4−16:伝説の最初の目撃者
「………」
4人にスマホを向けながら、親指と人差し指で◯のサインを送る。すると、まずは真ん中に立つ朱音さんが口を開いた。
「探索者に興味をお持ちの、全国の皆さん。亀岡ダンジョンチャンネルのライブ配信へ、ようこそお越しくださいました」
「ぱぁっ!」
「………」
朱音さんとアキが始まりの挨拶をする。そのタイミングで、同接数が1人に増えた。
名前は"サンドーラン"さんか……この名前を見た瞬間、俺の地元ではいつも日曜日の昼頃にやっている、とある専門番組のことを思い出した。その内容からローカル限定な番組ではあるが、俺が生まれるより以前からやっている、かなり歴史の長い専門番組だ。
まあ、それとサンドーランさんは関係は無いと思うが……少し、懐かしい気分になることができた。
「本日は世界初、ダンジョン内部よりライブ配信で動画をお届けいたします。よろしければ、チャンネルはそのままでよろしくお願いいたします」
「ぱぁっ!」
『ダンジョンライブ配信だって? それって現代技術的に実行不可能だって結論がもう出てるはずじゃ?』
そのサンドーランさんから、ライブチャットが飛んでくる。チャット内容はスーツの人が持つモニターにも表示しているので、それを見た権藤さんが小さく頷いた。
まあ、これは完全に想定通りの質問内容だからな。答えは既に用意してある。こんな簡単な質問にも答えられないようでは、配信に向けた心構えや準備が全くできていない、と言われても仕方ないだろう。
「確かに、現代技術では実現不可能です。ダンジョンゲートに通信用ケーブルを通すことは可能ですが、データそのものがゲートに阻まれて先に進めないため通信不可能となることは既に確認されています。
しかし、探索者のギフトやスキルを介してならどうでしょうか? ギフトやスキルは未だ多くの謎が残る、一種のフロンティアとも言えます。今年から日本の研究機関においても、本格的な研究が開始されると聞きました。
……そして今回の配信は、現代技術的に不可能とされたライブ配信を可能とする、特殊な効果を持つスキルの所有者に協力を仰いでおります。
ああ、申し遅れました。私は亀岡迷宮開発局長、権藤重治と申します。本配信では案内役を務めさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします」
随分と長いセリフだったが、権藤さんはスラスラと最後まで詰まること無く言い切った。さすが、こういうことには慣れているようだ。
『なるほど局長さんが……それでは権藤局長、試しにモンスターを倒してみてください。確かブルースライムでしたか、それを倒してもらえたら信用します』
すかさず、サンドーランさんからチャットが飛んでくる。権藤さんが話している間に打っていたようだが、そのスピードからして相当文字打ちに慣れている人らしい。
「いいですよ。さて、どこにいるかな……」
辺りを見回そうとする権藤さんに向けて、彼から見て左後ろをそっと指差す。そちらの通路からブルースライムが這い出てくるのが見えていたので、権藤さんにそれを伝えたのだ。
「ん? おお、居ました居ましたブルースライムです」
俺の指差した方向へ、権藤さん含む演者3人が並んで動いていく。それに合わせて、俺たち3人も一緒になって動いていった。
……やがて、地面を這いずるブルースライムのすぐ近くへとたどり着く。その青い粘体がしっかりと画面に映るよう、ピントを合わせながらスマホを向けた。
「これが最初のダンジョンモンスター、ブルースライムです。確認できる限りではダンジョン内全ての階層に出現し、強い酸性の体を持つのが特徴のモンスターですね。ノンアクティブモンスターなので襲ってきたりはしませんが、強酸性の体が武器を溶かしてしまうので前衛タイプの探索者には蛇蝎のごとく嫌われている存在です」
朱音さんが渋い顔をしながら、ブルースライムを武器で指し示しつつ説明する。朱音さんの武器はランク5だが、溶かされてしまう危険性があるので直接触れないよう注意していた。
『うーん、どこからどう見ても本物っぽいな……』
「よし、せっかくの機会ですからね。ここは久我部長に、ブルースライムを討伐して頂きましょう」
「ほうほう、なるほど、ここで私の出番というわけですな」
