4−17:大バズリとはまさにこのことだろうか
「えっ……」
それは、少し目を離した隙に起きた一瞬の出来事だった。それまで同接数1を指していたのが、急に数字が増え始め……あっと言う間に3000を突破。しかも、数字はまだまだ増え続けている。
「………」
亀岡ダンジョンチャンネルの登録者数の増加スピードもえげつない。配信開始前は35人だったのが、みるみるうちに1000人を突破。昨日の夜に見た時、横浜迷宮開発局チャンネル (横浜ダンジョンの公式チャンネル)の登録者数が764人だったから……いつの間にか追い抜いてしまったことになる。
「むむっ、4000名も同時にご覧になられているのか? いやはや、ようこそ亀岡ダンジョンチャンネルのライブ配信へ! 歓迎いたしますぞ!」
「ぱぁ!」
団十郎さんの言葉に、慌てて同接数を確認する。また少し目を離していた隙に、同接数は4000人を超えていた。これはちょっと……いや、かなり予想外だ。
事前の宣伝を全くしなかったので、同接数100人もいけば十分に成功かな、と権藤さんとは話していたのだが……その40倍以上の人が動画を見にくるというのは、まるで意味が分からない。何がどうしてこうなったのだろうか。
『サンドーラン殿から"スゴい配信見つけたった"と聞いて参上つかまつった』
『うお、マジで洞窟の中だよ。ここ日本国内だよな?』
『随分とよくできてるけど、これCG合成とかじゃによね?』
『てか、女の人の肩に乗ってるのってモンスターじゃね?』
チャットが流れる速度も凄まじい。まばたきをする間にチャットが積み重なっていき、最初に表示されたチャットはあっという間に流れて映らなくなっていく。登録者数的にまだスパチャ機能は開放されていない (チャンネル母体の組織特性的に、今後スパチャを導入する可能性は0に等しいのだが……それは置いておく)ので、視聴者側からチャットを固定する術もない。
「えっ? うそっ? えっ?」
「ぱぁっ!? ぱぁぁぁっ!!?」
チャット欄のあまりの賑わいぶりに、朱音さんが戸惑っている。猛スピードで流れ行くチャット欄を一生懸命目で追おうとしているが、速すぎて全く追い付いていないようだ。
アキは相変わらず何のことか分かっていないようだが、朱音さんが慌てているので一緒になって慌てているようだ。
「ちょっ、ちょっと待ってよ〜〜!?」
「慌てるな朱音さん、このチャット群を目で追うのは絶対に無理だ! ここは、俺たちがすべきことに集中しよう!」
いい加減目を回し始めた朱音さんを正気に戻すべく、やや強めの声色を込めて檄を飛ばす。俺たちがすべきなのはチャット全てに反応を返すことではなく、配信を先に進めていくことなのだから。
「っ! え、ええ! ありがとう、恩田さん!」
「ぱ、ぱぁぁ!」
俺の声に反応した朱音さんが、どうやら幾分か平静を取り戻したらしい。アキも含めてまだ少しテンパっているようだが、もう大丈夫だろう。
「……ふむふむ」
おいこら団十郎さん、俺の方を見て腕組んでニヤニヤしない。その表情がそっくりそのまま全世界に配信されてるんだぞ?
