン……と言いたいところなのだが、今この時ばかりはチャラ男君のせいで悪目立ちしてしまっている感がある。
うーん、マジで邪魔くさいな。怪我するのもさせるのも両方マズいし、パラライザーで痺れさせて黙らせるか? うん、そうしよう。
「……"パラ『おい、お前。何してるんだ?』っと」
2人組が俺の後ろから声を掛けてきたので、魔法を引っ込める。男性の声が聞こえてきたが、その声が言う"お前"とはどうやらチャラ男君のことを指しているようだ。その男性を見ているであろうチャラ男君が明らかにうろたえているので、そこは間違いないだろう。
ここで、ようやく後ろに視線を向ける。声を掛けてきたのは男女2人組……しかも、探索者界隈では超有名な2人だった。そして、男性も女性もチャラ男君の方を見て、呆れたように首を横に振っている。
……と、女性が俺を見て、軽く頭を下げてきた。
「約束の時間の15分前ですね、さすがです。ようこそ横浜ダンジョンへ、歓迎いたしますよ、恩田高良さん」
「よろしくお願いします、菅沼さん」
女性――菅沼遥花さんと、互いに頭を下げ合う。横浜ダンジョンが誇る、日本最高の一般探索者と言われる人だ。顔と名前くらいは俺でも知っている。
そして、菅沼さんがあえて大声で俺の名前を強調してくれた。それを聞いたチャラ男君の顔が、みるみるうちに歪んでいく。
「恩田……ってまさか、京都の第10層突破者の!?」
「おいおい、今さら気付いたのかよ、お前。実際に不良探索者を捕縛した実績もある人だぞ? 多分、俺らが止めてなかったら……」
「ええ、あと2秒遅かったら【雷魔法】で痺れさせてましたよ?」
「……だとよ。気付いてたか、お前?」
「うっ……」
男性――嘉納尚毅さんに睨まれて、チャラ男君が一歩後ずさる。
そりゃ、相手を舐めてかかってたら気付けんわな。格下 (と思っている)相手に警戒するなんて、そう簡単にできることじゃないし。
……ちなみにこれは、自分に対する戒めでもある。浅い層で出てくるモンスターを相手取った時に、最近はどうも気が緩んでいる部分があるからな……気を付けなければ。
「……く、くそっ! こんな弱そうな冴えないオッサンがトップクラス探索者だなんて、俺は絶対認めねえぞ! さっさと帰れ!」
……うん?
「なんで、君に認められる必要があるんだ?」
「……は?」
「探索者は個人事業主、自由だが全ての責任を自分で被らないといけない職種だ。俺は好きで探索者やってるし、少しでも奥の階層を見てみたいと思って日々頑張ってる。全ては自分がやりたいと思ってやっていることだ。
……そこに、赤の他人の承認やら何やらが入り込む余地は最初から無い」
「………」
「君こそ、そんなことも分からないなら早めに帰った方がいい。日本一のダンジョンという看板を汚してしまう前にな」
……とは言ったものの、残念ながらこの手の輩は"学ぶ"ということができない。頭が悪くてプライドは高いから、次に取るであろう行動はおそらく……。
「おいおい、そこまで言っていいのかよ、恩田さん」
「構わないですよ、これは俺と彼の問題なので。もし、彼が暴力に訴えるのであれば……まあ、嘉納さんはご存知のようですが、こういう輩の対処は以前もしているので」
「了解。それじゃ、こいつのことは恩田さんに任せるわ。
……さて、持永局長が恩田さんを呼んでるから、局長室に行こうか。遥花、他の人が来たら対応を頼むわ」
「了解よ」
嘉納さんに連れられて、横浜ダンジョンバリケードの中を進んでいく。亀岡ダンジョンバリケードより遥かに広い、ビル型の建物……その最上階に、どうやら局長室はあるらしい。
◇
「……よくいらっしゃった、恩田殿」
局長室に通されると、険しい表情をした寡黙そうな男性がそこにいた。背は俺よりも5センチ以上は高く、長身なのにがっしりとした体をしている。
なにより、その眼光の鋭さ……権藤さんと同じ、幾度も修羅場をくぐってきた人間の眼だ。この人もまた、ダンジョンの恐ろしさ・厳しさをよく知っているのだろう。局長にはまさに適任の方だと思う。
この方が、日本一と称される横浜ダンジョンの局長、持永昭さんか。
「はじめまして、持永局長。亀岡ダンジョンから来ました、恩田高良と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
まずは挨拶が肝心、ということでやや深めに頭を下げる。
権藤さんから聞いた話では、今回のダンジョン留学は持永局長から名指しで持ち掛けられた話らしい。大変光栄な話だ。
「……ふむ、よろしく」
「へえ、持永局長がそこまで表情を緩めるだなんて珍しいな」
俺から見ると、持永局長の表情は変わらず険しいままなのだが……嘉納さん曰く、かなり表情を緩めているらしい。俺には全く分からないが、それなりに付き合いがあるからこそ分かることがあるということか……。
「……さて、恩田殿。実はもう2人ほど、留学生を呼んでいるのだ」
「えっ、そうなのですか?」
「どうも、鶴舞ダンジョンの人とアメリカの人らしいな。集合時間は、恩田さんと同じ時間で設定してるらしいが……まだ来ないそうだ」
鶴舞ダンジョンは、愛知県名古屋市のダンジョンだな。元名古屋圏民なのでそこは分かる。
……もう1人は、アメリカの人か。探索者界では世界トップを走るアメリカだが、日本へ留学に来るのは一体どれくらいのレベルの人だろうか?
――コンコン
「……はい」
「持永局長、菅沼です。留学者2人が来られましたが、お部屋に通してもよろしいでしょうか?」
「……ああ、いいぞ」
「それでは、失礼いたします」
局長室の扉が開き、そこから菅沼さんが入ってくる。その後に続いて、海外の女性と日本人の女性の2人が部屋へと入ってきたが……あれ?
海外の女性には見覚えが無いが、鶴舞ダンジョンから来たと思われる女性の方は、なんだか見覚えがあるような……。
「「……あ」」
その女性と、バッチリ目が合う。大和撫子を体現したかのような容姿をした、淑やかながらも力強さを感じさせる子……ああそうだ、思い出した。
第5層へ到達して間もない頃に、濃い藪の先に何があるのか気になってファイアブレスで焼き払いながら進んだことがあるが……その時に出会った子だ。確か、第4層でモンスターに囲まれてたっけ。
亀岡ダンジョンとは違うダンジョンなのは明らかだったけど、まさか鶴舞ダンジョンだったとは。そして、その子とまさか横浜ダンジョンで出会うことになるとは。
人生、どんな縁があるか分からないものだな。
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