4−24:配信の終わりと新たな始まり
クレセントウルフのドロップ品が、地面にバラバラと散らばっていく。大きな魔石に武器珠と装飾珠、そして……。
「おっ、スキルスクロールも落ちたな」
「2つあるわね」
近付いて手に取ってみると、どうやら【瞬足】と【ダークブレスⅠ】のスキルスクロールのようだ。スキル名からして、どちらもクレセントウルフのイメージにピッタリのスキルだな。
【瞬足】は、まあ名前通りだろう。さしずめ、"魔力を僅かに消費して敏捷力を上げる"とか、そういう感じの効果なんだろうな。
一方の【ダークブレスⅠ】はクレセントウルフが使ってきていたし、効果も名前の通りだろう。
……さて、このスキルスクロールはどうしようか。俺と朱音さんで使ってしまってもいいのだが、正直なところ俺はどちらもあまり要らないのだ。
俺の場合、盾で攻撃を防ぐスタイルが完全に定着しているから、【瞬足】は貰っても宝の持ち腐れになる可能性が高い。俺の運動センスが壊滅的なので、真紅竜のような規格外のモンスターが相手でもなければ、今後も回避をメインに立ち回ることはまず無いだろう。その点でも、【瞬足】は朱音さんに譲った方がいい。
一方の【ダークブレスⅠ】も、属性違いとはいえ上位互換の【ファイアブレスⅡ】を既に習得しているし、そもそも俺には【闇魔法】がある。そういう理由で、こちらも朱音さんに譲った方がいいスキルになる。
……だが、朱音さんは両方は受け取ってくれないだろう。そうなると……。
「【瞬足】は朱音さん、【ダークブレスⅠ】は俺でいいか?」
「うーん……そうね、その方がいいわね」
多分、俺と同じ結論に達したのだろう。この分配なら、朱音さんは機動力を確保できるし、俺は闇属性攻撃を撃ちたい時に無駄な魔力消費を抑えることができる。両方譲れないなら、これでいい。
「ちなみに、クレセントウルフの大魔石だけど……」
「きぃ」
「ぱぁ」
「……だよなぁ、どっちも要らないよなぁ」
多分、食べれば【ダークブレスⅠ】辺りを覚えられるのだと思うが……ヒナタに闇属性は相性が悪いし、アキはそもそも攻撃すること自体を嫌っている。どちらも要らないと言うだろうな、と思いつつ聞いてみたが……案の定だった。まあ、これはリュックの中にしまっておこう。
「いやはや、これはスゴいな……あれほど巨大なモンスターを、まさか無傷で制してしまうとは。それにしても、ダンジョンにはあんな手強いモンスターがゾロゾロと居るものなのかい?」
団十郎さんが、周囲を警戒しながら俺たちに向けて歩み寄ってくる。権藤さんと神来社さんとスーツの人も、団十郎さんの後ろにゆっくりと付いてきた。
「いえいえ、まさか。あの巨大狼は特殊モンスターという、条件を満たさないと現れない特別な強敵になります。その中でも比較的弱い部類のモンスターだったので、無傷で勝利することができただけですよ」
『え、あのモンスターって弱いの? あの激しい立ち回りで?』
『爪とか牙とか、一発でも食らえばヤバそうな攻撃を普通に仕掛けてきてたけど……あと、なんか闇属性っぽいブレスまで吐いてきてたけど、それでも弱いのか?』
「多分だけど、アレは威力的にレベル1の闇属性ブレスだと思う。ドラ◯エで言えば、火の息や冷たい息と同じレベルの技だな」
『マジか……』
たまたま目に付いたチャットに答えると、なんだかしんみりとした雰囲気になってしまった。体感的には、事前の予想通りゴブリンジェネラルとほぼ同等の強さだったので、序盤ボス級という範疇からは逸脱しない実力でしかなかったが……まあ、探索者未経験の人からすれば相当な脅威に感じたのだろう。
ダンジョンに舐めてかかられるよりはまだいいが、過剰に警戒されるのもそれはそれでどうかと思う。まあ、フォローだけはしておくか。
「あまり詳しいことは、"情報封鎖の呪い"に引っ掛かってしまうからちょっと言えないけど……第10層を越えたいのなら、クレセントウルフと互角に渡り合えるだけの実力は必要になってくるかもな。
……とは言え、ここはまだ第5層。こんな浅い階層で、ここまでの強敵には滅多に遭遇しな……あれ?」
ヘルズラビット、ダークネスバット、ヘラクレスビートル、クレセントウルフ……試練の間を含めると、そこにハイリザードマン2体と真紅竜が入ってくる。どれもゴブリンジェネラルに匹敵するどころか、ヘラクレスビートルに至っては明確な格上だ。
なによりヤバいのは、真紅竜だな。あれはもはや即死トラップでしかないのに、第5層の試練の間で遭遇している。特殊モンスターかどうかは分からないが、強敵カウントに加えてもいいだろう。
そう考えると……。
「……第9層までで数えても、クレセントウルフで7体目だな」
『いや、多くない?』
『滅多に無いって言ったやんけ』
