4−21:嫌な気配
「……っ!?」
それは、第5層に下りてすぐの階段前広場でのことだった。階層全体に漂っていた嫌な気配が、昨日や一昨日より一段と強くなっているのを感じた。
……これは、遂に出てきたか、特殊モンスターが。ライブ配信的には、とてもおいしい展開なのだが……。
「いるわね、これは」
「空気がピリピリしている……なにか来そうだな」
「久我部長、お気を付けください」
「きぃ」
「ぱぁ」
『なんだなんだ?』
『急にマジモードになったな。なんか、ヒナタとアキだけは平常運転だが』
俺たちの雰囲気がガラリと変わったからか、視聴者さんの間にも緊張が走る。ヒナタとアキのおかげで多少は雰囲気が柔らかくなっているものの、そうでなければ配信は一気にシリアスモードへと移っていたことだろう。
「………」
階段前に陣取り、何かあればすぐ駆け上がれるようにする。逃げる先が第4層なのは少し気になるが、権藤さんがいるので戦力的な心配はあまりしていない。最悪は権藤さんに団十郎さんとスーツの人を先導してもらい、俺と朱音さんで足止めすればいい。
――ズン……ズン……
「………」
……第5層の奥、深い藪の更に奥から、重量感のある足音が聞こえてくる。その足音は、少しずつ、少しずつ大きくなっていき……やがて藪を掻き分けて、俺たちの前に足音の主が姿を現した。
「……ウォォォォォォォン!!!」
ソレは階段前広場に入るやいなや、第5層の隅々まで轟くような遠吠えを放った。
グレイウルフを二回り以上大きくしたような体格に、鋭さを増した狼の目付き。薄灰色の体毛をたなびかせ、額に刻まれた三日月型の黒い跡が歴戦の猛者感をありありと表現している。爪も牙も獰猛に鋭く、そして太く長くなっている。
グレイウルフなどとはまるで格の違う、超大型の狼型モンスター……それが、こちらを憎しみの籠もった目で見つめている。コイツに名前を付けるとすれば、やはり額の模様から取って……。
「……"クレセントウルフ"かな? グレイウルフの特殊モンスターか、なかなか強そうだ」
「ガァァァァァァ!!!」
「あら、なかなかの咆哮ね」
クレセントウルフの威嚇の咆哮が辺りに轟くが、俺も朱音さんも今さらこの程度で怖れることはない (権藤さん、ヒナタ、アキは言わずもがな、むしろ自然体ですらある)。
『うわっ、なんだコイツは!?』
『でっか!? これもモンスターなのか!?』
『俺、ダンジョンでこんなの1度も見たことないぞ!?』
もっとも、さすがにそれを視聴者さん全員に求めるのは酷だろう。画面越しで恐怖感が軽減されているとはいえ、決して喋らないチャット欄の向こう側から視聴者さんの悲鳴が聞こえてきたような気がした。
……そうだよな。俺も初めてヘルズラビットと相対した時は、心底ビビったよ。ヘルズラビットと戦った頃の俺といえば、それまで通常モンスター――具体的にはブルースライムからゴブリンまでの4種類としか戦ったことがなく、魔法が直撃すれば問答無用で倒せるくらいに打たれ弱い相手しかいなかった。
一方のヘルズラビットは、と言うと……今まで見たこともないくらいに体がデカかったし、必殺のつもりで放った魔法は通りが悪くて直撃弾でも決定打にはならなかったし、パワーとタフネスは桁違いだった。当時の俺は、本当にこんなデカブツを倒せるのかと実は少し不安だったのだ。
それでも、ヘルズラビット戦を乗り越えたことが探索者としての自信に繋がったのは間違いない。あれほどの強敵が相手でも、知恵と工夫次第で勝つチャンスは必ずあるのだと理解できたわけだ。
特殊モンスターと戦う機会はそれからも何度かあり、ダークネスバット・ハイリザードマン・ヘラクレスビートル・ゴブリンキングとなかなかの強敵揃いだったが……しっかりと勝ちを拾い、今日まで俺は生き残ってきた。グリズリーベアやヘビータートルのような、下手な特殊モンスターより強い通常モンスターとも戦ったことがあるしな。もっとも、真紅竜のように格上すぎて逃げ惑うしかなかった相手もいたりで、改めてダンジョンの恐ろしさが身に沁みたこともあったけどな。