やや大袈裟な身振りを見せながら、団十郎さんがスマホの前へと躍り出る。歌舞伎がかった挙動とでも言うべきだろうか、とても目を引く動きであるように俺からは見えた。
ゆえに、今この瞬間においては団十郎さんが最も目立っている。この場に観衆がいたならば、注目は確実に団十郎さんへと集まっていたことだろう。
……団十郎さんが恐ろしいのは、こうして動くまで存在感を全く出していなかったことだ。4人並んで映っていても、背景かと勘違いするくらいに違和感無く周囲へ溶け込んでいた。
マジックの世界では一般的な技術である、ミスディレクションというやつだろうか。自らの存在感すらコントロールする術を身に付けているとは、団十郎さん恐るべしである。
「配信をご覧の皆さま、私は府警迷宮犯罪対策部にて部長を務めております、久我団十郎と申します。本日は亀岡ダンジョンチャンネルさんにお邪魔し、迷宮犯罪対策部がどのような仕事をしているのかをアピールすべく配信に参加しました。
……世間での肩書きはともかくとして、ダンジョン内において私は単なる新人探索者にすぎません。本日が初探索でもありますので、どうか温かく見守って頂けますと幸いです」
こちらもごく慣れた感じで、さらっと挨拶をこなしていく。さすがに団十郎さんほどの立場ともなれば、そういう機会はいくらでもあるのだろうな。
「それでは、早速いきますよ……"サンダーボール"!」
――バヂヂヂヂッ!
団十郎さんが、大きくタクトを振り上げる。タクトの先に小さな雷球が作り出され、ブルースライム目掛けて勢い良く放たれた。
雷球は僅かに狙いを外しながらも、ブルースライムの体に着弾して弾け、辺りに電撃を撒き散らした。
――ッ!?
強烈な電撃を浴びたブルースライムが、劇的な反応を見せる。一瞬で許容量を上回ったダメージが、ブルースライムの体を一気に地面へと溶け出させていった。
……そして、それが消えたあとには魔石だけが残る。ブルースライム討伐完了、団十郎さんが為したその一連の流れをしっかりと映像に収めることができた。
「ふむ、撃破完了ですな」
団十郎さんがブルースライムの魔石を拾い、スマホの前に掲げる。ブルースライムの魔石は小さくて透明なので、遠くでは見づらいと考えてくれたのだろう。その魔石の輝きは、小さいながらもまるで宝石のようであった。
『うおっ、マジなのかコレ!? でもブルースライムは明らか本物っぽいし、一般人が警察高官を動画で騙るなんてリスクが高すぎるし、そもそもそんなことをする意味が無いし……』
現在唯一の視聴者さんも、ようやくこれが本当ではないかと思い始めてくれたようだ。かなり慎重な人だな。
……だがむしろ、これくらい情報精査に慎重な人でよかった、というのが俺の本音だったりする。こういう人は変に誇張して語ったりしないので、情報リテラシーが高い人にも比較的信用してもらえるからだ。
『もしかして俺、すごい瞬間をリアルタイムで目撃してたりする?』
「そうだと思いますよ。他でもないあなたが、世界初のダンジョンライブ配信を世界で初めて視聴した方なのですから」
「ぱぁ!」
朱音さんが何気なく言った一言は、まさに俺と権藤さんが狙っていたことだ。他チャンネルには決して真似できないような配信を行うことで、それを配信を視聴してくれた人にも特別な達成感を与える……そこからチャンネル登録者数が増えて、さらに何人か亀岡ダンジョンで探索者になってくれる人が出てくれれば、もうそれだけでチャンネルを立ち上げた意味が出てくるというものだ。
『ととりあえず何人か読んでくる』
チャットが飛んできたが、字が色々と間違ったままだ。それだけ動揺しているのだろう、書きぶりも先ほどまでとは違って、ぶっきらぼうな印象を受けるからな。
そこからしばらくは同接数1のまま、チャット内容が更新されることもなく……しかし、淡々とライブ配信は進んでいった。
亀岡ダンジョンについての説明、迷宮犯罪対策部の仕事内容、探索者とは何か、アキの『ぱぁっ!』……第1層で解説を交えながら過ごしていると、時刻は8時45分を指していた。あと少しすれば、他の一般探索者たちがダンジョン内に入ってくる。
「………」
そろそろ第2層に移動しましょうか、と声掛けをしようとしたところで。
ライブ配信の同接数が、一気に3000人ほどまで増えた。
(2025.5.24 12:43)一部内容加筆
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