『恩田氏、探索者歴ってどれくらいなんだ?』
「……1ヶ月くらいだ。ま、まあ、俺はちょっと運が良くないからな。普通は1年に1回でも特殊モンスターと遭遇すれば、十分に多い方だろうさ」
『つまり、恩田氏は一般人の100倍くらい運が悪い、と?』
「……まあ、そうだな」
悲報、俺氏、あまりにも不運を引き当てすぎていた件について。
……ちょっと言えんよなぁ。第10層以降も含めて考えると、ここに更にゴブリンキングとハイリザードマンが追加される、ってことをさ。特にゴブリンキングとの遭遇が超特大の不運すぎて、俺の不運度は100倍程度じゃ済まないかもしれない。
ネット上の情報を精査した限りでは、特殊モンスターと思しき目撃情報は各ダンジョンあたり月1回も出てこれば、十分に多いはずなんだけどな。俺の場合、自ら強モンスターとの戦いに身を置いている部分があるとはいえ、異様なほどの高頻度で特殊モンスターと遭遇している。
……ラッキーバタフライと2回も相対し、倒したこと。それに【空間魔法】と【闇魔法】のスキルスクロールを入手したこと……その幸運の揺り戻しみたいなことが、今まさに起こってる気がするな。
「………」
さて、と。クレセントウルフも倒したことだし、そろそろ動画配信もお開きにした方がいいかな?
「権藤さん、どうしますか? クレセントウルフ戦で見せ場もできたことですし、今日はこの辺で配信を切り上げますか?」
「ふむ、確かにそうだな。撮れ高としてはもう十分だろう。久我部長も、それでよろしいでしょうか?」
「うむ、恩田君の実力の一端が見られただけでも、私としては大満足だよ。迷宮犯罪対策部たる我々も負けないよう、精進しなければな」
「ですね。ヘルズラビット戦の前で恩田殿と会った時は、まだ同じくらいの実力だと思っていたのですが……いつの間にか、随分と先に行かれてしまいましたな。
しかし、このまま置いていかれるわけにはいきません。まずは第4層、自力で乗り越えられるようにしなければ」
団十郎さんも神来社さんも、どこか嬉しそうに笑っている。スーツの人は相変わらず無表情だが、それでもどこか満足気なように俺には見えた。
「それでは、視聴者の皆さま。今日はこの辺でお開きとさせて頂きます。ご視聴ありがとうございました」
「ああ、よければチャンネル登録もお願いするよ。それでは、また」
『乙!』
『いやぁ、見どころあり過ぎてお腹イッパイだよ、こっちは』
『色々と凄かったよな。これ、もしかしなくても伝説のライブ配信になるんじゃないか?』
ははは、伝説だなんてそんな大袈裟な。予想を超える大成功だったのは間違い無いけど、いくら何でもそこまではいかないだろうに。
◇
(三人称視点)
……だが、そんな恩田の考えとは裏腹に。
世界初のダンジョンライブ配信、というだけでもなかなか衝撃的であったのに……そこに特殊ドロップの情報公開と、特殊モンスターとの戦闘シーンまでをも映した配信は探索者未経験の者はおろか、現役の探索者や自衛隊員にすらも大きな衝撃を与えた。
そして、その余波は様々な媒体を通じて、世界中へと広がっていくこととなる。
「……フゥン、なかなか凄いジャン」
そして、ここにもまた1人。日本の亀岡よりもたらされた配信を見て、パソコンの前で愉しげに笑う者がいた。
「ニホンはダンジョン後進国だと思ってたケド……どうやら、だいぶキテるみたいダネェ。コレは、スゴク面白くなってきたナァ♪」
その者は、頭の後ろで結んだ長い金髪を機嫌良さげに揺らしながら、鼻唄を唄う。
……彼女は、アメリカ探索者界の若手のホープだ。ダンジョン内はおろか、ダンジョン外においてもストイックで厳しい姿しか周りには見せていない。彼女を普段から見慣れている者からすれば、今の彼女の上機嫌な姿はとても信じられないことだろう。
「アア、なんだか急に日本ダンジョン留学が楽しみになってキタヨ。このオンダって人、ヨコハマダンジョンにも来てくれないカナァ?」
そう言って、少女は笑う。彼女は亀岡と横浜の違いがイマイチよく分かっておらず、違うダンジョンであるということだけは知っていたが……そこまで行き来に手間がかかるとは思っていない。実際は法律の壁もあり、非常に大変なことであるのだが。
……半ば希望めかして言ったことが、まさか本当に実現するとは。今の彼女は、想像もしていないだろう。
彼女が日本に留学してくるのは、今から3週間ほど後。
恩田が横浜ダンジョン留学に赴くのも、3週間ほど後。
不思議な巡り合わせというのは、本当にあるものなのだな……。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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