まあ、相手を侮るのはNGだが、必要以上に相手を怖れるのもNGだ。このクレセントウルフも、いつも通りに戦えばきっと勝てるはずだ。ヒナタもアキもそこまでビビってないからな。
「ちょっ、大丈夫なのかね恩田君!? 権藤局長も、ここは助太刀した方がいいのでは!?」
「2人なら大丈夫ですよ、久我部長。ヒナタとアキの様子を見てください。今は私の後ろで、周りを警戒なさってください」
「久我部長、ここは2人に任せて、ご自身の身を守ることを優先しましょう」
「………」
予想通り、俺たちの戦歴をあまり知らない団十郎さんは大いに慌てているが、神来社さんや権藤さんは微塵も動じていない。むしろ"どう料理するつもりなんだ?"という暢気な問い掛けの気配さえ、その声色からは感じた。
……スーツの人も全く動じていないのだが、もしかしてSPなのかこの人は? 思い返してみれば、立ち居振る舞いが少し常人のそれとは違い、より無駄なく洗練されている気がする。それならそれで、団十郎さんを守るにあたっての懸念点が1つ消えてとても好都合なのだが。
「さて、朱音さん、ヒナタ、アキ。いっちょやってやりますか!」
「ええ、腕が鳴るわね!」
「きぃぃぃぃっ!!」
「ぱぁぁぁ!」
全員、やる気は十分だ……とは言え、まずは牽制攻撃をしつつ、相手の力量を測るところから始めなければ。
クレセントウルフを見た目だけで判断するなら、明らかにスピードタイプだろう。パワーも相応に兼ね備えているとは思うが、さすがにヘラクレスビートルほどではないだろうからな。そして、守りはそこまで固くなさそうだ。
……となると、やはり攻撃を確実に当てることが肝心か。いくら素早い相手でも、常にトップスピードを出し続けられるわけじゃないからな。隙を狙って細かいダメージを積み重ね、体力と機動力を奪ってから仕留めるのがベターだろう。
「よし、いくぞ――」
「ワォォォォォォン!!」
彼我の距離は20メートルほどあり、なので俺が最初に魔法攻撃を仕掛けよう……と動き出したタイミングで、先手を打ったクレセントウルフが大きく遠吠えをする。さっきの威嚇咆哮とはまた違う、何かを呼びつけているかのような遠吠え……ってああ、なるほどね。
――ガサガサ……ガサガサガサ……!
「「「「ガゥッ!!」」」」
茂みの奥からグレイウルフが8体、階段前広場に飛び出してきた。なるほど、クレセントウルフも【仲間呼び】持ちなのか。
しかも、グレイウルフ共の動きが普段とは明らかに違っている。群れの利点を全く活かせず、一切の統率が取れていなかった通常時の立ち回りが……こちらの隙を窺い、あわよくば隙を作ってやろうという意図が垣間見える動きに変わっている。
仮に個々の強さは変わっていなくとも、動きが変わるだけで厄介さは段違いに上がるものだ。これは、間違いなくクレセントウルフの影響だな。
……クレセントウルフは、スピードタイプの司令塔か。思った通り手強い相手だな。
戦いは数だよ兄貴! と、とある公国の将軍は言っていたが……数が多いというのは、ただそれだけでも相当な脅威になり得る。ゴブリンキング戦では、そのことを嫌と言うほど学んだ。
『えっ、このタイミングでグレイウルフが出てきたぞ?』
『デカ狼に呼ばれたのか?』
『はは、仲間を呼ぶモンスターなんてそうそう居るわけないだろ……ない、よな?』
「ふーん、こいつも【仲間呼び】持ちってことか。これで何体目だろうな?」
「4体目、かしらね? インプに、ゴブリンジェネラルに、ゴブリンキングに、クレセントウルフ……これくらいかしらね?」
朱音さんがゴブリンジェネラルとゴブリンキングの名前を言っていたタイミングだけ、モニタのノイズ音が非常に大きくなった。そのあまりの音量に、クレセントウルフとグレイウルフの意識がそちらに持っていかれた……それを、見逃す俺ではない。
「"ライトニング・スプレッド"!」
――ゴロゴロゴロ……
さて、初手は派手にいかせてもらおうかな!
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