まったく、親も子も行動パターンがホントそっくりだな。まあ、だからこそ俺は団十郎さんとも、びっくりするくらいウマが合ったんだろうけどな。
「ふぅ〜……配信をご覧の皆さま、大変失礼いたしました。予想外の反響に戸惑ってしまいましたが、ここからは平常心でいきたいと思います。
……ということで、多くの方が途中で来られましたので、改めて自己紹介をさせて頂きます。私は久我朱音と申します。今回のダンジョンライブ配信にて司会進行を務めておりますので、本日はどうぞよろしくお願いいたします。
あ、ちなみにこちらは私の迷宮開発探索補助動物として登録されている、アキです。アキ、視聴者の皆さんにご挨拶を」
「ぱぁ? ぱぁ!」
『おお、よく見たら凛々しい系美女じゃん』
『大盾とハルバード?を装備しててかっこいい!』
『真っ赤な西洋風鎧兜がすごく似合ってるな』
『というか、アキちゃんがめちゃくちゃ可愛い!』
「ありがとうございます! 私、普段は京都市の北西にある亀岡ダンジョンで兼業探索者をしておりますので、お近くの方も遠方の方もぜひ亀岡ダンジョンまでお越しくださいませ」
「ぱぁぁぁっ!」
――フリ、フリ
……どうやら、朱音さんはもう落ち着いたみたいだな。良さげなチャットに返事しつつ、うまくライブ配信をまとめているようだ。
アキも踊りを披露して、もうノリノリである。今日はモンスターと戦うことがメインではないので、アキも結構乗り気なのかもしれないな。
「それでは私も、改めまして……権藤重治と申します。普段は亀岡ダンジョンの管理局長を務めており、本配信では仮の案内役を務めております。どうぞ、よろしくお願いいたします。
さて、亀岡ダンジョンは本来なら9時が開場時刻ですので、そろそろ一般探索者もダンジョンに入ってきます。ゆえに、奥を目指して移動を始めようと思うのですが……あ〜、恩田探索者?」
「はい、どうしました?」
何やら、権藤さんがこちらを見ている。何かトラブルでも起きたのだろうか、そうは見えなかったのだが……?
「第4層までの先導だがな、君と久我探索者、そしてヒナタとアキの4人に任せたいと思っている。どうだ、いけるか?」
「俺としては構いませんが、スマホはどうしますか?」
「スマホは代わりに俺が持とう。だから恩田探索者、先導をよろしく頼む」
なんだか随分と急な感じだが、権藤さんなりの狙いがあるのだろうか? 第10層を突破した探索者のお披露目、といった程度なら問題無いのだが……。
「ふむ、なるほどそういうことか。ならば私も、ここからは引いて見守ることとしよう。恩田君、娘をよろしく頼むよ」
「……え?」
ちょっ、団十郎さんライブ配信中なのに余計なことを……!
「おお、そういえば忘れておりましたな。視聴者の皆さま、私は久我団十郎と申します。普段は府警迷宮犯罪対策部にて、部長を務めております。
各都道府県の警察本部も同様の部署を構えておりますゆえ、迷宮内でお困りの際はぜひ警察までご相談をお願いいたしますぞ!」
『えっ、このダンディな方って朱音女史のお父様!?』
『言われてみれば、朱音氏に雰囲気が似てる気がするな』
『というか、さっきからちょくちょく名前が出てくる恩田って誰だ? 権藤局長がこっちを向いて話してるから、もしかしてスマホを持ってるのか?』
『さっき朱音氏に画面外から声を掛けてた人だな。姿を見せないのは何か事情があるのかな?』
『なんか、朱音氏の良い人っぽいな。羨ましい……』
チャット欄が更に活気付いていく。なかなか姿を見せないレアキャラに目を輝かせるのは、古今東西どこでも同じなんだな。実態はこの通り、どこにでもいる平凡な男なんだが……。
……ていうか、え? 俺、こんな雰囲気の中で配信に出るのか? ちょっとこれは勇気が要る――
「――というわけで、スマホは俺が預かろうか」
「あえ?」
目にも止まらぬスピードで接近してきた権藤さんに、配信映像がブレないよう綺麗にスマホだけを掠め取られた。なんでこういう時だけ、探索者としての能力を無駄に最大限発揮してくるんですかね!?
