4−18:人生を変える大きな一手
――トッ、トッ、トッ……
「「「「………」」」」
それぞれの定位置にヒナタ・アキを乗せながら、朱音さんと2人並んで第2層への階段を下りていく。互いに利き腕を塞がないよう、俺が右で朱音さんが左に立っていた。
……ただ、肩が触れ合いそうなほど近い距離なのに、雰囲気がどこかぎこちない。最初こそ良かったのだが、俺たちが並んで歩く様子が常にスマホでライブ配信されていて、俺も朱音さんもだんだん気恥ずかしさが隠せなくなってきたのだ。
視聴者さんに加えて、権藤さんや団十郎さん、神来社さんにスーツの人も見てるからな……衆人環視で想い人と並んで歩くのって、普段ならご褒美だが今この場面では罰ゲーム以外の何ものでもない。
『なんか、奥手同士のカップルのデートみたいだな』
『おいおいどうした、手ぇ繋げよ手ぇ。そんな雰囲気だろぉ?』
『女性側の父親同伴なんだっけ? しかもえりーとという。そりゃ緊張するって』
『てか、父親公認の仲っぽいけどどういうことだ恩田ぁ!』
ただし、チャット欄は超大盛り上がりだ。単に感想を述べる人、囃し立てる人、同情してくれてる人、羨ましがる人……様々な感情が入り乱れて、チャット欄は完全にカオスと化していた。
そして、肝心の同接数だが……なぜか更に大きく増えて、遂に5000の大台を突破している。いくら学校が春休み期間真っ只中とはいえ、平日の8時台なのによくこれだけの人数が配信に来てくれたものだ。
寡聞にして存じ上げないのが、大変に申し訳ないのだが……これほどの大きな流れを作り上げた、一番の立役者たるサンドーラン氏とは一体全体何者なのだろうか……?
「………」
まあ、それはともかくとして、だ。このままの状況だと、正直なところあまりよろしくない。気まずい雰囲気のまま配信が進んでしまうと、今後の朱音さんとの関係に大きなしこりが残ってしまいかねない。
……ええい、勇気を出せ、俺! チラッと様子を覗き見た4人も、ヒナタやアキでさえも"この雰囲気を何とかできるのは恩田だけだ"って顔してるからな。深呼吸、深呼吸……。
「ふぅ〜……よし、朱音さん」
「っ!? え、ど、どうしたのかしら急に?」
そっと朱音さんの左肩に手を置き、優しく抱き寄せる。俺の急な行動に驚いたのか、朱音さんが立ち止まって俺の顔を見つめているが……その顔は頬から耳まで赤みが差し、目線はあちらこちらを彷徨っている。
こんな感じの流れになることは、なんとなく分かっていたことなので……俺も一緒にその場で立ち止まる。おそらく俺も朱音さんと似たような表情をしているであろうことは、顔の熱さからなんとなく分かった。また位置関係的に視覚では確認できないが、足音とオートセンシングで後ろの4人も立ち止まっていることは分かった。
「……ぱ、ぱぁ」
「……きぃ」
ちなみに、ヒナタとアキはとても空気を読む子たちだったようだ。俺が左手を朱音さんの肩に伸ばしたタイミングで、そっとそれぞれの頭の上に移動済である。テンパリ過ぎてて今気付いたが、本当に賢い子たちだな……。
「……権藤さんにも、団十郎さんにも、ここまできっちりお膳立てしてもらったからな。ここでちゃんとできなきゃ、人の名折れだ。盾、展開」
――ブォン
白く輝く防壁を展開し、ライブ配信の映像から俺と朱音さんの口元だけを隠す。これから朱音さんとやろうとしているソレをライブ配信に乗せて直接見せつけるのは、さすがに色々とよろしくないだろうからな……そのための配慮だ。
「………」
「……んっ!?」
そうして準備を終えた俺は、朱音さんとの顔の距離を0にする。朱音さんの兜は前面を完全に覆うタイプではなかったので、そのまま口元までいくことができた。
「………」
「んっ……んんっ……」
おそらく、ライブ配信に声だけは乗ってしまっていることだろう。それ以外の音は意識的に抑えているが、漏れ出る声は抑えるつもりがそもそも無いからだ。
それにしても、やはり柔らかいな。ホント、クセになりそうだ。
……少しずつ、周りの様子が俺は一切気にならなくなっていった。見た感じだと、朱音さんもそうだろうな。
「「……ぷぁ」」
どちらともなく、顔を離す。少しだけ……いや、本当はだいぶ名残惜しいのだが、あまり時間をかけていると一般探索者が下りてきてしまう。
――フォン……
防壁を消し、顔を赤くして俯く朱音さんに目線を向ける。いきなりの行動に視聴者さんが唖然としているのか、全く流れなくなったチャット欄をチラッと確認してから口を開いた。
「朱音さんは、俺なんかにはもったいないくらい可愛くて綺麗な女性だ。視聴者さんもそう思うよな?」
『……ち、ちくしょう見せつけやがって羨ましいぜこのヤロウ (血涙)』
『そんな美人に好かれるなんて、前世でどんだけ徳を積んだんだよ!』
『くそっ、夜道に気を付けろよなっ!』
「ふはははははっ! いいぜ、どこからでもかかってくるといい! その心意気、全部俺が受け流してやるよ!」
勢い良く流れ出すチャット欄を横目に、勝ち誇ったような顔を作る。我が事ながら不思議なことに、とても力強い (魔王のように不気味な、とも言える)笑い声が腹の底から自然と出てきた。
……そうして、同接数が乱高下しつつもチャット欄が落ち着いたところで、俺は再び口を開いた。
「とまあ、冗談は置いといて、だ。ちょっとばかり長くなるけど、良かったら最後まで聞いてくれ。もちろん、途中で抜けてもらっても構わない。
……俺のような普通の人間でも、探索者になってギフトを貰ってダンジョンに潜るようになってから、とても充実した良い日々を送らせてもらってる。いきなり会社に夜逃げされて、絶望的な気持ちを抱えたままハロワへ求職に行った時……これからの生活を考えることに必死で気付かなかったけど、あの時探索者になる決断をしたことが俺の人生にとって大きな転機だったんだと、今はハッキリ分かるんだ。
もし、探索者になってみたいけど不安で一歩踏み出す勇気が湧かない、という方が画面の向こうに居られるなら……ぜひ1度、お試しで構わないから近場のダンジョンに足を運んでみて欲しい。ギフトという存在のせいで、探索者は合う・合わないの適性が個人差の激しい職業だからな。他職には全く馴染めなかった人も、もしかしたら自分の人生を大きく変える重要な一手になるかもしれないぞ」
……俺の独白中、なぜかチャット欄はほとんど動かなかった。そこまで大したことは言っていないはずだが……まあいい、締めに入ろう。
「ダンジョンは、いつでも俺らの挑戦を待っている。1度きりの人生、勇気を出して正々堂々挑まなきゃ損だと俺は思うな。
ただ、戦う相手はモンスターだけにしてほしい。探索者としてのその力で人を傷付けたり、あまつさえ命を奪ってしまうような外道には絶対にならないでくれよな。それは、探索者という職業全体の評判にも繋がる重大行動なのだから……。
……というわけで、だ。ぜひ視聴者さんも、モンスターとだけ戦う善きダンジョン探索者になってくれよな」
そこまで語ってから、時計を見る。午前8時53分か、もういい加減に先へ進んだ方がいいかな?
「おっと、そろそろ9時か、先を急がなければ。朱音さん……朱音さん?」
「………」
ふと朱音さんを見ると、朱音さんはまだ顔を赤くしながら俺を見つめている。たださっきまでとは違い、その瞳にはちゃんと理性の光が宿っていた。
「……うん、やっぱり恩田さんを選んで正解だったかも」
「?」
朱音さんの言葉がよく聞き取れなかったが、笑顔を浮かべているので悪い内容ではなさそうだ。まあ、それならいいか。
「さ、行きましょう恩田さん。第2層でホーンラビットやブラックバットとの戦いも見せないとだし、時間はあまり無いわ」
「おう!」
もはや、2人の間にあったぎこちない雰囲気は完全に消え去っていた。どちらともなく自然と手を繋ぎ、階段を軽快に下りていく。
「……きぃ」
「……ぱぁ」
「……完全に2人の世界に入っていたな」
「ふむ、やはり恩田君は良きかな」
「「………」」
『どうしてだ、ブラックコーヒーを飲んでるはずなのに甘い』
『緑茶も甘く感じるぞ、ここはアメリカか!?』
『落ち着けお前らw そんなわけ無いだろ……甘っ!?』
さて、第2層も気合を入れて配信していきますか!
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