「というわけだ、早う行け恩田探索者。久我探索者を1人、カメラの前に立たせるつもりか?」
「いや、団十郎さんもいますけど……って、いつの間にか画面から姿を消してる!?」
俺が気付かないうちに、団十郎さんが俺たちの後ろに回り込んでいた。画面内では朱音さんとアキが、どこか心細そうな様子でこちらを見ている……。
いや、隠密歩法でも習得してるのか団十郎さんは。オートセンシングの検知すら見事に掻い潜るとは、ホント器用な人だよな……。
「……ふぅ、分かりました。ここから先は俺に任せてください」
「よし、頼んだぞ」
権藤さんにそう言ってから、前へと歩いていくが……正直なところ、少し不安だ。元々、俺は写真映えするタイプの人間じゃないからな。
筋骨隆々で野性味のある権藤さん、ダンディなオジサマの模範解答たる団十郎さん、凛々しい系美人の朱音さん、存在そのものが特別の塊なヒナタやアキ……その間に立てば、地味で冴えない俺の存在感など簡単に埋もれてしまうだろう。
だが、それでも。
「……どうも、ただいまご紹介に預かりました、恩田高良です。よろしくお願いします。
そして、こちらの白くて丸い子はヒナタといいます。ヒナタ、挨拶を」
「きぃ! きぃ!」
テレビにだってライブ配信にだって、何にだって出てやろうではないか。
『おお、すごく普通そうな人が出てきたぞ』
『個性の塊みたいな人たちの中に、普通の人がいると逆に目立つな』
『一周回ってさ、こういう一見平凡そうな人が実は一番面白みがあって、見どころをたくさん提供してくれることが多いんだよな』
『わざわざ局長さんに呼ばれて出てくるんだから、ただの普通の人ってことはなさそう』
『ヒナタちゃんも、めっちゃ可愛い!』
『すげぇ、さっきのアキちゃんといいモンスターを仲間にしてんのか!?』
おお、思ったよりも第一印象は悪くなさそうだ。普通の見た目がウケる場合もあるんだな。ヒナタもいい感じに、視聴者さんに受け入れてもらっているようだ。
……さて、今までの俺はこういう時に調子に乗ってしまい、そのままスベってしまうことが多かったからな。ここからの掴みは、少し慎重にいかせてもらおう。
「普段は亀岡ダンジョンにて、専業探索者をしています。以前はどこにでもいるただのサラリーマンだったのですが、勤めていた会社に夜逃げされてしまいまして……」
『夜ww逃wwげww』
『今どきあんのかそんなことww』
「朝出勤したら会社のシャッターが下りていて、シャッターに『弊社は倒産いたしました』の張り紙がポン、ですよ? 信じられますか?」
『そりゃ確かに夜逃げだww』
『会社に夜逃げされたってパワーワード過ぎんだろww』
よしよし、掴みはいい感じだな。こういう時の自虐ネタは鉄板だが、やはり自分も笑い飛ばせるものでなくては。
自分の心をヤスリで削るように自虐ネタを繰り出しても、視聴者はすぐに見抜いてくる。それでは誰も幸せになれないのだから……。
「……とまあ、それがきっかけでハロワに行った結果、勧められるがままに専業探索者となった身ですが。気付けば良い仲間にも恵まれて、第10層を突破した探索者になることができました。ちなみに最深到達階層は第13層です」
『第10層って、確かボスエリアがある階層だったっけ?』
『すげぇ、日本トップクラスの探索者じゃん』
そうか、やっぱり世間ではそういう認識なんだな。第20層を突破した探索者は日本にはまだ居ないから、第10層突破者でも十分トップクラスに入るんだろうな。
これが海外になると、また少し違うようだけどな。
「ここからは俺が先導しますので、よろしくお願いしますね。
……さて、第2層への階段はこっちですね。皆さん、行きましょう」
「え、ええ……」
「ぱぁ!」
「きぃ!」
朱音さん、アキ、ヒナタと順に返事が返ってきたが、他の全員はどうやら黒子に徹するようだ。配信映像に映らないよう、そっと俺たちに付いてくる。
……さて、ブルースライム戦は見せたが、モンスターとの戦いは第2層からが本番だ。ここからの配信も、視聴者の皆さんを飽きさせることはないだろう。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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